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ハイ・ヴォルテージ -HIGH VOLTAGE-  作者: 帯刃瑞生
クロース・トゥ・ジ・エッジ -CLOSE TO THE EDGE-
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Chapter.07『〈氷の魔女〉ヴァイオラ・グラキエース』





 葉桐が立て籠もり犯の男と交戦を開始した時、ヴァイオラはすでに校庭内に侵入していた。


 強襲部隊がマトリクスセンサーを無効化したルートを辿り、体育館へと乗り込んでいくためだ。


 強襲部隊の工作は、ただ単純に、センサーを停止させるだけのものではなく、受信装置に対して、『侵入者がいない』『異常なし』の擬装データを送信し続けるという手の込んだものだった。もちろん、そうしないとせっかくセンサーを無力化したにもかからわず即座に突入がバレて効果が半減するからだが。その、マトリクスセンサーが無効化されたルートを通って、犯人の方へ向かった葉桐は、おそらく相手側からしてみれば、領域内の中ほどに、突然瞬間移動でもしたみたいに「見えた」に違いなかった。


 ヴァイオラも途中までは葉桐と同じルートを用いていたのだが、凍結氷弾の魔術による狙撃を行った後は、別の道を使うことになった。


 それはもちろん葉桐とは目標が別であるからなのだが、――必然、最短距離を通れないヴァイオラは、相手のスキャンによってサーチされる時間は長くなる。


 加えて彼女に〈ハイ・ヴォルテージ〉はない。


 〈公安特捜隊〉である以上、訓練によって、そこいらの〈魔族(ストレガ)〉とは比べ物にならない身体能力を有してはいるが、それでも葉桐に比べれば移動速度はどうしても劣ってしまう。


 そのリスクを負ってでも、別行動をとり、行なわなくてはならないこと――。

 ヴァイオラの目的は、体育館にしかけられた爆弾の解除だった。


 敵の能力が未知数である以上、ふたりがかりで敵を仕留めにかかるよりも、保険をかけておいたほうがいい、というのが葉桐の戦略であった。


 犯人を即座に無力化できれば問題は無いが、それができなかった場合――最後のいたちっ屁で、自棄になった犯人が起爆スイッチを押す危険性がある。


 逆に、突入をしたところで即座にスイッチを押す可能性は低いと踏んでいた。

 爆破はあくまで最後の切り札であり、ぎりぎりに追い詰められるその時までそれを切ることはない。


 強襲部隊ではなく、侵入者が単独であったならばなおさらだ。


 突入してきた相手が独りならば、犯人だって自身だけで対応できると考えるだろう。


 ゆえに、二手に分かれて突入することを選択した。

 ヴァイオラは、体育館に仕掛けられた爆弾の解除をするために。

 葉桐は、立て籠もり犯の速やかな無力化。それが難しいようであれば、犯人の注意を引き続け、別働隊であるヴァイオラに近づけさせないようにすること。もちろん、爆弾を起爆させないのを大前提としたうえで、だ。


 簡単な事ではないが、ヴァイオラは、葉桐なら大丈夫であろうと確信していた。


(犯人が単独で犯行を行っているのは、自身の武力に自信がある証拠……。瞬殺は難しいかもしれないけれどぉ……、私が爆弾を停止させるための時間は十二分に作ってくれるはず――)


 体育館の裏手に到着したヴァイオラは、足を止めずに侵入経路を考える。


 二階からはいるのがスムーズだと、一瞬で判断した彼女は、立ち止まると、両手を地面に付けた。


 ぼう、と――。手を付けた部分を中心に、半径一メートルほどの、青白い光が浮かびあがる。


 次の瞬間には、光の中から現われた氷の柱が、まるで蔦のように伸びて空気中を走る。瞬く間に地面から二階の窓へと通じる氷の階段ができあがっていた。


 階段が完成するや否や、ヴァイオラはそこを駆け上っている。


 一切の迷いはない。足を滑らせる、などということもせず、あっという間に二階の窓へ接近する。

 窓に鍵がかかっているか――確かめる気すらなかった。


「砕けなさいッ――!」

 走る速度を落とすことなく拳を振りかぶる――拳が蒼い光を纏う――そのままガラスへと叩きつけた。


 足場の氷を踏みしめ、腰を入れ、遠心力を加え、体重を乗せた渾身の右ストレートが、体育館のガラス窓に炸裂する。


 甲高い音を立てて窓ガラスが粉々に砕け散る。


 しかし、ガラス片飛び散ることはなかった。落ちる前に空中で凍らされてしまっているからだ。欠片がまだ空中にある時点で、ヴァイオラの拳を起点とした氷の波が、捉え、固める。


