後
すっかり『ク●イジー・ソルト』で盛り上がったふたりは、せっかくだから音楽でもかける事にした。根岸君がスマホに落とした『ク●イジーケンバンド』の曲である。
「クレイジー繋がり!」
「ああ、クレイジー繋がりだ!」
「クレイジーに乾杯!!」
……もうなんだかよくわからない盛り上がりになっているがいつもの事だ。
「そうそう、そういえば般若心経と塩以外に何を持ってきたんだよ?」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた。これとこれとこれと……極めつけはコ・レ・DA!!」
創一がカバンから取り出したもの……それはワンカップ焼酎とお守りと、赤いストロー、そして木でできたログハウス型の貯金箱だ。
「え、全然意味わかんない」
「まずコレな。塩の他に日本酒がいいと聞いたことがある」
「でもこれ焼酎だよ」
「あれ?ホントだ」
残念すぎる結果。焼酎では原材料が違う。
だが心優しい脳筋、根岸君はいかにも脳筋っぽいざっくり妙案を出した。
「そうがっかりしなさんな、創一どん。幸いウチに米はある。俺、多分米が大事だと思うんだよね」
根岸君は再びキッチンに立ち、米をジョッキに少し入れて持ってきた。
そこに焼酎を注ぐ。
「うん、これでよし」
「流石ネギ!冴えてるぅ!!」
これでいいのかは兎も角として、ひとつ問題は解決した。ふたりはまた意味なく乾杯する。二人共そんなに飲む方ではないので、まだ2本目。しかもアルコール度数がとても低く、ジュースっぽい酒だ。
「でコレは?」
お守りはなんとなく意味するところがわかるので、それが安産祈願であることはさておいて赤いストローとログハウス型貯金箱に対して質問する。
「俺考えたんだけどさ、歴史上でも幽霊騒ぎってあったわけじゃない?その際神社を立てたりして悪霊を神様として封じるわけよ。ここにいる幽霊さんも居場所があれば問題ないんじゃないかなって」
本当は神棚が欲しかったのだが、神棚をネットで検索したところ当然それなりのお値段だった。そこで創一は木でできたログハウス型貯金箱に目をつけたのだ。
ちなみにお値段はホームセンターで¥398。とてもリーズナブル。
「ほらこれ屋根が取れるから、ここにお守りを入れてさ!」
「おお!賢いなぁ創一!!」
「ちょっと高い位置に置いた方がいいんじゃないかな?多分。そんで、この赤いストローで鳥居を作る。あ、接着剤忘れた」
「輪ゴムでいいだろ、輪ゴムで」
赤いストローで鳥居を作り、最奥にログハウス型貯金箱、お供え物的な感じで焼酎と米の入ったジョッキと『ク●イジーソルト』を設置。場所は備え付けの押し入れをリフォームしたクローゼットの、おそらくは元々天袋であった部分に決めた。
色々おかしなことになっているが、ふたりは大満足で柏手を打つ。
「あれ?でも般若心経いらなくね?」
「いやいや、何事も穏便に済んだ方がいいってだけ。ほら、生きてるやつだって話が通じるやつと通じないやつっているじゃない」
般若心経は話が通じなさそうだった時に使うらしい。
そんな折、突如テレビ台に置かれたブルートゥーススピーカーがザザッと不穏な音を立てた。ミシッ、ミシッという謎の音が方々から聞こえる。
実のところ、創一はビビリである。
ビビリの癖に、心霊話や心霊スポットが大好き。そして夜中トイレに一人で行けなくなるタイプ。好奇心は時に猫を殺すが、心霊話はアホの子が夜中の用足しを確実に阻む。
さしてそれらを気にした様子もない豪胆な温厚脳筋根岸君が「ちょっとトイレ行ってくるね〜」と席を立とうとするのを制止してしがみついた。
「ネギ!なんかおかしいって!!今俺を一人にしないで!!一緒にいて!!」
「うわぁ、それ彼女に言われたいわぁ……。でも創一じゃ全然嬉しくない。あと漏れる。俺はこの年になってお漏らしをしたくはない」
根岸君はすげなくそう言ったが、心優しい彼は「大丈夫、般若心経がついているよ」と冊子をそっと渡してくれた。
彼がトイレに立つと、益々音は酷くなった。
「うわぁぁ怖ぇぇえぇぇぇぇぇ!……これって何現象っていうんだっけ?!うわ、出てこねぇ、こういうの気持ち悪!怖い上に気持ち悪いとか、最悪か!」
そこで創一はおもむろにスマホを取り出した。
とりあえず気持ち悪い方を先に解消しようと思ったのだ。
「教えて!G●ogle先生!!……そうだ、『ラップ現象』な!うん、すっきりした。だが怖ッ!!こういう時こそ般若しん……」
ガラスの扉の向こうに、女の影。
それと同時に、固まる身体。
(こ……これが金縛りか!!)
