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ハイ・ヴォルテージ -HIGH VOLTAGE-  作者: 帯刃瑞生
クロース・トゥ・ジ・エッジ -CLOSE TO THE EDGE-
5/9

Chapter.05『〈ヒドラ〉-Hydra-』

 †

 

 体育館の屋上に立つ、犯人の男。その隣の少女を見たロットべリ隊長率いる強襲部隊に緊張がはしる。

 ――本命がきた。


〈えー、十五分経ったんだが、今回もまた円卓議会のお偉いさんたちが動く気配がなかったんでね。約束通りガキをバラします。んで……、おまえ、名前なんだっけ?〉


 男は体育館の屋上の際、今にも落ちそうなギリギリの淵に立って、隣にいる魔族(ストレガ)の女子児童に対して話しかける。


 マイクを差し出された少女は、涙を流し唇を震わせるだけで答えられなかった。完全に、恐怖で動けなくなってしまっている。


 ぱん、と乾いた音がマイクにより増幅され、響く。

 男が、少女の頬を張ったのだ。


〈とっとと答えろよ。殺すぞ。まあどっちにしても殺すんだけど、言う事聞かねーんなら、あれだ……えっと、めっちゃ痛くする〉

〈ミ、ミア。ミア・オーネスト……です……〉


 嗚咽をあげながら、辛うじて名乗る少女。


 ロットベリは唾を飲み込む。

 おそらく、犯人の男は、彼女と引き換えに、その真の要求を通そうとするはずだ。

 金や逃走経路。または、刑務所に捕まっている仲間の恩赦解放。あるいは、まったく別のものかもしれない。ただ、『オーヴァゼアと外界との無制限交流解放』よりはある程度現実性のあることを要求してくるはずである。


 しかし、次の男の言葉は、誰しもが予想していなかったものだった。


〈いっっっくらガキを殺してもね、議会のジジイどもは痛くも痒くもないみたいでね。人の命をなんだと思ってんのか。マジでムカつくわ。ムカつかない? つーわけでアレだ。命で動かないなら別の方法で訴えることにしまーす。いまからこのガキの尊厳を踏みにじってね、それから殺すから。まあ、つまり……端的に言うとレイプします〉


 男の言葉に、隊員隊の間に動揺が広がる。

 どういうことだ。本気なのか。


 体育館にとらわれている人質に、オーネスト議員の孫娘が含まれているのが確認できてから、本部の命令はミア・オーネストの救出・保護を最優先にするようにという方針にシフトしていった。何名かの『痛ましい犠牲』が出ているあいだも、強襲部隊が動けなかったのはそのためだ。強引に突入すれば制圧できない相手ではない。しかし、爆弾の件もあり、捨て鉢になった犯人が何をするかわからない。


 ロットべリの元へ、無線が入る。学校の周囲の包囲網で待機させている、狙撃班からだった。


〈こちらポイントD。隊長、いつでも撃てますが〉


 ロットべリは一瞬考えたのち、首を振る。

 男の背中で蠢く、六本の触手。単独で占拠を企み、実行するような犯人の拡張武装だ。おそらく長距離狙撃に対する迎撃システムは備わっているはずである。無用に犯人を刺激することは避けなくてはならない。


「駄目だ。待機を続けろ」


 そうして待機命令を出してから、別の部隊へ無線を繋げる。


「α1、センサの無効化は進んでいるか」

〈こちらα1、ルート3、ポイントF2まで無力化は完了してます〉


 ロットべリは心の中で舌打ちをする。――遅すぎる。

 犯人の男は哨戒兵器としてのマトリクスセンサーを、学内の至るところに仕掛けていた。


 マトリクススキャンは、〈オーヴァゼア〉へ入るために通る道路にも使われているほど高性能の三次元物質解析装置である。

 ある一定の定められた空間を構成する物質をリアルタイムで感知・検出・解析する〈機人(オルギア)〉の『技術』だ。


 その精度の高さはオーヴァゼアの内部でもトップクラスであり、もし医療現場で使われれば、ほんの一瞬マトリクススキャンの探知領域に患者が侵入するだけで、人間ドッグが終了するほどである、と言われている。最も、設置や維持コストの高さや、解析したデータの処理をするためにも別の技術が必要なため、導入はほとんどされていないが。


