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エウリアちゃんの倫理規定

「……ふう……まったく……」


 電車から降りた。23時を回っている。

 駅前のコンビニで明太子おにぎりとモズク酢を購入。


 ここからアパートまで10分だけど、私は反対方向に歩き出した。

 頭と心は疲れてるけど、体をもう少し疲れさせないと眠れそうにない。


 ちょっと歩けば川沿いの遊歩道に出る。

 ジョギングの人がちらほらいる程度。


 コンクリートでできた川、その低い水面が遊歩道の街灯をはね返している。


 道の途中にあるベンチに腰掛けた。しまった。お尻が冷たい。


 川の向こう側にはビル群。明るい窓がまだまだ残っている。


「…………ふう」


 2回目の深いため息。


「神も仏も無いっていうなら、悪魔もいないのかしら?」


「私は悪魔。名前はエウリア」


 私が独り言をつぶやくのと同時に、視界の端に女の子が現れた。


「モットーは『売り手良し、買い手良し、世間良し』です!」


「…………」


 全身が黒でコーディネートされた、ちょっと幼い印象の女の子だ。


「…………」


 眉を寄せて、困ったような顔をしている。

 ポーズまで決めたのに私が無反応なので収まりが悪いようだ。


「私は悪魔。名前は「さっき聞いたわよ」


「そ、そうですか。聞き取りにくかったのかと」


「大丈夫。しっかり聞こえてるわ。エウリアさん」


「よかったです」


「それで、その悪魔のエウリアさんが何の用?」


 どこかの子供の悪ふざけだと思うけど、少しつきあってみることにした。

 気分転換したかったから渡りに船だ。


「はい、私たち悪魔は悩める人の前に現れます。適切な代価で皆様のご要望にお応えします。どうぞ、あなたの気持ちを私にお教えください」


「…………」


 私は少しだけ考えた。

 口にしたい言葉はすぐ浮かんだが、口にするかどうかをほんの少しだけ考えた。


------------------------------------------------------------


「殺して欲しい人がいるわ」


「ストップ! 待って! しばらく黙って! 私の話を聞いてください!」


 考えた末の発言に、目の前の女の子が慌てふためいた。


「順番を間違えました! 今から重要事項を説明します!」


 エウリアは焦った様子で私に説明をし始めた。


 悪魔に向かって命令や依頼を口にすると自動的に契約が成立、即座に履行され、強制的に対価(基本的に寿命)が徴収されるとのことだった。


 軽い気持ちで依頼を口にすれば想像を超える対価を取られることもある。

 言い間違いでも結果は同じ。

 だから、依頼は十分検討を重ね、覚悟を持って口に出して欲しい。

 それをくどくどと説明された。


「対価をお知りになりたい場合は聞いてください。嘘いつわりなく答えますから」


「良くわかったわ」


「では、こちらにご署名をお願いします」


 私はエウリアの出してきた紙に、重要事項の説明を受けた旨のサインをする。


「それでねエウリア、殺したい相手なんだけ「ストーーーーーーーップ!!」


「うるさいなー」


「ねえ、聞いてました? 重要説明事項聞いてました? 軽々しく依頼しないでって言いましたよね? 私説明しましたよね?」


 エウリアが迫ってくる。

 パーソナルスペースが侵害されて不快感を覚える。


「ええ」


「人の命を奪うのは、それはもう、とんでもなく凄いことなんですよ!」


「そうなの?」


「はい! 軽々しく口に出して良いことではありません」


「ふうん」


「それに『自分が死ぬくらいなら相手を殺せ』ってよく言いますけど、私たち悪魔は別の道もお示しできますから」


「そうなんだ」


「『三方良し』が私のモットーです。みんなが少しずつ良くなるような、そんな解決策を探しましょう。ですから、落ち着いて、よく考えて、落ち着いてください」


「エウリア、あなたが落ち着いた方が良いみたいだけど」


「落ち着いてます。ええ、落ち着いてますとも。私は」


「そう。良かった。じゃあ教えてエウリア。人を殺す対価は?」


 彼女が口を開いたまま固まった。

 私は彼女を困らせたかったのかもしれない。

 目の前の少女が聞きたくない言葉を、それを承知の上で口にした。


「……え? 今の流れで聞いちゃうんですかそれ? わたし聞かれちゃったんですか?」


「ええ。人を殺す対価を教えてくれない?」


「あああ~、もう、聞かれたからには答えないと。人を殺す対価は、殺された人の命と、依頼者の寿命10年です!」


 地団駄じだんだを踏みながら答えてくれた。


「オッケー、じゃあ「待てっつってんだろーがオイ!」


