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9話「幕開け」

※ 王竜王カジャクト討伐 結果

 ・王竜王国王立騎士団  全滅。

 ・原豹傭兵団青豹師団  全滅。

 ・ミリス破邪装甲兵団  全滅。

 ・魔術団体『草世葉木』 全滅。

 ・武術団体『鳳凰の巣』 撤退。


 ・王竜王カジャクト   撃破。


 有力候補とされていた全てのグループがのきなみ全滅。

 激戦を制したのは、北神流の正統後継者である少年であった。王竜王に一騎打ちの勝負を挑み、それに勝利したという。

 ただし、巨大な王竜王の死体に沸き立つ町で、自分こそがそうだと名乗り出た者はいなかった上、青豹師団とミリス聖騎士団を全滅させた王竜王に一騎打ちで勝つなど信憑性のない話だ。世間では青豹師団とミリス聖騎士団が協力して倒したのだろうと言われている。

 真実を知るものは少ないが、王竜王カジャクトは倒され、鍛冶師ユリアンはその死体を工房へと運び入れたのは事実だ。

 町はお祭り騒ぎだった。

 

 ★

 

 ユリアンが工房に入り、三日が経過した。

 流れる雲ことフラウ=クローディアは旅支度を整えていた。

 感傷に浸ったまま、だらだらと数日経過してしまったが、太陽派の主だった幹部を暗殺するという目的は果たしたのだ。一度戻らなければならない。

 振り返ってみれば、右往左往していただけのような気もする。判断ミスで命の危機に瀕したりもしたり、己の未熟さを再確認したり……。

 だが、精神的に一回り成長できたと自覚していた。

 自分は今まで、肩書きにこだわるあまり、大切なことを忘れていたのだ。

 今まで、ずっと肩書きにこだわってきたが、そんなもの、実際にはなんの役にも立たないのだ。下位でも、それどころか肩書きを持たない木っ端魔術師でも、自分より優れた者はいくらでもいるだろう。

 フラウは、帰ったら心を入れ替え、一から魔術の修行をしなおすつもりだった。

 試験のために覚えるのではなく、いざという時に頼れる魔術師であるように。

 しいては、まず体力作りから始めるつもりだった。

「……あ」

 町の外に出たところで、フラウは以外な人物を目の当たりにした。

 その人物は、大きな岩の上で座禅を組んで、瞑想していた。

 声を掛けようかと思ったフラウだったが、やめておいた。

 何を話していいのかわからなかったし、瞑想の邪魔をするのは本意ではない。別れの挨拶が出来ないのが心残りだが、伝言は残してきたし、大丈夫だろう。

 フラウはその人物に一礼すると、清々しい顔で帰路についたのだ。


 ★


 ユリアンが工房に入り、二週間が経過した。

 チキこと、殺し屋チキータは暇をもてあましていた。

 本来なら彼女は、本隊と合流するため町を出た青豹を追って旅立つつもりだったのだが、先日、チキの所属する殺し屋組合が壊滅的な打撃を受けて潰されたという噂を耳にした。チキに『豹退治』を依頼していた者も、何者かに殺されたらしい。

 正直な所チキも、青豹なんていう、暗闇でナイフを投げても弾き返されるような危ない相手を殺しにいくのは辟易だったので、これ幸いにと仕事を放棄して町でのんびりしていた。

 群れるのがそれほど得意ではないチキだったが、自分の関与した事でお祭り騒ぎになっている町を見て回るのはそれなりに楽しかった。

 だが、二週間ともなると、流石に町の活気も下火となり、チキ自身にも飽きが来た。

 現在、露天で買った竜肉の串焼きを啄ばみながら、チキは町中を歩いている。一時期から見ると町は穏やかさを取り戻している。魔剣発表という名の嵐の前の静けさのようなものだ。討伐に参加していた者達は皆、ユリアンの魔剣発表を心待ちにしている。

 町中では王竜王との戦いについて、あれこれと、まことしやかに囁かれている。北神流の剣士は身の丈三メートルを超える巨人族だとか、最後の聖騎士であるバルコルと、剣の達人である青豹が、共に力を合わせて王竜王を倒しただとか。死神騎士と殺し屋と『草世葉木』の生き残りのがパーティを組んで倒しただとか。

