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エピローグ:狗の流した涙

刺客でもあったが、最良の師でもあった剣士を埋葬した狗奴は護るべき主人であるエリナの旅に同行し続けていた。


もっとも2日後には民草達が住む地---宿場町に辿り着き、一先ずは旅の準備をする事になったが。


この宿場町はフォン・ベルトの子息であるフォーエムが傷ついた身体を癒したという伝承があり、遠くからも湯を求めて来る客が後を絶たない。


そして美肌効果もあることから女子には人気も高いが、エリナ達は余り・・・・いや、良い気持ちなんてしなかった。


しかし、そこでは然る噂で持ち切りであり、それがエリナ達の耳にも入った事で少し変わる。


その噂とは・・・・・・・・


「お客さんは知りませんか?悪漢共を瞬く間に打ち倒してくれた剣士---蟷螂様を」


宿を取ったあと買い物をするために市場へ行くと、そこの男から尋ねられた際にエリナは問い返した。


「その剣士とは、どういう方なのですか?いえ、その前に蟷螂様とは?」


「あ、これは失礼しました。いえ・・・・蟷螂様とは、この地に訪れたフォーエム王の逸話に登場するんです」


何でも古の時代から・・・・この地には一匹の蟷螂が棲んでおり、その鎌は如何なる大木も切り落とす切れ味を誇っていたらしい。


「この地に住む民草には迷惑でした。その蟷螂のせいで誰も寄り付かず、いつ襲われるか分からないんですから」


しかし、そこへ一人の男が現れたらしい。


男は住民の話を聞くや蟷螂と戦ったと言う。


「かなりの激闘だったらしいですが、男は蟷螂の片腕を切り落としたばかりか・・・・残っていた腕にも手傷を負わせたんです」


ここから少し離れた場所---来た場所に縦に深く割れた岩があった筈だと問われエリナ達が頷く。


「それは蟷螂が振り落して割れた岩です」


そう男は言い、片腕を失い残っている腕も傷つけられた蟷螂は男に命乞いをしたらしい。


「男も手傷を負っており、慈悲の心を持っていたのか蟷螂を赦しました」


蟷螂は男の慈悲に感謝し罪滅ぼしの為に傷を癒させてくれと願い・・・・湯を掘り当てた。


その湯に男は浸かり傷を癒すと蟷螂は住民に謝罪し、男と戦った岩陰に棲み・・・・この地を見守り続けたらしいが・・・・・・・・


「それが・・・・フォーエム王が入ったとされる、この地に沸く湯です」


語り終えた男の話にエリナ達は相槌を打ち・・・・改めて悪漢共を打ち倒した剣士の容貌などを訊いた。


「年の頃は初老で身形は地味でしたが、人柄は温和です。しかし、剣の腕は驚くほど速くて見えませんでした」


「・・・・では悪漢共を倒したとは?」


ここも訊かれた男は些か興奮したように喋り出した。


何でも悪漢共は宿場町に来るなり乱暴狼藉を働いたらしい。


「無銭飲食は優しい方でしたよ。中には骨を折られたり、店を滅茶苦茶にされた奴も居ます」


そいつ等を何とかするために用心棒や自警団を宿場町では用意していたが、相手の方が上手で話にならなかったらしい。


「全く・・・・ここにはフォーエム王が訪れ、そしてプログレズ様やレイウィス女王も訪れたというのに今の王室は、訪れるどころか話にも出さないというから情けないですよ」


先祖の足跡を辿り、それを民草に広めたり調べようとするのも王室の役割だし民草との交流の筈だと男は言い、今の王室はこの話も知らないのではないかと愚痴った。


それを聞いて・・・・エリナは耳が痛かった。


実際この地に訪れて初めて遠き先祖の逸話を知ったのだから無理もない。


しかし、それは出さずに剣士の事を訊いた。


「その剣士は、ここを訪れると私達の様子を見て・・・・こう言われたんです」


『歴代国王陛下が訪れた栄えある地を無頼の者が汚すとは赦せん』


「そう言って悪漢共と話をつけると言ったんです」


悪漢共は最初こそ剣士の態度に気を許したのか、笑い合っていたが・・・・・・・・


「次の瞬間には一人が首を刎ねられて激高しましたよ」


