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2話「続・行き倒れる女たち」

 シャイナ=マリーアンは放浪騎士である。

 歳は二十五歳。

 騎士となったのは十三歳の時。祖国は五十年の歴史を持つ国だったが、シャイナが騎士となった翌年に滅んだ。一族郎党皆殺しにされ、しかしシャイナだけは生き残った。

 彼女には天賦の才があった。

 生き残る才能だ。

 人一倍、死に敏感だった。

 死の臭いを嗅ぎ分け、回避することを、呼吸と同じレベルでやってのける。

 あの日。祖国の滅んだ日。王城は燃え盛っていた。迫る炎。押し寄せる敵兵。絶体絶命の状況の中、新米騎士である彼女は混乱の極地にいた。

 剣を抱えて走っていたのは覚えている。敵の方に向かったのか、敵のいない方に向かったのかは定かではない。とにかく剣を片手に、重い鎧を引きずるように走っていた。

 謁見の間への三叉路に差し掛かった時、彼女は何か感じ、ふと脚を止めた。

 天井から燃え盛る梁が落ちてきたのはそれと同時だった。

 目の前に梁が落ちた。脚を止めなければ即死だった。

 燃え盛る梁を前に、彼女は驚愕の表情を貼り付けたまま、梁を躊躇なく飛び越えた。先にあるのは火の海だったが、飛び込むのに勇気を必要としなかった。

 同時、背後に敵兵が現れた。彼女の姿は炎によって霞み、敵兵は彼女の姿を見つけることなく走り去った。

 偶然ではなかった。なぜかシャイナには分かったのだ。

『こうすれば、助かる』と。

 

 その能力は十数年。

 なし崩しで放浪騎士になり、各国で一時的に雇われている間にも発揮した。

 お陰で、二十五歳という若さで、名の知れた放浪騎士の一人になった。

 悪名高い放浪騎士ともいう。

 屈辱的な事だ。

 名が知れていて、なお放浪騎士のままでいる者には二種類いる。

 一つは、自分の能力に見合う国から声が掛かるまで、その身を空けている者。これぞ、と思う国から声が掛かったら、満を持して国に騎士として迎え入れられるタイプ。大半がこれだろう。人は欲をかくもの。自分の名が売れていると知れば、より優遇される所の騎士になりたいと思うのも無理はない。

 もう一つは、性格や性質に難があり、国から声が掛からない者だ。なまじ能力が高い分、名前が売れてしまい、先入観と噂によって正式雇用を見送られてしまうタイプだ。

 屈辱的な事に、シャイナは後者だ。

 いや、声が掛からないわけではない。丁度式典を行う時期であったり、なんらかの事情で人手不足だった場合、騎士の募集に応じれば、シャイナでも任官できる。

 そういった雑事は、騎士の称号を持ったものなら誰でも任官できるようになっている。

 騎士の正式雇用というものは、そうした任務が終わった後、国が放浪騎士に国に留まり、正式に国の騎士となって欲しいと要請するものがほとんどだ。

 無名かつ有能な放浪騎士を手に入れる有効な手段の一つで、最近流行のシステムだ。

 今はどこの国も有能な人材を探しているが、仕事をさせてみなければその能力は計れない。よって、一時的に放浪騎士を雇い入れ、仕事ぶりが気に入れば騎士団に席を用意し、正式に迎え入れるという、わかりやすい図式だ。

 王竜王国の王立騎士団もこうして出来たものだ。

 さて、シャイナだが、彼女はその声をかけられたことは無かった。

 任務中にはそうした期待の声を上げられる事もある。「君がわが国の正式な騎士になってくれれば」と。だがしかし、任務が終わる頃には手を返している。「あの話は無かったことにしてほしい」と、何度言われたかわからない。

 屈辱的な事だ。

 さて、そんな彼女がこの王竜王国に来たのは、巷で有名になった竜退治の話を聞いてだ。

 ある鍛冶師が王竜を使用して剣を打とうと言い、王竜王国はそれに賛同した。その裏でどんな話があったのかは知らないが、国が協力するということは、つまり王立騎士団が動くということだ。

