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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

塩バニのSS小説

作者: 塩バニ

「お前、こんなに小さかったっけか。」


墓の前でぽつりと呟いた。齢十七で俺を置いて旅立った親友は、生前の大きかった背中も逞しかった腕も、今はこんなに角張って小さくなって硬くなってしまった。彼は、最後の最後まで体を張って俺をいじめから守ってくれたのだ。なぜ彼が、急に俺の目の前に現れて急に助けてくれたのかは分からないが、彼のおかげでいくらか出会う前よりも楽しい生活を送れているのは言うまでもないだろう。唐突に俺の目の前に現れた君が突然何を言うのかと思えば、いじめから守るから勉強を教えてくれ、と。気が狂ってる奴なのかと思ったが、どうやら彼は次留年したらマズいとのことで必死だったようだ。さらに、放課後に残って勉強を教えるようになってからは今までのいじめがまるでなかったかのようにピタリと止んだのだ。俺も勉強は苦じゃない。こんな美味しい話、飛びつかない訳がない。彼が俺の目の前に現れてから毎日がだんだんと楽しくなって、周りに人も増え、全て好転の兆しが見えていたのだ。そんな時に君は、急にこの世を去ってしまったね。俺をいじめていた奴ら以外のクラスメイト全員はひどく彼の死に嘆き悲しんだ。そんなことがあってから早一ヶ月経った今日、まだ受け止めきれていない自分も在りながらも、花と線香を持って墓参りに来たのだ。

「お前がいなくなって、寂しいどころじゃねぇよ。」

こんなこと、本人の目の前で言ったらなんて顔をするだろうな。君はお人好しだから、俺がすぐ落ち込めばとても慌てて心配してくれたね。なんなら、俺よりも不安そうにしてくれて、なんだか…とても…。

「……あれ……?」

頬を伝う生温い感触に、ただひたすら口を押さえた。今の今まで我慢していた感情が急に思い出したかのように溢れてきた。葬式の時、ただ君がいなくなった事実を受け入れなくて呆然と突っ立って何も考えられなくて押さえ込んでいたいろんな想いが、涙となって零れ出した。もっとやりたいことがあった。君と。みんなと。一緒に文化祭でお店を回りたかった。一緒にセンター試験を受けたかった。一緒に卒業式で泣きたかった。同じ大学に通って、一緒に合コンとかしてみたかった。夜な夜な居酒屋で盛り上がってみたかった。知らないことだらけだった君を、もっと知りたかった。

「なんで……なんで……お前、あの時…。」

嗚咽混じりで、必死に声を出した。どうして君は、俺なんかを最後までかばって。命を落とすとわかって飛び出したなら君は、そうとうな阿呆だ。馬鹿だ。どうして君は、俺なんかをかばって俺の代わりに階段から突き落とされたんだ。君には未来があった。勉強さえできれば明るい未来が待っていたというのに。なんで俺なんかのために命を投げ出したんだよ。

「頼むよ……教えてくれよ……。」

ティッシュを顔に押し当て、溢れ出る体液をひたすらに抑え込んだ。悲しみで溢れかえってた頭の中にだんだんと大きくなっていく感情があった。復讐だ。俺の命の恩人を、俺の大切な親友を奪ったあいつらに、復讐をしてやるんだ。今度は俺が命をかけて。もしかしたら君はそんなこと望んでいないのかも知れない。けれどこれは俺のエゴだ。俺と君がされたことをあいつらにし返してやるのだ。今決めた。人道的でないと言われても、血も涙もないと言われても、俺の中の善意や感情や道徳を捨てたとしても、俺は君の死をもって復讐することを誓う。だから、だから君は。

「もし俺がそっち行った時のために、勉強道具用意して待っててよ。」

最後にほほ笑みかける。そして手を合わせ、また来る、そう呟いて立ち上がった。彼らは君の存在で意気消沈しただけなのだ。君がいなくなり無防備になった俺をきっと再び襲いに来るだろう。だけど、俺はもう昔の俺じゃないと、君が守ってくれたあの日々を決して無駄にはしないと強く誓った。その時ふと、背後から声がしたような気がして振り向いた。当たり前だがそこには何の人影もなく、俺はもしかしたら、と想い、

「大丈夫。」

と語りかけるように、その場をあとにした。










俺この和菓子そんな好きじゃねぇんだよな、と俺に話しかける彼に向かって嫌味ったらしく言ってみた。まぁ届いてるはずもない。もうこの声はお前に届かないんだなと思うとただひたすらに寂しい。ポロポロと涙をこぼす君を見つめながら、彼の言葉に一つ一つ返事をしてみている。なんでと問われた。どうせ君には俺の言葉が届いてないから初めは言わなくてもいいかと思っていたのだが、まぁ今日で一ヶ月だし、答えてやるかと目の前に座って口を開いた。

