エウリアちゃんの粉骨砕身
わたしは悪魔。名前はエウリア。
あなたの願いを、適切な対価でかなえます。
対価っていっても、だいたいの場合は寿命をいただく感じ。
大きい願いはそのぶん寿命を縮め、不相応な願いは身を滅ぼす。
逆に「虫歯を直したい」とか「血管についた脂肪とコレステロールを除きたい」とかいった願いだと、マイナスプラスの結果で寿命が伸びたりもする。
顧客ニーズの本質を理解して、願いをかなえるための適切な手段と対価を提案、相互の納得のもと契約に至る。
さらに言うと社会にも受け入れられる悪魔契約。
『売り手良し、買い手良し、世間良し』
それが私のモットー。
わたしは悪魔。名前はエウリア。
今は流しの営業中。
空の上から、街の人々を観察する。
楽しそうな顔
幸せそうな顔
苦しそうな顔
悲しそうな顔
街にはいろんな人がいる。
その中から、悪魔を求める人を探し出す。
ほかの悪魔よりも早く探し出す。
それが悪魔の目の利かせどころ……
「やっぱり全然ダメだ……」
ただ、そんな営業方法は昔の話。
空から人の顔が見られなくなって久しい。
屋上は施錠され、外の非常階段も使用禁止。
トイレの窓も、はめ殺しで開かない。
川の土手は放置された犬のフンだらけ。
空をぼーっと眺めて考え事のできる場所が減ってきている。
そしてその結果、空から人々の表情をうかがうことも難しくなった。
『エウリアー?』
突然、脳内に響く声。
配魔センターからの通信だ。
「エウリア、はい」
『大手1丁目 追手町公園』
「エウリア了解。向かいまーす」
今は、街中のUnHappyアンテナが、悪魔を求める心を見つけ出す。
人々のUH信号を複数のアンテナが受信、その信号の特性と強弱から顧客の位置を特定する。
顧客情報は配魔センターが集約し、最寄りの悪魔に伝えるというシステムだ。
よほどの昔気質の悪魔でも無いかぎり、この配魔センターのサービスを受けて営業している。
私もその一人。オペレーターの指示に従って、公園へと飛んでいく。
「センター?」
『どうぞ』
「エウリア、追手門公園到着、対象願います」
『はい。公園西側ベンチー』
「はーい」
指定された方向へと向かう。
『成人男性、30歳程度。ステータスは悩み事』
「エウリア確認。現着でーす」
『サンキューエウリア』
「サンキュー」
センターとの交信を終了して、目の前の男性を観察する。
そうそう、今の私は透明。姿を消すことができる。
そうじゃないと空を飛ぶのを見られて大騒ぎだ。
透明で気づかれないのを良いことに、男性を頭のてっぺんからつま先まで見る。
ボサッとした髪。太くて密度が高い。脂も多めだ。
メガネ。
剃り残して伸びた数本のヒゲ。
太ってはいないけど、お腹が予備軍。
丸めた背中に突き出した口。不満の表情だ。
薄手で大きめの紺色スーツ。これしか持っていない系。
オーバーサイズのスニーカー。
公務員か、学校の先生……多分公務員だ。
手の落ち着き場所がないらしく、膝の上においたり、ふとものの間にはさんだり、腕を組んだり、頭をガシガシと掻いたりしている。
全身で不満と不安を表しているにもかかわらず、目には感情がない。
悩んではいるようだが、考えこんでいる風ではない。
「あー」
その男が小さく声を上げた。
「あー……もう」
『目のしごと』はこれでおしまい。
そろそろ交渉を始めよう。
「わたしは悪魔、名前はエウリア。あなたの悩みを解決します」
「え?」
突然現れた私に驚く対象者。
次の言葉を待たずに、私は続ける。
「最初に重要事項を説明します」
ここからはいつもの流れだ。
重要事項を立板に水で説明していく。
目の前の男性が口を挟まなかったため例のツッコミができなかった。
それは少し残念だが、最後まで漏れなく説明しきった。
「最後にもう一度自己紹介です。わたしは悪魔、名前はエウリア。モットーは、『売り手良し、買い手良し、世間良し』です!」
「………………」
説明中もそうだったが、リアクションが全くない。
相槌も、うなずきも、笑ったり驚いたりもない。
言葉が届いているのか、理解してくれているのか、少し不安になる。
「あの~」
会話のボールを渡したつもりでいたけど、相手はそう理解していないっぽい。
やむなくこちらから話を振り直す。
「なんですか?」
「悪魔」
「ん?」
「悪魔です。私」
「はい」
「わかります?」
「はい、ネットで聞いたことあります。願いを叶えてくれるって」
「良かった。それは話が早いです。それでですね」
「はい」
「あなたの、悩みを、解決します」
「…………」
また反応がなくなった。
こんなパターンは初めてだ。
全然ノってこない。
のれんに腕押し、糠に釘とはこのことか。
「ですから、お兄さん、何かお悩みですよね?」
「いいえ?」
「えっ?」
「えっ?」
悩みがない?
