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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

木の役

作者: 付焼刃 俄

 トシキは木の役だ。

 黒板に書かれた配役の投票結果が『正』の字で書き出されたのを見てひとりの生徒が言いました。

 私達の通っていた学校では、8月中に学園祭の準備と演劇の練習をしていました。今日は終業式の後にホームルームで配役が決められます。

 トシキというのはクラスで一番成績が悪くおまけに鈍くさい生徒で、トシキがいるせいで私達のクラスはテストの平均点も体育大会の点も下がっていました。

 木の役というのは、必ずクラス全員が何かの役をやるという規定にしたがって、わざわざ作られた役でセリフもろくにありません。はっきり言って必要のない役でした。

 私達はみんなで申し合わせて、トシキが木の役になるように投票していました。

 トシキ自身も自分がお荷物になってると思っているようで、木の役にされても文句は言いませんでした。

 夏休みに入り、私達は学園祭の準備を始めました。出店の準備をしたり、演劇で着る衣装やカツラ、当日に配るチラシなどを作ります。

 もちろん劇の練習もします。

 教室の机を全部後ろに押しやって、教壇を舞台に見立てて練習しました。

 でも私達は鈍くさいトシキに、出店の準備も演劇の準備も任せませんでした。ただ一つ木の役に使う木を作るように命令しました。

 ベニヤ板を木の形に切って色を塗ればいいだけだから簡単ですし、そもそも必要のない役なのでどうでもよかったのです。

 私達はただ必要以上にトシキと関わりたくなかっただけでした。

 それなのにトシキは頑張って自分の木を作り始めました。

 私達が劇の練習をしている時も、自分の出番になったら木を作る手を止めて飛んできました。そして汗だくの顔でただ主人公に話しかけるだけの木の役を一生懸命に演じていました。

 クラスの中でも尖った性格の男子は数人で変に頑張るトシキをからかい、「木の役くらいにしか役に立たないのに頑張ってんじゃねぇよ」と身体を小突いたり、頭を叩いたりしていました。それを無視するトシキに頭にきたひとりの男子がいて、みんなが帰ったあとに作りかけの木を壊したりもしました。

 私達はそれらすべてを黙って見ていました。

 何度も壊されながらもトシキは木を作り続けました。ベニヤ板だけでなく丈夫な角材を技術室からもらってきたり、簡単に壊れそうな部分は針金や合板で補強したりしていました。

 木を壊すのが当たり前になっていた男子も、日に日に丈夫になっていく木に手を焼きだして、ついにはその現場を先生に見つかって停学処分になりました。

 その頃になってくると何度壊されても諦めないトシキは、クラスのみんなから受け入れてもいいんじゃないかと思われるようになっていました。

 でも、トシキは特に嬉しそうでもなく、黙々と木を作り、自分の出番を演じるだけでした。

 そうしてトシキの木は完成しました。それは見事な物で、何年でも使えそうなしっかりとした木の立て板を作ったのです。

 ペンキをもらってきて色を塗ろうとするトシキを私達は手伝いました。

 しかし、トシキは私達が色を塗っているあいだまったく手を出さず、その様子を遠目から眺めているのでした。

 自分の木なのになんで一緒に塗らないんだろう? みんなでやれば早く終わるのに。

 変な奴だなぁとみんなで言い合いました。

 夏休みが終わり学園祭が始まりました。

 停学が終わってクラスに戻って来た生徒も、トシキの作った木を素直にすごいと言い、自分がしたことをトシキに謝りました。


 私達の演目がいよいよ明日に迫った日の夕方のことです。

 出店の上々な売り上げに私達はみんなで喜んでいました。この調子なら明日の演劇も成功するに違いないと口々に言い合って、クラスの全員で近くのファーストフード店に行って前祝いをしようということになったのです。

 ですが、ふと見るとトシキの姿がありません。

 先に帰ったんじゃないの?

 ひとりの生徒がそう言ったので、私達は結局トシキを置いてファーストフード店に向かいました。

 その帰りに、私は学校に携帯電話を忘れたことに気が付きました。自分の机に入れてあるとは思ったのですが、心配事を残して家に帰るのが嫌だった私は、学校に取りに戻りました。

 誰もいない学校が怖いなんて恥ずかしいからと、ひとりで戻ったのを後悔しながら夜の暗さが混ざり始めて紫に色付いた廊下を歩きました。

 階段をあがると、廊下の先にある私の教室の中で、何か動く影が見えました。夕さりの明かりの中に黒い影が動いているのを薄気味悪く思いながらも、携帯を持って帰りたかった私はそろそろと教室に近づきました。

 扉のガラス窓から教室を覗き込むとトシキの木の前に生徒がいました。ひょっとしてあの男子がまた壊そうとしているのではないかと思った私は、勢いよく扉を開けました。

 何してるの!