 なんにせよ、この装置をレーダー代わりに利用しているということは、不用意に踏み込めばマトリクススキャンにより即座に侵入者の人数から、位置、装備、その他諸々の情報が筒抜けとなって犯人に届く仕組みであろう。


 したがって、ひとつひとつ慎重にそれらを解除していく必要があった。

 解除されたことに相手が気づかないよう、偽りのデータを送り続けるような偽装工作をしながら進めるのはすこぶる骨が折れたし、中にはスキャン範囲が重複しているような部分があり、作業は困難を極めた。


 ルート3というのは事前のミーティングで導き出した、男が占拠している体育館を攻める上で最もアドバンテージがとれる経路だったが、それでも進行上の総ての(贅沢が言えないのなら最低でも八割の)センサーを無力化しなければ、作戦の遂行は困難という判断だった。

 だが、ポイントF2は進行ルートの四割地点。賭けに出るにはあまりに遠すぎる距離だ。


 そうこうしている間に、犯人の男の声が響く。


〈誤解すんじゃねーぞ。予めテメーらクソみてーなマスコミが偏向報道しねーように言っておくけどなぁ。俺はロリコンじゃねぇし、クソみてーな強姦魔じゃねえ。自分の性欲を満たすためにこのガキを犯すわけじゃねえってことはちゃんと理解しとけよ。俺がこのガキをレイプするのは、腐りきった円卓議会への抗議活動だ。これからの都市を担っていく、未来ある子供の命をいくつも見殺しにしたばかりか、その尊厳を奪われるような事態になっても指を咥えて眺めてることしかできねぇような政府に、俺たち都市住民の舵取りを任せられるかっつー話だよ〉


 男の触手の内の四つが、ミアの四肢をひとつずつ拘束し、その細い肢体を宙に張り付けるような形に固定する。

 男が手にしたナイフで少女の着ている服を切り裂くと、少女の悲痛な叫び声が響き渡る。逃れようと身をよじるが、それも叶わない。


〈や、やだ……! やめて……! ゆるしてぇ! こないで!〉


 男はその悲鳴を聞くと、うっとりとしたような恍惚の表情を浮かべる。


〈うーん、いいなぁ、やっぱ。電車とか店とかでさぁ、ガキがはしゃいで叫んでる声とか聞くと、マジでぶち殺してやりたいってずっと思ってたんだけどさぁ。レイプする前に必死で助け呼んだり許しを乞おうとしてあげる悲鳴だけは別だよなぁ……。何度聞いても滅茶苦茶興奮するもん。……くひっ、ひひひっ!〉


 男はひきつったような笑い声をあげる。


〈最近の初等学生って発育いいよね。胸とか尻とか、膨らみかけてる感じがそそるわ。……じゃ、このままぶち込んで、イクと同時に八つ裂きみたいに手足を千切る感じでやりまーす。あ、イクっていうのは、俺が、ってことね〉


