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幽霊物件のツンデ霊

作者:

短編に初挑戦してみました!

なかなか難しいですねw

 中古で購入した少しボロ目の冷蔵庫からコーラを取り出して居間へ入る。

 畳も古くささくれが目立つ今は何だか田舎を思い出して悪い気がしない。

 高校入学を機に両親に無理を言って独り暮らしを始めてからもう三年か。既に高校も卒業して大学へと進学することになるのだがここともおさらばか。

 当初は家賃が出来るだけ安い所をと思い不動産屋と交渉に交渉を重ねて紹介されたのが何と家賃五千円の激安物件であるこの部屋だ。だがアパートの一室にしては部屋も広めだし少し古い感じもするのが出来は悪くないし何より家賃が安いのが決め手だった。と言うかここ以外では当時まだ十五歳だった俺では生活が出来なかった訳だがそれでも一度だけこの部屋を出て実家へ帰ろうと思った時期があった。

『何を呆けた顔してるのよ。早く片付けなさいよ』

 そうこの声だ。この声に姿形はない。ただ声だけがいつも部屋に響くんだ。

 この部屋に入居した当初、というか初日から部屋の雰囲気が妙だとは気付いていた。俺以外には誰もいないはずなのにどこからか気配というか視線を感じるような気がしたんだ。そしてその日の晩、俺は寝ていた。そう寝ていた。そう初日だよ。

 その時、確か夜中の二時頃だったと記憶している。妙な寝苦しさで目を覚ました俺は気付いた。体が動かねえんだ。金縛りだった。そして首に妙な圧迫を感じてさすがにやべえと思った俺は慌てて目を開けようとした。だがそれは出来なかったんだ。

『目開けんな。そのまま聞きなさい』

 そんな声が聞こえたんだ。女の声だった。脳内に直接響くようでいて耳元で囁かれる様な、それでいて遠い所から言っているような声だった。もちろんテンパったさ。心臓飛び跳ねたさ。幽霊だって気付いたさ。怖かったさ。だがその声はんな事関係なく続く。

『出ていきなさい。この部屋は私ん部屋だ』

 出れるかっての。そもそも俺はちゃんと契約したうえでこの部屋に来たんだお前はどうなんだ。ちげえだろ。とはもちろん言えずテンパりながら俺はこう言ったんだ。

「ごめんなさい!高校卒業までの間借りなんです!ここ以外住み場所ないんです!だから三年間だけ辛抱してください!」

 確かこんな感じの事だったと思うが今思えば相当理不尽だし俺の卑屈さとビビりレベルはかなりの物だったと思うがでも仕方ねえだろ?相手幽霊だもん。大家てめえそんな話

 一度もしなかっただろ曰く付きならそう言っとけよ訴えるぞ。

 その声は少し間を開けると鼻で笑うような音をさせて『変な奴ね』と呟いて消えていった。気配も首の圧迫も一緒に消えた。金縛りも消えた。そして自由になった俺が即座に入った行動はこうだった。

「ありがとうございます!」

 土下座だった。プライドも何もねぇ。命を救ってもらった事への全力の感謝だった。

 それからというものそいつは俺が暇だろうが急がしかろうが気配と声だけで現れるようになった。半分以上が悪態やからかいだったが三か月ほどもすればさすがに慣れてくるもので三年経った今となっては当たり前に日常会話が出来るようになっていた。

『ほら、もう約束の三年でしょ。さっさと荷作りして出ていきなさい』

 そしてそいつはいつものように当たり前に気配と声だけ現れ話しかけてくる。こいつともいろんな話をしたものだった。学校の話やテレビの話(俺が見てるテレビをいつの間にか一緒に見ていたらしい)、バイト先の話とか。バイトを始めてしばらくしたら急に部屋でポルターガイストが起こっていた時はさすがにビビった(部屋がめちゃくちゃに荒らされてた)。今となってはもう笑い話だが結局あの時のあいつに対してあんなにキレてたんだろうか?

