エウリアちゃんの営業日報
「虫歯をぜんぶ治してカンペキな歯並びにするっていうのは?」
「目の付けどころが良いですねえ」
目の前に立つ少女はそう言った。
「オススメですよぉ」
『悪魔』を自称する女の子だ。
夜、公園のベンチに座っていたら現れた。
「対価は寿命で5年いただきます。が……」
黒いワンピースの自称悪魔は、右手開いてそう言った。
「健康な歯で寿命が延びるから、結果プラスになることが多いんです」
この悪魔と出会ったのは、20分ほど前のことだ。
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会社からの帰り道、俺はちょっと疲れていた。
年齢が40になり会社で役職も付いたが、そこで行き詰まった。
私生活を犠牲に仕事をしてきたが、もう限界だった。
私生活を犠牲にしてきた。
女性との縁はなく、健康状態も良くない。
先が暗い。
明るい展望がない。
誰もいない公園のベンチに座って、頭をかかえる。
「今、悪魔でも来てくれたら、いくらでも契約するんだけどな……」
「私は悪魔です。最初に重要事項を説明します」
突然、気配もなく少女が現れ、いきなり宣言した。
顔を上げると、黒い編み上げブーツに黒いストッキング、黒い半袖ワンピース、黒い手袋に黒髪に黒い帽子……
黒まみれの少女だった。
顔と服の隙間から見える肌だけが透けるほど白い。
背格好と顔からみると中学生ってところか。
街灯に照らされ、自信に満ちた、魅力的な笑顔が少しまぶしい。
「この説明が終わるまで私に命令や依頼をしないでください。自動的に契約が結ばれ、履行されます」
「えっ?」
「具体例を挙げます」
理解が追いつかない俺を無視して、少女は説明を続けた。
「『消えろ!』と言われれば私は消えます。ですが、同時に対価として寿命を1日いただきます」
「はあ?」
こいつ、何を言っているんだ?
「『放っておいてくれ』も同様です。お気を付けください」
「ちょっと待っ「それがダメだっていってるです!」
「……は、はい」
制止の剣幕に驚いた俺を見て、少女がニヤっと笑った。
「と、ここまでがワンセットです。誰でもそうなりますのでご安心ください」
してやったりという様子だ。
「『消えろ』『待って』『もう一回』なんかが頻出エヌジーワードですよ」
ドヤ顔で続ける女。
なんだかムカついてきた。
「ですので、『消えてくれないか?』『待ってくれないか?』『もう一回いいか?』といった疑問系にすることをオススメします。その場合こちらの自由意思で消えたり待ったりくり返したりします。対価は必要ありません」
「……なるほど」
「依頼や命令が私に実行可能なものであれば、即座に実行し、対価をいただきます。実行不可能な場合はそう言います。契約は行われません」
「ああ」
「対価は事前に聞いてください。私は嘘をつきません」
「わかった」
「なお、業務上知り得た情報を他にもらすこともありません」
「ビジネスライクだな」
「最後になりましたが、自己紹介です。私は悪魔。名前はエウリア。モットーは『売り手良し、買い手良し、世間良し』です!」
右手を振り上げ、左手は胸に。
男性が女性をダンスに誘うときのようなポーズをとって、悪魔が決めぜりふを言った。
「近江商人かよ」
ネタが分かったのでついツッコんでしまった。
「はい! 学校で『てんびんの詩』も見ました」
「滋賀県民じゃねーか!」
「ふふふ、騙されましたね。私は上毛カルタやリンゴの種類当てが得意ですし、信濃の国もソーセージおじさんも歌えます。好きな飲み物はミックスジュースと白バラコーヒーとゲンキクールです」
2回目のドヤ顔だ。
「嘘はつかないって言ったじゃないか」
「聞かれたことに嘘は言いませんよ。今のは親しみを持ってもらうための演出です」
『近江商人かよ』
確かに質問じゃない。
『近江商人か?』
とたずねれば違う反応が返ってきただろう。
会話のクセが分かってきた。
「親密度も増したところで話を続けましょう。あ、こちらにサイン下さい」
ふと真顔にもどったエウリアが紙とペンを出してきた。
『私は重要事項に関する説明を受け、理解しました』
携帯の契約書によくあるアレだ。
「最近厳しくてですね。望まぬ契約が後でトラブルになることがあるものですから」
妙にリアルな話だ。
中二病のおふざけに違いないけど、面白くなってきた。
もう少しつきあってみよう。
俺は確認欄にサインをした。
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「ですので、健康にかかわるような依頼はお得ですよ。選ばれた方の満足度も高いです」
悪魔エウリアによると、歯を治す願いはオススメらしい。
「なにしろ私のモットーは『売り手良し、買い手良し、世間良し』ですから」
