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第二章:居合との出会い

エリナ・ルシアンは矢筒を左腰に差し、右手に矢を番えた短弓を構えて足音を殺しながら歩いていた。


その短弓は先日まで居た小角のブロウズが治める土地で貰った代物である。


『ブロウズの若造から頂いたアガリスタ共和国産の弓です。かなり力を擁しますが、威力は抜群です』


それは従者の一人であるエスペランザーも確認しているから申し分ない。


「・・・・」


エリナは短弓を構えながら足を進めるが、それより前を歩く小男---狗奴を見た。


狗奴はブロウベ・ヴァルディシュ辺境子爵の臣下で、彼の子爵がハイズに対してやった「枷」でもある。


『皆・・・・ハイズを警戒しているから仕方ないけど』


エリナにとって狗奴の存在は有り難いが、従者であるハイズが自分に牙を剥いた際に殺す役割もある事に胸を痛めた。


しかし、確かにハイズは歩く危険人物・・・・いや、歩く刃物と言える。


あの男が歩いた道は血塗れで綺麗な道なんて無い。


それはハイズ自身も認めているところだが・・・・今は、自分に仕える臣下である。


何よりハイズは誓った。


『俺は例え後世で如何なる悪名と悪評を浴びても・・・・貴女様を護る為ならば神すら殺しましょう』


神すら殺し、そして後世で如何なる悪評を立てられようとも自分を護るとハイズは誓った。


あの言葉に嘘はないとエリナは確信したから・・・・ハイズを信じている。


あの男は常に孤独だったのだろう・・・・信じる自分を見て驚いた。


それは誰も信じてくれず、都合が良い時だけ利用したからに違いない。


だからこそ自分はハイズを信じ、それをハイズも応えているのだが・・・・やはり所業が目に余るのだろう。


ちゃんとハイズと言う人間を見れば彼の者の人柄は悪くないと言うのに。


「・・・・エリナ様、獲物が居ましたよ」


狗奴が静かな声でエリナに告げる。


エリナが眼を凝らすと・・・・かなり離れた先に鹿が居た。


可愛らしい眼で親を探している辺り迷子なのだろう。


「・・・・」


無言でエリナは自分が仕留められる距離まで近づいたが、風下に行く事は忘れない。


一度目の狩猟で風下ではなく風上に行った事で獲物を逃がし、それをハイズが仕留めたのは覚えている。


それを身体に刻み付けた事で・・・・風下から回り込んだエリナは弦を引き絞る。


ただし音が出ないように心掛ける辺りは経験を活かしていると言えるだろう。


狗奴は弓を引き絞り狙いを定めるエリナを見ず・・・・周囲に気を配った。


『人の臭いは・・・・しないな。気配もしないし、誰も今の所は居ないか』


心中で狗奴は嘆息した。


何せ自分が旅に加わる前から今も・・・・中央から刺客は放たれて来た。


狙いはエリナただ一人であるが、未だに高が小娘一人まともに仕留められないのが現実である。


しかし・・・・・・・・


『敵さんも本腰を入れ始めたと考えるべきだな』


小角のブロウズの領土にて戦ったバログ・ベルㇺは裏世界では「それなり」に名前が通っていた。


つまり上中下で言えば下より上の中なのだが失敗し、最後は天井のガルズ達と共に身体を獣に食われた。


恐らく既に失敗した事は敵も知っており新たな刺客を放って来るのも時間の問題だろう。


『出来るなら急ぐべきだろうが・・・・あの忠犬を大人しくさせられねぇからな』


エリナ以外は、と狗奴は2度目の嘆息をして・・・・見事に小鹿を1本で仕留めたエリナを見る。


「お見事です。エリナ様」


まだ弓を手に取って間もなく、そして狩猟なんて全くしなかっただろうに小鹿を仕留める腕前を狗奴は褒めた。


「いいえ。貴方が傍に居たから安心したんです。それにハイズ達が準備しているんです」


私が仕留めないと困りますとエリナは言って狗奴は苦笑する。


『本当に穢れ無き清流のような方だな・・・・・・・・』


自分より他者を優先する気持ちを常に持ち合わせる者はそう居ないが、エリナは稀有な存在である。