 チャンスだった。

 王立騎士団が動くということはつまり、王竜王国で騎士の募集がある。

 王竜王国は大国で、騎士団は実力重視。多少の噂や先入観より、実力を見てもらえるなら、前評判の悪いシャイナを受け入れる懐を持っているかもしれない。

 しかも、自分の得意な荒事だ。念願の正式任官の目があった。

 噂を聞いてすぐ、チャンスをものにするためにシャイナは王竜王国へと移動しようとした。だが噂を聞いたのはかの土地よりも遥か遠い国。近道に近道を重ねて急いではみたものの、騎士の募集期間に間に合うどころか、王竜退治の初日にすらギリギリ、という結果になってしまった。しかも最後は無様にも行き倒れて、だ。

 そんな自分を助けてくれた男。

 まだ少年といってもいい風貌だ。年のころは十六か七。若い。

 彼はシャイナともう一人の少女を抱えてこの街まで運んだらしい。凄まじいのは筋力と体力か、それとも胆力だろうか。死の荒野を渡っていた時のあの絶望感を考えると、他人を助けられる程のパワーは驚異的と言える。

 自分の命以外を救えたことのないシャイナは、その少年に興味を抱いていた。

 英雄になりたいだのと、理解しがたいことをのたまっている生き物だったが、主義を多少なりとも曲げてもいいと思えるぐらい、興味深かった。


 ★


 アール一行が結成されて二日後。

 シャイナたちは補給のために帰ってきた面々と入れ違いになるように町を出発した。

 交渉というか、約束はあっさりと断られてしまったのだが、その後の話し合いでどうにか「危なくなったら一緒に逃げましょう」という所に落ち着いた。

 さて、現在は山中である。元は道無き道であった、他人の作った道を歩いている。

 入れ違いになったライバルたちを見る限り、有力視されているグループは特にこれといって損失は無いようだった。だが、あわよくば彼らに便乗できるかも、といった甘い考えの持ち主は王竜との戦いで手ひどい打撃を受けたらしい。中には瀕死の重傷を負った者を担架に乗せている集団もあった。あの分だと、死者も少なくはないだろう。

「シャイナさんの言った通りでしたね」

 アールは関心してそう言っていたが、シャイナにしてみれば『答えはわかっていた』のだ。初日に勇んで出発すれば、多かれ少なかれこういう目にあうのは分かっていた。足並みが揃っていないくせに目的だけ同じ集団というのは、危ないものだ。