そして少しうざい。
「じゃあ、今100キロある体重を60にするっていうのは?」
「いろいろあってオススメしません。とりあえずリバウンドすることがほとんどで、その場合は単に寿命が短くなるだけです」
きっぱりと言われた。
「なるほどね」
ありえる話だ。よくできてる。
「そういえば、悪魔と契約すると死後の魂が悪魔のものになるって聞くけど?」
「よくご存じですね。でもそれは昔の話です。今は法改正がされまして」
「法改正?」
「はい。ちょっと昔に死後の魂の所有権について神と裁判があったんです」
「神と裁判?」
「悪魔側が敗れてしまいまして、結局法律で明記されちゃったりしたものですから、魂までは奪えなくなってしまったんです」
「企業コンプライアンス?」
「ええ。ですから、死んだ後の魂は通常の輪廻ルートに乗ります。私たち悪魔は、今は寿命とか体の一部とか、そういったもので薄利多売を……」
少しションボリとしたエウリアだったが、すぐに笑顔に戻った。
「その代わりといっては何ですが、一人の方と何度でも契約して良いことになりました。今ではお客様に満足いただける、リピートしていただける悪魔契約をと頑張っています!」
「どこもいっしょかよ」
俺は顔を両手で覆った。
そもそも、俺自身に顧客のクレームと上司の叱責が続いて疲れていたんだ。
悪魔からリアルなビジネス話は聞きたくなかった。
例えおふざけ、作り話であったとしても。
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「さあ、他に希望はありませんか? どんなゲスいのでも大丈夫ですよ。他に漏らすことは絶対にありません」
「…………」
ゲスい願い、と聞いて我に返った。
年齢に見合った欲望は人並にある。
「あ、いい顔ですねえ。いいですよぉ。バッチコイです」
「古くないか?」
「いろんな年代の方とお話しているので、うつっちゃうんですよ」
「なるほど」
「さあどうです? あの娘のハートをわしづかみ、とか?」
「やっぱ古いな。というか、できるのか?」
「できません」
力が抜けた。自分から振っておいてそれは無いだろう。
「さすがに人の心は左右できませんよぉ」
エウリアは人差し指を左右に振りながら言った。
「ですが機会を作ることはできますよ」
「どういうことだ?」
「例えば、女の子がなくしたものをあなたが見つけてあげるとか、二人っきりでエレベーターに閉じ込められるとか、女の子に暴走トラックを向かわせますのでそれを助けるとか」
悪魔的に現実的なラインが分かってきた。
ハーレムを作ろうと思ったら、かなり工夫しないといけなさそうだ。
「どうですか? ちょっとしたラッキースケベなんかは安いですよ?」
「ちょっと待って……くれないか?」
「…………セーフ」
エウリアは両手を広げて今回のが依頼に該当しないことを宣言した。
危なかった。これから気を付けよう。
しばらく黙って考える。
目を開くとワクワク顔のエウリアと目があった。
目をそらして、もう少し考えることにした。
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「異世界……」
「はい?」
「いや、なんでもない」
「いえいえいえ。あなたの心の叫び、真実の声を聞かせてください」
「だからなんでもないって」
「異世界に行きたいんですね?」
「聞こえてんじゃねーか」
「デビルイヤーですから」
また例のドヤ顔だ。
「古いよ」
「行けますよ。異世界」
「えっ?」
「ここ数年、依頼ランキングを赤マル急上昇してます。異世界」
「いちいち表現が古いんだよな」
「ドンマイ。それでそれで、異世界も『アリ』ですよぉ」
エウリアが顔を近づけてきた。
「転移とか?」
「正確には転生ですね」
俺の質問に即座に返事が返ってきた。
「こっちの記憶を持って行けるの?」
「それは大丈夫です。今までの記憶そのままで生まれ変わります」
「すごいな。対価的にはどうなの?」
「対価はそれ以降の余命全部です」
「そりゃあそうか」
「ただ、気を付けていただきたいのは、家族を残して行かれる場合、その家族へのアフターフォローは基本ありません」
「例えば?」
「現在の世界で失踪か原因不明の突然死かを選ぶことができます。事故死は選べません。ご家族は保険金を受け取ることができますが、事故の賠償金を得るのは無理です」
「保険金をたっぷり契約してから転移すれば良いんじゃないか?」
「それは可能ですが、巨額の保険契約後すぐの失踪・死亡の場合、保険金が遅れたり事件性が疑われたりと、ご家族側のデメリットも多いです」
「なるほど」
「とはいえ、現世への未練が無い方に大人気ですよ」
「いったん没。おいておきます」