「うるせえなあ今やってんだろ。今日で最後なんだから今日ぐらい大人しくするか俺を労われよ」

『バッカじゃないの?なんで私が。あんたが消えてくれればやっと私は静かに過ごせるわ』

「そうかい」

 それきりお互い無言になった。俺はコーラを飲み、そいつは気配だけ部屋の隅っこに置いている。俺はこの時間が特段嫌いでもなかった。正直俺は一人暮らしが不安で仕方がなかったのだ。家賃からすれば光熱費や食費を切り詰めれば何とかやっていけてたし学校での交友関係だって悪くはなかったと思う。でもやはり一人というのは怖いのだ。やはり帰った時に誰かがいてくれる、というのは嬉しいものだ。幽霊でも害がないようならマシだろう。だから俺はなんだかんだ言ってこいつが嫌いじゃない。口はつんけんしてるが悪い奴ではないんだ。

『昨日来てたあの女、誰よ。友達?』

 静寂をぶち破って声が言ったのはそんな事だった。妙に怒気を孕んでいるのが恐ろしい。

「昨日の女?ああ卒業打ち上げの時のあいつか。ちげえよもう一人男がいただろ?あいつの彼女だよ。友達って程の絡みもねえ」

 全くもってムカつく話だ。俺は高校三年間一度もそう言うことがなかったからカップルというのは羨ましいし昨日だって少しイラっと来た。でもなんでだろうな。クラスには結構可愛い子とか仲いい子とかいたのに一度もそう言う気にならなかったんだよな。俺はある意味充実していたのかもしれないな。定期的に来るあいつからの嫌がらせの金縛りのせいでついハマってしまった深夜アニメのおかげで退屈はしなかったな。それも会ったのかもしれない。オタク=リア充。

『あっそ』

 それ以降再び沈黙が訪れたがやはり嫌ではないな。むしろ幽霊と仲良く会話しているというのがおかしいのかもしれねえが。

「さて再開するかな」

『さっさとしなさいよ』

 うるせえよ。

 とりあえず無視して作業を始める。家具や家電は既にリサイクルショップに売ったしまったので残った漫画本やアニメのDVD、参考書や高校のアルバムを段ボールに仕舞っていくとどうしても感慨深い気分になるな。早いものだ。当初はどうなる物かと持ったここでの生活も早くも三年が経って退居が迫っている。

『早いものね。あんたが来てからもう三年か』

 こいつもどうやら同じことを感じていたようでそんな事を呟いた。

『最初は変な奴だと思ってたけど、やっぱりあんた変だわ。本当に三年いるなんて。頭おかしいんじゃないの?』

「だから金なかったからだって。俺だって怖かったんだからな最初の頃は」

『ずっとビビッてなさいよ』

 鼻で笑うようにそう言うそいつの声はどこか寂しげに感じた。まあ、気のせいだろうな。こいつはそんな質じゃない。

「さて、と。……んじゃあ、行くわ」

 荷物を詰め込んだバッグを肩に担いで部屋を振り返る。しかし反応がない。どこか行ったのか?

「おい!聞いてるのか?約束通り出ていくんだから見送りぐらいしてくれよ」

 最後だから少しだけ冗談を言ってみる。しかしそれに帰って来たのは冗談返しでもなく別れのあいさつでもなく。

『うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーい!さっさと何も言わずに出ていけ!やっとせいせいできるわ!』

 叫び声だった。めっちゃキレてる。ラップ音めっちゃ鳴ってる。怖ぇ……

「何だよ!最後くらい優しく出来ねえのかよ!最後までつんけんしやがって陰険だな!お望み通り出てってやるよ!」

 ついカッとなって俺も怒鳴ってしまった。怒りを発散させるように無駄に足音を立てながら玄関まで歩く。

『あ……』

 今の方から小さくそんな声が聞こえた気がする。……気のせいだろう。もう知らん。ただでさえ何の忠告も無しにこんな部屋に入らされたのだ。確かに家賃で気付けなかった俺の世間知らずも悪かったろうがだがそれでもやはり入居した部屋でいきなり金縛りに遭うわ首絞められるわ罵倒されるわからかわれるわ最後にはキレられるわでもう散々だ。明日からは大学の近所で部屋を見つけるまで実家でダラダラ過ごそう。それでここでのことは忘れよう。思い出すのは学校でのことにしよう。何もなかった。俺は一人暮らしなどしていない。幽霊物件でお化けに遭ったなんてことはない。何もなかったんだ。

