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第五章:稽古を始める

翌日・・・・エリナは剣士と向き合っていた。


朝露も乾かぬ時刻で薄い霧も出ている。


しかし、2人の間合いだけは・・・・朝露は乾かないどころか更に露が溢れているように見えた。


それは2人が行う稽古から発せられているのだろう。


「ではエリナ様。先ずは木刀を抜き構えて下さい」


貴女の攻撃を私が捌きますと剣士は言い、左腰に差した愛刀を手にする。


剣士の持つ愛刀は刃渡り90cm強だが、柄の長さは違う。


大体だが柄の長さは24~25㎝前後で、そこに流派の違いが出る。


しかし男の柄は少なくとも30cm前後はある。


つまり通常の物より3cm前後ほど長いのだ。


小刀の方はそうでもないが居合を極めている者なら果たして・・・・・・・・


「では・・・・行きます」


エリナは木刀を鞘から抜いたが、この時に半身気味にして鞘引きを行い抜いた事に剣士は微笑む。


「昨日のことを早速やるとは御見それしました」


特に鞘引きと半身の体捌きは良い感じだと剣士は告げる。


「ですが、まだ腕で抜いている節があります。そして正中線も定まっていません」


ここは気をつけて下さいと指摘されエリナは頷き・・・・上段に構えた。


「一刀流の上段ですね・・・・・」


剣士は直ぐにエリナの上段を一刀流と見た。


それをティナとエリナは僅かに驚きつつも感心した。


構えを見ただけで流派を言い当てる洞察力は並大抵の者では出来ないのだからな。


しかし剣士は・・・・静かに右手を柄に掛け、やや臍近くに大刀を持っていく。


「・・・・・・・・」


エリナは上段の構えを崩さずジリジリと撃剣の間合いを詰めた。


対して剣士は動かず、エリナが間合いを詰めるのに任せる。


その様子を・・・・狗奴を始めとした者達は黙って見つめていたが刹那にエリナが動いた。


「りやぁ!!」


掛け声と共に上段から振り下ろした木刀で剣士の頭上を狙う。


ところが・・・・剣士の大刀が先にエリナを捕らえた。


見れば・・・・エリナの右裏小手に大刀は当てられており、そして仮にエリナの木刀が振り下ろされてもギリギリの所で躱されているではないか。


「・・・・これは初歩的な居合ですが、どうですか?」


大刀を引き鞘に戻しながら剣士はエリナに問うたが、先程よりも気が些か強まっていた。


「凄いです。裏小手を斬られた時点で勝負ありですが、その上で首の動脈も切断されるのですから」


極め付けに躱されては勝負ありだ。


「ですが、貴女様の攻撃も馬鹿には出来ません」


一撃で決めようという気合に満ちている。


「昨日も話した通り剣を鞘から抜かせず勝つのも居合です。いえ、それこそ居合の真髄にして兵法の真理。その気を練り上げれば・・・・貴女様は達人となられます」


そう剣士は言いつつ大刀を構えた。


エリナの方も距離を取り今度は正眼に構えた。


ただし正眼に構えられた木刀の刃は・・・・水平にされている。


つまり平突きが出来るようにされている訳だ。


そして再びエリナが間合いを詰めて平突きを繰り出すが・・・・またしても剣士の方が速かった。


今度はエリナの頭上スレスレの所で大刀は止まっている。


ところが先程よりも剣士の間合いは広い。


「何で、さっきより間合いが広がってんだ?」


ここでフィルが疑問を口にした。


「・・・・柄を長く持っているだろ?」


狗奴に言われて見てみると・・・・確かに柄を長く剣士は持っているのが確認できた。


これは居合の中では中興の祖と言われる林崎甚助の弟子に当たる「田宮平兵衛重正」が甚助の流派より更に2~3寸(6㎝~9㎝)ほど柄を長くした事に似ている。


しかし、そんな歴史の事を知らぬ狗奴達は剣士の経験から得た答えと推測した。


「狗奴殿は、柄の長さに気付きましたか」


剣士が問うと狗奴は「はい」とだけ頷いた。


「確かに私は通常の剣より柄を長くしました。ですが、それだけです」


「それだけと言いますが・・・・柄を長くしただけでも構えから握り方まで違くなります。そこを何でもないように言う辺りは流石ですね」


「そう言ってもらえると助かります。さてエリナ殿。もう一度やりましょうか?」


「はい。お願いします」


「ではどうぞ」


剣士に促されてエリナは間合いを取ると・・・・今度は下段に構えた。


下段は別名を「地の構え」とも称し、先制攻撃よりカウンターの攻撃に向いている。


そして狗奴達にとってはエリナが下段に構えたのは自然のように見られた。


何せエリナは・・・・ここ最近になって目覚ましい成長を遂げており、下段の構えを会得しようとしている。