UHアンテナのエラー?
それは無い。
さっき見ていたときの様子、あれはストレス状態で間違いない。
「ずっと、考えごとしてましたよね? 今」
「え? ああ、はい」
「何か悩んでいたんじゃ?」
「……べつに……」
これはあれだ、コミュニケーションの難しい人だ。
相手のグローブの位置ぴったりに質問のボールを投げないとキャッチしない人だ。
「じゃ、じゃあですね。何か、『こうなったら良いな~』とか、希望とか願望とか、あります?」
「あ、あー、それを悪魔さんが叶えてくれるってことですか?」
よし! ボールを取ってくれた!
「はい。私で可能なことで、対価が「戦争とか起こせませんか?」
重要な条件を念押しする前、食い気味にリクエストを出してきた。
「戦争ですか?」
「はい。どこかの国が攻め込んでくるようなやつ」
「申し訳ありませんが、できません」
「えー、リアルの悪魔ってそんなこともできないんですか?」
バカにした物言いに、少しイラっとくる。
とはいえ、この話は新人研修で学んだ想定問答の一つ。
「はい。昔の悪魔は『隣の国を征服したい』というリクエストの手伝いをもしたそうですが、その頃って悪魔の数も少なかったんです」
「…………」
「昔の悪魔って数十人しかいなかったものですから、その数十人が数千・数万の魂を集める手段として戦争を使うこともありました」
「…………」
リアクションが無くて話のリズムが作りにくい。
「今は悪魔も10万人近くまで増えまして、その10万の悪魔が戦争のリクエストに応えてしまうと人類が滅びてしまうわけです」
「…………」
「人類が滅んでは悪魔も存在できません。ですので、内規として、戦争を引き起こすことは禁止されています」
「戦争は無理、わかりました。じゃあ、大地震でお願いします?」
「地震ですか?」
「はい。建物が崩れるくらいの」
「……すみません。戦争ほどの規模ではありませんが、同じ理由で不特定多数の命が失われるような要望は叶えることができないんです」
「…………」
「それより、何か理由があって地震を起こしたいなら、その理由の方を教えてもらえませんか? 力になりますよ」
「……べつに……」
しまった。元に戻ってしまった。
聞く角度をもう一回変えてみるか。
「お兄さんはお悩みじゃないようですが、周りに困った人がいるとかそんなですか? 人の失敗の尻拭いさせられてたり?」
「そうなんですよ!」
ヒット!