家族は折り合いが悪い両親くらいのものだが、まだ切るだけの決心ができない。
「そうですか。お客様のご要望に添うものかと思ったのですが」
「……外れては、いない」
俺はしばらく黙ったあと、話を続けた。
「ちょっとね、疲れたんだ」
「はい。そういった方の前に、私たちは現れます」
「よくこれまで生きてこれたと思うんだよ。こんな俺が。どうしようもない俺が」
俺の愚痴に返事はなかった。
「だましだまし生きてきたけど、なんとか仕事もしてきたけど、そろそろ限界っぽい」
俺は両手で顔を覆った。
「食べることと寝ることくらいしか楽しみが無くて、体重もここまできてしまった……気の長い自殺みたいなもんだ」
「…………」
「異世界でワンチャンか……エウリア?」
「はい。なんでしょう」
「ありがちなのを聞いてなかった。大金を手に入れるってのは?」
今度はエウリアの顔が曇った。
「体重と同じでオススメしていません。対価に寿命を頂きますし、大金で不摂生をして寿命をさらに短くされる方がほとんどです。大金をおかわりされる方も多いですし、加速度的に寿命が無くなります」
「そりゃそうか。俺もそうなるな、きっと」
「悪魔から大金を手に入れた人で幸せになった人は少ないんです。私のモットーに合いません」
「意外と良い奴なんだな。エウリア」
「そういう悪魔でありたいと思ってます」
「すごいな」
俺なんかより、よほど立派だ。認めざるをえない。
「どうします? 今回はやめます? 呼んで貰えればいつでも来ますよ」
「ありがとう。どうしようかな」
「…………」
「…………って、すっかり信じてるじゃん、俺!」
「あ、素面にもどった」
「お前が魅力的な話ばっかりするから乗っちゃったじゃないか」
「そりゃあ悪魔ですから」
「あく……まだ悪魔で通すんだ」
「今、ダジャレを言いそうになりましたね?」
「細かいところにつっk「デビルイヤーですから」
「わかった! わかったから! じゃあ行くぞ!」
エウリアは両手をグッと握って待ち構えている。
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「歯を治したい。虫歯を全部、治療済みも含めて全部完璧な歯にしてくれ。親知らずも抜いて、歯並びかみ合わせもだ! やれるものならやってみろ!!」
「契約はなされ、履行されました」
エウリアがとつぜん真剣な顔になって、静かに宣言した。
「えっ?」
「お確かめください」
どこから出したのか、左手で手鏡を渡してきた。右手は懐中電灯を握っている。
真っ白な歯が並んでいる。
詰め物が抜けたまま放置していた歯がまっさらな歯に戻ってる。
下あごの位置が以前と違う気がするが、かみ合わせは確かに良くなっている。
「依頼で明言されていませんが、サービスで歯石も取っておきました」
「あ、ああ。ありがとう」
悪魔だ。
目の前の少女、エウリアは悪魔だ。
間違い無い。
そのことが腑に落ちると同時に、怖くなってきた。
「対価は5年って言ったよな。エウリア」
「はい。確かに頂戴しました。あなたの寿命はいったん5年短くなっています」
「……そうか……」
実感は無い。
確かなことは、俺の余命が5年以上あったってことだけだ。
「ですが、これからの生活次第で十分取り戻せますから。頑張って下さい」
「……ああ」
「どうですか? 他にご要望があればどうぞ?」
「じゃあ、体重を60キロにするのも頼む」
「契約はなされ、履行されました」
今度は全身が写る鏡を出してきた。
鏡の中には、高校入学時の体型の自分がいた。
「あー、やっちゃいましたねえ。えーと、今着ている服はサービスでサイズを合わせときましたよ。でもご自宅の服はそのままですから、今日これから買いそろえることをオススメします」
エウリアは残念といった雰囲気を漂わせた。
「ん? なるほど」
「それに……一晩で痩せた理由までは用意できませんからね」
「あっ!」
考えもしなかった。明日会社で説明できない。
「ですよね-。それもあってオススメしないんですよねー」
「最初に言ってくれ……ていれば」
「……セーフ。聞かれていればもちろんお答えしたのですが、そうじゃない場合、私が言いそびれることもあるんですよ」
「会社の人間の記憶を変えるっていうのは……」
「先ほども言いましたが、人の心までは変えられません」
「うーん」
俺は頭をかかえた。
どうしようか。
今の会社をバックレて人間関係をリセットするのが早いけど、その場合のリスクが大きい。
次の仕事につけるかどうか。
生きていくには金が必要だ。
「お金、っていうのも止めた方が良いですよ。さっきも言いましたが」
エウリアが真剣な顔で言った。
心を読まれた。
「しまったなあ」
「ちょっと先走っちゃいましたね」
「どうしようかなあ……」
どうせ失踪するなら異世界か?
