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寒い授業中

「キーンコーンカーンコーン」


 今は四時限目の国語の授業。僕はこの時間も復習モードで手持ちぶさたにしていた。


「なんか退屈だなー……」

 僕は国語の授業だというのに、英語の単語集を見ながら時間を潰していた。


 十一月も半ばのこの時期、僕のいる教室は「校内暴力」とやらで所々ガラスが割られたので、薄いベニヤ板やダンボールで仮に塞いでる窓が目立つ。ただでさえ老朽化した木造校舎で、しかも校内暴力が激しいということもあって、ここ何年かは校舎の補修もろくに行われていない。

 教室内は、すきま風も入ってきてちょっと冷える感じだ。まったく、なんで不良生徒のために、僕らまでもがこんな目に逢わなければならないのだろうか。



「早く昼休みになって、図書室にでも行きたいなぁ……」

 僕はこんな「快適」とは言えない教室にはできるだけいたくはない。


 ふと目の前を見る。僕の右斜め前に座っている女子生徒、大野さんの様子が変だ。

 大野さんは普段はあまり口を聞かないけど、テストの点数で僕といつも張り合っていて、なんとなくライバル的な感じもあったけど、そのこともあってなんとなく親しみを感じていた

 その大野さんが、さっきから何かに耐えているような感じ、スカートの下の脚もそわそわと落ち着かない。

 僕は心配になって、大野さんにノートの切れ端でメモを渡す。


(どうしたの大野さん? どっか具合でも悪いとか)


 大野さんから返事が届く。


(なんでもないです)


 でも、どう見ても何でもないように思えない。

 大野さんはぎゅっと目を閉じ、必死で何かにこらえている感じだ。そして、大野さんの手が制服のスカートの間をぎゅっと押さえる。

 もしかして……僕は慌てて大野さんに手紙を書く。


(もしかしてトイレ行きたいの?)


 すぐに大野さんから手紙が届く。


(どうしてわかったの?)


 僕はまた返事を書く。


(だって大野さん苦しそうだし、ほっとけないよ。)


 すると大野さんからは


(いじめっ子に朝から行かせてもらえなくて)


(誰か女子に連れて行ってもらえば?)


(でも女子はみんないじめっ子の味方だから 津島くん助けて)


