狩人衆
大阪の街並を黄昏時の紅が彩る。
雑居ビルが乱立し、中でも一際大きい大阪駅周辺。そして、その地下に蜘蛛の巣のように広がるもう一つの街。
車のライトは若干数つけているものもいて、その時間を知らせてくれる。
昼と夜の中途半端な時間――夕方。
一人の少年が一人の少女と手を繋いで歩いている。
場所は大阪駅から離れ――道頓堀。
商店街を行く二人の視界には拡張現実も映り、透明な板のようなものにそこかしこの店名が書かれており、更には目的地である戎橋への道順や距離まで記されていた。
手にはアツアツのたこ焼きがあり、少年が少女の手に収まっている幾つものたこ焼きを一つずつ少女に食べさせている。
少女が、
「おいひぃ⋯⋯」
とはふはふとしながら言えば、少年は照れくさそうに後頭部を掻く。
――その時、
「はっ⋯⋯?」
男性の首が転がった。突然のことで誰もが反応出来ない。首から血が噴出し、周囲にいた者は血を浴びて狂気に陥った。
混乱が場を支配する。
誰もが我先にと、そこから遠ざかっていく。その原因は⋯⋯男性の首が飛んだからだけではない。
彼らの目には拡張現実が映っているのか、はたまた現実が映っているのか⋯⋯それは18歳以上の者にしか確認できない。
この国、いや世界では、18年前に直接目に拡張現実を見せることが出来るチップが完成し、それ以降に生まれた者に対してはチップが埋め込まれている。
彼らの視界に映る化け物は知る人ぞ知る⋯⋯人類の敵。
その姿は人よりも大きく、だが全く人の姿から離れているというわけでもなかった。
角を生やした、鬼。
鬼が持っている斧には先ほどまで生きていた男性の血が滴っている。
恐る恐る拡張現実を見せるためのモノクルを取り外していく18歳以上の者たち。そして、目にしているものが現実だと理解出来た。
理解したくはなかったが、それでも理解せざるを得なかった。
なにしろそれは、肉眼で見えているのだから。
「あぁぁぁっぁあ!!!!」
「邪魔や!どけやぁああ!!」
叫び、近くにいる者を吹き飛ばし、鬼から遠ざかる。
それらが少年と少女の耳に届いた。
「何か、あったんかな」
「さぁ⋯⋯どうやろな?」
ただ、二人はただごとではない何かが起こっていることがわかっていた。
この時代において、改造されたのはチップに関してだけではない。
少年と少女は視力を2,0まで上げ、騒動の場を見る。
そこには⋯⋯二人にとってはとても見覚えのある敵。
「なんで⋯⋯あれは、だって⋯⋯」
「愛希!そんなことより逃げるぞ!早く!」
少年が愛希の手を引いてその場からの離脱を試みた。だが、愛希は動かない。
「あかんよ⋯⋯あかんって。だってあれは、うちと遼が作ったデータやんか」
「でも⋯⋯だからって!戦われへんやろ!?」
愛希の言葉に迷いを見せる遼。
事実、この鬼は二人にとって忘れられないものなのだ。
「遼!武器も全部完成してたやろ!?今すぐネットにアップしてそれを装備すれば⋯⋯!」
「くっ⋯⋯」
鬼とは、二人が一緒に作ったARゲームの敵である。
人類を滅亡の危機にまで追い込んだ鬼を倒していくという筋書きのゲーム。
そう、ゲーム⋯⋯のはずだった。それがどうしてか、今、現実にいる。
既に、残りはネットにアップロードするだけであり、この後遼の家でする予定だった。
「わかった、わかったわ!やればええんやろ!」
遼が素早くネット保存されているゲームデータを事前に用意しておいたものに貼り付け、アップロードを開始する。
ただ、そのデータ容量は多い。
「アップ中⋯⋯クソ!やっぱあかん、パソコンやないと時間かかりすぎる!」
「あと何分なん!」
「あと12分や!それまで一先ず逃げんで!」
遼が愛希の手を引き、鬼から遠ざかっていく。
二人が最後に見たのは、道頓堀川周辺に次々と現れていくところだった。
「よし⋯⋯アップ終わった!」
逃げた二人は遼の言葉でその場に停止する。
アップロードが終了し、二人がそのサイトにアクセスした。
そして、ゲームデータを今度はダウンロードしていく。