「じゃあな!」

『うっさい!早く出てけ!』

 最後まで可愛くない。まあいいや。これでこいつともおさらばだ。

 靴を履いて玄関を開ける。

「ん?」

 そこを潜ってまた扉を閉じる際玄関先を覗くと居間に入る戸の隙間から髪の長い、水色のワンピースを着た小柄な女の子が見えた気がした。が、それも直ぐに見えなくなる。気のせいだったか。

 扉を閉じて鍵も締める。金属製の通路を通って同じく金属製の階段を降りる。錆びて古めかしくて無駄にうるさい音を立てる階段も嫌いではなかった。賛否両論あるだろうけど誰かが夜中に階段を上ってくる音が聞こえるとすぐ近くに誰かがいるんだなと安心して眠ることが出来た。

 これでここともおさらばだ。高校を卒業し、大学に行けばわざわざここに足を運ぶこともなくなるのだろう。そう思うとやっぱり少し寂しい気分になるな。

 階段を降りて簡素な駐車場、もといただの広場まで歩いて一度だけ元自分の部屋を振り返った。

「お」

 丁度キッチンが置かれている場所の曇りガラスに人影が見えた。小柄で女の子らしいシルエットだった。当然俺はあいつを数えなければ独り暮らしだったのだからあの人影はあいつなんだろうな。なかなか可愛い雰囲気持ってるじゃねえか。素直に姿出してくれれば良かったのにな。声だけ系のお化けだと思ってたわ。

 その影は俺が見ている事に気付いたのだろう。踵を返すような動きの後消えてしまった。その背中が妙に、寂しそうに見えた。

 大家宅に寄ってあいさつを交わす。どうやら俺みたいに三年続いた奴は初めてだったらしくいつも三日とせず出ていくか病院通いになるそうだ。俺のメンタルは相当強いらしい。

 大家から多少引き留められたが丁重にお断りして大家宅を後にする。

「?」

 少し歩いて人通りが多い通りまで出ると何か視線を感じた。振り返るが当然俺を見ているような奴はいなかった。むしろ振り返ったせいで迷惑そうな顔をされてしまった。失敗だ。

「まったくもう、だな」

 少し用事を思い出してしまった。急がないと後々きつくなるからな。急がねば。

「よし」

 二時間くらい走り回ったり電話を駆けまわったりをして俺は再び息を切らせながらアパートの広場に立っていた。そしてそのまま階段をわざとらしく音を立てながら登る。通路も同様にうるさく歩く。隣人さんごめんね。

 そして俺は玄関を開けて居間へとさも当たり前のように入りバッグを床においてくつろぎ出す。

 さあそろそろだろう。もう出てきてもいいだろう?いつもみたいに出てきてくれるだろ?俺は絶賛暇を謳歌してるし幸か不幸か彼女もいない。だったらいいよな?暇を潰すために何かに時間を費やしたって文句を言われる筋合いはないんだ。さあ来い。

『あんた、何してんのよ』

 来た。来たぜラスボス。いつものように気配と声だけで現れたこいつさえ攻略すれば俺の大学生活は安泰だ。頼むぜ幽霊。

「別に。契約更新しようと思ってな」

『はあ?』

「三年のままじゃあれだしな。次は四年間契約なんてどうだい?」

『あんた……何言ってんの?』

「いや俺この部屋気に入ってるし、暇なときはお前が相手してくれるというシステム付きだし文句つけようねえだろ。家賃安いし」

『勝手に仲良くなった気になってんじゃないわよ!……自分が何言ってるのかわかってるの?あんまり調子に乗ってると本当に殺してやるわよ?』

 それは怖いな。初日の恐怖はさすがに忘れていない。プライド捨てて土下座したくらいだ。だからそれは勘弁だ。

「つっても俺は出ていけねえよ。契約しちまったしな。参ったぞここに戻ってくるために家賃五百円プラスに払ったんだぞ?他に住む場所もねえからさ、大学卒業までの間借りなんだ。四年間だけ辛抱してくんねえか?」

 三年前の自分の真似をするように言う俺の言葉をそいつは何を思ったか無言で、だが気配だけが近寄ってくるのが分かった。え、俺殺されるの?