 とはいえ、根拠は無かった。

 ただ漠然と危険だ、無駄だ、行かない方がいいと思っただけなのだ。

 直感を疑う必要は無い。

 理屈は曖昧でも、直感が間違っていたことは今までに一度も無い。一度でも間違っていれば、自分はもはや生きてはいない。

「それにしても、さすが有力候補は違いますよね」

 アールは帰ってきた集団を思い出したのか、しきりに事前に有力視されていた集団を褒めていた。

 確かに、初日であるにも関わらず、目覚しい戦果を見ることが出来た。特に青豹騎士団などは十数人という少ない人数にも関わらず、王竜の王冠を三つも持ち帰っていた。

 この王竜退治はそういった勝負ではないのだが、周囲の度肝を抜くのに十分だった。

 あれを見た時のアールのキラキラと輝いた目をシャイナは覚えている。

「青豹師団の中でも、彼らは別格よ。最精鋭を集めてきたんでしょうね」

 シャイナがそう言うと、アールはえっ? という顔をした。

「最精鋭ですか? ………そんな、強そうな人たちには見えませんでしたけど」

「あらあら、強がらないの」

 まるで、他人を褒められた子供が「俺の方が強いし」といきがるような口調に、シャイナはくすりと笑い、からかうようにそう言った。

 当然、アールは拗ねたように否定する。

「強がってなんかいませんよ。ただ……」

「ただ?」

「王竜王を倒すには攻撃力が足りないように見えましたね」

 シャイナはそれを負け惜しみと判断した。

 自分だってやろうと思えばあれぐらいできる。暗にそう言いたいのだろう。

 できるのなら証明してもらいたいものだが、自分の見ていない場所でやって欲しいものだと、シャイナは心の中で呟いた。

「はいはい。でも私はたった三人で王竜数匹と戦うつもりはないからね。危なくなったら逃げる。ちゃんと約束守ってよ?」

「ええ、もちろんわかってますよ。戦うのは僕一人で十分ですから。危なくなんてなりませんよ。任せておいてください」

「……もう」

 シャイナは嘆息した。

 行き過ぎた虚栄心というのは、見ていて気分のいいものではないし、放っておけばこの少年は王竜の群れの中に突っ込んでいきかねない。

 今の所、周囲に危険は感じられないが、いざという時のため、シャイナは心の準備をしておくことにした。少年を後ろから殴りつけて気絶させ、全力で逃げる準備だ。

 現在位置は王竜山の二合目付近だ。

 ここら一帯はまだまだ王竜の縄張りの外で、緑に覆われている。ほんの少し東にいけば荒野があることを考えると、不思議なほどの木の量だ。実際には不思議でもなんではなく、山の形状により、振った雨がこちら側にしか流れないだけだそうだが。

 一説には王竜王カジャクトがその強大な魔力を維持するため、あの荒野から魔力を吸い上げ続けているという話もある。

 迷信の域だが、人知を超えた古竜のことだ、案外本当にやっているかもしれない。

(まさかね……)

 シャイナはある考えに至って、横目でアールを見る。

 彼はもしかして、それを信じて英雄になりたいなどと言ったのではないだろうか。

 例えば、あの荒野を緑豊かな平原に戻すことで貧困な夫婦が救われるとか……。

(馬鹿馬鹿しい)

 シャイナは自分の考えを振り払った。

 第一、それは英雄になる意味ではない。


「止まレ」

 と、十メートルほど先を歩いていたチキが手の平をこちらに向け、唐突に静止の一言を放った。

 シャイナは即座に腰を低くした。先行している者が静止を支持したら警戒するのは常識だ。直感は何も告げていないが……。

 だが、アールは「止まれ」なんて声が聞こえていないかのように、スタスタとチキの傍まで歩いてゆき、その小さな頭に手を載せた。

「おい、止まレと言ったラ止まレ。何のためにチキが先行してると思ってルんだ。あと、頭に手を載せルな。チビだとバカにしてんのか?」

「バカになんてしてませんよ。チキさんはちっこくて可愛いですから」

「おい騎士、こいつに子供扱いをやめさせロ」

 シャイナは肩をすくめて追いついてきた。どうやら危険は無いらしい。

「いいじゃない、可愛がってもらいなさいよ」

「なにぃ?」

 不機嫌そうな声を上げるチキを尻目に、シャイナは何気なく進行方向の先を見る。

「ちょっと……!」

 そこには危険があった。

 五匹の『死肉喰い』が、すぐ近くで起こった騒ぎを聞きつけて唸り声を上げていた。

 『死肉喰い』四足を持つ犬に似た獣だが、その顔は犬とは似ても似つかない。三つに分かれた下顎と、二つに分かれた上あごで、死肉と蛆をついばむように食うのが彼らの食事風景だ。

 その光景を思い出し、生理的嫌悪感がシャイナの背筋を駆けのぼる。

「グルルルル………」

 彼らは腐肉を好んで食う事から『死肉喰い』と呼ばれている。その先祖は遥か昔の大戦で、魔族の作り出したアンデットモンスターに対抗する手段として、とある魔術師が作り上げた魔道生物だ。

 現在は独自の進化を遂げ、野生化しているが、その習性は彼らの祖先の元であるイヌ科の獣とよく似ている。

 まず、群れで狩りをする。狩りといっても死肉を好んで食う彼らは、自分で獲物を探して襲い掛かることなどしないのだが、食事中に邪魔者が現れた場合、三匹以上の徒党を組んで邪魔者に襲い掛かる。食事中に『死肉喰い』は非情に好戦的だ。