「うちの係長がおっかしいんですよ!」
今までにない語気で話してきた。
「はい」
「いつもうちの会社で使ってる会場があるんですけど」
「イベントとかですか?」
「いえ、だから! シンポジウムです」
「はあ」
「えーと、それで会場を押さえとけって、連絡先は後で教えるからって」
「係長がそう言ったんですね?」
「でも、その後ぜんぜん連絡先とか教えてくれなくて」
「はい」
「こっちも連絡の取りようが無いじゃないですか」
「まあ、そうですね」
「何もできないでいたら、今日になって『会場押さえたか?』って聞いてくるんです。おっかしいですよね?」
「えーっと、最初に『押さえとけ』って指示があったのは、いつの話ですか?」
「だから、今年の春です」
「……半年前……」
「それっきり連絡先の話なくて放置されたんですよ。半年も何もなくって、もう係長が会場の予約しちゃったと思うじゃないですか。それを昨日になっていきなり。ホールの担当者だって、毎年うちが使ってるのに、気づかないのがおっかしいんですよ」
うーん、困った。困ったちゃんだ。
社会人300年目としては突っ込みたいところもあるけど、やめておこう。
「それで、係長に『予約取れてるか?』って聞かれたとき、お兄さんはどう答えたんですか?
「だから! 取れてるって答えましたよ。係長が取ってるわけですから」
うううう、批判的なツッコミをしたくなるが、ここはぐっと我慢だ。
「それで、戦争とか地震とかがあれば、イベント、シンポジウム自体がなくなると」
「…………」
きっと、そういうことだ。
「それでは、会場で火事が起こるとかどうですか? 誰も怪我とかしない火事」
「いいですね、じゃあそれ『ちょっと待ってください』
「なんですか?」
話を遮った私に、不機嫌そうに聞いてくる。
「いえ、最初に申し上げましたが、依頼をかなえる場合、対価をいただきます」
「どのくらい?」
「会場が使えなくなるくらいの火事で、えーと、お兄さんの寿命で5年くらいです」
「いやですよ! 係長の失敗で、なんで僕の寿命が5年も縮むんですか。おっかしいでしょう!」
あなたの中ではそうなんでしょう。
おっかしいでしょう、を聞くたびに、血圧が上がる気がする。
「なるほど、じゃあ、他の方法を探しましょう」
「早くお願いしますよ」
「…………」
とりあえず、今から押さえられる会場がないか、探してみよう。
お兄さんにシンポジウムの日程と必要な会場規模を確認、端末を開いて検索を始める。
まず最初に、本来使う予定だった市民ホール。
もしかしたら他の会議室とかが開いてるかもしれない。
トップページから、施設予約ページへと移動…………!!
「…………お兄さん」
「ん?」
「シンポジウムのテーマって、『本市における再生エネルギーの導入可能性を考える』ですか?」
「そうだけど」
「会場、とってありますよ。予約」
「え?」
「イベントカレンダーに入ってます」
「そうなの?」
「ええ」
「予約してあった……」
「係長さんですかね」
多分そうだ。逆にホールの担当者から係長に問い合わせがあったのかもしれない。
「…………おかしいだろ! 係長なんで聞いてきたんだ? 嫌がらせか?」
いやいや、係長の行動の方が理解できる。
正直に返事したら説教タイムに突入したんだろう。
嘘をついた場合は……あまり考えたくない。
私なら切る。二度とあてにしない。
「おっかしいだろ!」
お兄さんが激高している。
むしろ感謝すべきなのではと思うが、口には出せない。
それよりも…………
「それよりも、お兄さん」
「ん?」
「他に、何か、困ったこととかあります? こうしたいな~とか」
「無い。もういい。帰って」
「あ」
決定的なキーワードがお兄さんの口から放たれた。
対価について確認する暇もなく、契約が強制的に執行される。
こればっかりは、私にもどうしようもない。
自由に動かせなくなった私の体がお兄さんから離れていく。
ある程度離れたら、今度は体が透明になっていく。
遠くで、お兄さんが怒っている。
「おっかしいだろ!」
十分に離れたところで、私の体が自分のものに戻った。
同時に酷い倦怠感が襲いかかってくる。
「……センター?」
『センター、はい』
「エウリア、ネゴクローズ」
『エウリア、ネゴクローズ、了解。サンキュー』
「サンキュー」
力を振り絞って、配魔センターとの連絡を終えた。
これをしないと、次の連絡が回ってこないから、仕方ない。
「疲れた……」
声に出た。
この疲労の対価が、『帰って』という依頼に応えた寿命1日分。
「これは、まいった…………」
売り手、悪し。
買い手、悪し。
世間はかろうじてプラマイゼロか…………
こんなにうまくいかなかったケースは初めてだ。
「最悪だ…………」
今日の営業時間も、そんなに残っていない。
あと1人の交渉がいいところだろう。
というか、脱力感がひどい。
「おっかしい……!」
口癖がうつった。最悪だ。
「はああああああああ~~~~~~~~」
深く息を吐く。
ちょっと……休もう。
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『エウリア?』
頭を真っ白にして休憩していたら、その頭に配魔センターの通信が入った。
「エウリア はい」
『銀座商店街、駅方向から北上中』
「……エウリア了解 向かいます」
今日のラストチャンスだ。急いで向かう。
「エウリア 商店街到着。対象願います」
『対象は北上中。早足、女性、ステータスは哀しみ』
「対象発見 現着、サンキュー」
『サンキュー』
20代後半くらい。薄いコートにパンプス、会社務めかな?
