第三章:剣士の宿命
「そうでしたか・・・・貴方はクリーズ皇国の出なのですか」
「えぇ、あそこで反りのある剣と出会い、そしてイアイとも出会いました」
焚火を囲む中でエリナ・ルシアンと旅人の男は会話をしていた。
あれから直ぐに鹿を解体し皆で食べたが、誰もが起きており男の話に耳を傾けていた。
いや、どちらかと言うとエリナと男の会話にと言い直すべきか。
特にティナとエスペランザーなどは男の話をエリナは同様に興味深そうに聞いている。
マルーン辺境伯爵夫人の領民で今まで殆ど領土から出た事がない彼女達から言わせれば異国の話ほど興味深い物は無い。
ただしハイズはジッと男を・・・・睨むように見ているからエリナが時節だが咎める。
ところがハイズは無言で無視する。
何時もなら直ぐに受け答えする彼がエリナを無視する辺り・・・・男は相当な手練れなのだろう。
「時にエリナ殿。貴女は居合という言葉の意味を知っておりますか?」
旅の男はハイズの視線に苦笑しながらエリナに問い掛けた。
「いえ、ただ・・・・鞘に納めた状態で相手を倒す技としか」
「では先ずは文字から教えましょう」
男は懐から羊の皮で出来た紙を出すと居合の字を書いた。
「居とは居る。合とは合うです。居合わせた状態---即ち日常から非日常に変わる事を説いております」
「へぇ、イアイっていうのはそういう意味なのかよ」
ここでエリナの斜め前に座るフィル・ベルアが男の文字に眼を細めた。
「はい。失礼ながら貴方様は・・・・場数こそ踏んでいますが、正式な剣術は学んでいませんね?」
「あぁ。だが、自慢じゃねぇけど・・・・何人か正当流派を名乗る連中を倒してきたぜ?」
「そうでしょう」
フィルは男の言葉に面食らった。
彼から見れば正当流派の免許を持つ奴等は大抵・・・・自分の腕に過信している。
それだけの稽古を受けたのは確かであろうが、世の中は広くて上には上が居る。
同時に実戦では・・・・何をやっても生き残れば良いのだ。
「私も正当流派の稽古は受けました。ですが、実戦では通用しない手も多々あります。特に私が見た流派では、長さが160余りもある竹刀を使っておりました」
「それって竹刀というより槍じゃねぇのか?」
「・・・・ただの図体がデカい木偶の坊が編み出した“御遊戯芸”だ」
ここで無言だったハイズがフィルの言葉に鼻で嗤うように呟いた。
「俺の元祖国にもあったが・・・・あんなのは、軽い竹刀だから出来る。真剣では出来ん」
何せ70cm前後の真剣の重量は1.5キロである。
対して竹刀は500弱・・・・つまり真剣は単純計算でも実に3倍の重量を持っているのだ。
「そんな竹刀を真剣に変えて果たして扱い切れるのか・・・・いや、極一部の奴しか使えない」
「同時に長ければ長いほど起こりも大きくなり、また懐に入られる隙が出来易い・・・・ですよね?」
男の言葉にハイズは頷いた。
「なるほどねぇ・・・・だが、そんな馬鹿みたいな流派でも免許を取るのは難しいんだ。馬鹿には出来ねぇ」
「その通りですね」
フィルの呟きにエリナは頷いた。
「恐らく、その流派を築いた人物は槍の心得もあり、それを剣術に組み込んだのでしょう。それに長ければ良い面もあります。そうですよね?」
「はい。その通りです。話が逸れたのに上手く纏めて下さり助かりました」
「いいえ。私が居合を知りたいから纏めたんです」
男の言葉にエリナは苦笑して答えたが、それを男は「構いません」と言い流した。
「では次に居合の術について教えましょう。居合は、大きく分けると2種類あります」
座った状態と立った状態。
「この2種類しかありませんが、どちらも共通するのは腕で抜くのではありません」
体全体で鞘から真剣を抜き、一撃の下に相手を倒し、攻撃を捌くのである。
「そして敵を作らず、また敵に剣を抜かせず勝つのが居合の真技です」
「なるほど、実に興味深い技と理ですね」
エリナは男の言葉に頷くや佇まいを正し、丁寧に頭を下げた。
「失礼ながら・・・・私に居合を教えてはもらえないでしょうか?」
「一朝一夕で物に出来る技ではありませんが・・・・貴女様の意思があれば教えましょう」
