ほんの、一瞬の出来事。
瑠璃の所属している部活は本来の下校時間より長引く時がある。
2週間後の秋の発表会に向けていつもより少し長めに
気持ちを込めて練習するのだ。だから、帰る時間は必然的に遅くなる。
ミーティング後、楽器を担いだまま靴箱の靴を履き替えて校舎を後にする。辺りはほのかに薄暗いが、まだ一人で帰れる時間だ。友達は帰り道が全員反対方向で寂しいけど。
先に帰るからと友達と別れた後、校門の前にふと見慣れた姿を見かけた。誰かを待っているのだろう、肩にかけたスポーツバッグを持って校門の前でスマホを開いている。彼もまた遅くまで残って練習だったのかとなんとなく嬉しく思いながら、近づいて声をかける。
「 翔。翔 もこの時間までだったんだ?」
「…そうだ。」
「そっか…じゃあ私、これで。 翔も帰るとき気をつけ」
「バカか。一緒に帰んぞ」
そう行って はスマホをしまい前を歩き始めた。驚いた はあわてて必死についていく。
「ね、ねえ…部活の子はいいの?!」
「いいんだよ。早くしろ…お前だって1人なんだろ?」
ゆりは何が何だかわからないまま翔に小走りで追いつき、そのまま一緒歩き始めた。もしかして私の部活が終わるまで待っててくれたのだろうか。嬉しい。
そのまま無言でいるのももったいないので、ゆりは最近の友達との笑い話や近づいてくるテストの話などを頑張って話した。
もっとも翔は昔から無口で返答は相づちを打つだけだったが、それでもちゃんと聞いていることはわかっていたのでゆりにはとても楽しい時間だった。
向かい合う両家まで、2人だけの穏やかで甘いひと時である。
そうして歩きながらの会話中、お互いの家まであと3mのところでゆりはある噂を思い出しふと会話と足を止めた。この前、雛ちゃんから聞いた話だ。なんでもこの幼馴染がラブレターをもらったのだとか。この口下手な幼なじみは自分のことをあまり話したがらないだろうが、とても気になる。
「?どうした」
翔もつられて立ち止まる。私は彼に向き合って彼の顔をじっと見つめた。雰囲気は落ち着いていて、剣道部の主将を任せられる実力がある。華やかさはないけど、よく見ればイケメンで、よく学校の女子が練習風景をじっと見つめているのを見かける。
私も練習風景を見たことがあるけど、真剣な顔で一生懸命稽古している彼はとてもかっこいい。
それに気づいたのは初めて彼の練習を見させてもらった6歳の時だ。おばさんに連れててってもらって一緒に見学したのだが、その様子を見た瞬間、彼に落ちてしまった。
それからは瞬く間に、翔がご飯を食べてる時も、遊んで笑っている時も、どんな姿の彼でもつい目で追ってしまうようになった。幼馴染という関係が壊れるのが怖くて手をこまねいているうちに、高校生にまでなって今に至るが。
「なんだよ」
翔が不思議そうに聞いてくる。私は緊張で握りしめていたスカートをゆっくりと離した。
「…最近、坂本さんと仲良いんだってね」
「…なんでそれをいきなり…ってかそれほど仲良くないぞ。」
「そうなんだ…つい」
つい、告白されたとか聞いたから気になったんだけど。なんてこと言えなくて、おし黙る。
みかねた翔が話し始めた。
「そっちこそどうなんだ、この前、お前と同じクラスの飯田と廊下で身を寄せ合って楽しそうに話してた。」
「え、そうかな…普通の話をしてただけだけど…」
「とても楽しそうだった。お前笑ってたし。」
「え」
「仲いいんじゃないのか」
翔の顔がこわばる。なぜかはわからないが、なにか弁解しなければ。
「そ、そんなことないよ!飯田くんはお友達だよ」
「その割には楽しそうにしてたじゃないか」
「ただ会話してただけだよ!」
翔のことを話していたのだが、なんとなくそれを知られたくない。
「だいたい、翔だって坂本さんから告白されたとかあるんじゃないの?わたし聞いたんだからね!」
勢い余って余計なことを聞いてしまった。後には引けない、どうしよう?
「それでちょっと嬉しかったでしょう?…告白とか…受けんじゃないの?!」
もうこうなったら聞いてしまえ。…あれ、翔 がちょっと固まってる…?
「…そんなわけあるかっ俺は昔からおまっ…」
顔を赤くしたまま翔が反射的に声を荒げる。
「え…」
「…なんでもない。じゃあな」
赤くなった顔を隠すようにして翔は前を向き、家へと帰り始めた。私は今起きた出来事を前にどうすることも出来ず立ち止まったままだ。
翔が家のドアを開けて家に入る瞬間、こっちを振りむいて言った。
「早くうち入れ」
「…うん…」
現状が理解できず思考停止したまま、自分の家のドアを開けた。
「えっと…また明日ね」
「おう」
はぶっきらぼうに答えた後、ドアを思いっきり閉めて家に入っていった。私はというと、同じく家に入ってドアを閉めたが体の力が入らず玄関に座り込んでしまった。
「な、なんだったの今のは…」
思い出してみようとするけれど容量オーバーで何もわからない。
ただわかるのは、なんとなく明日から何かが変わるような気がする、ということだけだった。
お時間をいただき、ありがとうございました。