 続けて殺したい相手の名前を伝えようとしたら、エウリアが私のシャツの襟を掴んで止めてきた。


「どうして止めるの?」


「というか、そんなに殺したいんですか?」


 冗談の会話、観客のいないコントみたいなものだと思っていたが、エウリアは場違いなほど真剣な顔で聞いてくる。


「そうね。同じ空の下にいて、同じ空気を吸ってるのが耐えられないわ」


不倶戴天ふぐたいてんの敵ってやつですね?」


「ふぐ……難しい言葉使うのね。私より若く見えるのに……若くない?」


「はい。見た目よりは。ただ、悪魔としては若いですよ。ピチピチです」


「……そう。それでね、敵というか嫌いなの。大嫌い」


「そうなんですね」


「いなくなってくれれば、私の人生がスッキリすると思うのよ」


「なるほど……」


「死んでくれるのが話が早いのよね」


「はい。そこからちょっと離れましょう。ね?」


「え~?」


「え~じゃなくて。例えばお姉さんが海外で生活するとか。英語の能力と生活資金くらいでしたら簡単にご用意できますよ?」


「なんで私が動かないといけないのよ」


「じゃあ、敵……相手の人を飛ばしましょう」


「二度と戻ってこない?」


「……そういった所に飛ばすこともできます」


「……なんかスッキリしないわ」


「そうですか……」


「だって、飛ばされた先で幸せになっちゃうかもしれないじゃない」


「まあ、確かに」


「じゃあお話にならないわ。不幸な目にあわせることは出来るの? 生きるのが嫌になるくらい」


「程度によります」


「どんなことができるの?」


「……例えば……毎日足の小指を角にぶつけるとか、足の指の間にブツブツができるとか、足の……」


「なんで足ばっかりなのよ」


「鳥のふんが毎日頭に当たるとか、10円ハゲができるとか」


「そーゆー意味じゃないわよ」


「お姉さん、やっぱり良くないです。他の人を不幸にする方向は。お姉さん自身のなにか要求や欲望を満たすような方向で無いですか?」


「依頼のえり好み?」


「……私の……モットーなんです」


「あ、そう。人の主義主張を否定するつもりは無いけどさあ」


「どうも……」


------------------------------------------------------------


 ぶるるるるっ


 突然体が震えた。話している間に体が冷えきったようだ。


「ふう寒い、あったかくて甘いコーヒーが欲しいわ」


「はい、どうぞ」


 流れるように缶のカフェオレが出てきた。

 持つと暖かい。むしろ冷えた手に熱いくらいだ。


「これ……エウリア?」


「えーと、契約がなされ、履行されました」


「対価は?」


「お姉さんの寿命が短くなりました。20分」


「あなた……本当に本当の悪魔だったの?」


「最初からそう言ってるじゃあないですか」


「わーーーーーおう」


 本当に本物の悪魔だったみたいだ。

 今の今まで冗談か宗教の勧誘だと思ってた。


「私こそ、わーおうですよ。依頼は即実行しますってあれほど言ったのに」


「へー、本当の悪魔か~。ふーん」


「ちょっと待ってください。よからぬことを考えてませんか?」


「えーと、悪魔のエウリアに何をお願いしようかなあ」


「…………」


 心が読まれたのをごまかす白々しいセリフに、エウリアの反応はなかった。


「じゃあ、同じコーヒーをもう一本出して」


「え?」


「出して。お願い」


「契約はなされ、履行されました」


 エウリアがどこからともなく缶コーヒーを出してきた。


「エウリアの分。私のおごりよ」


「……ありがとうございます。でも、お願いですから自分を大事にしてください」


「次のからそうするわ」


「お願いします。ホントに」


「あー、コーヒーがしみる」


「……いただきます」


 甘いコーヒーをしばらく味わった。

 糖分のせいか、カフェインのせいか、頭が少しスッキリしてきた。


------------------------------------------------------------


「ねえ、エウリア」


「はい。なんでしょう」


「あなたに言えば、何でも望みがかなうのね?」


「はい。悪魔にできることでしたら」


「さっきまで人を殺したいって言ってたけどさ、私」


「はい」


「本当に殺せるとなると、ちょっと話が違うのよね。そこまでは考えてないっていうか」


「良かったです」


「私の知らないうちに死んでくれれば、死なないまでも不幸になってくれれば、それはもうスッキリするだろうな~って思うんだけど」


「そこは変わらないんですね」


「うん。それでも直接手を下すっていうか、私の手を汚すっていうのは、ちょっと違うのよね。さすがにそこまでしたくないって感じ」


「はあ」