そんな娘に仕えている自分は果報者だなと狗奴は思いつつ小鹿を取りに行こうと足を踏み出すが・・・・・・・・


静かで綺麗な殺気が一瞬だが感じた。


「エリナ様、ここを動かないで下さい」


「敵・・・・ですか?」


狗奴に庇われる形になったエリナだが、直ぐに矢筒から矢を抜き番える。


「分かりませんが・・・・殺気を感じました。あちらから・・・・はっ!?」


エリナを庇うように狗奴が後退りすると急に鹿が眼を見開き・・・・殺気を感じた方へ走った。


仕留めたと思っていたが・・・・矢が抜ける辺り引き絞る力が弱かったらしい。


狗奴とエリナは何かに引かれるが如く鹿を追う。


鹿は然る平らな岩に逃げようとしていたが、そこには胡坐を掻いて座る初老の男が居た。


その男はジッと手を組んで眼を瞑っているが・・・・刹那に鹿が大きく跳躍すると眼を見開く。


パチンッ・・・・・・・・


男の左手に鞘に納められた大刀が握られていたが剣は抜かれていない。


いや納める音は聞こえたから抜いたのだろうが・・・・見えなかった。


『俺よりも速いな・・・・・・・・』


狗奴は自分の眼でも辛うじて鹿の首に斬撃を放つ瞬間を捉えるのがやっとだった事に冷や汗を・・・・内心で掻いた。


しかしエリナには見えなかったのか、狗奴に尋ねようとする。


もっとも鹿を見て・・・・首が胴と別れているのを見て悟った。


「・・・・貴女の獲物、でしたか?」


男が声を掛けエリナは「え、えぇ」と慌てて頷く。


「そうでしたか・・・・大事な獲物の首を刎ねてしまい申し訳なかった」


「いいえ・・・・助かりました。私は旅の者ですが貴方様は?」


「旅の者です。偶々ちょうど良く座禅できる場所があったので稽古しておりました」


「座禅・・・・つかぬ事を訊きますが、貴方様は居合を得意としておられますよね?」


「はい。ですが、そちらの方も居合を嗜んでいると見受けます」


男の視線が狗奴に移るが、狗奴は首を横に振った。


「生憎と私の術は抜刀術です。ただ鞘から抜いて相手を斬る。敵を作らないとか、座った状態で斬り返す技は持ち合わせていません」


「そうでしたか。しかし極めておられる・・・・きっと、今以上に極められる事でしょう」


では、これでと男は言い去ろうとしたがエリナは止めた。


「もし、宜しければ・・・・食事を一緒にしませんか?貴方様は私の獲物に止めを刺してくれました」


その礼と言っては何だが・・・・・・・・


「宜しいのですか?見ず知らずの私を」


「構いません。それに貴方様から居合の話を聞きたいのです」


生憎と私の従者も仲間も居合に関しては得意じゃないとエリナは告げる。


もっとも狗奴から言わせれば些か違う。


『ハイズ辺りは・・・・確実に我流だろうが物にしているだろうな。ティナ殿も魔縁の洞窟で学んだ筈だ』


だから2人に訊けば・・・・いや、ティナに言えば教えてくれるだろう。


ハイズに訊けば「そのような技を覚えなくても私を使って下さい」と真顔で言うに決まっている。


『そうは言っても・・・・この男を連れて来て、果たしてハイズはどうする?』


少なくとも得体の知れない輩と認識し、エリナの話を聞けば「危険」と認識するだろう。


他の者も同じだろうが・・・・・・・・


『結局はエリナ様に従うからな・・・・・・・・』


俺等は、と狗奴は内心で嘆息しつつ岩から下りて来た男と共に鹿を背負いハイズ達が居る場所へ戻った。


ただ戻ってみると案の定と言うべきか・・・・ハイズが見知らぬ男の存在を見咎め、エリナの説明を聞くや狗奴を睨み据えた。


そして・・・・こう言った。


「この役立たずの駄犬が」


言えばエリナが怒るのは解っているのにハイズとしては言わずにはいられなかったし、そんな主人思いの狂犬を狗奴も解っていたから甘んじて受け入れた。


だが、エリナは「ハイズ、狗奴に謝りなさい」と言い強制的に謝罪させたのは言うまでもない。


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