 チキも、自分の事が触れられることで少々うきうきしていた。

「俺の知り合いの知り合いが青豹のダチなんだが、なんでもそいつによると青豹、聖騎士バルコル、北神流後継者の三人が三日三晩、王竜王と戦い続けて、三人とも重症を負いながらようやく倒したらしいぜ」

「まじかよ……三日三晩って……いや、時間より、あの三人の猛攻をそれだけ凌ぎ続けた王竜王も半端なかったってことだよな」

 そんな会話が聞こえて、チキはくすりと笑った。

 あの瞬間のことはよく覚えている。アールと王竜王カジャクトのにらみ合いはたったの十六秒だ。それから、チキに激励されてカジャクトにトドメを刺すまでで三分といったところか。そこに猛攻といえるようなものは無く、たった一太刀でほぼ決着が付いたなど、誰が信じるだろう。三日三晩戦った方がまだ信憑性がある。

 誰に信じてもらえなくても、チキはあの一瞬のことを一生忘れない。

「お、アールさんとこの小娘じゃねえか、何してんだ?」

 と、真正面から声を掛けられた。

 そこにいたのは、聖騎士と言われなければ山賊と間違えそうな野卑な男。バルコル。

 彼は日光を浴びてキラキラと輝く白銀の甲冑を身に纏い、荷を積んだ白馬を引いて歩いてきた。甲冑と顔にギャップがありすぎる。

「何もしてない、あっちいけ」

 チキはバルコルに特別悪い感情は持っていなかったのだが、シャイナの顔を立てて、一応そう言っておいた。

「んだよ、ツレネェな。一緒に応援した仲じゃねえか……んん?」

 バルコルはブツブツ言いながら肩をすくめてチキの横を通り過ぎる。

 言葉とは裏腹、チキは方向転換し、彼の横にならんだ。

バルコルが訝しげな顔をする。

「なんだ? あっちいって欲しいんじゃなかったのか?」

「呼び止めたのはお前だロ」

「いや、ま、いいけどよ……」

 チキは暇なのだ。

「バルコルはどこにいく?」

「一度、本部に帰るのよ。今回の討伐でかなり損害を出しちまったからな。良くて減俸、悪くて降格ってとこか。ま、今回は俺様の見通しが甘かったってことだな」

「巷ではお前が王竜王を葬ったと噂さレてルぞ? 肯定すレばお前が倒したことになル。そうなレば大丈夫じゃないのか?」

 チキがそう提案すると、バルコルは顎をポリポリと引っ掻いた。

「俺は嘘つきだがな、出来ねぇ事を出来るって嘘はつかねぇんだ。再現できねぇからな。それに、本当にそうなったら、おめぇも黙っちゃいねぇんだろ? 俺ぁ、青豹みてぇに凄腕ってわけじゃねえんだ。殺し屋チキータに追い回されるなんざ、御免被りたいね」

 確かに、もしこの男が調子にのって凱旋気分でいたら、チキだけじゃない、シャイナも流れる雲も、そして恐らく、青豹さえもバルコルに敵意を向けるだろう。

 あの戦いを肉眼で見た者として、そんな厚顔無恥な奴は、絶対に許せない。

「俺だって、一度は剣の道で上を目指そうと思ったことがある剣士の端くれだ。確かにお前らから見れば、卑怯で薄汚ぇ、剣士の風上にもおけねぇ野郎かもしれねぇ。けどな、そんな奴でも、剣士の一人として、アレックス=ライバックを尊敬してるんだ」

「そうなのか?」

 バルコルの唐突の告白に、チキは目を見開いた。

「俺ぁ、あの時、シャイナのこととか、聖騎士のこととか、地位とか名誉とか、ずっとこだわってきたものが、どうでもよくなるぐらい感動したんだよ。青豹を逃がしちまったおめぇなら、わかるだろ?」