 どうしよう……大野さんから助けを求められた。いつもはライバルだけど、それだからこそ助けを求められたら、この場は僕がなんとかするしかない。


「先生、大野さんが気分悪そうなんで保健室連れて行きます!」

「ああっ、わかった」


 僕は大野さんを教室から連れ出す。


「津島くん……ありがとう……」

 大野さんは両手で制服のスカートの前をぎゅっと押さえ、ふらふらした足取りで廊下を歩く。おそらくもう限界に近いのだろう。


「大野さん、僕はさすがに女子トイレに入るわけいかないから、ここからは一人で行って」

 僕は気を利かせて言ったつもりだが、

「お願い……津島くん……トイレまで付いてきて!」

 大野さんからの意外な言葉だった。


「でっ……でもー……僕は男子だし……」

「お願いっ! トイレに着くまで誰かいじめる人がいるかもしれないから……」

「わかったよ……でも、トイレの入口までだからね……さすがに僕が女子トイレの中に入るわけいかないし……」

「ありがとう……津島くん、優しいんですね……」


 そう話している最中にも、大野さんがだんだんつらそうな表情になっていく。スカートの前を押さえながら……


「大野さん、あともう少しでトイレだから……頑張って」


 ようやくトイレの前にたどり着く。


「大野さん、着いたよ。僕はここで待ってるから……」

「津島くん……わたし……もう……だめ……」


 そう言った瞬間、大野さんの制服のスカートの手で押さえている部分が、みるみるしみになっていく。そして、ソックスや上履きを濡らし、床に湯気の立った水たまりができる。

 大野さんはトイレに間に合わなかった。


「ごめんなさい……津島くん……ごめんなさい……」

「大野さん……大丈夫……大丈夫だから……」


 僕は泣きじゃくる大野さんを目の前に、何もできなかった。


 翌日、大野さんは学校を休んだ。そして、その次の日も、またその次の日も。

 さすがにおかしいと思い、僕は職員室に向かい、担任の先生に大野さんが何故休んでいるのか聞いた。すると、


「大野は都合で急に転校になった」


 予想外の返事だった。

 僕は大野さんを守ることができなかった。僕は職員室を後にし、重い足取りで教室に戻る。


「津島-、大野さん学校来てないけど、どうしたんだー?」

 内山が話し掛ける。

「なんか、親の仕事の都合かなんかで転校したらしいよ」

「ふーん、お前が保健室連れていったっきりだもんなー」


 僕は大野さんの名誉のために、真実は隠しておこうと思った。



 数日後の休み時間、僕は何故か女子の一人に呼び出された。そして、廊下の突き当たりに連れてこられた。


「津島、お前余計なことしてくれたな」


 そこにはクラスの女子の不良グループが集まっていて、中心にはリーダー格の石川さんがいた。


「余計なことって……なんで僕がこんなとこに呼び出されなきゃなんないんだよ」

「津島のせいであたしらの計画、失敗したからなー。まあ転校して消えたから成功みたいなもんかー?」

「計画って?」

「大野をトイレに行かせなくて授業中に大恥かかせることだよ」

「なんで……そんな酷いこと……」


「だって大野って優等生だから気に入らねーんだよ! 先生の前でもぶりっ子ぶっこいて」

「でも……大野さんは別に石川さんに悪いことしたわけじゃないんでしょ?」

「してねーけどよ、いい子ぶってる奴見ると潰したくなるんだよね」

「なんでー? 別にいい子でも人に迷惑かけているわけじゃないんだから」

「るっせーんだよ! 津島、もう二度とあたしらの邪魔するんじゃないぞ! わかったな!」


 石川さんに脅された後、ようやく僕は解放された。


 僕が教室に戻ると、目を疑う光景が……僕のノート何冊かが黒焦げになっていた。

「誰だよ! こんなことしたのは?」


 さすがに、普段はめったなことで怒らない平和主義の僕でさえも、これには怒りが沸いた。


「悪いなー津島、石川から頼まれたもんでな、お前を締めろってな」

 クラス内の男子の不良のリーダー格の牧原が、オイルライター片手に言う。牧原の周囲には取り巻きが数人いる。


「牧原……なんでライターなんか持ってるんだよ……」

「そりゃー、燃料補給のためよ」

 そう言って制服のポケットから、水色の小箱のようなものを出した。煙草だ。


 牧原は箱から煙草を慣れた手つきで取り出し、ライターで火を付け吸い始める。そして煙草の煙を僕に吹き付ける。そして

「お前も吸うか?」

 そう言って僕の前に煙草を突き出す。


「ぼっ……僕はそんなもん……吸わないよ」

「おい聞いたか? こいつ『僕』だってよー! ガキ臭えなぁー」

 周囲の取り巻きも笑い出す。


「よーし、津島を大人にしてやろう! お前ら津島を押さえてろ」

 牧原が言うと、僕は不良たちに羽交い締めにされた。


「津島ー! 口開けろー!」

 そう言って、牧原は僕に煙草を吸わせようとする。

「やめてーっ! やめろって!」

 僕は必死に抵抗する。それでも無理矢理に口の中に煙草を押し込まれた。


「ゲホッ……ゲホッ……苦しい……」

「バーカ、吐き出すんじゃねーよ、吸うんだよ」

「だめっ……苦しい……やめて……」

「なんだよコイツ、根性ねーなー、つまんねー」


 僕は不良たちからようやく開放され、自由の身になった。


 昭和五十六年十一月下旬……僕もとうとういじめに巻き込まれたようだ……

 ……ということで……学校でトイレ禁止のいじめは定番でしたね。特に女子には……

 今とは違い、「いじめはいじめられるほうも悪い」「いじめに負けない強い心がなければだめ」と言われていましたね。そういう風潮だから、誰にも相談すらできなかったという……酷い時代でした。

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