03
「お前まだトレジャーハンターじゃないだろうが。ご丁寧にバッジまで手作りしやがって……」
グローは呆れ顔になり、シェイドの眉間めがけデコピンを食らわした。
「痛っ! で、でも、いいじゃないか、そのハッタリで、あの人を助けられたんだし……それに、トレジャーハンターは、僕の夢でもあるから、強ち間違いではないよ」
シェイドは少し赤くなった眉間を擦りながら、明るく笑った。
――トレジャーハンターとは、世界中で色々な理由で困っている人達からの依頼や魔物退治、学者達の代わりに遺跡調査などをし、それに見合った報酬金をもらう仕事をしている者達の事。周りの人からは正義の味方、便利屋と呼ばれている事もしばしば。
ただトレジャーハンターになるには、ハンターギルドという特殊な施設にて申し込みをしないといけない。
そしてルクス村みたいな小さな村にはギルドがない。大抵は大きな町にあったりするのだが、村から出た事がないシェイドはまだトレジャーハンターにはなれていなかったのだ。
「あれ? ……そういえば、僕達何しに行く予定だったんだっけ?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。今から【トウクの森】に獲物を狩りに行くんだろが……」
グローは溜め息をつきながら、シェイドを軽く睨む。当の本人は「あぁ!」と言わんばかりに納得した表情を浮かべていた。
「またデコピンくらうか?」
「わ! 止めてくれよっ! わかったよ、じゃあ早速行こうか」
グローのデコピン攻撃は手加減なしでやってくるので、シェイドはすぐさま仕切り直して行動に移した。
本来の目的を忘れてしまう程の強い正義感を持っているシェイド。が、周りが見えなく少しマイペースな所がある。そのせいか、幼い頃からしょっちゅうこういった事態を引き起こし、グローを困らせているようだ。
「ハァ……先が思いやられるぜ、ったくよー」
そんなグローの心配を他所に、シェイドは踵を返し村の入口に向かって軽快に歩き出していた。
一方その頃。
「ハァハァ……」
一人の少女が、森の長くなった草むらを必死に掻き分け、何かから逃げるように地を蹴り上げ駆ける。
艶やかな栗毛が風に仰がれており、時折後ろを振り返る顔は眉間にしわを寄せ、何かを見据えていた。
そのすぐ後ろから、黒いロングコートに身を覆った男らしき者が、小走りで少女を追いかけている。フードを深く被っているせいか、顔はよく見えない。
「アノ御方ノ前ニ差シ出ス。我ラガ統主ニ……オ前ヲ殺サセルタメニ」
どこかぎこちない喋り方をしながら、男は卑しく不気味に笑っていた。
少女は男の死角に立ち廻り、太い木の根あたりに立ち止まって、ゆっくりと息を整える。
「ハァ……まだ、あいつの所には行けないわ……」
少女は再びぬかるんだ地を蹴り、颯爽と走り出した――
* * *
――ルクス村から然程離れていない所に、ひっそりとした森が二つ存在している。
一つは【イリアンの森】。
いつ何時に訪れても恐ろしい獣などはいなく、木々や瑞々しい草花などが生い茂っている。川や小さいながら滝も存在している。全体的に明るい雰囲気を纏っており、果物や綺麗な花なども美しく咲き誇っていた。
そしてもう一つの森は【トウクの森】。
細長く不気味な形をした木々が多く生え、凶暴化した獣などが生息している。全体的に鬱蒼として薄暗いためか、道にはずれる事もしばしばあるという。
昔からこの森に行き慣れた人達でさえ、油断すると道に迷い、獣に喰われたりと、帰れなくなってしまう事もあると聞かされていた。
――二人はこのトウクの森に、孤児院へと持って帰る獲物を狩りに来たのだ。
大体は村などで売買されているが、孤児院は人数が多いため節約と特訓を兼ね、男であるシェイドとグローが狩りに出ているのだ。