 そう言って教室に入ると木の前の生徒が振り向きました。

 トシキでした。

 こんな時間に何してるの?

 そう聞いた私にトシキは何も言いませんでした。ただ木を指さしていました。

 何も言わないトシキが気味悪くて、私は忘れ物を取りに来ただけだからと短く言って、自分の机から携帯を取り出して鞄にしまいました。

 じゃあと言って手を振る私に、トシキは黙って背中を向けました。そうやって自分の木を眺めていました。

 その後ろ姿を不気味に感じた私は早足に家に帰りました。

 そして、演劇の当日。私達の劇が始まりました。

 順調に物語が進みトシキの出番が来ました。舞台が暗くなり場面は森へと変更されます。草の立て板と紙細工のウサギやリスが置かれ、トシキの木が中央に設置されました。

 主人公役の生徒が再びソデから出た時――。


 ぎりりっ! 


 という綱引きを引っ張るような音がしました。

 ソデの内側で出番を待つ生徒達は顔を見合わせました。

 異口同音に「何の音?」と、首を傾げます。すぐに誰かが緞帳どんちょうを支えているワイヤーの音だと言ったので別に気にしませんでした。

 主人公役が演技をしながら木に話しかけました。トシキが自分のセリフを言います。

 ですがトシキの声はずいぶんとしわがれていて、練習の時とは打って変わり、なんだか苦しそうでした。

 私は昨日、トシキが学校に残っていたことを思い出して、体調が悪いのかなと考えていました。

 ほどなくトシキの出番が終わり、舞台は暗転、次の場面に切り替えです。

 トシキの木も片づけてソデに引っ込めたのですが、トシキが木から出てきません。

 終わったんだから出てこいよ。そう言われたのに返事もしません。ただ顔を出す穴からぼぅっとこっちを見てくるだけです。

 別にこれ以上トシキに出番があるわけでもないので私達は劇に集中しました。

 その間も、


 ぎりりぃっ!


 という音がときおり聞こえてきました。

 それから劇は大成功して、大きな拍手とともに終わりました。

 それぞれの役を演じた生徒が舞台に出て行ってスポットライトに照らされながらお辞儀をします。それでもトシキは木から顔を出したままでした。

 仕方なく男子数人で木に入ったままのトシキを舞台に押し出します。

 トシキがスポットライトを浴びた瞬間――。


 観客席から悲鳴が上がりました。


 見ると立ち上がった女性が手を震わせてこちらを指さしています。

 その子どうしたの!?

 そう叫ぶ女性からトシキの方へと私達は目を移しました。

 途端に女子生徒は次々に悲鳴を上げ、驚いた男子の数人が腰を抜かして倒れました。

 木から顔を出していたトシキの顔は血の気がなくなり紫色になっていたのです。

 すぐに先生達が集まって来て木の裏側に回り込みました。見てみるとトシキは木の枠組み括り付けた縄で首を吊って自殺していたのです。

 すぐに警察と救急車が駆けつけました。

 私達のクラスの全員が事情聴取をされました。

 ですが、トシキがなんで死んだのかなんて分からないので正直にそう答えました。

 やっと警察から開放された私達は、痛ましい顔をした担任からホームルームをするから教室に集まるように言われて、片づけを終えた体育館から出ました。

 ホームルームが終わった私達は、みんなで下校しながら自殺したトシキのことを話しました。

 自殺するなんて……。


 本当に変な奴だなぁとみんなで言い合いました。

人の痛みが分からない人間が悪いでしょうか?

自分の痛みを伝えられない人間の負けなのでしょうか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] その立場に立った人間にしかわからない痛みってありますからね、どうしても・・・。人間って社会的な生き物ですから、どうしてもトシキくんみたいに、コミュニケーションとれない子って、ハブられること…
[良い点]  怪異があるわけでもない、だからこそのホラーでした。無自覚な悪意、トシキ君以外のキャラクターの冷徹さがとても怖く、とても後味が悪いです(この作品においては褒め言葉です)。  突き放した文章…
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