Chapter.01『交じる異界のオーヴァゼア』
(Illustration / 貞影様)
この街の病気も演技も傷も キミには関係ないのにね
散らかった獲物漁るのが宿命 これに嘆いている
はみ出した者から掃除するなら 先ず僕が理想的なのに
見逃したのか 見逃した振りかな 未だに罰は来ない
(「某鬣犬」/tacica)
†
人生は絶え間ない選択の連続だ。
人は常に自分の思う最善を選び取って毎日を過ごしている。
それはつまり、毎日何かを切り捨てている、と言い換えても良い。
だからこそ想いを馳せる。
自分の選択は正しかったのか。
もし、違う道を選んでいたら、どうなっていただろうか。
自分ではない自分。選ばなかった選択肢の先。
そんなものをどうしても夢見てしまう。
異界観測学というのはそんな無邪気な想いの果てに生まれた学問であった。
我々の世界と少しだけ異なる世界。それを覗き見る為の試みは、思ったよりもすんなりと成功した。
分岐した世界。
並行世界の存在が、改めて確認されたのだ。
見えるのならば、手を伸ばしたくなるのが人の性である。
そうならなかった世界と交わり、意見を交換できたらどれだけ有用だろうか。
文明という手を差し伸べて、隣の世界と触れ合おうとした。
それが、いけなかった。
それは大転機と呼ばれた。
それは黙示録と呼ばれた。
それは境界崩落と呼ばれた。
それは新世界の始まりと呼ばれた。
それ以前に起きたあらゆる全ての出来事など、些細なことでしかなかった、とまで言わしめたその事件は、まるで触れることを恐れるかのように、ただ『イベント』と呼ばれた。
要するにそれは、隣の世界と交わろうとして、世界に罅を入れた途端。
罅の入った水槽から水が溢れるように、『裂け目』から異世界がどっと雪崩込んだのだ。
混入した世界は、すぐ隣の世界のような、僅かな違いしかないものだけではなかった。
魔力と呼ばれるリソースに依存した、魔族と人間が共存する、魔法世界。
超高度な科学技術を有する、宇宙文明の存在する世界。
次元の狭間を揺蕩いし、超越存在達の支配する固有次元。
かつて世界の壁を破壊した、『やらかした』者共が、新たな獲物を見つけて、乗り込んできたのだった。
様々な勢力が『裂け目』から現れ、睨み合いを行った結果―――超科学と超魔法と超存在とがうまい具合に三竦みを形成したことで、奇跡的に世界の流入は収まった。
異界との接続点である『裂け目』のある街は、地球上のあらゆる国家から放棄され、完全中立都市―――『オーヴァゼア』と呼ばれるようになり、各世界の重鎮たちによる協議の結果、厳重に隔離、封印された。
こうして地球は危うい均衡の上、なんとかそのバランスを保つことに成功した。
あるいは、バランスを保つことに成功したことにした。
闇鍋となった『裂け目』の周りに蓋をして、なかったことにして。
オーヴァゼアの街は何もかもを一緒くたに一つの鍋の中に叩き込んだような様子であった。
異界から湧き出したエネルギー……『魔力』の影響で、異能に目覚めた者。
まろび出た超越存在に触れ、『加護』を授かった者。
超科学の恩恵の賜物たる『技術』を持ち込む者。
騒乱の火種は雲霞のごとく。
『裂け目』の影響か、平行世界はすぐ身近にあり、気づかぬ内に世界を渡ってしまうことすら少なくない。
正しく混沌極まりないこの街で、今日もまた物語が生まれる―――