「あぁぁ!忘れてた!まだダウンロードしやなあかんやん!」
愛希が頭を抱え、しゃがみ込む。
既に辺りに人はいない。子どもである二人は置いて行かれてしまったのだ。
同時に、誰かが助けに来るでもない。
警察、消防、自衛隊。
始めに来たのは警察だった。その腰には拳銃と警棒がある。
おそらく、騒ぎの報告を聞いて拳銃の持ち出しが許可されたのだろう。
「なんやこれ⋯⋯」
呆然と警察官の一人が呟く。
「ええから!はよ構え!」
同僚が背中を叩き、正気を取り戻させる。
二人の視界には多数の鬼と、そして逃げ遅れた一般人の無数の死体。
吐き気を押し殺し、彼らは引き金を引いた。
狙いは鬼の頭部。
「くらえやぁ!」
だが、その弾丸は貫通しなかった。否、貫通はした。しかし、鬼は倒れていない。
「なんやねん、あいつ!おかしいやろ絶対!」
「⋯⋯なぁ、今、当たったとかそう言うもんじゃなくて⋯⋯すり抜けんかった?」
「ああ!?それはないやろ!」
血気盛んな警察官がもう一発放つ。
だが、結果は先ほどと同じで、二度目だからか、弾丸視認できなくても前後の鬼の体の状態を見ることは出来た。
「おい⋯⋯嘘やろ?」
「こんなんどうすればええん⋯⋯」
鬼に、銃弾は効かない。
鬼が口角を釣り上げた。その瞬間、鬼が瞬時に目の前に迫り、容易く警察官二人の首を刈り取った。
「なぁ、やばいって⋯⋯ダウンロードまだかいな⋯⋯」
「⋯⋯っしゃ、終わった!」
遼がダウンロードを終え、ゲームを起動させる。
すると、遼の体に銀の輝きを放つ全身鎧が出現し、手には圧倒的な力を内包する大剣が現れた。
拡張現実であり、重さを感じない筈であるのに多少の重みを感じた遼は疑問を覚えたが、それも鬼が遼を発見したことによってすっぱりと忘れる。
鬼の斧と咄嗟に前に出した遼の剣が衝突する。斧が弾かれ、鬼が仰け反る。
遼はGM専用IDでログインしたためか、その装備は圧倒的だった。
それを理解した遼は仰け反った鬼の首に一太刀浴びせる。
「やぁっ!」
まだ彼は15歳と若く、高校1年生だ。
仮想現実のゲームなんかは数えきれないくらいしてきた遼と愛希にとって、人を殺すゲームもしてきたことから死に対して随分と希薄な感情しかない。
故に、鬼を殺すと言っても命を奪うことに罪悪感など皆無で、加えて目の前で多数の一般人を殺していたのだから、その怒りも作用していることだろう。
「よし!やっぱこの装備ならいけるやん!」
「うちも⋯⋯装備出来たで!」
愛希の声に遼が反応し、その姿を確認する。
愛希も全身鎧⋯⋯ではあるが、下はスカートとなっており、膝丈の銀のブーツを履いている。手には大剣ではなく、代わりに細剣が握られていた。
「いくで⋯⋯うちらの、鬼狩りの始まりや!」
二人が作っていたゲームの名は―――鬼狩り。
その名の通り、鬼をひたすら狩っていくゲームだ。
何が原因で現実となったかは二人にはわからない。
けれど、二人は製作者として、事態の収拾に当たり始める。
――後日、
二人の姿は多くの警察、消防、自衛隊関係者に目撃された。
そして、鬼出現の際の最大の功労者としての名を上げる。
だが、この鬼は二人の作ったゲームが現実化したものによるため、問題視もされることったが、拡張現実関係の全てに見直しが全世界で行われ始めた。
しかし、鬼の出現は止まらない。
加えて、鬼以外の化け物まで現れ始める始末。
吸血鬼から、ドラゴンまで。
仮想の生物が次々と現れ始め、遂に世界は一つの組織を作り出す。
その名は『狩人衆』
組織の頂点には、遼と愛希が据えられることとなり、その部下は全てが第1世代の子どもたち。
拡張現実チップを埋め込まれていなければ、化け物たちに対抗できる防具や武器が生成されなかったのだ。
第1世代とは、18歳未満のことを言う。
2世代目のチップの開発がすすめられていたが、それは今回のことを受けて凍結されてしまった。
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