 ロットべリはそこに至ってようやく、自らの誤算に気付いた。


 ――この男は狂人だ。思想もなければ目的もない。ただの既知外。


 まともな交渉が通じる相手ではない。


「拡声器を!」


 静観している場合ではない。まずは、呼びかけて動きを止める。なんとか宥めすかして時間を稼ぐ。なんなら、〈円卓議会〉が要求を呑んだことにしてもいい。

 それから、センサーの解除を全力で行わせる。八割は無理でも、六割ぐらいまで解除できれば、勝負になるかもしれない。分の悪い賭けになるが、四の五言ってる暇はない。

 時間をかけたらこの男は、すべての人質を鏖殺しかねないのだから。

 拡声器のスイッチを入れ、今まさに呼びかけようとしたその時、α1の無線から隊員の叫び声が聞こえた。


〈おい! 莫迦! 何をする気だ!〉

「なんだ、どうしたα1!」ロットべリが怒鳴りながら尋ねる。


 そして、無線機から流れる報告を聞き、隊長は自らの血の気が引くのを感じた。


〈……突撃です! 公安の特捜が、突入を開始しました!〉



 †



 ロットべリ隊長の推察は当たっていた。

 犯人の男の背後にある六つの触手――〈ヒドラ〉と名付けられたその拡張武装は、一本一本が丸太のような太さでありながら、精密かつ力強い動作を行うのが特徴の特殊兵器だった。


 六本の内の二本は犯人の男が自分の意志で、己の腕のように操ることが出来る。

 別の二本は男の感情に呼応し、搭載された独自のAIがはじき出した最適な動きをする半手動操作に対応している。


 そして最後の二本は、事前に組み込まれたプログラムにより、完全なるオートで防御、攻撃を行うよう設定されていた。


 自動操作の二本には、校内に設置されたマトリクスセンサーと連動した、対狙撃用の防御プログラムが組み込まれている。


 マトリクススキャンによって、ある一定以上の速度をもち男の現在座標に向けて近づく物体を検知した場合、角度や威力を計算した上で、即座に二本の触手が自動で男の身を護るように配置され、硬質化するのである。


 ライフルの弾速は、もちろん種類にもよるが、秒速一〇〇〇メートルをゆうに超えるものがほとんどだ。


 〈ヒドラ〉の対狙撃プログラムの対応距離は五〇メートルに設定されている。

 マトリクスセンサーによってリアルタイム解析されている領域を五〇メートル分通過すれば、計算上は防御行動が可能になるのである。


 (それ以上に速度が速い銃、威力の高い銃を使えば対応距離はさらに必要になるし、機人(オルギア)の技術を駆使した兵器を使えば、防御不能レベルの狙撃だって可能にはなるだろうが、警察組織が必要以上の火力を持つ銃火器を所持するのは『人道に反する』として都市治安維持条約によって禁止されている。BC兵器なども当然利用できない)


 ――つまり「それ」の接近に最初に気付いたのは、男ではなく二本の触手であったと言ってよかった。


 がくん、と引っ張られるような感覚が男を襲う。


 対狙撃プログラムによって自動防御が発動し、一対の触手が高速で動き、盾の役割を果たす。

 「それ」の速度がライフル弾ほどでもないこともあり、飛来物体が到達する前に完全に防御体勢を整えることができた。


 一瞬の後、着弾。


 軽い衝撃が男に伝わる。触手に内臓された装置と、クッションのように折りたたまれた空間そのものによって威力が激減しているのだ。

 それから、遅れて男の視界に表示される【CAUTION】の文字列。緊急防御が作動したことを知らせるためのものだ。


「来やがったなぁ……!」


 男は舌打ちをする。いずれ警察たちがこういった手段に出ることは予想していたが、目前のお楽しみがおあずけにされたことによる怒りが湧き出る。


 即座に対狙撃プログラム第二段階が展開される。着弾した弾丸の威力や角度を計算し、軌跡と距離を導き出すことによって、狙撃手のいる位置を計算によってはじき出すことができるのである。


