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第四章:剣士の宿命2

「私は、これまで旅してきた中で様々な剣士の噂を耳にしましたが、今回は貴女様の為に最も為になる話をします」


そう言って剣士は眼を閉じ語り出した。


嘗て・・・・つまらぬイザコザで決闘した2人の剣士がいた。


「どちらも腕は中の中で互角でした」


勝負を決するのは腕と言うが、互角となれば僅かな動きを見逃さない洞察力か、或いは・・・・剣の出来栄えで決まる。


「2人は外見こそ良い剣を差しておりましたが、いざ抜いて刃を交えると・・・・たった一撃で双方の剣は折れてしまいました」


名のある刀工が仕上げた剣と武器屋から言われ鞘から抜かずに買ったと後に判明するらしいが、その剣士の運命は・・・・・・・・


「どちらも最後は殴り合いの泥仕合で、相打ちとなり世間から嘲笑されたそうです」


ここから解る事は何か?


「・・・・他人の声、そして外見だけでなく剣の姿を見る“良い眼”を養えという事ですね?」


エリナの選んだ言葉に剣士は頷く。


「はい、その通りです。剣に生き、そして剣に斃れる業深き者である私達ですが、いえ・・・・だからこそ剣に救いを求めるのです」


豪華な装飾や凝った拵、そして並々ならぬ大枚を叩いても欲するのは名刀・名剣と称される業物。


それさえ持てば・・・・・・・・


「如何なる殺し合いでも生き残れるし、また精神的にも多大な療養となるのです」


だから・・・・・・・・


「武器屋或いは旅の商人でも良いですが、そういう機会があれば剣を見るべきです」


場数を踏めば刀剣の価値は判るし、刀工の持つ癖も見分けられる。


「何せ名高き刀工の剣ほど"贋作"は出回っておりますので」


「ですが贋作の中にも良作はあるのですよね?」


「えぇ、ありますとも。私の聞いた話では贋作の剣を持った剣士が手にした途端・・・・本物と紛うことなき働きをした話があります」


その剣士の腕もさる事ながら贋作の出来栄えも良かったのだろう。


「この話を聞いても解るとおり・・・・優れた剣技だけでなく、優れた剣を見る良い眼も剣士には求められるのです」


「なるほど。勉強になりました」


「いえ、貴女様の知識欲に敬意を表したまで。お気になさらず」


そう剣士は言い一本の鞘をエリナに差し出す。


それはエリナの持つ本赤樫の木刀と同じ・・・・本赤樫の鞘だった。


「・・・・随分と都合よく持っているな」


ハイズが少し皮肉に言うが、それをエリナは厳しい視線で叱った。


口にこそ出してないがハイズの態度に無礼を感じたのは言うまでもない。


これにハイズは少し拗ねたような表情浮かべるが、エリナの眼が鞘に行くと・・・・完全に拗ねた。


『餓鬼だな・・・・』


狗奴は凶暴すぎる忠犬の見せた子供っぽさに呆れたが、それだけエリナをハイズは神聖視しているとも改めて認識した。


そして我流ながらも居合の心得がある自分が・・・・鞘を見る。


鞘はエリナの持つ木刀の長さと同じで、小尻の部分には金具が用いられており先の部分---鯉口から栗型の部分に掛けては芸術と装飾を兼ねてか「印籠刻み」が施されていた。


極め付けに鮮やかな朱色の漆が塗られており実に見栄えもあり実戦的だ。


「・・・・立派な鞘ですね。これは何処で?」


余りにも出来の良い鞘に狗奴は自分でも驚くほど熱の篭った口調で訊いた。


「サルバーナ王国の西地で得ました。あそこは地方と中央の出入り口でもあるので物流が良いのですよ」


「なるほど。それで木刀の方は?」


「ありませんでした。どうやら先客が木刀だけ買ったらしくて」


これを聞いて狗奴は居合を知らないか、または鞘を不要と考えているなと少しばかり偏屈な見方をした。


何せ鞘の役割は重要だ。


ある逸話では王の持つ剣の鞘には持ち主が血を流さない魔力が込められていたらしい。


また別の逸話では如何なる剣士でも扱えなかった剣が鞘を持つ剣士が持つと・・・・ピタリと大人しくなったとも言う。


そして尤もらしい理由は・・・・剥き出しのままでは刃を傷めるし、また自分を傷めるから鞘は必要なのだ。


同時に左に差しておけば「左胴」から来る斬撃は緩和されるし右胴に限定される。


この一つ取っても鞘には意味があるのだ。