 あの場にいた中で最も汚い思考の持ち主であるバルコルが言うと、何故か重みがあった。

 実際、最初の一太刀が振られるまで、持ち前の危機察知能力でアールの敗北を見切ったシャイナ以外は、誰も動けなかったのだ。

 言葉ではとても説明できない。

 状況を考えれば、全てが終わった後、チキは青豹を刺すこともできただろう。けれども、出来なかった。そんな考えは浮かんですらこなかった。

 あの場にいて、あの空気を吸ったものでしか分からないだろう。

 目の前の戦いに水を差してはいけないという、脅迫観念にも似た思い。

「そういやぁ、聞いたか。おめぇの依頼主がぶっ殺された話だけどよ」

「ああ、道端で酔っ払いに刺さレたラしいぞ。マヌケなことだな」

「それだけどよ。どうも、青豹が指示してやらせたみてぇだぜ」

「なんだと?」

「あいつ、結構危ない橋も渡ってるみてぇだし、無理もしてるみたいだな。今度会ったら、ちゃんとお礼言っとけよ?」

「……何故、青豹がそんなことを?」

 チキは首をかしげた。

 原豹傭兵団の幹部の首を狙っている者は数多い。この町にだって、チキと似たような立場の殺し屋は何人もいたはずだし、町中で青豹師団と王立騎士団の喧嘩が起きたのだって、実はそいつらの工作かもしれない。

 チキの依頼主だけを殺す事に意味はないのだ。

 いくらチキが凄腕だと言っても、原豹傭兵団の幹部を一人で追い詰めて殺すのは難しい。

 前に殺した幹部もそうだった。他の連中との駆け引きや、時には手を組み、時期と機会を誤らぬように細心の注意を払って追い詰めて、ようやく手の届くところまでたどり着くのだ。途中で、手を組んだ奴は何人も死んだ。チキが死んでいてもおかしくはなかった。

 だから一人や二人をなんとかしても無駄だし、全部なんとかした所で、数年もすればまた原豹傭兵団に怨みを持つ者が殺し屋を雇うだろう。

「おいおい、そこはあの青豹の旦那の優しさじゃねえか。おめぇと争いたくねぇんだよ」

「ふむ……なんでだ?」

「そりゃあ旦那の仲間意識よ。あの場にいたメンツで殺し合いはしたくねぇんだろうよ。俺だってそうよ。アレのお陰で長年追ってきたシャイナを、ようやく諦めきれたんだからな。おめぇは違うのか? 今でも青豹をぶっころしてぇか?」

「……いや」

 チキは首を振った。言われてみれば、昔の仕事熱心だったチキなら、組織がどうなろうが、依頼主がどうなろうが、とりあえず仕事は完遂させたことだろう。なにせ、それも後々に評価に繋がるのだから。

「そういうことだから、おめぇも仕事は選べよ」

「余計なお世話だ」

「まったくだな。俺らしくもねぇ」

 バルコルはへっ、と楽しそう笑った。

 町の出口が見えてきた。出て行く者より、入っていく者の方が多い、西の城門。

「なるべく早く帰ってこいっつーんで、死の荒野を抜けてくつもりだけどよ、シャイナとおめぇはあそこ抜けてきたんだってな。なんかあるか?」

「遠回りしたほうがいいぞ。チキもシャイナもアールに拾わレなけレば死んでいた」

「マジかよ……じゃあ、やめといた方がいいな。しゃあねえ」

 チキは立ち止まり、バルコルが振り返る。

 最後に、思い出したようにバルコルが口を開いた。

「おめえも、どうしようもなくなったら聖騎士団を頼れ。俺がなんとかしてやる。アールにもそう言っとけ。でもシャイナには言うなよ。んじゃな」

 バルコルはそう言って、町の外に出て行った。

 チキは再度、方向転換をして町中へと向かう。

 フラウもそうだが、目的のある人がうらやましい。

 チキは目下、暇を持て余しているのだ。


 ★


 ユリアンが工房に入り、一ヶ月が経過した。

 シャイナ=マリーアンは体がなまっていた。

 アールを助けた時に負った火傷が完治したのはつい先日のことだ。背中の筋肉にまで及んだ火傷は死んでいてもおかしくないほど重症で、いくら流れる雲による応急処置が早かったとはいえ、一ヶ月で特に後遺症もなく動けるようになれたのは、運と、鍛えた肉体の賜物だろうと医者に言われた。


