第六章:自覚する運命
剣士の言葉に従いエリナは休憩をする事にした。
エリナは木刀を鞘に納めると自分の右横に置き、そして腰を下ろすが眼は剣士に向けている。
何せ剣士も直ぐ隣に座っていたから・・・・居合の術が使えるのだ。
最初に教えられた「座合」の技だ。
座合とは文字通り座った状態で抜刀する術の事でエリナは自分の小さな頭で想像したが・・・・分からなかった。
少なくとも剣士の大刀を見る限り座った状態で抜くのは・・・・出来るだろうが、果たして如何にして抜くかは分からない。
しかも先程の事も考えれば相手の武器を利用するのも一つだ。
『・・・・試してみようかしら?』
エリナは隣に座る剣士を見て・・・・中脇差に手を伸ばした。
対して剣士は眼を閉じて息を吐いている。
それを確認してからエリナは中脇差を抜いて剣士の胴を払わんとしたが、気が付くと・・・・逆に地べたに転がっており中脇差も取り上げられている事に唖然とした。
「中々に良い攻撃でしたが、まだ腕で振っておりますよ」
剣士は中脇差をエリナに返して立たせると汚れを落としてくれた。
「い、今のはどうしたのですか?」
エリナは訳が分からず問い掛け、仲間と従者にも眼を向けた。
「何つうか・・・・嬢ちゃんの腕を、おっさんが払って襟首を掴んだのは見えたんだが」
「そこからは・・・・・・・・」
「何と言うか・・・・・・・・」
フィル、ティナ、エスペランザーの3人は最初こそ見えたが、そこからは如何に説明すれば良いか迷っていた。
対してハイズと狗奴、そして3人の老人は・・・・知っていた。
「エリナ様、この男は“柔術”または“合気術”を使用したのです」
ハイズがエリナの疑問に答えるが、エリナはハイズの然る言葉に首を傾げた。
「柔術は分かりますが、合気術とは?」
「簡単に言えば柔術の一種です。ただ、護身的な意味合いが強く相手の力を利用する点も柔術とは少し違います」
ハイズの単語を剣士が付け足すように説明した。
「先ほど私が使用したのは合気術です。あのまま行けば私は貴女様の喉を掻き切り、そして心臓を突いていました」
連続で技を仕掛けるのも合気術だと剣士は言い、エリナは「そういう技もあるのですか」と感心した。
「どれもこれも血生臭い戦場で培われた術です。それを色々と変えたのが道と称されます。もっとも根本的に術と道は違いますので憶えておいて下さい」
そう剣士は言い、エリナはエスペランザーの差し出した茶を飲む。
「なぁ・・・・俺にも居合を教えてくれねぇか?」
ここでフィルが静かに前へ出て剣士へせがんだ。
「構いませんよ。というよりも私の動きを注意深く見ていたのですから・・・・最初から言って下されば宜しかったのに」
「この歳になるまで他人様に何かを願う事なんてなかったんだよ。だが、あんたなら・・・・教えてくれると踏んだ」
フィルの現状を考えれば無理もないと狗奴は思った。
このフィル・ベルアーなる者は親も無く、家も無く、そして土地すら持たぬ言わば「3無し」で通っている。
こんな3無しが生きて行くには仕事なんて一つしかないが、それは極めて非常に危うく定収入ではない。
その日その日を生きていくのが精一杯であり、他人に何度も煮え湯を飲まされてきたのは容易に想像できる。
何せ上記の通り3無しだから頼れる者も居なければ・・・・帰りを待つ家も人も存在しない。
つまり例え死んでも・・・・誰も気に掛けないと判断されるのだ。
実際に狗奴が知る限りフィルが嵌められた件は幾つもある。
もっとも現在の彼が居るのを見れば解る通り・・・・嵌めた輩をフィルは何度も打倒し今の2つ名を得ていた。
そんな彼がエリナの旅に今も同行しているのも驚くべきことだ。
何せ彼は何時もこう言っている。
『人は一人でも生きていける。そして他人なんて信用できない。女なんて典型的例だ』
この言葉が今までフィルが歩んで来た道を証明していると言えるだろう。
ところが、こんな風に赤の他人に物を頼む姿勢を見るのも・・・・驚くべき事だ。
いや・・・・これこそ剣士の持つ人柄という技なのだろう。
赤の他人を極端に警戒し、そして接触を拒むフィルが自分から頼むような人柄が・・・・・・・・
「それならハイズ、ティナ、それからエスペランザーに狗奴も習いましょう」
狗奴はエリナの発した言葉に一瞬だけ驚いたが、ハイズは何か思う所でもあるのか「御意のままに」と頷いた。
これに狗奴は驚いた。
何せハイズは剣士をエリナに「仇なす存在」と認識しており、常にエリナを護れる立ち位置に居る。
今もそうだ。
常人から見ればそうでもないように見えるが、狗奴からすればエリナに何かあれば「直ぐに駆け付けられる」距離と立ち位置に居り、また剣士に一太刀浴びせられる。
そんな彼が剣士の教えを受け入れる理由は?