二人は早速トウクの森に足を踏み入り、周りをゆっくりと見回す。
不気味な木々で囲まれており、入口付近は見慣れているとはいえ、奥の方は暗く淀んでおり、一度離れてしまったら帰っては来れない。そんな嫌な予感が一瞬頭によぎる。
二人はカサカサと足元の草を踏みつけながら森の奥へと迷いなく進んでいたが、シェイドが途中で歩みを止めた。
「シェイド?」
グローは、いきなり動きを止めたシェイドの顔を覗き込む。
「しっ!! ……近くに何かいるみたいだよ」
「!」
グローも言葉を止め、ゆっくりと周りを見回し、警戒を始める。
さっきまでいなかった筈の気配。今は何者かが潜んでいる。グローにも確かにそう感じ取れた。
その何者かが動くたび、草同士が擦り合わせる音が段々と大きくなっていく。
シェイドとグローは背中合わせに立ち、目だけを動かしながら四方に広がる視界の草むらを凝視した。
「グワァァ!」
「!」
草むらから腹を空かした狼が虚ろな目をして、二人目掛け勢い良く飛び掛かってきた。
「ふん、狼ごときに! シェイド!」
「わかった!」
グローは荒々しい口調とは裏腹に、踵を返して狼に真っ向で立ち向かう。そして彼の合図と同時にシェイドは別の方向へ駆け出していった。
「ふぅー……! “掌呈刃”っ!!」
グッと深く腰を落とし大きく息を吸ってから、立ち向かってきた狼の鳩尾目掛けて、勢い良く張り手を喰らわす。
まともにくらった狼は「グアッ!」と言った苦しい声を発し、身体をくの字にしならせ、後方に吹き飛んでいった。
「シェイドっ!」
先を見越してか狼が飛んでいく方へ鞘から剣を抜き、待ち構えているシェイドの姿があった。
「でいやぁっ!」
勢いよく飛んできた狼の脳天目掛けて、シェイドは剣を大きく振り上げ、容赦なく斬る。
「グッ! グワァ……ァ……」
その一撃で狼の脳天が縦に切れ目が入り、その瞬間ぷしゃあと血が吹き出す。そして白眼を向きながら、草むらの中に虚しく倒れ込んでしまった。
暫し小さく痙攣を起こすが、次第に動きがピタリと止まる。息絶えたようだ。
辺りは一気に静まり返えった。二人はお互い背を向け、剣と拳を構えながら四方を入念に警戒をする。
……どうやら、仲間を引き連れてきた訳ではないようだ。
「フー……やったみたいだな」
「そうだね。ところでグロー、また一段と腕上げたね! まさか、あそこまで吹き飛んでくるとは思わなかったよ」
シェイドは刃先についた血糊を払うかのように軽く振り、ゆっくりと鞘に戻す。そして額の汗を拭っていたグローを、満面の笑顔で褒めあげた。
「そ、そうか~? ……まぁ確かに、あんな綺麗に掌底が決まるとは思わなかったけどさ」
グローもその素直な誉め言葉に気を良くしたのか、満更でもない、はにかんだ笑顔で髪を掻き始めた。
「よしっ、これなら心配はなさそうだね! 先に進もうか」
「お、おいシェイド! 狩りは終わったんだし帰ろうぜ!」
そう言ってグローの静止も聞かず、シェイドは更に森の奥へと躊躇なく進んでいってしまった。爽やかな風で木々の葉が揺れ動き、擦り合わせる音だけが静かに残った。数秒待ってはみたものの、シェイドの返事が一向に返ってこない。既にグローの声が届かない所まで、シェイドはどんどんと進んでいってしまったようだ。
「ちっ! たく、さっき言った事もう忘れたのかよ……シェイド! おい、待てよっ!」
グローは歯痒い思いを抱きながら、シェイドが進んだ道を小走りで追いかけて行った。
草などが乾いた風に揺れ、ゆっくりと色々な方向に傾げる。
まるで二人を嘲笑うかのように――
(――そう、その時僕は何故、森の奥に向かって行ったのか……
グローの制止を振りきってまで、何故奥に行ったのかは、僕自身も何でかよくわからない。
だけど……
何かに導かれたんだ。
何処か懐かしく、暖かい何かに。
僕が知らない僕を知っている、何かに――)