「行っちゃいます? 異世界?」
「だから心を読むないでくれないか?」
「ナイス反射神経! セーフ!」
エウリアがサムズアップしてきた。
自分でも良く言い換えたと思うが、やっぱりムカつくな。こいつ。
とはいえ、どうしようか。
ここにきて異世界ってのも現実的な線だが、体重のこともある。
もう少し確認した方がよさそうだ。
「異世界……と言って、転生される世界はどんなところだ?」
「……わかりません」
ちょっと言いよどんだ。
聞かれたくない事だったか?
「嘘じゃないんだな?」
「嘘はつきませんし、つけません。本当にわからないんです」
エウリアが申し訳ない風で言った。
「魂をこことは別の世界に放り投げるだけなんです。放り投げた先の世界がどんなところかまではわかりません」
「……人間に転生されるんだよな?」
「……それもわかりません。人間がいる世界とは限りませんし、いたとして人間に転生されるとは限りません。魂がどんな世界のどこに落ちるかはコントロールできないんです」
「聞いて良かった。完全なギャンブルじゃないか」
「そうなりますね」
「今まで転生選んだ奴って、そこまで知ってて行ってるのか?」
「半々です。話を最後まで聞かずに行ってしまう人もいれば、すべて承知の上で今の世界から脱出する人もいました」
「転生した人間が満足してるかもわからないんじゃないか?」
「そのとおりです」
「それは、お前の言う三方良しのモットーに合うのか?」
「……合いません。ですが、営業ノルマが一発で……」
「……そうか。わかった。お前も大変なんだな」
「ご理解ありがとうございます」
「とにかく、転生先は全く保証できないってことだな?」
「そのとおりです。剣と魔法の世界……のゴブリンかもしれません」
「剣と魔法の世界かどうかも怪しそうだけどな」
「すみません」
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状況を整理しよう。
目の前の女の子は悪魔だ。
歯は万全になった。問題ない。
体重は今はOK、会社をどうするが問題。
体重を100kgに戻してもらうのは最後の手段にとっておこう。
状況を改善できるような願いはなにかあるか?
契約者以外の人間をどうこうするのは不可能だ。
物を動かすくらいはできるらしい。
そもそも、自分の寿命がどのくらい残ってるかも怪しいから、大きな願いは止めた方がいい。
あれ、詰んでないか?
やはり残りの人生ベットして異世界か?
「今日はいったん去りましょうか?」
考え込む俺に気をつかったのか、エウリアが声を掛けてきた。
「いや、痩せちゃった以上、どうにかしないとまずい」
「そうですか……そうですね」
「ふう……」
俺はため息をついた。
「一度落ち着いて、そもそも人生をどうしたいか、何がしたいか、考えてみませんか? 私に出来るか出来ないかは別として」
エウリアが提案してきた。
「どうしたいか。何がしたいか。か……」
「はい。そうです」
「現状から逃げたいっていうのは……正直ある」
「はい」
「先が見えないから実行できないだけで」
「どんな『先』がいいですか?」
「そうだな……俺が必要とされて、それに俺が応えられる……そんな感じかな」
「なるほど、それじゃあ、その相手は誰ですか?」
「そうか、相手とセットだな。社会とそうありたいし、あと女性かな」
「両方ですか」
「そうだな。理想的には両方だね」
「なにか、そうなりそうな能力を身につけるっていうのはどうですか?」
「能力? チート? 実際に契約でかなえた例ってある?」
「人の心が読める……くらい顔色が読める能力とか」
「正確な情報ありがとう」
「どういたしまして。でも、その人は能力を使って女の子にモテモテになりましたよ」
「相変わらず表現が古いな……ホストなんかには良いかもな」
「心が読めすぎて人間不信にもなりましたが」
「だめじゃねーか」
「難しい話です」
「他には?」
「あとは身体強化系が多いですね。早く走れるようになる。格闘技を身につける。お酒に強くなる。高いところが平気になる……いろいろです」
「うーん、どれも自分のイメージと違うなあ」
「そうですか……体が動くようになると自信がついて人間関係も改善されることも多いですよ?」
「いや、その辺はやめとく。悪いね」