 どうやら、現在は食事中であったらしい。

 五匹の『死肉喰い』が目を怒りに歪ませて睨みつけて来るのを見て、チキはぷくっと頬を膨らませた。

「チキはちゃんと、止まレと言ったんだからな」

「いいから下がって!」

 シャイナは抜刀しつつ、そう叫び、二人の前に出た。

 その瞬間、五匹の『死肉喰い』が一斉に大地を蹴った。

 正面から一匹を先頭に二匹がそれに追従する。残り二匹は左右に展開。逃げ場を無くすように回り込んでくる。速い、しかも慣れた動きだ。五匹での狩り。竜の住む山において、たった五匹というお粗末な群れでの狩りになれた動き。強い個体だ。

「気をつけて!」

 背後の二人に注意を喚起するも、前方の一匹が跳躍。もはや迷う時間はない。

 シャイナはそれを追って跳躍した。

「北神流逆法初段 “滑り雪崩”!」

 宙を行く『死肉喰い』の、さらに上方を取る。

 跳躍する相手の上を取る。一見無意味な行為だ。四足の獣は跳躍してしまえば己の無防備な腹を真下に晒すこととなる。ならば、自分はそれに応じ下を切り抜けるのが定石。

 だがシャイナは上を取った。

 なぜか。その理由は一匹の跳躍の影に隠れるように身を低くして下段から襲い掛かる残り二匹の『死肉喰い』の姿から窺い知れよう。

 上下の時間差攻撃。

 しかも、先に跳んだ一匹より、下の二匹が先に来る。人間は自分の頭より上に浮いている敵を苦手とする生物だ。最初の一匹にどうしても気を取られ、手練れでも遅れを取りかねない完璧な連携攻撃。同じく群れの狩りを得意とする人間でも、ここまで綺麗なコンビネーションは生み出せまい。

 それに対応できたのは、危機回避能力に長けたシャイナだからこそ。直感でわかったのだ。奴らは下から攻撃してくる、と。

「ダァィリヤァァァァ!」

 舞うように、中空で『死肉喰い』の首筋に一筋の切り傷をつける。大動脈にほんのすこし、切れ込みを入れる程度だが、生命を破壊するには十二分。いかに魔道生物といえども、弱点は犬と変わらない。

 着地した『死肉喰い』は間欠泉のように血を噴出させてよろめき、倒れ付す。

「ヴウッ!?」

 残り二匹の『死肉喰い』はシャイナの姿を見失っていた。上を行く一匹の上は、下を行く二匹の死角でもあった。

 発見するまで一秒も無い。だが致命的な隙。

「北神流順法二段 “円天華”!」

 二匹の始末を、シャイナはたった一振りで終わらせた。切り上げから入った剣先は一匹目の喉笛に切り込みを入れ、円を描くように斬り上がった剣は、そのまま遠心力を持って二匹目の脳天に打ち込まれ、頭蓋を砕く。

「二人とも、だいじょ――」

 残り二匹。即座に視線をめぐらせ、仲間の安否を気遣うシャイナだったが、

「――大丈夫みたいね」

 既に残り二匹は地面に倒れ付していた。

 チキの前には四肢をバラバラにされた死体が一つ。シャイナが見た時はまだ息があったが、チキが無表情のまま、変な形をしたナイフでトドメを刺した

 アールの前には、頭のない死体が一体、立っている。ダラダラと血を流す首の先に付いていたものが無い。どこにいったのだろうか。周囲には見当たらなかった。

 首なしの犬と、返り血すら浴びていない銀色の騎士。見方を変えれば幻想的とも言える奇妙な場面だった。変態的な趣味を持つ貴族なら、そうした題材の絵画を持っているかもしれない。