対象は早足のままカラオケボックスに入っていった。
私も後を追って店に滑り込む。透明なままで。
女性は受付を済ませると、コップに水を入れて個室に入る。
私もこっそりと続く。
お姉さんはリモコンのトップページにあった曲を押し、カラオケをスタートさせる。
イントロが流れ始めると、ボリュームを上げ、ドアに近い椅子に移動、前かがみになり、両手で顔を覆った。
「…………………………」
「………………ああああ」
「ああああ!!!!!!」
彼女の声が徐々に大きく、そのうちカラオケよりも大きくなった。
叫び声ともつかぬ泣き声は続いた。
お姉さんは、息が続く限り声を上げ、切れると大きく息を吸ってまた声を上げる、それを繰り返した。
長く感じたが、実際は数分の曲が終わると、彼女は、手で顔を覆った姿勢のまま、動かなくなった。
私は壁をすりぬけて外に出る。
ドリンクバーに行って、カップにホットコーヒーを入れる。
フレッシュのポーションを2つと、スティックシュガー4本をコーヒーに入れて、また彼女の部屋の前に戻った。
ノックを数回。
少し時間をおいてから、部屋の中に入った。
「呼んでませんけど!」
ドアを締めるまもなく、お姉さんが、顔を伏せたまま、強い口調で言った。
「突然すみません。1分間、私に時間を、ください」
私も私なりに力を込めて、そう言った。
沈黙を了承と受け止め、カップを彼女の前に置いてから最低限のことを話す。
私が悪魔であること。
あなたが願いや命令を口にすると、私はそれを実現すること。
その際にはあなたの残り寿命から、内容に応じて対価をもらうこと。
最後に、あなたの力になりたいこと。
実際は1分を超えてしまったが、お姉さんは黙って聞いていてくれた。
やがて、彼女が顔を上げた。
泣きはらした目、青ざめた顔。暗い部屋でも明らかにわかる。
「あ、コーヒーをどうぞ。変なものは入っていませんから」
彼女はカップに口をつけると、甘さに頬をキュッとさせたあと、少し笑った。
カップをテーブルに置いて、両手で包み込む。
「それで、あなたは本当に悪魔、なの?」
顔をコーヒーに向けたまま、彼女が聞いてきた。
「はい。証明は難しいですね。小さな願いで試していただくこともできますが、おすすめはしません」
「なるほど。それはそうね」
彼女はもう一口、甘いコーヒーを口に含んだ。
少し落ち着いたように見える。
「神様ってわけじゃ、ないんだ」
「はい。悪魔です。神は基本的に個別の人生には介入しません。数十万、数百万という人類の信仰に対して、何らかの……有形無形の何かを与えるだけです」
「ふうん」
またコーヒーを飲んだ。
顔に血の気が戻ってきた。
「それで、その悪魔さんは、私の願いを叶えてくれるの?」
「叶えます。私に可能な範囲……そして、あなたが対価を用意できる限りで」
「ふうん……」
彼女は、しばらくコーヒーを眺めたあと、ポツポツと話しはじめた。
「甥っ子……私の姉の子供がいてね」
「はい」
「今、小学3年生なんだけど」
「……はい」
「難病が、見つかったの」
彼女のカップを持つ手に力がこもった。
「手術は日本では無理、海外でも順番待ち」
話は見えてきたが、黙って聞く。
「医者の話だと、もっ…………うっ…………うううううううううう」
お姉さんが嗚咽をもらした。
声が止まったあとも、しばらくそのままの姿勢でいたお姉さんが、顔を上げ、私に向かって叫んだ。
「悪魔さん、ダイキを治して! 健康な体にして!」
「!!!」
彼女が願いを、明確な願いを口にした。
対価に関する念押しができなかった。
とはいえ、病気を治すくらいなら知れている。問題にはならないはず。
それで今の願いの対価は……
数字が頭に浮かぶのを待ったが、出てこなかった。