 階下に捉えられている人質を傷つけることがないように、という配慮だった。


 ブローバック現象により外に落ちた破片も凍ってしまっている。

 ヴァイオラが突入した窓は、ぽっかりと大きな口を開けた前衛芸術のような、奇妙な姿になっていた。


 窓をぶち破ったヴァイオラは、そのまま体育館の一階へ、数メートルの距離を落下し、着地する。受け身を取ったため、これぐらいで脚を傷めたりはしない。


 突然の侵入者に、体育館に集められていた周囲の子供たちに動揺が走る。


 ヴァイオラは敵意がないことを示すため、軽く手の平を向けてから口を開く。


「大丈夫。私は警察よ」


 その言葉に安心した様子の児童たち。人数は、二十名ほどだった。情報よりも大分少ない。


 ――理由は、体育館の中を見れば嫌でも理解できた。


 つんと鼻腔を突く血の臭い。赤く染まった床。どす黒い染みの付いた壁。

 流れ出た血、まき散らされた臓物、オイル、部品、体液、肉片――。


 まるで、聞き分けのない子供が、自分の持っている玩具に八つ当たりをしたあとのような、そんな、殺戮の現場がそこにあった。


 あまりにも理不尽な暴力にさらされ、犠牲となった人たち。

 これは、犯人の要求が通らなかったことによる『見せしめ』とは別のものだろう。


(逃げ惑う人質たちに対しての脅し――にしても人数が多すぎる……、たぶん、これは、犯人の『趣味』ね)


 人質は、ほとんどがただの初等学生だ。恐怖で脚を縛ることが目的の殺しならば、ひとりか、多くてふたりで事足りるだろう。にもかかわらず、これだけの数の人質を手にかけているのは、その行為自体に愉悦を感じているに違いなかった。


 事前に確認していた、動画データの中で行なわれた、『見せしめ』の殺人の際にも、犯人には、あからさまに殺しを楽しむような様子が見られたのも、彼女の推測を後押ししていた。



 反吐がでそうだった。



 ――ヴァイオラがこの仕事に就いたのは、彼女の母がオーヴァゼアの理不尽な暴力に晒されて死んだからだ。


 母のような哀れな犠牲者を、一人でも増やさない為、自身の魔力の素養を、人を護るために使う事を決意した。


 特捜隊に入ってからは、怒りを覚える日々が続いた。

 公安が扱う案件――すなわち、都市の体制を脅かしかねない組織犯罪――有体に言ってしまえばテロ行為を首謀する奴らの身勝手さを、まざまざと、目の前で見せつけられる機会が爆発的に増えたからだ。


 暴力によって我を通す連中。


 自らの歪んだ思想を絶対視し、他者の命を踏みにじることに何の躊躇もない狂人。


 殺しを単なる手段とみなし、あまつさえそれを楽しむような表情さえ見せる奴ら。



『――この世界に正義も悪もない。あるのは体制と、反体制だ』



 公安に入る際、局長が演説で言った言葉だ。


 ヴァイオラはそれを聞いたとき、特に異論はなかった。

 単純な善悪でくくれるほど、この社会は簡単ではない。そう思っていた。


 だが、今は違う。

 自らを正義だと称する気は微塵もないが、この世界には『悪』としか呼べないような存在が掃いて捨てるほどいる。


 何も知らない他人を自分の都合だけで使い捨てる、吐き気を催すような邪悪が――。


 ヴァイオラは、ひとつ、深呼吸をした。

 自分の精神状態を、フラットな物へ戻すためだ。


 熱くなってはいけない。怒りに身を任せては、救える命も助けられなくなる。


(落ち着け、私――)