またマントやコート等の羽織る物を鞘に括り付けて咄嗟に弓矢などによる攻撃を防ぐ術の「野中の幕」或いは「外物」と称される事も出来る。


つまり使い方次第で鞘は武器にも防具にもなる。


これからも解る通り剣同様に良い眼が求められるし、また無くてはならない存在なのだ。


ならば稽古の折も鞘は持たせた方が実践的であるというのが狗奴の考えだった。


こんなに良い鞘なら尚更だ。


それなのに木刀のみを求めるのだから凡そ眼がなってないと狗奴は改めて思い批判した。


相手は誰だか知らないが・・・・・・・・


そう狗奴が思った傍らで剣士はエリナの木刀を取り上げると鞘に納めた。


鞘に納めた木刀は相性が見事で最初から一緒に在ったと言わんばかりの外見である。


その木刀を剣士は左腰に差すと・・・・静かに臍辺りに柄を持って行く。


やがて右手を柄に掛けるや・・・・抜刀した。


ただしエリナに見せるように速度は落としているが、何と優美な抜刀か。


身体を半身にしつつ鞘引きを行い、そして手首を返して切り上げを行う様は無駄が無い。


それどころか完璧すぎて吐息しか出ない。


狗奴の眼には剣士が敵の右裏小手を切った様が見えた。


相手は上段から切り落とそうとしていたが・・・・裏小手を斬られ、そして振り下ろした剣もギリギリで躱されて無残にも死んだ。


だが敵は・・・・まだいたのか背後から斬撃を剣士に行う。


ところが剣士は両手で木刀を持つと流れる動作で斬撃を鎬で捌き、そのまま上段に構えると背後の敵を唐竹割にした。


臍辺りまで斬られた敵は真っ二つになった状態で仰向けに倒れ事切れる。


2人の敵を一撃の下に倒した剣士は残心を行った後に血を払い、布で刀身を拭く真似をすると木刀を鞘に納めた。


その姿だけでも狗奴には美しく見えて仕方なかったし、同時に自分の術は誠に我流だと思わずにはいられなかった。


『俺は、俺の剣術は・・・・完全な我流だ!!』


ハイズも我流であるが、彼は恐らく2つ以上の流派で教えを習っており、また会得もしている。


ただし我流色が消えないだけでしかない。


フィルの場合は完全な我流なれど彼は剣士ではないから論外だ。


対して自分は・・・・名も知らぬ旅の剣士が居合を行う様を見て、そして真似たに過ぎない。


そればかりか最後は・・・・その剣士と対峙し殺した。


理由はブロウベ・ヴァルディシュ辺境子爵の生命を狙った刺客だったからである。


初めて人を斬ったのが・・・・その時だが、彼の剣士の言葉が今頃になって耳に蘇った。


『見事な抜刀術・・・・だが、貴殿の術は我流だ。我流は何れ正流へなるのが宿命。狗奴殿よ、その腕を決して我流で終わらせてはならん。必ずや正流へと昇華させなさい。それが私にとって餞だ』


あの言葉を耳にしてから・・・・何をしてきた?


否。


何もしてきていない。


ただ命じられ、そして襲われた際に抜刀したに過ぎない。


何の正流へ昇華させる努力をしていないではないか!!


『この方に教えを乞えば俺の・・・・あの剣士への餞も・・・・・・・・』


狗奴の心中に一つの答えが出た。


だが同時に先程の術を見て・・・・果たして自分では勝てるのかと自問自答した。


しかし答えは・・・・出なかった。


いや、自分は負けると答えは出たのに何故か・・・・剣士と眼を合わせた途端に答えが覆ったのである。


理由は不明だがハイズは「・・・・見事」と無愛想に賞賛したので遅れて賞賛した。


「これが私の取り柄ですから」


剣士は微苦笑しながらエリナに木刀を返した。


「先程の居合・・・・お見事でした。改めて私に居合を教えて下さい」


エリナは鞘に納まった木刀を右にやると頭を下げて教えを乞うた。


「はい、構いません。ですが夜も遅いです」


明日からにしましょうと剣士は言い、それにエリナ達も従った。


こうして奇妙な縁から出会った剣士とエリナ達だが・・・・狗奴にとっては奇妙な縁ではなかった。


狗奴と剣士が出会ったのは陳腐な言葉で言えば「運命」なのだ。


ただし決して良い運命ではなく、出来るなら・・・・望みたくはなかった運命である。


だが剣を手にした身である双方にとっては、やはり運命でしかなかった。


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