「契約…………できてない!?」
「えっ?」
「どうして……?」
「悪魔さん、どうしたの?」
「どうして……まさか!」
明確な依頼に対して、契約も履行もできなかった。
甥っ子の病気を治す依頼がかなえられない理由は、2つしかない。
1つは、目の前の女性の寿命がほとんど残っていない場合。
その可能性は無い。悪魔の目で見れば自明の話だ。
となると、理由は残ったもう一つ。
「悪魔さん?」
「……お姉さん……」
「……はい?」
「ダイキ君、甥っ子さんですが……天命です」
「天命……って、どういうこと?」
「人は、生まれた時点で、天命……最大の寿命というものが決まっています」
「……」
「最大の寿命があるんですが、寿命というものは、生きているうちに病気や不摂生で縮んでいきます。それで、悪魔は、いったん縮んだ寿命を天命の枠内で戻すことはできるのですが、天命以上にはできないのです」
「ダイキは死ぬ運命だっていうの?」
「……申し上げにくいことなのですが……」
「そんな話信じない! 悪魔ならそれくらいできるでしょ?」
「それが……天命はその名のとおり、神の領分で……」
「だったら、その神と交渉すればいいでしょ!」
「それができれば…………」
「しなさいよ! 私の命ならいくらでもあげるから!」
「足りないんです!」
命令されても、契約も実行もできない。
申し訳なくも、叫んでしまう。
病気を治すだけなら対価も程度が知れている。
しかし、神を動かして天命を伸ばすのにどれだけの対価が必要なのか、想像もつかない。
神は超がつく売り手市場だ。
交渉の場で神の方から歩み寄ってくることは絶対にない。
神をも動かす対価、圧倒的な対価が必要だ。
「なんなのよ! 何もできないなら、なんで出てくるのよ!」
「…………すみません…………」
さっきの男性に続き、なんて日だ。
私は何の力にもなれない。
目の前の困った人の力になれないなら、私という存在は何なのだ……
「もういい。あなたも、天命も信じない」
「お姉さん……」
「手術のお金を集めるわ」
お金ではどうにもならないんです……
口には出せない。
「こんなことしてる場合じゃない!」
お姉さんが立ち上がって、かばんを肩にかける。
「悪魔さん、酷いこと言ってごめんなさい」
「いえ」
何を言われても仕方ない。
私はなにもできない。
いっそ消え去りたいくらいだ。
「かえって戦う気になった。募金の準備しなきゃ!」
「そうですか…………えっ?」
「なに?」
「お姉さん、今、何を……」
「何って、ホームページとかでよくあるでしょ。一刻も早くダイキが手術できるように、世界中に発信して、お金を集めるの」
「……それです!」
「なんなの?」
「お姉さん、私に手伝わせてもらえませんか?」
「何を」
「神と交渉する対価集めです。世界中から集めるんです!」
「なんのこと?」
「一人や二人の寿命では対価になりませんが、数万、数十万、数百万の人から、わずかずつでも協力が得られたら神だって動かせるはずです!」
「助かるの? ダイキ」
「きっと助けます!」
「本当……に?」
「はい! 私に手伝わせてください!」
「……悪魔さん……あなたの名前は?」
「……私は悪魔! 名前は エウリアです!」
「じゃあ……エウリアさん! ダイキを助けて!」
「はい! 契約がなされました!」
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私は営業所のドアを勢いよく開けた。
「課長! ただいま戻りました!」
「おーっすエウリア。ほうこーく」
「対価は1日」
「いちにちぃ~!」
「ですが、課長! 聞いてください!」
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「何よそれ!」