「・・・・俺は、我流から剣を始めた。後で正式な流派で学んだが、やはり我流色が強い。だから・・・・そこを修正してくれると助かる」
狗奴の疑問を解くようにハイズは剣士に頼み、それを剣士も「承知しました」と受け入れる。
ティナとエスペランザーも「承知しました」と言ったので・・・・後は狗奴だけとなった。
「・・・・俺もハイズ同様に我流です。旅の剣士に教えられましたが、それもハッキリ言えば教えられたとは言い難いので」
「といいますと?」
剣士が興味を引かれたように訊ねてきたので狗奴は答えた。
「居合とは、鞘から抜いて納める動作を極限まで速めた術の事。それは眼で見れば覚えられると言われました」
「一理ありますね。そして恐らく貴方様の師に当たる剣士は・・・・土の中か、隠棲しておられるでしょう」
その手の言葉を言う者は悲惨な最後か、または世捨て人の如く世間から隠れてしまうと剣士は言った。
「私もどちらかになりましょう。ですが、これからの時代は・・・・そのような最後ではなく、皆に看取られて死ねるような時代になってもらいたいものです」
この言葉を言う剣士は、まるで自分の死を既に悟っているように狗奴には見えた。
そして先程の言葉も・・・・自分達に対して言った台詞だが、そのために自分は死ぬとも取れる感じだった。
『何者なんだ?この男は』
狗奴は剣士の正体に強い探求心を抱かずにはいられなかった。
何せクリーズ皇国の出と言うが、訛がクリーズ皇国の者ではない。
いや、これは少し語弊がある。
クリーズ皇国もアガリスタ共和国同様に多数の部族が一つの国家に住んでいる多民族国家だ。
つまりピンからキリまで部族の訛は存在しており言語はおろか文化の統一すら出来ていない。
皇国の首都---皇都である「赤黒い砂粒」を意味するハラコムスでは、言語も文化も統一されていると聞く。
という事は・・・・剣士はクリーズ皇国の何処かに住む部族の出か?
狗奴は仮説を直ぐに否定した。
部族の出にしては、それらしき習慣も荷物すら無い。
この手の旅人は得てして故郷の名残を臭わせる物を必ず持ち歩くが、剣士は何一つ持ち歩いていない。
つまり・・・・・・・・
『皇国の出とは偽り、か』
何故・・・・偽るのか?
そこに狗奴は警戒心を僅かに抱くが、それ以前に剣士の腕が要注意だと改めて認識させられた。
剣士が座った状態---胡坐を掻いた状態から抜刀してきたのである。
どうやって胡坐を掻いた状態から神速で抜いたかは分からないが、狗奴の眼には逆袈裟に来る白刃が見えた。
左半身---左に身体を寄せつつ弧を描きながら中脇差を抜き剣士の右小手を狙う。
しかし剣士の方が速く・・・・狗奴の右逆袈裟を捕えた。
「・・・・お見事、です」
ギリギリの所で停止する白刃を見て狗奴は冷たい汗を背中で流しながら称賛した。
「貴方様の“小居合”も見事ですよ」
「小太刀だから小居合ですか。失礼ながら名前を付ける感性は些か切れがありませんね」
「えぇ、自分でもそう思っております」
大刀を鞘に納めながら剣士は微苦笑し、エリナ達は常識人である狗奴が珍しく皮肉を言ったので軽く眼を見張る。
「俺にも居合を教えてくれませんか?」
答えと言える言葉を先ほど狗奴は言ったが、それは曖昧と捉えたのか改めて頼んだ。
「えぇ、構いません。私が見る限り・・・・貴方様は、この中では居合が一番得手と思っているので」
そう剣士は言い、狗奴の願いを受け入れたのである。
それが自分の運命を決すると自覚しながら・・・・だ。