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ハイ・ヴォルテージ -HIGH VOLTAGE-  作者: 帯刃瑞生
クロース・トゥ・ジ・エッジ -CLOSE TO THE EDGE-
8/9

Chapter.08『雷霆掌』



 †



「てめぇ――その刀、ただの日本刀じゃねえのか……?」


 立て籠もり犯の男は、今度は葉桐から注意を逸らさずに、距離を取り、質問をしてきた。

 葉桐は質問に答えることなく、〈紫電村正〉を構えながら間合いを詰め、位置を調節する。


 葉桐の仕事道具である〈紫電村正〉は、男が言ったようにただの日本刀ではない。

 高周波振動発生機が内蔵された震動剣(ヴィブロブレード)だ。


 刃を高速で震動させることにより、通常の刃物とは比べ物にならないほどの切れ味を誇る刀。

 医療の現場では、ハーモニックスカルペルと呼ばれる超音波振動メスが実用化されているが、日本刀のように長く、大きいものに超震動を起こせるような技術はまだなかった。


 だが、それはあくまで〈境界崩落(イベント)〉以前の地球上の話だ。

 それよりはるかに進んだ超文明の機械技術を持つ〈機人(オルギア)〉からしてみれば、さほど難しい話でもない。


 特捜隊技術班の尽力により、地球上の金属や鉱物なら、難なく両断するレベルのものが完成したし――〈ヒドラ〉のような〈機人(オルギア)〉の拡張技術であっても十二分に切断しうるほどの鋭さを誇っていた。


(だが、あの触手――かなり『硬い』な……)


 触手の一つを切り落とした葉桐だが、先ほどの手ごたえから、〈ヒドラ〉の硬度がかなり高いという事を実感せざるを得なかった。純粋な硬度に加え、弾性力のある表面構造で、切断耐性もかなりのものだ。


 機械文明の超硬度金属に加え、男の話によれば、触手の内部に空間を折りたたんで収納してあるという。


 それが真実ならば、〈異形(エレジア)〉の技術まで組み込まれているということだ。

 全力で打ち込めば切断はできる。だが――

 二度目があるかどうか、それが問題だった。


「……甘く見てた」男が憎々しげに呟く。「だがもう油断はしねぇ。〈ヒドラ〉完全自動操縦(フルオート)モードだッ!」


 遺された五つの触手が、地面に突き刺さる。

 そして、男の躰を持ちあげた。


「この流法(モード)はよォ~、本来二本が担当してる自動操作を、六本――今は五本だが――全部で行うわけだ。事前に設定された終了条件が終わるまでなァ」


 地上数メートルの位置から、男は葉桐を見下ろす。


「今回の終了条件を教えてやるよ。……テメーが死ぬことだ」


 五本の触手が、弓を引き絞るように、たわんだ。



 ――次の瞬間。葉桐の眼には、男の躰が、一瞬で、膨張したかのように見えた。



 それは、錯覚だった。

 実際には、たわんだ触手が反動をつけて伸びた事により、弾丸のように射出された男が、急接近したのだ。


 完全に、人間の反応速度を超えていた。

 勢いそのままに回転運動を付けて鞭のように繰り出された触手による打撃を、葉桐がぎりぎりのところで避けることが出来たのは、〈ハイ・ヴォルテージ〉のおかげに他ならない。


 生体電流の操作による、反応速度と運動能力の強化があってやっと躱すことができたのだ。


 炸裂音が響き、先ほどまで葉桐が立っていた地面が抉れる。


 五本の触手が一瞬だけ動きを止めた。

 行動直後の消しようがない硬直。


 そこを突く――。


 葉桐が斬りかかると同時に震動機のスイッチがはいる。


 トリガーは、柄の部分に内蔵されたセンサーに、特定パターンの電流パレスを流すこと。物理的なボタンが付いているわけではない。微弱ながら精密な電流操作ができる葉桐にのみ扱えるよう、安全装置(セーフティ)がかけられているのだ。


