ボクシング部とモブ
「なーんか楽しいことになってるみたいだねぇ」
部室でのやりとりの後、いつもの様になんとなく一緒に帰る徹と忠臣。普段は特に会話をするでもなく歩く二人だが、今日の忠臣はなにやらニヤニヤしている。
「お前の方が楽しそうだぞ」
徹の返しを流して忠臣が続ける。
「どういう風の吹き回し?額に汗して部活に打ち込む。ってタイプでもないでしょ」
これはわかってて言わせたいようだ。いつものことだが、言わないとしつこいからと渋々答える徹。
「魅華姉に頼まれたんだ。お前だって断れないだろ?」
「まぁそうなんだけど……姉さんからメールが入ったと思ったら凄い勢いで飛び出していったからさ、なんて書いてあったの?」
「!……不愉快だからもう消した!」
メールの件を警戒していなかった徹は思わず足を止める。
「そうなの?俺の方に入ってきたのと違うのかなぁ……」
徹が凄い勢いで忠臣のケータイを奪って見てみれば全く同じ内容だった。もう絶対にわざとだ。この姉弟に振り回されるのは慣れたつもりだがやっぱり時々悲しくなる。
「ま、なんにせよ頑張んなよ。どっちもね」
「なにが言いたい……」
「なにから聞きたい?」
(勝てる気がしねぇ……)
これだけいじられてもやっぱりこの親友が好きな徹は黙って歩き出した。その横を忠臣も歩き出す。忠臣もこの関係が心地いいようだ。
(なんか……かっこいいな……)
そうだな、お前と大和では出せない空気だ。特にお前。
(な!俺たちには俺たちの空気があるんだ!黙ってろ!)
はいはい……時は進んで四月十日。ボクシング部の依頼の日だ。
徹と共に、アシスタントとして派遣された武流はボクシング部の部室にいる。
「良く来てくれたね。俺は部長の城薮樹だ。気軽にジョーと呼んでくれていい。今日はよろしく頼むよ。
ずいぶんと適当につけられた名前の部長は(髪型は普通だった……)にこやかに握手を求めてくる。
「よろしく……」「よろしくお願いします」
「内容はそちらに送った通りだけど、もちろん他言無用で頼むよ。うちも新人獲得に必死なんだ」
「はい、うちは原則依頼内容は守秘義務を徹底しています。うちから漏れることはありません」
武流がまるで出来る男のような対応をする。智の教育の賜物だろうか。
「ありがとう。しかしサクラとはいえ有名人の安城君がスパーリングの相手をしてくれるなんて嬉しいね。いい宣伝になるよ」
部長は終始にこやかだ。そしてまず武流に説明する。
「君はビラ配りと飛び入り参加者……といっても安城君だけだろうけど、その案内をお願いするよ」
「わかりました」
「で、安城君なんだけど、最初は他の生徒に混じっていてもらって、他の参加者がいないことを確認してから手を挙げてくれ。準備はうちの部員がやるから、始まったらなるべく本気に見えるように軽く打ち合おう」
部長が次々とまくし立てる。
「あ、くれぐれも本当に本気にならないでくれよ。君に本気になられたら俺も本気にならない自信はないからね」
[本気になれば勝てる]という意味にも聞こえるが、格闘技をやっている人はそれ位じゃなきゃな、とこの時は気にも留めていなかった。しかし……
新入生がそろそろ落ち着いてきた頃、各部活の勧誘戦が始まった放課後。校舎から校門までの道のりに勧誘の看板がズラリと並ぶ。そして辺りには賑やかな声が響き渡る。
部の実績を挙げる者、体格のいい新入生を褒めちぎりながら勧誘する者、手当たり次第に声をかけまくる者……果ては怪しげな雰囲気で興味を誘う者
様々な部活が必死の争奪戦を繰り広げる中、ボクシング部のパフォーマンスが始まった。