 王竜山で意識を失ったシャイナが目覚めたのは、町の病院のベッドだった。

 爽やかな目覚めというわけではなかった。外は快晴で、太陽は高い位置にあったが、その陽気に誘われたわけではなく、要因は背中の痛みにあった。

 目覚めた時には、既にあの戦いから二日が経過していた。

 流れる雲は二日間ずっと看病してくれていたらしいが、シャイナが目を覚ました翌日には旅支度を整え、『草世葉木』の本部へと帰ってしまった。

 それからはチキがほぼ毎日お見舞いに来た。見た目や言動に惑わされるが、あれはかなりマメな子らしい。

 事の顛末を聞いて見たものの、言葉に慣れないチキの説明は要領を得ず、王竜王はアールによって倒され、そのお陰で町がお祭り状態、ということぐらいしかわからなかった。

 その程度の事は、窓の外から見れば、お祭り騒ぎだから、聞かなくても想像できたことだったのだが。


 一度だけ、青豹が病室に来た。

 彼は気配を消したまま神妙な顔で静かに入ってきて、周囲にチキがいないと知ると、ほっとした顔で気配を戻した。

「どうやら、チキータはいねぇようですな」

「傭兵の幹部というのは、女性の寝室に忍び込む時にノックをしなさいって習わないのね。無粋だわ」

「忍んでんならノックはしねぇでしょうけど……ま、チキータはそれぐらい危ない相手ってぇことで勘弁しておくんなせぇ」

 シャイナが咎めると、青豹はへらへら笑ってそう嘯いた。

「何しにきたの?」

「特別、用事ってわけじゃねえんですけどね。お見舞いと、伝言ですね。若旦那が見当たらねぇもんですから、あんたに伝えとこうと思いやして」

 青豹は、フラウが最後にシャイナたちへの伝言として「もしパーティ募集で魔術師が必要になったら声を掛けて欲しい」といった旨のことを言い残していたと伝えた。それから、自分ももうすぐこの町を立つのだと言って、来た時と同じように、静かに去っていった。


 それ以後、チキ以外には見舞いは無かった。

 退屈を持て余して、あっという間に一ヶ月だ。

 引き攣った感じのする背中に違和感を覚えながら、シャイナは宿への道を歩く。

 入院のお金は誰かが立て替えてくれたらしい。チキか、アールか、流れる雲か、いくらになったのかはわからないが、お礼を言っておかなければならないだろう。

 それと謝罪だ。今は持ち合わせが無い、と。

「……」

 町中は、もう熱気も冷めているのだろう。お祭り騒ぎは終わっていた。

 でもどこか熱気の冷めない様子が見て取れるのは、きっとユリアンがまだ工房から出てこないからだろう。

 ユリアンは、あの巨大な王竜王の頭のてっぺんから尻尾の先に至るまでの全てを使って剣を打っているらしい。どうやって生物を剣に変えるのか、シャイナにはわからないが、あれだけ強力な生物から作られる剣だ、前人未到の名剣が生まれることだろう。もしかすると、神剣の銘に到るものかもしれない。

 青豹もチキもそんなものには興味が無いようだったが、その発表を今か今かと待ち受ける人々の熱気は、シャイナも共感できる。

 では、アールはどうなのだろうか。

「……怒ってるのよね?」

 シャイナは、あの時のことを思い浮かべた。

 あの瞬間、アールが斬撃を放とうとした瞬間、足が滑らされる直前、シャイナの背筋に電流が走り、目の前の少年が死ぬと直感した。

 直感と同時に飛び込んでいた。それがどういった行為なのか、まるで考えなかった。

 シャイナは騎士だ。

 騎士は名誉を重んじる生き物だ。

 名誉を重んじない者は騎士にはなれず、騎士と名乗れず、あまつさえ騎士を目指すことすらおこがましいとされる。

 シャイナは決闘というものはそれほど好きではないが、もし自分が誰かと決闘している所に邪魔が入れば、自分の名誉を汚されたと、本気で怒るだろう。放浪騎士として悪評が世に蔓延り、名誉が地に落ち泥にまみれた今となっても、だ。

 それは、あれほど汚い思考の持ち主であるバルコルとて同じはずだ。もちろん、バルコルは確実に勝てる保障がなければ決闘などしない矮小な器の持ち主だが、そんな彼でも、いざ決闘を始めれば、騎士としての名誉を守るだろう。

 アールは正式な手順を得て騎士になったわけではないだろうが、彼の普段の振る舞いから見るに、親である魔王アトーフェからきちんとした教育を受けていたのだろう。それに彼は英雄になろうとしていたのだから、正々堂々と王竜王を倒したかったはずだ。