『変な奴。変な趣味でもあるんじゃないの?うわっキッモ~。だからモテないんだ~。一回も彼女連れてきたことなかったもんね~』

 声が俺の真上から聞こえる。どうやら床に座る俺を見下ろしているらしい。

「ほっとけよ」

『それともアレかな?友達いないから私以外話す相手いないんだ~。かわいそ~』

「友達はいるよ。昨日来てたろ」

『じゃあ私の事が好きなんだ~。死人を好きになるなんて頭おかしいわね。それともなじられて喜ぶ変態なの?キモイ出ていけ。……私はそんなん好みじゃないから早く出ていきな』

「出て行かねえし頭おかしかねえし変態でもねえよ。でも」

『でも?』

「お前の事は好きだ」

『え……』

 そいつは驚いたように無言になる。そりゃあ驚くだろうな。

『あんた、何言ってんの?』

「えっと~俺的には告白に近いことしたと自覚しているんですがそんなマジ引き声で言わないでもらえますかね?俺死んじゃうよ?」

 いやマジで。

 するとそいつは少しだけ声のトーンを落として呟くように言葉を流した。

『バッカじゃないの?私幽霊なのよ?』

「知ってるよ」

『死人なのよ?』

「誰でもわかるよ」

『いつも悪口ばっかじゃない。気分悪くならないの?』

「そいつは多少和らげて欲しいがまあ、それも慣れたよ」

『一度も顔見たことないじゃない。声フェチ?』

「否定はしない。声優大好きだ。だが俺はお姉さんタイプの声が好きだ。お前のは違う。それに顔で好き嫌い判断するタイプでもないと自分では思ってるんでな。顔は気にしねえ」

『実体ないよ?あんたからは触れないんだよ?だ、だからその、変な事も、出来ないわよ?』

「別にそういうのが目的ってんじゃねえよ。お?あんたから?てことはお前からなら触れるって事か?ああだから首絞められたのか」

『そう!私はあんたを殺そうとしたのよ!それでもそんな事が言えるの!?』

「それでもお前は見逃してくれたろ?本当は優しい奴で、実は寂しがりやなのも知ってるつもりだ。だから俺はそんなツンデレ、んにゃツンデ霊なお前と仲良くなりたいし、好きにもなったんだ」

 思えばいつからだろう。だいぶ最初の頃からだった気がする。罵倒されたりからかわれたりポルターガイストられたりでハチャメチャな三年間だった。それでも隙になっちまったんだから確かにこいつが言うように頭がちょっとおかしいのかもしれんな。それでも隙になっちまえば、好きだと自覚してしまえば人間は抑えられないものなのだ。

「別に答えを期待している訳じゃねえしどうにかなりてえわけでもないよ。ただ今まで通り仲良くして寂しい俺の相手をしてくれたらいい。いつもそうしてくれてたお前が、好きなんだ」

『……』

 声の気配が動いたのが分かった。俺の横を通ってそのまま俺の後ろへ。そう思ったら俺の背中に急に小さな重さが加わった。どうやら俺の背中に寄りかかったらしい。背中越しにもわかる程小柄だ。もしかしたら小学生くらいかもしれない。まさか子供じゃあねえだろうな……

 それはともかくとしてだ。

 何だ。ちゃんと実体あるんじゃねえか。確かにそこにいるじゃねえか。だったら俺は満足だよ。

 そしてそいつは俺の背中に寄りかかったまま言うんだ。初日のように当たり前に。それでいてどこか嬉しそうに笑いながら。


『変な奴』

ありがとうございました。お疲れ様です。

今後も短編を少しずつでも書いていこうと思っているので短編好きな方はどうぞよろしくお願いしますw

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