 しばし見とれていると、周囲の警戒していたチキがふと力を抜いた。

「なんだ騎士、もう保護者気取リか?」

 ナイフについた血糊をぬぐいながら、チキはせせら笑ってそう言った。

 そのチキの頭に手が載せられた。

「まぁまぁチキさん、目の前の敵を倒したら仲間の安否を気遣うのは当然の事ですよ」

 アールは頭をぐりぐりと撫でながら言う。

「む? つまリ、アイツの安否を気遣わないチキたちが悪いという事か? そレとな、チキの頭に軽々しく手を載せるな」

「撫でてはいけませんか?」

「いけなくは無い、減るものじゃないからな。アールが撫でたいと思うのなら、物事に支障の起きない程度に撫でレばいいだろう。けどお前は撫でたいかラ撫でてルわけじゃなく、丁度いい位置に頭があルから撫でてルだけだロ!」

「…………二人とも怪我が無くてなによりですよ」

 爽やかな笑みを浮かべるアール。

 チキが「やっぱリか! 人の頭を何だと思ってやがル!」と顔を真っ赤にして喚く。

 シャイナは苦笑してそれを眺めていたが、ふと、アールの背中の剣に目を留めた。

 今まで気に留めても見なかったが、大剣である。刃渡りは一メートル以上あるだろう。

 抜く、構える、斬る、収める。剣は大きくなればそれぞれの動作にかかる時間が大きくなる。あれほどの大剣ともなれば、それは顕著に現れるはずだ。

 シャイナの持つ剣は刃渡り五十センチ程度の小ぶりの片刃剣である。やや湾曲しているのは、シャイナ自身の戦い方が抜刀と斬撃の速度に重きを置いているからだ。

 それがゆえ、三匹の『死肉食い』を相手にしても、決してスピード負けしなかった。

 もし、彼女がアールの大剣と同じものを持っていたら、あるいはあの三匹相手に、もう少し苦戦していたかもしれない。

(いつ抜いたのかしら?)

 背剣は腰剣より重し。

 ある剣豪の言葉である。

 背中にある剣は腰にある剣よりも抜刀し難い。

 剣を腰に吊るしているのにはれっきとした理屈がある。

 いや、それ以前に、果たして彼は最初から背中に剣を持っていただろうか。今日、宿を出た時には腰に差していなかっただろうか?

「ん? アール、なぜ剣を背負っていル? さっきまで腰だったロ?」

 シャイナが口を開く前に、チキが聞いた。反射的に聞いたのだろう。

 そうだ。確かにアールは、先ほどまで腰に剣を吊るしていた。また見得でそんな邪魔臭い長物を……と思ったのを覚えている。

「これですか? ……ふふ、ナイショです」

 アールは意味深にそう言って背中の鞘をくるりと回した。

 一瞬にして剣が腰へと移動した。

「おお!」

 チキが驚嘆の声を上げた。

 稼動式の鞘。それを移動させる技。

 シャイナは、ふとその技、その動作を、どこかで見た事のあるような気がした。どうにも記憶に引っかからないが、今まで戦った剣士が使ったわけではない。一度見れば忘れないだろう。

 どこで見たのだろうか。

 少なくとも、そこらの凡夫が格好つけて行った動作でないことは確かだ。

「所でシャイナさんの流派、もしかして北神流ではないですか?」

 アールに話しかけられて、シャイナは思考を中断した。

「……ええ、そうよ」

 よくわかったわね、と言い掛けて、自分で流派と技の名前を叫んでいたのを思い出した。師匠に技は叫べ、といわれてから癖のようにやっている。それほど珍しいことではない。流派の名前を広めるのは弟子の役割でもあるのだから。