 納得しているはずがない。

「はぁ……どうしよう」

 思わずため息が漏れた。

 嫌われた。そう思うと胸が締め付けられる。

 泣きたくなる。

 しかし。

「悩んでもしょうがないわね……後悔はしてないもの」

 そう、後悔は、していないのだ。



 宿にたどり着くと、チキがベッドの上にナイフを並べて難しい顔をしていた。

 どれも不思議な形状をしたナイフだ。最初に見た時は趣味的で実用性皆無だと思ったものだが、空中で不可思議な軌道を描いて飛来するという事を考えると、こうした形はむしろ実用的なのだろう。

 かつては十本近くあったそれが、今は三本しかない。

 無くなった分は、山で無くしたのだろう。

「特注品だったの?」

「チキの師匠に貰ったものだ。大事に使ってきたのに、一度に八本も失ってしまった。こんなに一気に無くしたのは始めてだ。最初は二十本あったんだが、はぁ……」

 チキはため息を付き、ベッドの上に並べたナイフを、シーツで丁寧に拭って鞘に収め、改めてシャイナの方に向き直った。

「体はもういいのか?」

「まだちょっと痛いけど……ところでアールは?」

 シャイナが周囲を見回す。宿に来て最初にアールの部屋を覗いたのだが、居なかったのだ。てっきりこっちの部屋にいると思ったのだが、姿が見あたらない。

「瞑想すると言って出て行ったきりだな。そういえば帰ってきてないが……アールに限って万が一は無いだロう、不死身だしな。心配すルだけ無駄だ」

 チキはそう言いつつ、難しい顔でナイフを付けたりはずしたりをしている。ナイフが三本まで減ったことより、たった三本のナイフをどこに装着するかで悩んでいたらしい。

 シャイナはそれを眺めながら、部屋の隅にまとめてある自分の荷物を紐解く。

 中から取り出すのは、いつもの侍女服だ。シャイナは全部で七着、似たような服を持ち歩いている。

 今まで来ていたのは焼け焦げてボロボロになってしまったし、入院している間は病院着だったので、ずっと違和感があったのだ。

「これでよし、と」

 さっと着替えて一人頷くシャイナ。鎧は壊れてしまったが、仕方ないだろう。

 それを見て、チキが呆れた声を出す。

「おいシャイナ、前々かラ言おうと思ってたんだがな。そんな黒くて不吉な恰好してルかラ『死神騎士』なんて変な通リ名を付けラレてしまうのだと思うぞ」

 シャイナは、きょとんとした顔になった。この小さな殺し屋は何を常識から外れたことを言っているのだろう、と。

「そんなわけないじゃない。侍女って生き物はこの世で一番無害なのよ?」

「なるほど、勉強になるな。しかしシャイナがその恰好をしても無害には見えんぞ」

「何事も形からよ」

 チキは、珍しく苦笑いをしていた。

「……ん?」

 鎧無しで剣帯を身に付け、鞘の中身がカラッポな事に気がつく。

 シャイナは剣の行方を思い返す。洞窟でバルコルを突き刺して……そのままだ。

 チキのナイフが三本しかないのを見るに、きっと、アールが王竜を倒した後、疲れきった体を引きずって町まで戻ってくるのがやっとだったのだろう。

 無いものは仕方が無い。それに町中なら剣がなくてもなんとかなるだろう。

「アールはどっちに行ったの?」

「町外レ。門のすぐ外と言っていたぞ。町中は瞑想すルには五月蝿いラしいな」

「ふーん、じゃあ、たぶん北門ね。いつ頃でかけたの?」

 シャイナがそう聞くと、チキはふと、指を折って何かを数え始めた。その数が三十に達した時、ようやく顔を上げた。

 三十分ぐらい前だろうか、それとも三十時間ぐらい前だろうか。後者なら、そろそろ帰ってくるかもしれないな、とシャイナは思った頃、チキはハッとした顔で言った。

「そういえば、一ヶ月ぐらい前かラ一度も帰ってきてないぞ」

 チキとシャイナは揃って宿を飛び出した。


 ★


 アレックス=ライバックは町外れにぽつんとあった岩の上で瞑想していた。

 瞑想と言えば聞こえはいいが、単純に考え事をしていたに過ぎない。

 考えていたのは、あの戦い、王竜王との決闘のことだ。