「だからさ、私は依頼しないんだけど、言葉には出さないんだけど、私の知らないところでね、誰か気のきいた人っていうか悪魔っていうか、なんというか、忖度ってやつ?」


「そんな都合の良い話はありません!」


「ですよね~」


 私の考えはエウリアに切って捨てられた。


「契約がないと私たちは何もできませんし、忖度では契約になりません」


「そうよね~。でも、私の意思で人を殺しちゃったら、それはもう元の世界には戻れないって感じなのよね」


「そうです。人を殺して幸せになった人はいません。悪魔の長い活動の中で明かです。幸せになれる別の道を探すべきです」


「でもねえ、実のところ自分が幸せになりたいってわけでも無いのよ」


 本音をこぼす。


「それは……お姉さんがものすごく疲れてるってことです。休養が必要です」


「ふうん」


「お姉さんの心のバネが伸びきってます。元に戻すには長い休養が必要です」


 伸びきっている自覚はある。

 その状態で既に数年すぎている。

 諦めて受け入れてしまっていた。


「1年くらい何もしないで、それでいて私に社会的な不利益が無いような、そんな方法ないかしら?」


「ものすごく切実ですね」


「会社やめて空白期間があってもステキなホワイト企業に就職できるとか~、豪華フェリーで世界一周旅行中に大金持ちに見初められるとかさ~」


「本当に心がお疲れなんですね」


 エウリアの目に憐れみの色が浮かぶ。


「生涯賃金以上のお金を用意するのはとても簡単なのですが……」


「んー、ろくな事にならない気がするわ」


「はい。言っておいてなんですが、そのとおりです」


「今の仕事が嫌いなわけじゃないのよ。それなりにキャリアも積んできたし」


「はい」


「働く上での疲労とかストレスとかを無くしたいのよ」


「それは誰でもそうですね」


------------------------------------------------------------


「そういえばエウリア、エウリアのそれも仕事なの?」


「え? あ、はい。そうです」


「会社があるの?」


「はい。巨大複合企業コングロマリットが二つありまして」


「うん」


「『神』と『悪魔』なんですけど」


「なるほどー」


「その『悪魔』の極東支部の日本支店の営業部のそのまた末端の営業所員です。それでも世界を二分する大企業の社員ですからエリートなんですよ!」


 エウリアが胸を張った。


「それでエウリアもストレスがあるの?」


「もちろんです。課長がなにかと嫌らしい人で」


「どこもそんなものよね」


「ですね」


「さて、エウリアの仕事の話に戻すけど、どうしよう。『なんでも出来る』って言われちゃったら、逆に『何もしなくていい』気がしてきちゃった」


「この仕事では割とよくある話です」


「そうなの? まあ、行動に伴う責任感とか覚悟とかの話よね、これ」


「適切な対価は頂きますので、それ以上に気をわずらわせる必要はないと私なんかは思うのですが」


「性格の問題ね」


「そんな真面目な人ほど疲れやすいんです」


「真面目、ねえ」


「そんな人ほど、いちどドカンと気分転換が必要です。やりたいこと……じゃなくて、行きたいところとかないですか?」


「ふふ。行きたいところ……?」


 エウリアが言い直した理由が想像できて、少し笑ってしまった。


「ええ。ウユニ塩湖とかオーロラなんか人気ですよ」


「うーん」


 ピンとこない。

 腕を組んで遠くを見ると、ビルの肩に大きな月が見えた。


------------------------------------------------------------


「そうだ! エウリア、宇宙って行ける?」


 完全に忘れていたことが、記憶の底からよみがえってきた。


「ちょっと待ってください?……宇宙ですか?」


「そう。小さい頃の夢だったの。宇宙から青い地球を見るって」


「ちょっと待っててくださいね。今確認します」


 エウリアが私から離れていった。

 前かがみになって誰かと話しているようだ。

 悪魔の世界にも携帯とかあるんだろうか。


「お待たせしました!」


「どう、行ける?」


「行けます。ただ、お姉さんの希望に添わないものかもしれません」


「いいわよ。教えてくれる?」


「はい。今すぐ行きたいならアメリカの宇宙観光業者に申し込む方法があります。大金が必要なのと、応募者が多いため抽選です。資金提供と抽選の確率操作を我々が行います」


「すごいわね」


「ただ行けるのは大気圏の端、滞在時間は数分です。ですので、もっと地球から離れたいということでしたら選択肢から外れます。また、コミュニケーションはすべて英語です。これにも悪魔の契約を使うようでしたら別途対価が必要です」