男はエリナの言葉に真剣な声で答えたが、エリナの傍に控えていたハイズは違う。
「我が主・・・・このような見ず知らずの男に乞わなくても」
「いいえ、ハイズ。私は、この方だからこそ居合を乞いたいのです」
「ですが・・・・・・・・」
「私は、この方なら居合を極めたと思ったのです」
断固として譲らない口調で告げるエリナにハイズは無言となるが、それでも疑惑の眼差しを男に向けた。
「主人思いですね・・・・」
男はハイズの睨みを物ともせず言うとハイズは「犬が飼い主を思わずどうする」と真顔で言い返してきた。
「はははははは・・・・確かに。ですが、御安心下さい。私は危害を加えませんよ」
「・・・・・・・・」
男の言葉にハイズは無言となったが、それでも何かを察したのかエリナに「では私も傍で勉強します」と妥協案を提出した。
それを狗奴は何かあると感じつつも・・・・初めて会った気がしない謎の男を見つめたのである。
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旅の剣士はエリナの申し出を快く受け入れ、その日の内に準備を始めた。
もっとも既に夜もあるため最低限の準備であるが。
「貴女様の持つ本赤樫の木刀に合うのは、やはり同じ本赤樫ですので少し荷物から探してみます」
そう剣士は言うと・・・・懐から拳より一回り小さい石を取り出した。
「それは魔石ですか?」
旅に出てから存在を知ったエリナは剣士の石を見て問う。
「はい。旅をすると色々と物入りが激しいので収容用の魔石を幾つか私は所持しております」
しかし手に入れるのには高額なサージが必要だとも付け足した。
「だよな?俺みたいな野郎には手が出せない代物だぜ」
ここぞとばかりにフィルは愚痴を零したが、剣士が「宜しければ御一つ」という申し出は断った。
「下らねぇ意地だが、他人からの施しは・・・・よっぽど切羽詰まった状態でない限り受け取らねぇ」
本当なら何か裏があるかもしれないから施しなんて御免蒙りたい。
「欲しければ奪えば良いんだ。そうすりゃ・・・・それだけの罪にしか一先ずは問われねぇからな」
「一理ありますね。ですが、私は貴方様に施しを与えるのではありません。手に持つ個数が多いので・・・・落とすのです」
そう言って剣士は魔石をフィルの下に転がした。
「・・・・何だ、落とし物かよ。なら俺が頂く」
フィルは自分を納得させるように言い魔石を懐に仕舞ったが、それを剣士は満足そうに見つめた。
それを狗奴は・・・・やはり何か、奇妙な念を覚えずにはいられなかった。
しかし剣士は狗奴の視線を無視するように魔石から・・・・鞘だけを幾つか取り出して広げる。
大小から色、そして金具付と様々な鞘が出てきてエリナ達は目を見張る。
「凄い・・・・この金具には、こんな細かい彫刻が彫られて」
エリナは鞘の一つを取り上げると輝かしい眼で見つめた。
彼女が持つ鞘の金具には小さいがハッキリと鷲が描かれており、そして流れるような雲も彫られていた。
とてもじゃないが並みの拵師では出来ぬ芸当なのは見ても明らかである。
「失礼ながらエリナ殿は拵えに興味が?」
「はい・・・・知れば知るほど刀剣とは、人間の技術の結晶と思いますし、同時に剣を持ってから尚更になりました」
鞘を戻したエリナは剣士の問いに答え、それに対し剣士は優しそうに微笑み頷く。
「良い傾向ですね。ただ、御忠告---老婆心ながら言わせてもらいます。決して外見だけで価値を見出してはなりません」
剣士は文字通り剣に生きる身。
「そして剣に斃れるのも・・・・また必然と言えます。そして決闘絡みも必然です」
だから常に腰へ差す大小の剣は手入れを欠かさず、また予備も数本は所持するのが良い。
「ただし先程の言葉通り外見で価値を見出しては、いざという時に危うい目に遭います」
「といいますと・・・・過去に何か?」
「いえ、私ではありません。ただ剣に生き、剣に斃れる身ですから“その手”の噂は耳にします」
如何に耳に入れたくなくても、だ。
それが剣士たる者の宿命かとエリナは思うが、彼女以上に・・・・狗奴を始めとした者達は重く受け止めていたのは言うまでもないだろう。