完全な不意打ちだったらしいが、そういう事を想定していない辺りが詰めの甘さとエリナは思った。


剣士は居合を自衛と称したが同時に「不意打ち」の技とも称した。


何せ鞘に納めた状態から剣を抜くのだから相手が油断するのも無理ない。


しかし、そういう裏の意味も居合にはあると剣士は教え・・・・ここで実践したのだろう。


「悪漢共は剣士を取り囲みましたが、剣士は冷静でした」


そして剣を鞘に納めると再び・・・・相手を斬ったらしい。


「その動作を繰り返していたら・・・・あっという間に30人も居た悪漢共は10人に減っていましたよ」


これには悪漢共も戦慄を覚えたらしいが、ここに来て弓矢という飛び道具を出したらしい。


「遠くからならと思ったんでしょうが・・・・剣士は弓矢すら切り落としてしまいました」


男は興奮した口調で言うが、エリナ達から言わせれば・・・・あの剣士なら造作もないと確信していた。


「やがて最後の一人を倒すと剣士は湯を貸してくれと言われました」


『血を洗いたい。それから死んだ者達は埋葬してくれ。こんな輩でも慈悲の心を持って接しなくては道徳に反する』


「これを聞いて私達は感動しましたね。ここまで出来た人が居るのかって思いましたよ」


そして言われるままに悪漢共の墓を築くと剣士は懐から大量のサージを出して渡したらしい。


『同じ剣を持つ者が迷惑を掛けて申し訳ない。それから間もなく・・・・1日か、2日後に旅人が来る。その旅人には、良い食事と道具を売ってくれ』


「・・・・何処までも弟子思いな方ですね」


エリナは剣士の心遣いに感謝せずにはいられなかった。


しかし、男にとっては剣士の行く末が気になるのかエリナの呟きは聞き逃したらしい。


「・・・・その剣士は、人ではありません」


『!?』


エリナの言葉に狗奴を始めとした者達は眼を見張る。


何を言うのか?


あの剣士は人間だ。


人間なのに・・・・・・・・


「その剣士は、この地に伝わる蟷螂の化身です」


何故か?


「蟷螂はフォーエム王に命を助けられて恩を覚えたのです」


だからこそ岩陰に棲み宿場町を見守り続けたのだ。


「ですが、この地に無法者が訪れ悪さをしたから・・・・成敗しに来たのですよ」


古の時代に戦い、そして敗れたフォーエム王の恩を返す為に・・・・・・・・


「そして無法者を成敗した蟷螂は・・・・土に還りました」


生物は皆、海から生まれるが・・・・ここは大地が海だ。


つまり大地が母なのである。


「役目を終えた蟷螂は岩陰の近くに穴を掘り土に還りました」


真新しい掘られた土が証明しているとエリナは語り・・・・こう締め括った。


「皆・・・・自分達を生み育ててくれた愛しく護るべき母の胎内へ還るんです」


きっと蟷螂もそうだとエリナは言い、男も「そうですね」と頷く。


「私も・・・・この大地で育ちましたので解ります。蟷螂は母とフォーエム王に恩を返したんです」


そして役目を終えたから還ったのだ。


「これから長の所へ行き、彼の地に祠を建てるように話すので失礼します」


男はエリナ達に礼を言うと何処かへ消えて行き、エリナ達も買い物を続けた。


その折に・・・・狗奴は心中で礼を述べた。


『エリナ様・・・・ありがとうございます』


あの剣士を伝説の蟷螂にする事で宿場町の者達が永遠に祀るようにして下さって・・・・・・・・


一度は暗い闇の世界に堕ちた剣士だったが、最後は光に包まれて死んでいった。


だが、これからは・・・・ずっと光の下で暮らしていける。


それが狗奴には解っていたので・・・・静かに瞼を熱くさせ前を歩くエリナに深々と頭を下げた。


しかし後に狗奴も光に包まれるが、それはまだ先の話である・・・・・・・・


                                       狗の流した涙 完

これにて完結です。


短い作品ですが、如何だったでしょうか?


ちなみに蟷螂の話は新潟県に伝わる伝承から取らせていただきました。

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