 吸って、吐いて。一呼吸だけで、とりあえず、怒りを心の隅に追いやることはできた。


 改めて周囲を見る。犯人の設置した爆弾を探し、解除するためだ。


 人質を先に助けたいが、マトリクススキャンによってこちらの動きは犯人に筒抜けになっているはずだ。人質全員に脱出されそうになっていることが知られたら、ムキになった犯人が、爆弾のスイッチを押す可能性がある。葉桐がそうはさせないように立ち回っているとはいえ、いたずらにリスクを増やすわけにはいかない。


 爆弾の場所のあたりはつけてあった。


 突入前の、強襲部隊の隊長と、葉桐のやりとり。

 葉桐の「爆弾はステージの上か」という問いに対して「さあ?」とロットベリ隊長は惚けて見せた。


 しかし、ふたりはその時のロットベリの様子が少しわざとらしかったことに気付いていた。

 一拍の間を置いてからの、わざとらしい否定。あれは、いきなり核心を突かれたことによる、咄嗟の防衛反応に他ならない。


 つまり――爆弾は、体育館のステージの上にある。


 案の定、そちらの方に目を向けると、大型の金属製の箱のようなものが、あからさまに置いてあった。


 一メートル立方の箱は、いくつかの操作パネルや配線も見て取れる。

 爆弾だ――。


 解除の為にステージに近づいていくヴァイオラの肌が、ピリピリとした空気の痺れを感じた。

 立ち止まる。これは、〈魔族(ストレガ)〉が感じることのできる、魔術の気配だ。


(妙ねぇ……。〈機人(オルギア)〉の男が設置した爆弾から、魔術の気配……?)


 不審に思いながらも、近づかないわけにはいかない。慎重に、距離を詰める必要がある。


 ヴァイオラはステージの端の階段から、檀上へあがる。


 ステージの中央に置かれた爆弾。そこにヴァイオラが一歩ずつ近づくたびに、魔術の気配は濃くなっていく。


 ヴァイオラは、爆弾からおおよそ五メートルほどの距離のところで歩みを止めた。


(何もないように見える。けれど――『何か』ある)


 右手を握りしめ、左頬の近くに掲げる。

 二言、三言小声で呪文を囁く。握った右手を開きながら、目の間に立ち込める靄を振り払うような動作で、大きく横に振るう。


 振るわれた右手から、一陣の、強い風が放たれた。


 ステージの脇に吊るされた暗幕が、風を受け、音を立ててはためいた。


 隠蔽された魔術を暴く〈可視化〉の魔術だ。


 ヴァイオラから放たれた風が通ったあと――。

 先ほどまで、何もなかったはずの爆弾の周囲に、紋様が出現していた。


 チョークで描かれたような白い線。大きく、複雑な円を基調とした模様が、爆弾を取り囲むようにして描かれている。


 いくつもの古代字が蛇のようにのたうち、幾何学的な図形が螺旋のごとく絡み合い、見ているだけで眩暈がするようだった。その様は、もはや、一種の芸術作品のようにも感じられた。


 それは、『魔法陣』と呼ばれる、〈魔族(ストレガ)〉の用いる術式のひとつだった。



 †



 〈魔法陣〉は言葉の力によって魔素(マナ)を操作する、言霊(げんれい)術式の一種である。

 力の循環の象徴である円と、指向性を持たせるための図形。それと、純粋言語と呼ばれる古代文字を組み合わせて記述することで、術式を発動させる魔術形式のことを言う。


 〈魔法陣〉の使用目的は、大きくふたつに分けられる。

 ひとつは、補助。自身の行使する魔術の効果を底上げしたり、自分ひとりだけでは使えないほどの大きな術式を行使する際に、足りない力や要素を補う為に使用したりする使い方。


 もうひとつは、術式の遠隔作動。魔術の行使者がその場にいなくても、定められた条件によって術式を発動させるという使い方だ。


 イメージとしては、プログラミングに近いかもしれない。


 術式の内容、効果、規模、処理、起動の条件、終了の条件、そういった魔術の発動に必要な諸々を、あらかじめ陣の中に記述しておくのだ。そして、完成した〈魔法陣〉に魔素(マナ)を込めておけば、あとは定められた条件にしたがって、自動で魔術が作動する、ということになる。 