 〈ハイ・ヴォルテージ〉を用いた理想的な斬撃が、男の身体を捉える――その直前に、触手の一本が割り込んだ。


 先ほどと同じ展開だった。


 異なるのは――。


 金属同士がぶつかる鈍い音。


 軽い手ごたえ。


 葉桐は自身の攻撃の結果を確認することなく、その場を飛び退る。

 一瞬の後に触手が先ほどまで葉桐がいた空間を薙ぐ。


 紙一重の回避だった。


 再び距離を取る。


 男は、自分の揃った五本の触手を見ると、にんまりと満足そうな笑みを浮かべた。


「今度は、切れなかったみたいだなァ――」


 ――学習された。


 葉桐は、自らの危惧が現実になったことを悟る。


 マトリクスセンサーと連動した自動操作。


 それは、単純な防御や攻撃を繰り返す、という代物ではない。


 葉桐が、攻撃を仕掛けたあの時、触手は一度目とは違い、刀に当たる部分の角度を微妙にずらしてきたのだ。


 機械文明の拡張技術といえど、超震動剣の斬撃を正面から受けるのはかなり危険だ。だから、斜めの角度ではじく――。


 インパクトの角度や地点を絶妙にずらすことで、触手が切断されることを防がれたのである。


 そういう風に「対応」されたのだ。


 つまり、一度目の斬撃によって、こちらの威力や速度などを学習し、次からそれを生かしてくる。

 自動で攻撃や防御の動きを修正する、学習プログラムまで搭載されている、ということだ。

 それも、戦いの中でリアルタイムに更新されるほど精度が高いものが。


「てめえの〈加護(ギフト)〉の正体も大体掴めた。自分の肉体にバフをかけるタイプだろ」男は得々と語る。「じゃなきゃあ人間があの初撃を避けるのは無理だもんな……」


 そして、防御を学習できるということは――。


「だけど、それももう『覚えた』」


 ――攻撃も学習するということだ。


 五つの触手が獣の足のように動くと、ふたたび葉桐に向かって飛び掛かってきた。


 葉桐は咄嗟に右へ飛ぶ。


 追うように伸びてきた触手が、シャツをかすめた。

 躱すのが遅れたわけではない。


 攻撃速度が――否、攻撃精度が上がっているのだ。


 校庭に叩きつけられた触手が、そのまま地面を掴み、収縮する。その動作で、本体である男が、葉桐のカウンターの届かない位置まで移動させられた。


 空を切る〈紫電村正〉。

 攻撃と防御が一体となった、〈ヒドラ〉の動作だ。


 そして――その時には『既に』次の攻撃が葉桐に襲いかかっていた。


 最初に攻撃を仕掛けたのとは別の触手による攻撃。二本同時。両側から、葉桐を挟み込むように繰り出される。


 左右には避けられない。跳ぶか、潜るか、後ろに下がるか――。


 葉桐は、咄嗟の判断で、スライディングをするように、男の懐へ飛び込む。


 回避――と同時に反撃。勢いそのままの片手突き。


 しかし葉桐の突きは男には届かなかった。


 攻撃に参加しなかった一本が、男の背後の地面を鷲掴みにし、男の身体を後ろへと引っ張ったのだ。


 読まれていた――。


 後悔する暇はなかった。


 なぜなら、また、その時既に次の攻撃は繰り出されていたからだ。


 一本でも厄介な触手が、五本。


 〈ヒドラ〉が触手で攻撃を仕掛けるとき、既に別の触手は防御や回避の為に動き始めていて、葉桐の攻撃を躱したり防いだ瞬間には、既に新たな攻撃の手が繰り出されている。


 流れるような、完全なる連携のとれたコンビネーション。

 嵐のような激しさで、次々と放たれる、〈ヒドラ〉の攻撃。


 それも、葉桐が回避・防御を行うたびに着実に学習していく。触手による攻撃がワンパターンになることはない。徐々に、フェイント、牽制、そういった搦め手を攻撃の合間に入れるようにすらなっていく。そして、それに対する葉桐の反応もまた学習していくのだ。


 少しずつ、葉桐は攻撃を差し挟む余裕がなくなる。


 回避や防御の動作を、すこしでも覚えさせないように、身体を捻って躱したり、屈んだり、跳んだり、転がったり、刀で逸らしたり――、様々なパターンを繰り出し、凌いでいた。


 目にも止まらぬ〈ヒドラ〉の乱打を、紙一重で躱し続けるその反射神経と身体能力は、人間離れしたものだった。事実、男は既に葉桐と〈ヒドラ〉の戦いを目で追えていない。しかし、それでも、大尾が近いことは男にもわかった。超人的な動きにも、限界はある。いずれ、〈ヒドラ〉の学習はそれに追いつくだろうし、そもそも、体力が続かないはずだ。


 男がそう考え、しばらくしてから――ついに、拮抗が崩れた。


 回避のミス。葉桐が避けた方向に、〈ヒドラ〉は罠を貼っていた。次の攻撃を、避けるスペースがない所へ追いつめられたのだ。チェスや将棋で、逃げ場のない所へと(キング)を追い込むように――。少しずつ誘導された詰将棋。


 そして放たれた、渾身の、〈ヒドラ〉の横薙ぎ。


 それまで、葉桐は正面から触手を受けることはなかった。パワーの差から、それが不可能であることは重々承知だったからだ。斜めに逸らしたり、軌道を変えたりするような目的でしか、〈紫電村正〉を使った防御はしなかった。


