会場入りとモブ
学校からの帰り道、武流たち幼馴染四人組はゆっくりと歩いていた。
千種は二時間ほど保健室で寝ていた為、今はなんとか少しは元気なように見えた。
「ゴメンねみんな、私のせいでこんな時間になっちゃって。それに……大和ちゃんは肩を貸してくれて……」
下校時刻ギリギリまで寝かせていたので、初夏とはいえ辺りは少し暗くなりはじめていた。そんな中、足元もおぼつかない女子を一人で帰らせるわけにはいかないのは当然だ。
「僕たちは平気だよ。それよりちゃんと肩に捕まってよ。まだ足元がふらついてるんだから!」
「そうそう、気にする必要なんかないよ千種お姉ちゃん。今回はお姉ちゃんが一番頑張ったんだもん、これくらいの役得があってもいいんじゃないかな」
この場合の役得とは千種の事なのだが、大和は逆の意味で捉えたようだ。
「役得って……ちーちゃんが大変な時にやめてよ……」
よく見たら顔を少し赤くしていた。
(ん?こいつまさか!)
そう、なんとあの恋愛する気ゼロの鈍感男大和が千種と密着してドギマギしていたのだ。
(うわぁ……ちーちゃんなんかいい匂いする……それに女の子ってこんなに柔らかかったんだ……)
大和の頭の中ではまだ小学生だった頃の千種のイメージしかなかったので、体の成長を改めて思い知らされたようだった。
(大和……ついに女子に目覚めたか……)
武流はなんだかお父さんにでもなったかのような気分でいた。
春日井家でのフィオ、部室での遥香に続き、今は千種にドキドキしていたので特定の好きな人ができた訳ではないが、凄い進歩だと言える。
大和が自分の気持ちの変化に悩んでいるうちに千種の家に着いた。
「千種、今日はちゃんと休めよ。一週間くらい寝れるんじゃないか?」
「クス……そんなわけないけど……確かにそんな勢いね。じゃあ今日はみんなありがとうね」
こうして千種の長い戦いの日々が終わった。連日の疲れでいつもの笑顔は影を潜めていたが、千種は達成感と充足感でいつもの三割増しで輝いていた。
そしてイベント当日、県下最大級の催事場に魅華以外の全員が到着した。
「うわ……なんだこの人ごみ……この列……オープン初日のショッピングモールでももうちょっと少ないぞ……」
この手のイベントなら毎度の光景だし、東京の夏冬の物はこの数倍は集まるのでこの程度は可愛いものなのだが、初めて来た面々にとってはとんでもなく長い道のりに見えた。
一同が呆気に取られている時に、一台のバイクが会場に入ってきた。真っ黒のライダースーツに身を包み、同じく真っ黒のバイクを乗り付けたのは魅華だった。
本来会場の外でのコスプレはマナー違反なのだが、私服だと言い張れるレベルなのでギリギリセーフなはずだ。
「姉さんおはよう。そのバイク久し振りじゃん、どんな心境の変化?」
すると魅華は律儀にPDAで答えた。
[おうみんなおはよう。いや津島弟がな、真っ黒のバイクで登場したらウケるよと言ってきたからな。どうせ持ってるからいいかなと思ってな]
魅華がバイクを降りる頃には周りに人が集まってきた。バイクと一緒に撮ろうと、かなりの人数がカメラ片手に撮影のお願いをしてきた。
「悪いけど会場以外の撮影はお断りする!バイクとの撮影は諦めてくれ!」
智は自分でバイクで来いと言っておきながらバイクとの撮影は拒否した。つまりはその日の話題作りの為の仕込みだったのだ。人ごみを一旦解散させて、一同は列に並ぶ為に歩き出した。
「ところで先生。まだ外ですからヘルメットは取っていいんですよ?暑いし喋れないし大変ですよね?マナー違反ですし」
聞くなり魅華はヘルメットを取りライダースーツの胸元を開けた。炎天下で黒いスーツに身を包み、長い髪をヘルメットの中に無理矢理押し込めていたこともあって魅華はすでに汗だくだった。上気した頬に髪が一筋張り付き、胸元の豊かなカーブを汗が流れる。
そのあまりのセクシーさに、徹ならずとも見惚れてしまうのは仕方がないことだった。智を除いて。
それを見た女性陣も、意中の相手がいる子も含めて嫉妬と羨望の眼差しを向けてしまった。
「津島弟!お前ずっと着ていろって言ったよなぁ!着なくていいどころかマナー違反ってのはどういうことだ!?」
魅華は騙されて怒り心頭だ。しかし智はどこ吹く風で涼しい顔をして歩き続ける。
「まぁまぁ先生。すごく似合ってますから抑えてください」
美玖が無表情で仲裁する。無表情だが実は魅華の姿にかなりドキドキしていたのだが、これに気付いたのは美樹と巫女くらいだろう。
(あと俺な)
「さあみんな!早く並ばないとどんどん入場が遅くなるよ!」
「はぁ……しかしこのクソ暑い中この長い列に並ぶのか……お前ら並んでおいてくれ。あたしは少し休んでから行くから列が動いたら連絡してくれ……」
改めて列を眺めた魅華はまだ入場もしていないのに本当に疲れている様子だった。




