図書室同盟
図書室……昼休み、僕はいつもここで本を読んだり、自習したり、昼寝をしたりする。ここは僕にとっては唯一気の休まる場所だ。老朽化した木造校舎でも、ここなら静かだし、落ち着くし、そして何より、図書室のイメージからか、不良どもが入ってくることもあまりないので、蛍光灯や窓ガラスの破壊もなく、あまり荒らされていない。おそらく四中の中の、僕にとってのただひとつの居場所だと思う。
毎日通っていると、図書室内の顔ぶれがいつも同じようだと気づく。よく見ると、学年は違うけど、みんな思い思いに本を読んだり、自習したり、昼寝をしたり……僕と同じようなことをしている。
「もしかして……みんな……僕と同じで、ここでしか気の休まる場所がないのかな……」
僕は、この不思議な連帯感というか一体感を、密かに「図書室同盟」と名付けていた。
翌日の昼休み、今日も僕は図書室に向かう。やはり同じような顔ぶれだ。僕はいつものように自習を始める。いつも座っている、いちばん奥の窓際の席で……
しばらくすると、僕の座っている机の前の席にに一人の女子生徒が座る。普段はここには誰も座らないはずなのだが……
しかしまあ、目の前に普段ならいない生徒、しかも女の子が座っているとなると、僕もなんとなく緊張してしまい落ち着かない。
(どうしよう……なんか僕……あの子に見られているみたい……)
僕は失礼だと思いつつも、ちらっと女の子の方を見る。すると、
「えっ……あっ……」
一瞬、視線が合ってしまった。そして、
「あの……津島さん……ですか?」
「えっ……? どうして僕のこと……」
すると彼女は、
「あのー……予想屋さんの津島さん……ですよね?」
予想屋!? ……やっぱり僕、そう呼ばれてたんだ。
「みんなが予想屋っていうから、もっと怖そうな人を想像してたけど……よかったー……やさしそうな人で……」
「あぅ……えーと……僕に何か用……なのかな……」
そう、僕はなんか自分の知らないところで、試験のヤマを当てるのが得意とかで、どこかで勝手に「予想屋」と呼ばれているらしいのは聞いたことあるのだが、まさか初めて会う女の子が知ってるとは思いによらなかった。
もっとも、試験のヤマを当てるというのも、試験範囲の中で先生の癖を読み取るような感じだから、「予想屋」とまではいかないと思うのだが、どうやら噂だけが一人歩きしているらしい。
「あの……わたし……五組の原田直美です。予想屋さん、よろしくお願いします」
「あの……その予想屋っての……ちょっと……僕……」
さすがに僕も、どこかの「場外なんとか」でウロウロしてる人みたいに言われるのは抵抗がある。
「それでは、津島……さん……で」
「あっ……はいっ……」
なんかこうやって女の子と面と向かって話をするのって、慣れてないこともあるけど、ちょっと気恥ずかしい。できることなら『友樹くん』とか『津島くん』とかって読んでもらいたいけど……さすがにそこまで求めるのは贅沢ってものだろう。
「あの、津島さん、お願いがあります!」
「お願いって? 僕に?」
「わたし、次の定期試験で赤点になってしまいそうんです、だから……試験のヤマの予想……してくれませんか?」
「赤点って……どうしてそんなになるまで……? 原田さん……でしたっけ」
赤点……僕は原田さんの予想外の言葉にちょっと驚く。
「あの……その……わたし……実は……クラスの中でいじめとか嫌がらせとか受けていて……それで授業とかも満足にできなくて……」
「原田さん……いじめって……それ、誰かに相談したの?」
「そっ……そんなの……誰にも……言えないですよ……」
ふと見ると、原田さんの頬に涙が流れていた。
「あっ……ごっ……ごめん……僕……なんか悪いこと言ってしまったかな……」
女の子を泣かしてしまうとは……僕って……
「いえ、津島さんが悪いとかそういうんじゃないです……でも……いじめのこと……誰にも相談できなくて……先生も親も、いじめられる方が悪いって言うし……」
「なら……僕でよかったら相談に乗るけど……僕もまあ巻き込まれている方だから、原田さんの気持ちはわかると思うし……」
「ありがとう……ありがとう……津島さん……わたし……そんなこと言われたの初めてで……」
原田さんの目から涙が溢れ出てくる。
「津島さん……わたし……わたし……」
とうとう原田さんが泣き出してしまった。図書室の中の視線が、一斉に僕に集まる。これはまずい……
「あっ……その……泣かないで……原田さん……」
僕はいったいどうすればいいのだろうか、おろおろとしてしまう。
「とりあえず……今日からでも勉強会しようか。僕と原田さんで……」
「ありがとう……その……津島くん……」
昭和五十六年十二月……すっかり冬模様だが、僕は少しだけ暖かさを感じた。
というわけで……今回はちょっと心安まるお話です。
……まあ、さりげなくフラグ立ててる主人公くんですけど。
しかしまあ、僕もそうでしたが、不良がのさばっている学校では図書室はいい逃げ場所でした……