「北神流って、珍しい剣術ですよね、どこで習ったんですか?」

「最初に通った道場が北神流だったのよ。でも言われて見れば、同門の人って見た事ないわね……」

「僕の父も、北神流だったんですよ」

「それは……」

 何と言っていいものか、シャイナが言葉に詰まった時、チキの声が上がった。

「おいアール、ついでに騎士」

 二人はそちらに目を向ける。

 チキは『死肉喰い』が溜まっていたほうへと進んでいた。

「見ロ、奴ラの食料だ」

 そこは森の中にぽっかりと作られた広場のような所だった。最初からそのような形はしていなかったのだろう。力ずくで叩き折られた木々や、地面の焦げ後。それらを見るに、せいぜい獣道程度の広さの道だったのだと推測できる。

 それがこうして焼け焦げだらけの広場となったのは、王竜が暴れまわったからだろう。

 何故王竜が暴れたのか。

 答えは地面の上。そこかしこに散らばっている人間の死体。

 この広場の惨状は戦闘の痕跡だ。

 死体も、多少『死肉喰い』に食い荒らされてはいるものの、そのほとんどが原型をとどめている。腐臭はそれほど強くない。

「この死体、魔術団体みたいね」

 シャイナはそう断言した。

 焦げたのか、それとも元々こんな色なのか判別の付かないローブ、周辺に残る不自然な焦げ後、陥没した地面、雨も降っていないのに濡れた枝葉。魔術の痕跡に間違いない。

「ここで何匹かの王竜と戦って、負けたみたいね」

「何匹ぐらいと戦ったんでしょうね」

「戦闘の規模を考えると三匹から五匹ぐらいじゃないかしらね」

 シャイナはそう言いつつも、それはおかしいと感じていた。

 王竜は三匹から五匹、それは正しいはずだ。それ以上多ければ戦闘の規模も大きくなり広場の大きさも広がるだろうし、少なければ逆。

 だがおかしい。

 あの魔術集団『草世葉木』が、それだけの数の王竜にいとも簡単に破れるはずがない。

 彼らは戦闘に特化した魔術師だ。

 戦闘魔術師というのは、単純に強い。

 そこらにいる、生活のために仕方なしに冒険者などやっているような半端物の魔術師と比べれば雲泥の差がある。魔術師は魔術を使える者なら誰でも名乗れるが、戦闘魔術師は魔術組合の試験を受けなければ名乗ることが出来ない。

 彼らは戦闘のために使える魔術を全て心得ている。燃焼・電撃・氷結・衝撃といった複数種類の攻撃手段はもちろんのこと、防壁・結界・領域といった防御から、回復・飛翔・加速といった補助まで。

 最上位の戦闘魔術師になると戦士顔負けの体術まで扱うため、魔術師は肉弾戦に弱いなどという常識すら存在しない。触媒である杖を使用した杖術。格闘戦を行いながら呪文詠唱を行う集中力。戦いながら魔術を施行する体力。

 確かに、剣士の方が早熟だし、魔術も技術である以上それを防ぐ手立てが絶対に存在するから、同じぐらいの修行をした者同士なら、剣士の方が強いだろう。

 だが、ことモンスターと戦うという点において言えば、戦闘用魔術師はそこらの剣士よりも圧倒的に有利であると言われている。

 魔術の有効性。

 例えば『炎の槍』という術がある。炎を槍状に変化させ、質量を持たせ、相手を高熱によって貫く技だ。

 これは熱量を上げれば上げるほど、その威力を増す。

 だが、人間相手にそれをしても意味は無い。なぜなら、人を殺すのにはある一定の熱量で済むし、相手が火炎に対する対抗魔術の施された装備をしていれば、どれだけ熱力を上げた所で無効化される。もちろん、無効化にする装備は高価で、そうそう個人が手に入れられるものではないが、ゼロにする手段がありうるという点が重要なのだ。

 対して、怪物相手への威力上昇は非常に有効である。特に王竜のように巨体を持つ生物は体の表面積と体積が大きいため、剣士では一撃必殺の域に到達することは難しい。だが魔術であるなら、致命打を与えることも可能だ。

