第九章:静寂な疾風
旅の剣士が自分の正体を刺客と名乗った時・・・・エリナはやはりと思った。
クリーズ皇国の出だと偽った時点で何かあるとハイズ達は感じていて、それを教えられたからだ。
『我が主、あの男の出身地は偽りです。クリーズ皇国は大小の部族が一国に住んでおり言葉も文化も統一はされておりません』
殺し屋などが偽る出身国の一つだとハイズは語るが、それだけでは些か決定打に欠ける。
『だから・・・・クリーズ皇国の何処だと問いました。すると奴は答えました』
ティシバー・・・・・・・・
『これはクリーズ皇国の皇都であるハラコムスにおいては“無地”とされております』
無地・・・・つまり、その意味は・・・・・・・・
『彼の国にティシバーという土地名は無いのです。だから相手を怪しんだ際に引っ掛ける言葉として俺等みたいな奴の間では・・・・使われました』
今でこそ色々と改められたらしいが、剣士はティシバーと言った事でハイズ達は剣士の正体に感づいたのである。
そして先日の件もあり・・・・その時からハイズ達は警報を鳴らしていたとエリナに告げる。
ただ・・・・どうして自分達に居合を教え、そして旅したのかは分からない。
ハイズ達も同様だし、エリナに至っては戸惑いも大きかった。
『どうして殺すべき相手である私に居合を教えたの?』
殺し屋なら直ぐに目的を果たすべきだが、自分の周りにハイズ達が居たから隙を伺っていたのか?
いや、そうだとしても・・・・殺せる機会は幾らでもあった筈だが、敢えて手を出さずに真摯な態度で居合を教えた意図が分からない。
これについては狗奴も知りたかったのか、冒頭の言葉を発し、今・・・・対峙している。
対峙はしているが・・・・狗奴が明らかに押されているとエリナ達には見えた。
何せ狗奴は額から汗を流しているのに対し剣士は・・・・汗を流してない。
また何れ朝日が昇るであろう背後に立っているから長期戦になれば狗奴が明らかに不利となる。
つまり・・・・最初から勝負は、ある程度だが出来ていたのだ。
「・・・・ハイズ、狗奴はどう出ると思いますか?」
エリナが小声で従者のハイズに問いを投げた。
「恐らくは、出れないでしょう・・・・あいつが我々の中では居合に精通しておりますので下手に動いては負けと知っています」
「でもよ・・・・このままジッと動かないなんて事はないだろ?」
フィルが苛立ったような声を発するが、それは2人の間に出来た静かだが凄まじい気を紛らわす為だった。
「無論・・・・だが、あの状態では片方が動けば片方は死ぬ」
それが居合の勝負だとハイズは言いフィルも手解きを受けたから知っていた。
知ってはいたが、剣士はこうも教えたと呟く。
「互いに鞘の内に納めた状態で相対してれば自ずと・・・・どちらが強いか解り身を引く。それが居合の神髄と、言いやがったのに」
そう剣士は言い、誠に居合を始めとした武術の神髄である。
ところが2人は対峙し何れ刃を抜く。
完全に言葉と行動が矛盾しておりフィルにとっては・・・・理不尽極まりなかった。
「ちっ・・・・これだから人付き合いは、嫌いなんだよ」
「・・・・俺もだ」
フィルの愚痴にハイズが珍しく相槌を打ったが、その眼は・・・・眼の奥底には一抹の理不尽さが垣間見えた。
それはハイズもフィルも似たような人生を歩んだからとエリナは推測するが、果たして剣士は如何なる人生を歩んだのか・・・・ふと思った。
恐らく2人の間では彼等しか分からない攻防と、心理の探り合いが行われている事だろう。
その中に・・・・自分の過去を思い返す時があるのでは?
エリナはそう思った。
同時に剣士が狗奴に時節だが見せた・・・・あの憧憬と嫉妬の視線は?
狗奴が剣士を見た際の・・・・何かを・・・・そう「迷子」だった者が親を見つけた時に喜ぶ眼差しは?