それは天領の一つを任されている小角のブロウズで溝鼠ことバログ・ベルㇺなる刺客と戦ってからだ。


あの戦いでエリナはバログ・ベルㇺを一人で打ち倒したが、恐らく何かしらの感覚を得たのだろうとは容易に想像できる。


下段に構えたエリナを見て剣士は眼を細めた。


何せ下段も居合と同じく「後の先」を旨としており、容易に攻め込めば返り討ちに遭うのは必定だからだ。


ただし防御的な意味合いも正眼同様に強い事に変わりはないし、エリナの腕では剣士に掠り傷も負わせられないだろう。


それでも剣士は・・・・何かを感じ取ったのか、構えを崩さずジッとした。


互いに静止し身動き一つ取らない。


先に動いた方が負けとも取れるが、どちらかと言えばエリナの様子を剣士は見定めていたように見受けられる。


しかし、どちらも動かずに対峙するのは至難の業である。


その証拠にエリナの方が早くも・・・・身じろいだ。


『やはり、まだ修行の身か』


狗奴はエリナの様子を見て眼を細めるが、それでも常人以上に早い速度で経験を積み重ね腕を磨いているエリナの実力は認めていた。


それでも・・・・やはり修行の身であると見ていて思い知らされた。


剣士も認めたのか、摺り足で間合いを詰めて行きエリナは僅かに身体を強張らせる。


いや、強張らせるのは仕方ない。


何せ剣士の放つ気は・・・・鞘に納まった状態でも炎のように強いのだから無理もない。


ただし鞘に納まった状態では炎みたいな気だが、鞘から抜けると・・・・氷のように冷たくて、それでいて心地良い風のような気になる。


『あれが・・・・居合の気、か』


狗奴は自分に抜刀術を教えた旅の剣士の言葉を思い出した。


『居合と抜刀術は根本的に言えば鞘から抜いて相手を倒す技だから同じだ。しかし、気は全く違う』


抜刀術は立居合の方に分類され、そして相手と対峙したり、または不意打ちの時にやる。


『だから抜く時は強風のような気を放つから相手に悟られる事も多々ある。ところが居合は違う』


居合は日常から非日常へ変わっても・・・・いや、そのような事態になっても対処できるように洗練された技だ。


『抜刀術以上に奥深く、そして洗練されており剣士なら先ず修得すべき術の一つに挙げられる。では、居合の気は何か?』


鞘に納まった状態は何でもないが・・・・・・・・


『抜かれる瞬間は氷のように冷たいが、鞘から完全に抜かれ斬撃を与える際は微風のように心地良い』


斬られた相手は自分が斬られたとも分からず死ぬ時もあるが、それは中の中が出来る腕前。


『真の達人ともなれば鯉口を切って、鞘に納まる音しか出さない。若しくは鞘に納まった状態で勝つ』


これが真の達人が出来る芸当であり、居合を嗜む者が目指すべき至高の道なり。


そう旅の剣士は教えてくれたが・・・・あの剣士は、達人の域に達しているのか?


いや、まだ達してはいないだろう。


何故かは分からないが狗奴の眼には・・・・間合いを詰めた2人が動いた際に剣士の動きが僅かに「ぶれた」のが見えた。


もっとも剣士の右手は自分の大刀から離れエリナの中脇差を抜き・・・・左手はエリナの両手を抑えていた。


中脇差は水平にされた状態で心臓ギリギリの所で停止している。


「下段に構えるのに・・・・何か見出しましたか?」


剣士は中脇差をエリナの心臓に向けたまま問い掛けるが、直ぐにエリナの下段を見て答えを見出す。


「下段からの切り上げを行うつもりでしたか」


エリナの下段を見ると・・・・刃は上に向いており、手の動きからしても切り上げを行おうとしていたのは明白だ。


「いけませんでした、か?」


「いいえ。ただ、貴女様は私が居合をすると決めていた。そこがいけません」


戦いは相手の虚を突く事も含まれている。


「特に相手の短刀等を利用するのも虚を突く術です。しかし下段からの切り上げを思い付くのは見事ですね」


「最初は脛を狙うのも手と思いました。ですが、それでは一撃では仕留められないとも・・・・・・・・」


「いいえ。脛を狙うのも立派です。寧ろ下段から脛を狙われては対処が難しいのです」


いわゆる「難剣」という代物で、どの流派でも対策らしい対策は講じられているが決定打というのは無い。


「確かに・・・・そう教えられました。それを忘れていた私は、まだ未熟ですね」


「えぇ、そうですね。ですが自覚した点は決して卑下する所ではありません。何より貴女様は筋が良いから大したものです」


これなら居合も覚えられると剣士は言いエリナに中脇差を返し、少し休憩を挟もうと言った。


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