「お前、忘れてると思うけど、お前は俺の命の恩人なんだぞ。」

彼は俺と出会ったのは高校が初めてだと思っているが、実は幼い頃に一度出会っていたのだ。俺は昔、両親に虐待にあっていた。毎日が苦痛で、死にたいと思っていたのに死なせてくれなかった。何度もあの家から飛び出した。でもその度に家に連れていかれ、拳、熱湯、タバコ、リモコン、特に機嫌が悪い日はバットを俺に向かって振り下ろした。小学校高学年でありながらも死を目前とした日は少なくなかったのだ。でも、学校の帰り道で突然目の前に現れた君は俺の体に無数に蔓延る傷を見て無理やり俺の手を握って保健室に連れて行ってくれたね。先生と君が泣きながら俺の話を聞いてくれるもんだから、俺も今まで押さえ込んでた気持ちを全部話すことができたんだ。両親は逮捕され、俺は施設に預けられた。なので学校も変わってしまい、君と会えるのはこれっきりだと思っていたんだ。そしたら、まさか高校が同じだとは思わなかった。俺はすごく嬉しかった。忘れるわけないさ、君のそのいつまでも変わらない優しさ溢れる風貌を。でも君は、笑ってなかった。話を聞くと、この学校は中高一貫校で、高校から入ってきた俺は君がいじめられていたことを今知ることになったのだ。彼が中学の時に告白された女の子が浮気して、その浮気を責めたら新しい彼氏のそこそこ権力のある先輩からいじめのターゲットとなってしまったのだという。俺は唖然と立ち尽くした。何故?何故こんなにも優しい彼が虐められなければならないのだろうか?彼は何も、何も悪くないのに。俺は力いっぱい拳を握って誓った。今度は俺が君を守るんだ、命をかけて。俺が必ず君の笑顔を取り戻してみせる。そうと決まれば行動は早かった。周りに人がいない時間を狙ってひたすらに勉強を教えてくれと頭を下げた。代わりにいじめをとめるから、と。俺は別に成績は悪くなかった。でも、こうする方がきっと優しい君は頼まれてくれる。明くる日も明くる日も、日中は君に近付く奴らから君を遠ざけ、呼び出されれば俺が相手をして、放課後は教室に残って授業の予習復習、試験対策の勉強に付き合ってもらった。君を守るためならなんだってしたさ。人生で初めて人の顔をグーで殴った。君を地獄に突き落とした女を寝とって捨てたりもした。君の手を汚さないように君を苦しめるヤツらから君を守るためなら、俺は人道すら捨てる覚悟だった。でも君は少しずつ俺に心を開いてくれた。幸いにも、俺は部活で柔道を習っていたから人並み程度の体格の相手なら簡単に投げ飛ばせるくらいの力は身につけていたため、そんなことも知らない奴らはメンチ切って喧嘩を売ってくるも簡単に俺に追い払われていた。次第に手を出す奴は減り、だんだんと笑顔が戻って言った君の周りにはだんだんと人が増えて俺も「ボディーガードくん」なんて呼ばれたりして楽しい日常が戻っていったのだ。そんな時に事件が起こった。俺は学校の帰りに部活の顧問に呼び出され、先に玄関で待っててくれと告げ教室を後にして職員室へ向かって歩いていた時だった。ふと嫌な予感がした。なんとなくだがその悪寒に任せて彼の元へ走っていった。教室に戻るがもちろんいなかった。そして階段を降りている途中に、何も知らない君と、今にも君を後ろから突き落とそうとする手が見えた。そこからは無我夢中だった。

「危ない!!!!」

え?と君が振り返る間もなく、俺は君を真横に突き飛ばし、俺は奴に突き飛ばされ、今でも奴の真っ青になっていく顔を覚えているよ。俺はそのまま階段を転がるように落ちて、頭を強く打ち、帰らぬ人になった。後悔はしてない、と言ったら嘘になる。君とはこれからの人生ずっとよろしくするだろうなと期待していたからだ。ただそんな中、不幸中の幸いともいえようことがあったのだ。俺は、成仏しなかった。あまりにも君が心配すぎて、この世に実体なく残ってしまったのだ。見守ることしか出来なくなった俺を許してくれ。俺は復讐なんて望んでないかもしれないと君は思ったのかもしれないが、俺は正直奴らなんてどうだっていい。君が笑顔で過ごせるならなんだっていい。君が復讐を望むのなら、俺はずっと君を見守っているよ。ふと君に触れようとした。でも、きっと触れることなんて出来ないだろうな。そう思って触れようとする手を引っ込めたその時だった。君の背後に、奴が現れた。君は全く気づかない様子で僕に話しかけてくる。奴はボスといえよう奴とは違って体格も地位もそんなになかったが、金属バットを持っていた。今にも殺しそうなめで君を見つめていた。俺は。俺は怒りと危機感で考えるより先に体が動いていた。俺を階段から突き落とした張本人が、何今になって出てきやがる。謝りもしなかった、反省もしなかった、それ相応の罰を受けなかった手前が、そんな顔をして君に手を出そうなどおこがましいと思わねえのか。すぐ様やつの目の前に立てば胸ぐらを掴み、やつに負けないくらい殺人鬼のような目で奴の目を真っ直ぐに見つめた。奴は、最初は何が起こったのかわからないと言った様子だったが、俺と目が合うと顔をだんだんと青ざめさせて目を見開いた。

「いい加減にしろよ。」

腹の奥底から出てきたようなドスの効いた低い声でそう呟くと、人間の力じゃ到底無理だというような力で奴をそのまま少し離れた墓石に向かって投げつけた。

「やめ---」

蚊の鳴くような声で奴は簡単に吹き飛ばされ、墓石に頭を強打すれば真っ赤な液を垂らして喋らなくなった。俺は自分の手を見つめた。実態に触れることが出来た。何故。でも、これなら君をまた守ることができる。俺のことに夢中になって今の事態に全く気づかなかった君はゆっくりと立ち上がった。復讐を強く誓った君の背中は俺が高校で出会う前よりもたくましく見えるよ。そんな君の背中を見つめて、

「負けるな。」

と呟いた。君はハッとした様子で振り返り、もちろん俺のことは見えていないようだったが、大丈夫と俺に声をかけてくれた。君も大丈夫さ。君が幸せになるなら、俺は、たとえ幽霊になってもずっと君のことを守り続ける。

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