「いえいえ、私はコンサルタントだと思ってますから。最後までおつきあいしますよ」
「……エウリア」
「はい?」
エウリアの言葉で一つ思いついた。言ってみよう。
「俺とつきあってくれる?」
「え、あー、無理です」
「な……」
ものすごくアッサリ拒絶された。
「あ、その、好みじゃないとか生理的に無理とか生物的に論外とかじゃないですよ。制度的に不可能という話です」
「なんかむちゃくちゃディスられた気がする」
「ごめんなさい。悪魔契約で割と頻出する問題でして、法律で禁じられています」
「また法律か」
「はい。ただ、そういった契約専門の悪魔がいますので、紹介することは可能です」
「いるんだ」
「女性型がご希望ならサキュバスですね。紹介料程度の対価は頂きますが、どうします?」
「考える。保留します」
「はい」
一瞬すごく魅力的に思えた。
短期間であれば、すっごく満足できそうな気がする。
会社はバックレて、大金を貰って、残りの人生を悪魔と怠惰に過ごすというのはアリかもしれない。
「他に、何かあるかなあ」
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「何がしたいとかどうなりたいとか、それを今まで真剣に考えてこなかったのが現状に至る最大の原因だ!」
頭がシビれるほど考えて、俺は最終的な結論を得た。
認めたくはないが仕方ない。
子供でもいれば、この俺の失敗を伝えられるが、それもいない。
「無為な人生だった!」
「そこまで卑下しなくても……」
「というわけで、大々的にリセットしたくなってきた!」
「……」
「普通は自殺になるんだろうけど、今、俺の目の前には悪魔がいる」
「……」
「よし、決めた。俺は決めたぞ!」
「……発言は気を付けてお願いしますね」
「ああ。わかってる」
俺は目をつぶり、大きく息を吸った。
「エウリア、俺を、こことは別の世界へ、転生させてくれ!」
言った。目を開いて俺は言った。
「契約はなされました」
エウリアは無表情に言った。
「この世界からの消え方はどうされますか? 失踪か、この場での突然死が選べます」
「突然死で頼む。死体が無いのは親もいろいろ困るだろうから」
「承知しました。では、契約を履行します」
「待ってくれ」
「はい?」
「エウリア、短い付き合いだったけど、ありがとう。割と楽しかった」
「良かったです。それが私のモットーですから」
何回目かのドヤ顔だが、少し淋しそうにも見えた。
「はは、じゃあ、頼む」
「はい。では、改めまして」
「契約は履行されました」
少女は、ベンチに倒れ込んだ男をしばらく眺め、頭を軽く下げたあと、姿を消した。
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「ただいま戻りましたー」
「おーっすエウリア。ほうこーく」
「はい。本日はネゴ4、契約1の1、1の3、対価は1日と35年3ヶ月です」
「お、大きいの来たね。転生?」
「はい。そうです」
「やっぱ最近転生が来てるね!」
「そうですね」
「オッケー。いいねエウリアちゃん。いい調子だよ~」
「ありがとうございます」
「あと1日ってのはアレ?」
「はい。重要事項の前に『消えろ』と言われたので消えました」
「じゃあ、その記録残したら帰っていいよ~」
「はーい」
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「やっぱり転生っていうのは性に合わないな~」
悪魔事務所を出たエウリアがとぼとぼ歩きながらつぶやいた。
「お客様の声が聞けないからな~。残された人も不幸になりがちだし」
「その不幸な人に契約を持ちかけるってのがマッチポンプで嫌なのよね~」
「課長には怒られるかもだけど」
エウリアはうつむいた。
「悪魔で三方良しってのは難しいのかな~」
なぜそんなことにこだわるのか、エウリア自身にもわからない。
前世か、もっと前、ずっと前の人生が影響しているのかもしれない。
「でも、最後は笑ってくれたし、あれで良かったんだよね、きっと」
エウリアの顔に笑みが浮かぶ。
「よーっし、明日も頑張ろう!」
エウリアはガッツポーズして、自宅へと歩き出した。
地獄の真っ赤な太陽がその姿を照らしていた。
いったん短編であげた小説ですが、続きができたため連載に引っ越しました。
よろしくお願いします。




