初めての戦い
時刻は金曜日の7時50分。
なんとかクラスの集会に間に合った。
ルクレディアの西側、酒場の影に隠れ、噴水の周りにチラホラと集まりだしたプレイヤーの様子を伺う。原田さんはどれだろうか…………。本当に来るかどうかも分からない。来ないならそれが一番いい。
7時57分。
「いた!」
プレイヤー名『ナギ』。そのまんまだ! それに見た目も、すごく小さくデフォルメしているものの彼女が原田さんだと知っている人ならすぐわかる。よかった、まずは第一関門クリアだ。誰が原田さんかわからなければ何もできない。
8時00分。
足が震える。
震える足を震える手で押さえ込む。
私がやることは外木さん達を倒すことじゃない。原田さんをこの場から連れ出すことだ。そのためには『混乱』が必要。そしてそれには『ネクロマンサー』のスキルが役に立つと確信している。
鼓動が高鳴る。意識が加速する。
いままで何かに立ち向かったことがあっだろうか。
……ない。
いままで誰かのために戦ったことがあっただろうか。
……ない。
この戦いで何かが変わるだろうか。
……おそらく何も変わらない。クラスメートの嫌がらせを一つ止めるだけだ。些細なことだ。
それでも、毎日原田さんの俯く姿を見て、何もしない選択肢はない。
もしちゃんと守れたなら、そしてゲームの中でまた会えたなら。「おはよう」をちゃんと返そう。ゲームの中でなら、ゲームの中でなら言える気がする。
次々と思考が、感情が巡る。しかしその目はただ一点を見つめる。
遠くに見えるおそらくクラスメートであろう集団の中で、一人の少女が押し倒され、数人が武器を構えた。
「始まった!今だっ!あぶぇっっ!?」
立ち上がって震える足を押し出した途端、足が絡まり、盛大に顔面から転んだ。しかしそんなことは関係ないと言わんばかりにすぐさま立ち上がり、駆け出す!
「ぅぉああああああああああああああああああああっ!」
距離を詰めながらスキルを発動!
「ネクロマンス!!!」
血塗られた包丁を持つ右手を地面に穿ち、辺りの地面が黒く染まる! そこから這い出る無数のスケルトンソルジャーが、ギコを追うように突進する!
まるでギコの闘志が乗り移ったかのように武器を掲げ、猛る!
そう、ネクロマンサーというJOBは自分のHPを消費して、アンデッドを召喚し従える。召喚士等と違うのは、召喚士は精霊や召喚獣を召喚し、それら特有の呪文やスキルの発動をもって召喚を終了するのに対し、ネクロマンサーが呼ぶアンデッドは永続戦闘が可能だ。
町の中で急にモンスター、それも見た目のホラーなアンデッドに襲われれば確実に数秒の『混乱』を与えられる。
「な、なんだ!」
「おおおおい、モンスターだ!」
「嘘だろ、ここ町の中だぞ!」
「キャー!」「ワーっ!」と悲鳴と声が飛び交う。
私は人だかりの中心まで走りこむと、第二のスキルを発動!
「メリコス・ネクロマンス! 抗う腕!!」
範囲拘束スキル、抗う腕。地面からスケルトンの腕が飛び出し、プレイヤーの足を掴む! 移動を封じられたプレイヤー達をスケルトンソルジャーが襲う!
「ナギさん!」
「え?あ、なに!?」
尻もちをついたまま呆然としている少女に手を差し伸べ立ち上がらせると、そのまま建物の影に隠れようと走り出す。
「ガシュっ!」
何者かに背中を切られた。凄まじいダメージエフェクトを吹き出し、HPの半分以上が消し飛ぶ!
予想外の反撃だが気にしていられない。
ダメージエフェクトを纏うように走る!
何とか建物の影に二人、滑り込むように身を隠す。
「このままログアウトして!」
「え、あ、はい!」
プレイヤー「ナギ」の体が光に包まれ、そして消える。
原田さんがログアウトしたことを見届けて、自分もその場を去った。
終わったのだ。私の初めての戦いが、ペルグランデ・オンラインが…………。
原田さんと仲が良かったわけではない、あの日まではただのクラスメイトだった。結果自分の身代わりのようにさせてしまった罪悪感なのか、自分を庇ってくれたことへの感謝の気持ちなのか、今となってはわからない。自分をここまで動かす感情に理由をくっつけようとしても、間違えたジグソーパズルのように、いくら強く押し付けてもうまくハマらない。
現実世界に戻り。ヘッドギアを外すその手はまだ震えていた。