 網膜上に表示される解析画面を確認した男の表情が、驚きに染まる。


 驚いたのは、狙撃手の位置ではない――。画面に表示された、別の物についてだ。


 一名がマトリクス領域内に侵入。高速で接近していた。


 それだけならまだいい。警察が突入してきたのだと判断できる。一名というのがひっかかるが、兎に角。


 しかし、侵入者の現在位置が問題だった。

 いくつかそびえる校舎の裏手の辺り、ここから死角になる位置――もちろんマトリクスセンサーに死角は存在しないが――なのだが、明らかに近すぎるのだ。


 初等学校の敷地ない全域をカバーするようにセンサーが張り巡らされているはずなのに、まったく気づかれないうちに、唐突に出現したとしか思えなかった。


 まだ距離はかなり離れているとはいえ、不自然なことには変わりない。


「なんだコイツ……どこから現われやがった!? センサーは壊されてねぇし、『瞬間移動』でもしたっつーのかよッ!? 空間転移の〈加護〉持ちかぁ!?」


 とはいえ、やって来たのならば戦わざるを得ない。

 一対一ならば自分が負ける筈がない。男がそう決意し、侵入者に対応しようとしたとき、さらなる『異変』に気付いた。


 〈ヒドラ〉の動きが鈍い。先ほど自動防御で狙撃を防いだ二本が、なかなか初期配置に戻ろうとしないのである。


「おいおいどうしたっつーんだよ。まさかさっきのクソ雑魚狙撃で故障する訳ねーし……


 男の耳が、わずかな異音をひろう。

 何か、小さなものがゆっくりとひび割れるような、そんな音だ。

 そして、眼前にある二本の触手が交差した部分。そこが、白っぽく変色しているのが見て取れた。


「なんだ、これ……?」


 不用意にそこに触れた男の指先に、燃えるような激痛が走る。


「痛ッ!」


 慌てて指を離すと、べり、という嫌な音がした。指先を確認すると、皮がごっそりと剥がれていた。血が噴き出る。


 男が触手に目を戻すと、白い変色部がかなりの勢いで広がっていくのが見て取れた。

 繊細で硬質な何かがひび割れるような音も徐々に大きくなる。


「わかったぞ……、『凍らされている』んだッ……! クソ、ただの弾丸じゃあなかったってことかよッ! マズいッ! なんとかしねーとッ!」


 とはいえ直接は触れない。すでにちょっと触れただけで皮が剥がれるレベルで温度が低下しているのだ。


 男は、〈ヒドラ〉で掴んでいた「もの」を屋上から投げ捨てると、残りの四本で強引に対応しようとした。


 四本の触手がそれまで掴んでいた『もの』。

 言うまでもない。――ミア・オーネストだ。

 哀れな魔族(ストレガ)の少女が、空中へと投げ出される。


「あ」


 男の間抜けな声が漏れる。


 しまった。忘れてた。でも、まあしょうがないか。そんな感じだった。

 この高さ。結構高いし、体勢悪いし、地面は硬いし、まあ、死ぬな。男はそう思い、ちょっと迷ったが、せっかくだし、少女が墜落死するところを見てみることにした。


 〈ヒドラ〉の異変は進行しているが、まあ、なんとかなるだろう。一瞬だし、上手くいけば脳漿とかがぶちまけられるのを生で見れるかもしれない。


 落ちていく少女と目があった気がした。絶望に打ちひしがれるような、自分の身に何が起きたのか、最期までよく理解できていないような、そんな表情。


 ――最高だった。


 マトリクスセンサーが異常を感知した。

 侵入者の接近速度が、大幅に上昇したのだ。


 速く、疾く、どこまでも上がっていく。それは、おおよそ人間に出せる速度を超えていた。

 放たれた矢の如く、近づいてくる侵入者。ただひたすらに、まっすぐ、少女が落ちるであろう場所を目指して。


 男の視線は落ちていく少女に向けられており、気付く気配はない。

 一陣の颶風が吹いた。


 男の目が驚愕に見開かれる。

 落ちて、砕ける筈の少女の肢体が、その直前で受け止められたのだ。


 何者かの手によって。


 その影は、少女を抱えたまま、慣性により十数メートルほど地面を滑る。

 そこに至ってようやく、男もその影がさきほどの侵入者であることに気がつく。


「嘘だろ……? 絶対間に合う距離じゃない。やっぱり瞬間移動したのか……?」


 侵入者は地面に少女をそっと降ろすと、男の方へ向き直った。


 黒髪に、葬儀屋のような黒いスーツに身を包んだ男。

 銀縁の眼鏡の奥の、沈んだ瞳が、男に向けて、まっすぐ、向けられていた。




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