 竜の物理的な防御力もまた問題だ。剣ではなかなか切り開けない鱗も、魔術によるものなら用意に突破できる。

 脱線したが、つまるところ、王竜の四、五匹程度では、竜退治を目的とした魔術集団には勝ち目がない。

 だが、魔術集団はこうして敗北し、屍を野に晒している。

 おかしな事だ。戦力的に圧倒的に上回る方が一方的に屍を晒し、竜の死体が存在しない。

 シャイナはその理由を探すため、死体を一つずつ、調べて回る。

「……!」

 ある死体にそれはあった。驚愕の顔を張り付かせて死んでいる壮年の男。高級な杖を握り締め、身なりもいい死体。

「……刀傷」

 それも背後からの不覚傷。王竜には付けられない傷だ。

 では、なぜこんな傷がついたのか。

 おかしな部分はまだある。死体の数だ。

 シャイナの記憶が確かなら、魔術集団の数は三十前後。ここに転がっている死体はその半分も無い。

 王竜が食った可能性もあるが、シャイナは第三者の存在を疑った。

 そいつらによって死体が隠蔽されたのだ。

 仮説はこうだ。魔術集団にとって都合の悪い者が、王竜と戦闘中の魔術集団を襲い、全滅させ、そして自分たちの痕跡を消し、王竜が魔術集団を全滅させたように見せかけた。ここにない死体は燃やされたか、埋められたか。どうせ三日すれば『死肉喰い』が証拠を消すだろうと杜撰に片付けた結果、こうして刀傷の残った死体が一つ残ってしまった。

 正答はさておき、事実としては、魔術師の一人が背中から剣で斬りつけられていた、ということだけだ。

 つまり問題は、

「誰がやったのか……」

 順当に考えて一番怪しいのは三匹分の王竜の首級を上げてきた青豹師団だ。この広場を襲った数とも合う。

 一番怪しくないのは素手のみで事に当たる武術集団だが、それが刀傷を残せないという理由にはならない。なんだかんだ言って彼らは魔術師よりも剣士を嫌悪している。とはいえ、剣士とは剣の性能に頼る軟弱な男であるという教えを持つ彼らが、剣を使うことを嫌悪している彼らが、そう簡単に剣を用いて後ろから襲い掛かるだろうか。可能性は低い。

 あるいは、どこの集団でもないのかもしれない。

 例えば竜退治に出た集団の中に快楽殺人者が混じっていて、たまたま竜と戦っている魔術集団を見てムラムラ来て、その場の勢いでヤってしまったのかもしれない。

 偶然の産物である可能性まで検討すると、キリがない。

「……あれ?」

 シャイナは、小うるさい二人の姿が見えないことに気付いた。

 まさか、置いていかれたのでは、なんて考えが一瞬浮かんだが、心配の必要はなかった。すぐ近くの、太い幹の木の裏側に二人が立っていた。

 なにやら木の根元のあたりを見ている。

 よく見ると、彼らの周囲には『死肉喰い』の死体が三つ、転がっていた。

 また出たのか、といぶかしんだシャイナだったが、どうにも二人の様子がおかしかった。

「……なにかあったの?」

「いや、そレがな」

 チキが困った顔をしている。

 アールが「よしよし」とにこやかに頷いている。

 シャイナが木の反対側まで回り込んでみると、二人の目線の先には樹洞があった。

 木の洞、その中には、ボロボロのローブを纏った少女の姿が一つあった。

「生き残リだ」

 チキが簡潔にそう説明してくれるが、そんなことは一目見ればわかった。

 見たところ目だった外傷は無いが、衰弱しているようだった。魔力も体力も使い果たしてしまったのかもしれない。

「今日の所は帰りましょうか、町で彼女を介抱してあげないと」

 アールは当然のようにそう言って、少女を担いだ。

 躊躇のない仕種だった。手馴れている感じもする。彼女の正体がどうとか、この場の検分がどうとかより、まずそれが大事だと言わんばかりの行動。

 自分も同じ境遇だったからこそ、シャイナは溜まらず口を開いた。

「あなた、行き倒れを助けるのが趣味なの?」

 出てきたのは呆れた声だった。

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