 例えば、発動したときに魔法陣の中に人を立ち入らせなくなるような結界を張る術式や、誰かが足を踏み入れた際に発動し、炎で燃やし尽くすような使い方もできる。 



 爆弾を取り囲むようにして描かれた魔法陣。

 ヴァイオラは、〈可視化〉の魔術によって現われた『それ』、をじっと眺める。


(基本的には迎撃装置――誰かが不用意にこの魔法陣内へ入れば、即座に爆弾が爆発するようにセットされているわ……。陣を視えなくする〈遮蔽〉や、基本的な〈解呪〉に対して効果を発動する術式も組み込まれてる……。十中八九、今みたいなこういう状況――犯人がここを離れるような場合――を想定して作られたもののようね。とはいえ……)


 彼女は、他人の書いたプログラムを読み解くように、爆弾に施された魔術を解析していく。


 基本的に、陣が複雑になればなるほど、解呪は困難になる。


 解呪系の魔術に対する防御術式自体が、陣の内部に組み込まれていることが多いからだ。


 これもご多分に漏れず、その手の術式が記述されていた。


 ヴァイオラもいくつかの解呪術式は習得済みであるが、彼女が覚えているレベルでは通用しそうになかった。戦闘魔術師であるヴァイオラは、直接戦いに使用する魔術を重点的に習得している。解呪をはじめとする補助系統の術式は、それを専門とする魔族(ストレガ)に比べると、あまり得意ではなかった。


 無理に解呪をしようとすれば、おそらく、即爆破――。


(これは誤算だったわぁ……。まさかこれほどまでにレベルの高い魔術式で爆弾を守護っているなんて……。とても〈機人(オルギア)〉が簡易魔術装置で施したようなレベルではないわね)


 魔法陣のメリットのひとつに、〈魔族(ストレガ)〉以外の存在であっても、簡単なものであれば魔術が使える、というものがある。


 「使える」といっても、厳密に言えば、元となる陣を〈魔族(ストレガ)〉が設計し、適切な魔素(マナ)を流すことができれば、その陣の運搬や発動条件の達成を他者に委託することができる、程度のものに過ぎない。


 委託できる術式は、〈魔族(ストレガ)〉本来の用いるそれと比べれば、遙かに簡単で、効果の低いものに限られるし、その割には必要な記述が多く、煩雑になり、陣が複雑化してしまうというデメリットも大きい。


(この魔法陣は、〈魔族(ストレガ)〉がこの場で記述し、マナを流しているとしか思えない……。でも、犯行は〈機人(オルギア)〉単独のはず……。どうやって……? 明らかになっていないだけで、共犯者がいる――?)


 そこまで考えてから、ヴァイオラは思考を中断した。


 息を吸い、吐き出す。


 いくら考えても答えは出ない。否、出るかもしれないが、一刻を争うこのときに、時間を無駄にするわけにはいかない。


 自分がやるべきことをやる。すなわち、爆弾の解除を。


 術式が通用しないのならば、手動で行うしかない。

 ――つまり、魔法陣を直接書き換えるのだ。

 


 彼女は魔法陣の端に屈みこみ、指先に魔力を集中させる。

 その文字が、ゆっくりと魔法陣に書かれた古代語と重なり、別の意味の文法として処理される。



 直接の書き換え――それは、時間もかかるし、危険な行為だった。


 完成しているプログラムを後から書き換え、まったく別の無害なものへと変化させる。

 ただ適当にやればいいわけではない。


 積み上げたジェンガを崩さないように慎重に行わなければならないのだ。


 単なるプログラムであれば、エラーを吐いて終わりでも、魔法陣のエラーは、込められた魔力の暴走という結果を引き起こす。


 このレベルの魔術であれば、魔力の暴走による被害は少なく見積もってもヴァイオラの命――最悪の場合、爆弾の爆発につながる。



(それでも――やるしかないわ。人質全員を連れて避難するような時間と余裕は、ない)



 ヴァイオラはちらりと後ろを振り返る。

 集められた児童と、教師が、不安そうな瞳で――それでも、自分を頼っているのが伝わるような視線で――こちらを縋るように見つめていた。

  

 彼らを救うために、自分にできる最善を尽くす。


 ヴァイオラは魔法陣に向き合うと、全神経を集中させ、魔法陣の解呪へと取り組み始めた。



 

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