 しかし、今回は――真正面から攻撃を受けた。受けざるを得なかった。


 勢いは殺せず、葉桐は思い切り吹き飛ばされた。


 二〇メートル近い距離を、ワンバウンドで吹っ飛ぶ。


「おー、スゲー飛んだ」


 男が手を叩く。そして、眼前に表示された〈ヒドラ〉からのデータを見て、舌打ちをした。


「ふーん、自分から跳んだことで、ダメージをいくらか殺したのか……」男は眉を顰める。「小賢しい真似しやがってよ――いま、止めを刺してやるよ」


 地面を掴んだ五本の〈ヒドラ〉が撓み、伸び――跳躍する。

 凄まじい跳躍。飛ばされて、体勢が崩れた葉桐に回避する余裕はない。


 繰り出された攻撃を、また刀で受け、再び弾き飛ばされる。一度目よりも確かな手ごたえを、〈ヒドラ〉は感じた。


 葉桐が飛ばされた先は、中庭だった。


 校舎と校舎の間。花壇に植えられた花や、生き物を飼うための池が備えつけられた、狭い空間。


 〈ヒドラ〉で近づきながら、男は叫ぶ。


「これで――終わりだ!」


 触手の収縮による加速。さらに、空間が校庭より狭い事が幸いし、壁に尖端を突き刺したりすることで、〈ヒドラ〉は三次元的に移動する。


 よろよろと立ち上がった葉桐に対し、いままで最大の威力の、最高の速度の一撃を繰り出した。



 ――一撃。



 葉桐の身体を砕かんばかりの勢いで繰り出されたその一撃は、大きく外れた(・・・・・・)


「――は?」


 男が、呆けたように声を上げた。


 何か、葉桐が特別なことをしたようには見えなかった。


 ただ単純に、身体を捻って避けただけだ。むしろ、先ほどまでのやりとりに比べれば、男の目でも追えるほど、ゆっくりだった。


「なんで……?」


 勝ちを確信した男の顔が歪む。むしろ、本当の衝撃は、その後だった。


 悠々と近づいてくる葉桐に対して、触手がまったく反応しないのだ。ぴくりとも動かない。とっくに追撃か、回避か、防御か、何かしら動かなくてはおかしいのにも関わらず、電源が切れてしまったかのように、フリーズしてしまっていた。


「おい、どうしたんだよ、動け、動けよ――!」


 突然の事態に、慌てて錯乱する男。葉桐は、そんな男の顔を右手で鷲掴みにする。

 


 〈ハイ・ヴォルテージ〉の最終奥義――〈雷霆掌〉。


 

 それは、相手の体内の生体電流をコントロールする技だ。


 直接相手の身体に触れなければならないが、一度触りさえすれば――、その体内に流れる生体電流を完全に支配することができる。


 それはつまり、身体そのものを制御下に置けるということを意味する。


「眠れ」葉桐が言った。

「な、……か、は――」


 葉桐の言葉に応えるかのように、男の意識が飛んだ。


 脳を流れる電流を操作し、強制的に意識をブラック・アウトさせたのだ。


 男が地面に崩れ落ちた。

 男の背中から生える〈ヒドラ〉も沈黙を保ったままである。




 ――なぜ、〈ヒドラ〉は最後の一撃を外したのか?

 ――なぜ、〈ヒドラ〉は急に動かなくなったのか?

 

 その問いの答えは、この『場所』にある。


 校舎と校舎の間の中庭。ここは、「ルート3」だった。


 ロットベリ隊長率いる、警察の強襲部隊。彼らが、侵入していたルートである。葉桐も、ここを通って犯人の元へ突入した。


 強襲部隊は、突入の下準備として、そのルート上のマトリクススキャンを、全て無効化していた。それも、ただ単純にセンサーを壊しているわけではない。それだと、スキャンの範囲が「削れた」ことで、犯人に何か異常が起きたことが伝わってしまうからだ。彼らの偽装工作は、センサーをハッキングし、その探知領域に「何もない」「異常がない」という情報を発信し続ける、というものだ。手間こそかかるが、これならば、男の眼を欺ける。


 つまり、ルート3上のセンサーは、一見機能しているように見えるが、その実死んでいたのである。


 葉桐は、〈ヒドラ〉の『目』がマトリクススキャンをであることを確信してから、ずっと、この位置に犯人を誘導することを考えていた。


 誘い込んでいることが悟られないよう、あえて〈ヒドラ〉の攻撃を受け損なうようにして、吹き飛びながら、マトリクスセンサーが機能していないこの場所へとおびき寄せたのだ。


 〈ヒドラ〉の自動操縦は、マトリクスセンサーから送られてくるデータによって相手の位置を把握したり、動きを読んだりする。その〈ヒドラ〉が追っている獲物が、マトリクスセンサーが機能していない領域に踏み込んだら、どうなるか。


 葉桐は目の前にいるにもかかわらず、「そこにいない」ことになる。〈ヒドラ〉からしたら、突如目の前から消失したように見えたに違いない。


 結果、繰り出された最後の攻撃は、空を切り。


 その後、葉桐を見失った〈ヒドラ〉は次の攻撃を出すこともできず、その機能を停止した。


 いわば、マトリクススキャンの死角――そこに引き込んだのである。

 


 葉桐は、〈紫電村正〉を血振りし、納刀する。


 そして、体育館の方へ視線を向けて、呟く。


「さて――ヴァイオラの方は……?」

 

 


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