初めての金縛り。『はじめてのおつかい』と違ってまるでほのぼのしていない。
創一は恐怖した。
ゆっくりと……だが確実に近づいてくる女。
(つーかネギ遅いよ!!大なのか?!大の方なのか?!)
般若心経をちゃんと覚えていない創一は、冊子を見ながらしか心でも唱えることができない。身体は固まっている。
ガラス越しに見える女の影がこちらを向くのがなんとなくわかる。……近づいてくる。
(ヤダヤダヤダヤダ来ないでぇ〜!呪文呪文、なんか対抗できそうな呪文……)
創一は考えた。だが思いつかない。
苦し紛れに思い出した、それっぽい言葉を心で必死に唱える。
『とっぴんぱらりのぷう』
それしか出てこなかった。
以前、学校の民俗学の授業で民話や伝承についてやっていた時、講師が教壇で話した完結の際使用される言葉(『結句』という)……つまり『めでたしめでたし』の方言の一つである。秋田の民話に多く見られる。
今の状況に全く相応しくない。
ただ、ひとつ思い出せたせいか……他にも『ポリクロロプレン』とか『スリジャヤワルダナプラコッテ』等も出てきた。特に役には立たないが。
そしてゆっくりと、ほんの少しだけ扉が開いた。
……少なくとも創一にはそう見えた。
『ア●ラ カタブラツルリンコ』と一応呪文もでてきたものの「ちょっと違う」。
創一は恐怖で薄れゆく意識のなか、そう思うのだった。
「も〜、なんだよ創一……寝ちゃったの?」
気が付くと創一はほんの短い間意識を失っており、根岸君に声をかけられて意識を取り戻した。
女の影は見当たらないが、般若心経の小冊子は何故か紙が薄汚れている。
「ごめん、ネギ……俺帰る。夜道が怖いので送ってください」
「ん?あぁ、コンビニ行きたいから別にいいけど、夜道が怖いとか女子かよ」
そう言って笑いながらも根岸君は創一を送ってくれることとなった。
その道すがら、創一は珍しく根岸君に真面目に転居を勧めた。
その真剣な様子に、根岸君も真面目に転居を考える事にしたようだった。
そして数日後——
「あれから結局引っ越してさぁ〜」
いつもニコニコしている根岸君だが、殊更にニコニコしている。とても幸せそうだ。
真面目に引越しを考えた根岸君だが、そう何度も引越しをするお金がなかったため彼女に相談してみたらしい。すると彼女はなんと一時的に同棲を提案してくれたのだという。
「いや〜、創一のおかげだよ!!」
「うるせぇリア獣!!爆発しろ!」
そうは言ったが創一はホッとしていた。
家に帰ってから風呂に入ろうと着ていたTシャツを脱いだところ、背中に謎の手形がついていたことが判明したからだ。
何も考えていない馬鹿、創一だが、今回のことを通して『もう二度と霊関係でヤバい場所には近寄らない』と心に決めた。
根岸君が『今度創一の為に合コン設定する』と言ってくれたため、創一もご機嫌となり、その部屋についての話をすることはもうなかったのでどうなっているのかはわからない。
ただ一回根岸君が入居をしてしまった為に、貸す側が借りる側に対して事故物件であることへの説明責任はなくなってしまったせいか、家賃が他の部屋の値段とさして変わらない位になってしまったようだ。
結構経ったあと、創一が急に思い出して仲介業者(不動産屋)のサイトにアクセスしその部屋の家賃を調べたところ……再び安いお値段になっていた。
とっぴんぱらりのぷう。
こんなオチになるとは想定外。