私の説明を聞いた課長が大声をあげた。
「クラウドサクリファイシングじゃない!」
「クラウド……?」
「クラウドサクリファイシングよ。エウリア、あなた知らないでその依頼受けたの?」
「そのクラウドって何ですか?」
「あなたが言ったことそのまんまよ! 世界中の人に目的を提示して、今回の場合は少年の病気を治すことね、それで、賛同者から少しづつ寿命をもらうのよ。1日とか、1ヶ月とか、1年とか」
「前からそんな方法あったんですか?」
「あなた社内報ちゃんと読んでないでしょ。1年前、アメリカでやった悪魔がいるの!」
「どうなったんですか?」
「その時は国どうしの武力衝突を止めたいっていう大きな願いだったのよ。賛同者もいっぱい集まったわ」
「それで?」
「ダメだったわ」
「えっ?」
「ごうつくばりな神を動かすには足りなかったの」
「どれだけ集めれば……」
「わからないわ。神が何考えてるかなんて」
「じゃあ、今回のも……」
「わかんないわよ~。それよりエウリア、覚悟はできてる?」
課長はニヤリとして聞いてきた。
「え?」
「あなた、日本のクラウドサクリファイシング第一号、トップランナーよ!」
「えええええ!?」
「何をいまさら驚いてんのよ。腹くくりなさい! 誰か、営業部長につないで!」
終業間際だったけど、その日、営業所員は誰も帰ることができなかった。
アメリカ支部にも連絡が行き、クラウドサクリファイシング経験者が日本に来てくれることとなった。
日本支部内でも、総合演出、システム構築、法律、出納、マスコミ対応といった各分野の専門家が集められた。
「契約したのはエウリア、あなたでしょ! あ・な・た・が・責任者!」
そして、私はこのプロジェクトのリーダーとなった。
今日はキックオフミーティングだ。
そんなの、やったことない。
テーブルに並ぶ、私より遥かに年上のベテラン悪魔たち。
その全員が私を見ている。
しっぽが震え上がる。
「あ、え、わた、わたし……」
震えて声がでない。
誰かに助けを求めるように後ろを振り返ると、依頼者の女性、そしてダイキ君の写真がスクリーンに映っていた。
『エウリアさん! ダイキを助けて!』
彼女の依頼が心の中で響いた。
なにか力が湧いてくる。
「契約がなされました。わたくしエウリアと、この女性との契約です」
言葉が自然に出てきた。
「この少年、ダイキ君の天命を伸ばします」
チーム員に動きが出た。
『天命を伸ばす』ことの重大性が伝わったようだ。
「もちろん、悪魔としての利益も必要です。神を動かし、私たちも利益を得る」
「その道のりは、相当に険しいでしょう」
「ですが! 悪魔である私は、彼女と契約しました。したんです!」
「一度した契約を反故にする、そんなことは悪魔として断じてできません」
「みなさん、私より知識と経験、頭脳と技術を持つ悪魔のみなさん」
「私に、私がした、この契約の履行に、力をください!」
私が心から、全力で言葉を発したとき、それまで座っていた全員が立ち上がった。
「「「「契約はなされた! 力を貸そう!」」」」
声が揃った。
私と彼らの間にも契約が成立した。
全員で、全力で進むのだ。
契約の履行のために。
「ありがとうございます!」
私はこのプロジェクトに魂をかける。
そう心に誓った。
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私は悪魔。
名前はエウリア。
モットーは『売り手良し、買い手良し、世間良し』
私は悪魔。
名前はエウリア。
あなたの願いを、適切な対価でかなえます。
続きが書けそうもないので完結。
読んでくださった方、本当にありがとうございました。




