僕の居場所
「あっ、ここにあった。この本欲しかったんだよね」
僕は隣町の国鉄の駅前にある書店で、参考書と小説の文庫本を探していた。
自宅や学校の近所には書店すらないので、学校帰りにここまで歩いて三十分もかけてきた。まったく、政令指定都市でも郊外の中途半端に田舎な場所だと店も少なく娯楽も少ない。しかも、江戸時代以前からの集落からの代々の住人も多く、新しい住民は少数派の典型的な村社会……常に誰かに監視されているようなような感じがする。
そして、他にやることもないのか、人の不幸や悪いことの噂話が好きな人が多いようだ。
そういうこともあってなのか、このあたりはストレスを解消する手段すらないので、不良や暴走族みたいなものが多くなっているのだろうか。
僕が店内で参考書に手を取ると
「お前! 四中の生徒だろ! その黒い制服でわかるぞ」
いきなり声を掛けられる。この書店の店員のようだ。
「あっ……確かに僕は四中の生徒ですけど……どうして」
僕は状況が飲み込めない。
「この店は四中の生徒出入り禁止だ!」
店員は店内の張り紙を指さす。そこには「四中生徒立入禁止」と書いてあった。
「どうしてですか? 僕は確かに四中だけど……でも何も悪いことしてないですよ」
「何言ってるんだお前! その参考書もどうせ万引きするつもりだったんだろ?」
「そんなー……ちゃんと買うつもりですよ」
「あー、もういいから早くこの店から出ていってくれ! 四中の生徒がここにいるってだけで店のイメージ悪くなるからなー!」
「あっ……待ってください……僕はただ……」
僕は店内から追い出され、参考書も小説も買うこともできず書店を後にした。
ふと駅前の店を見ると、どこの店にも「四中生徒立入禁止」の張り紙がしてある。そこのラーメン屋も、あそこにある食堂も、文具店も、スーパーマーケットも……
どうやらこの街は、四中の制服を着ているだけで店にすら入れないようだ。
そういえば以前、四中の生徒が駅の近くの空き地で、この街にある「五中」の生徒を集団でリンチしたという話を聞いたことがある。そんなこともあってからか、四中の生徒というだけで、僕のように校内暴力にかかわっていなくてもこの街では厄介者にされるようだ。偏見というものは怖いものだ。
「お前、四中の生徒かー?」
後ろから声がする。振り向くと、そこには五中の制服を着た男子生徒の集団が五人ほど立っていた。
「ぼっ……僕に何か用ですか?」
「用だと? お前ら四中の奴らが俺たちの学校のガラス破壊したんだよなー」
「でも……僕には関係ないですよ……そんな不良どもと一緒にされちゃ……」
「うるせー! 四中の奴見てるとむかつくんだよ!」
僕は危機感を感じた。これは逃げた方がいい。
「おいっ! 待てっ!」
僕は必死に走って、なんとか振り切って歩道橋の影に隠れた。このまま五中の集団から振り切ることができればいいのだが……そもそも、相手は五人だし……いや、たとえ一人だとしても僕は負けてしまうだろう。
。
「ハァハァハァ……」
僕の息が荒くなっている。しかし、あまり大きな音を立てると五中の集団に見つかってしまうので、苦しいけどできるだけ息を押し殺す。
「どこに行ったんだ? 四中の奴……」
「あいつは見た目は真面目そうだけど、ああいうのに限ってきっと裏ではワルだよなぁ」
そう言いながら、五中の集団があたりを見回す。
(見つからなければいいけど……)
僕は五中の集団に見つからないか不安だ。今ここで彼らに見つかったら、きっと袋叩きに遭うのは確実だ。
「なんだー、みつからねーなぁ……もう奴はいいからゲーセン行こうぜ、ゲーセン」
そう言って、五中の集団はようやく立ち去った。
「とりあえず……四中の生徒だとわからないようにしないと……」
僕は四中の詰め襟の学生服の上着をカバンの中に突っ込む。年末も近いこの次期、上着を着ないでワイシャツだけの姿だと寒さを感じるが、四中の生徒だと発覚するよりはマシなような気がした。
僕にとっては、実際の寒さよりも世間の四中生徒への冷たさを感じる。
今日はなんとか逃げ切ったけど、もうこの街には学校の制服で行くのはやめよう。
ここには「四中の生徒である」僕の居場所はないようだ。
「さて……家に帰るか……参考書と小説……結局買えなかったけど……」
僕は目的を果たせないまま、重い足取りで家路につくことにする。
昭和五十六年十二月……僕の居場所はいったいどこにあるんだろう……
この話は僕の中学時代の経験がもとになっています。
好きで入った訳でもない「柄の悪い公立中学校」の生徒ということで、店に入れなかったり、街中でも良く思われなかったりしました。
自分で学校を選べる高校ならともかく、住む場所で割り振られ自分で選ぶことすらできない公立の中学校で、不本意な学校だったら……それこそどこにも居場所すらありません。まさに針のむしろでした。