「全部でどのくらい必要?」


「宇宙旅行だけで寿命10年、英語能力でプラス……マイナス? で2年です」


「結構するのね」


「確率操作って割と大変なんです」


「他にもあるの?」


「はい。次が少し未来の話です。数年後、日本の旅行会社が日本人だけの宇宙ツアーを企画します。ツアーの内容はアメリカのと同じで、私たちが提供するサービスも同じ。お金と抽選です」


「うん」


「参加者は全員日本人で随行も付きます。対価は11年。金額は上がるのですが、英語が不要な分、場合によってはお得です」


「なるほどね。ちなみに未来の話ってあなたとの契約はどうなるの?」


「えーと、今は何もしません。その時期が近づいたらまた私が参りますので、その時に契約いただければと」


「わかった。まだある?」


「最後です。ちょっと離れた未来ですが、火星上で長期生活実験が行われます」


「長期生活って宇宙に移住するってこと?」


「はい。今回は本格的な移住に向けた実験、10年単位の実験です。日本企業も参加し、日本人スタッフも数名が火星で生活することになります。長期生活実験ですので、工業や化学だけじゃなく、農業や生物、医療や衛生、料理人といった様々な能力が求められます」


「ふうん」


 私のキャリアが活きる道もあるってことね。


「私たち悪魔としては、まず、その実験に参加する企業をお教えします。そして、参加資格となる言語能力と健康面での条件を満たせるようお手伝いします」


「至れり尽くせりね」


「現在、その企業に求人があります。応募から先はお姉さん次第です」


「それで対価は?」


「寿命が8年必要です。ただ、健康面での条件を満たすために、呼吸器、循環器、消化器と全身をメンテナンスしますので、多分、元はとれますよ」


「わかったわ。ありがとう」


 私は目をつぶって、顔を上に向ける。


 目を開けると、数は少ないものの、いくつかの星が光っていた。


「会社は辞めることになるわね」


 辞めるまでに処理すべきことが次々と頭に浮かぶ。

 しかし、それを次から次へと片付けたい。そんなエネルギーも湧いてきた。


「決めたわエウリア。お願い。教えて!」


「はい!」


------------------------------------------------------------


「ただいま帰りましたー」


「おーっすエウリア。ほうこーく」


「ネゴ2、契約1の3。対価は8年と40分です」


「8年はいいけど40分? 1年は『ごじゅうにまんごせんろっぴゃっぷん』よ~。ちりは積もってもゴミよ~」


「はい!」


「前の貯金あるけど危ないよ~、サンポーヨシだかなんだか知らないけど、仕事選んでる余裕ないんじゃな~い?」


「はい。頑張ります!」


「エウリアちゃんだから信じてるけどさ~」


「はい! ありがとうございます!」


「よろしくね~、私もこんなこと言いたくて言ってるんじゃないのよ~」


「はい! ありがとうございます! 失礼します!」


------------------------------------------------------------


 営業所を出たエウリア。


 課長のイヤミはあったもののエウリアの顔は明るかった。


 ルール上言うことはできなかったが、お姉さんの数ある未来の中には宇宙で結婚式を挙げるビジョンもあった。

 ちょっと年齢を重ねたお姉さんが、結婚相手と宇宙空間に浮かんでいた。

 バイザーの内側には満面の笑顔。宇宙服の上には青白く光るドレス。

 中のワイヤーでスカートがふんわり広がっていた。


 もちろん、そうならない可能性もある。

 今回は道を示しただけで、その道を歩けるかどうかはお姉さん次第。

 そこまでのサービスは提供していないし、できない。


 それでも、お姉さんが幸せになる可能性を提供できただけでも仕事のやりがいがあるというものだ。


 エウリアは自分の胸に右手を当てた。


「私、良し!」


 その右手を空に向かって勢いよく上げた。


「お姉さん、きっと良し!」


 最後に左手を少し控えめに上げた。


「会社……ちょっぴり良し」


 空を仰いだ。


「良くやった! 私!」


 エウリアは軽い足取りで自宅へと帰っていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話がいつになるかはわかりませんが、おつきあいいただければ幸いです。

なお、もう一つの連載、次話の6割ほどのところで止まってます。はい。

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