剣士も狗奴の視線に親の眼をした・・・・とエリナは見ている。
一体2人の関係は何なのだ?
どうして2人が・・・・・・・・
それがエリナに強い興味を憶えさせたが・・・・その答えを見出す事は出来なかった。
どちらも動かないのは変わらないが、それでも朝日が何時もより早く昇り始めた。
剣士は太陽を背にしており、狗奴は正面から太陽を見る形になっている。
必然と狗奴は・・・・眼を細めたが剣士はここぞとばかりに右足を前に出す。
対して狗奴は左足を後ろに引き、そして更に右足も下げた。
明らかに逃げているが剣士は逃がさないとばかりに・・・・狗奴との撃剣間合いを詰める。
狗奴は何とか太陽から逃れようとするが、それを剣士は許さず狗奴は押され続けた。
しかも狗奴が太陽から逃げられないようにしつつ・・・・抜刀がやり難い場所へ追い込む辺り狡猾である。
とうとう狗奴は・・・・岩陰に追い詰められてしまったからエリナ達は心情穏やかではなくなった。
いや元より心情は穏やかではない。
しかし、あの様子から狗奴の生命も危ういと強く思い知らされたが・・・・加勢は出来なかった。
あの2人の間に入れるのは限られた者であるが、その者達は敢えて入ろうとしない。
それは常人では分からない攻防に入る隙が見い出せないのか、或いは・・・・真剣勝負に口は出したくないと青臭く考えているかは分からない。
何もかも答えが分からないだらけだが・・・・2人の勝負は、近く分かるだろう。
岩陰に追い詰められた狗奴だったが、ここで右足を前に出して岩陰から離れたのだ。
つまり剣士との撃剣の間合いを自分から行く事で更に詰めた訳だ。
これにより2人の剣は・・・・どちらも抜けば確実に相手を捕える間合いに入り勝負は、もう直ぐ明らかになる。
太陽は間もなく完全に昇り切り辺り一面を照らす事だろう。
そうなれば完全に狗奴の眼は封じられてしまい剣士の勝ちは決定する。
今も剣士に勝ちは傾いているが、それでも勝負は最後まで分からない。
それを狗奴は証明しようとばかりに・・・・手を掛けた。
狗奴の愛刀は刃渡り10.9mもある長刀だ。
対して剣士の愛刀は刃渡り90cm前後であるから刃の長さで単純に言えば犬奴の圧勝である。
だが剣士は柄を30cm前後ほどにしてあるから・・・・全長は120cmになり狗奴と長さは、ほぼ互角となっていた。
つまり得物は互角ゆえに勝機を見出すとすれば如何に速く先を制すかに掛かっている。
どちらが先を制す・・・・・・・・
固唾を飲んでエリナ達が見守った刹那・・・・・・・・
双方が同時に動いた。
揃って体捌きで抜刀した所まではエリナ達にも見えたが、そこから先は見えなかった。
そして双方の刃は空を切り裂き正反対に交差しているが・・・・血は吸っていない。
いや、そればかりか互いに血を出していない!?
「どちらが・・・・・・・・」
エリナが汗を流しながら呟くと狗奴が片膝をついた。
まさか狗奴が?
思わずエリナが駆け寄ろうとしたが狗奴が顔を向けて「大丈夫です」と答えて思い留まる。
そして剣士に眼を向けると・・・・・・・・
剣士の喉が・・・・静かに赤い一線が走って大量の血が迸る。
ただし剣士の眼は穏やかだった。
それは斬られた事も分からず・・・・破れたからであろう。
「・・・・疾風・・・・鎌鼬・・・・静寂・・・・・・・・」
エリナは静かに喉から血を放出させて仰向けに倒れる剣士と、片膝をついて風を浴びる狗奴を見て呟く。
何を意味しているのかは分からない。
しかし、分かっている事は唯一つだ。
勝負に勝ったのは狗奴であり、負けたのは刺客である剣士だ。
それだけは確かであるが・・・・・・・・