 確かに、今、自分は生きていて、王竜王にトドメを刺したのは自分だ。あの生々しい感覚は未だ手に残っている。無抵抗の者を殺す感触だ。

 途中までは良かった。

 ギリギリの切迫感、針の穴を通すようなタイミングで叩き込んだ剣。完璧なタイミングだったにも関わらず、思いもよらぬ方法で返された。

 シャイナが居なければ、自分は骨すらこの世に残していなかっただろう。

 どうすれば自分は勝てただろうか。

 考える。

 いつまでが優勢だっただろうか。否、優勢な瞬間など無かった。最後の最後までアールとカジャクトは互角の読み合いをしていたはずだ。では、最後の最後の結末として、なぜ負けたのだろうか。

 カジャクトが重力魔術によって、アールの足が滑ったからだ。

 何故滑ったのだろうか。下段からの切り上げを行ったからだ。標的が上にあったから、片足を軸にして踏ん張らなければ、両断できなかった。

 何故、足の滑りやすい下段からの切り上げを行ったのだろうか。カジャクトが首を持ち上げ、上段の間合いが死んだからだ。

 なぜカジャクトは首を上げたのだろうか。以上を考えた上で、アールに下段構えをさせるためだ。

 では。

 もし、最後まで上段だったらどうなっただろうか。

 斬撃は致命打に届かず、やはり敗北しただろう。

 五分五分の勝負などと、おこがましい。

 たった一手、首を上げるという行動だけで、アールはカジャクトの必勝の策に嵌ってしまったのだ。

 それに気付けずにまんまと下段に構えなおすなど、なんと情けないことか。

 出来る事なら、やり直したい。もう一度、尋常の勝負を挑みたい。

 だがリベンジしようにも、次回は無い。自分が殺してしまったのだから。

 いや、とアールは首を振る。

 例えリベンジできなくとも、カジャクトに勝てる方法を模索すべきなのだ。

 と、そこで最初に戻る。なぜ負けたのか。どうすれば勝てたのか。

 アールは堂々巡りの思考に陥っていた。


 ふと目を開けると、そこには見慣れたメイド服をきた女と、ボロボロのマントを身に纏った少女が立っていた。

 アールは驚いて立ち上がった。肩や頭の上に乗っていた小鳥がバサバサと飛び立つ。

「シャイナさん! いけませんよ! まだ立ち上がっちゃ……」

 シャイナはその必死な表情に面食らったものの、すぐに破顔して答える。

「もう大丈夫よ。お医者様のお墨付き。まだちょっと痛いけどね」

「そうなんですか? 一日や二日で直るような怪我には見えませんでしたが………」

 アールはそこで体に違和感を覚え、くっと伸びをした。まるで一日中寝ていたような感じだった。

 シャイナは呆れ顔で「あのね」と、アールに言葉を返す。

「あなた、私が入院してから何日経ったと思ってるの?」

「何日って、まだ二日も経ってないじゃないですか」

「……本気で言ってるの?」

 シャイナとチキは信じられないという表情で顔を見合わせた。

「……あ」

 アールも、そこでようやく、自分が相当な時間をこの石の上で過ごしてきたことに気が付いた。

「ああ、すいません、考え込むと時間が経つのを忘れてしまいまして……そういえばお腹も空きましたね。どれぐらい経ちましたか?」

「一ヶ月よ。死んでるじゃないかって心配したわよ」

「はは、一ヶ月で死ぬわけないじゃないですか」

 シャイナは割りと本気で死んでいるかもしれないと考えていたのだが、アールはそれを冗談と受け取った。なにせ、仮にも不死魔王の息子だ。

 不死魔王と言っても長い寿命と凶悪な再生能力があるだけだから、完全に死なないというわけではないが、餓死したければ、一年ぐらいは飲まず食わずでいなければなるまい。

「そレでアール、一ヶ月も瞑想して、悟リは開けたのか」

 チキが居眠りをしていた相手に「よく眠れたか?」と聞くような調子で言う。

 アールは真顔で答えた。

「まさか、考えれば考えるほど、僕が生きていて、カジャクトが死んだという事実がわからなくなっています」

 遠い目をして「なんで生きてるんでしょうね僕は」なんて呟くアールに、シャイナはおずおずといった感じで声をかける。

「ねえ……アール、怒ってる?」

「何をですか?」

「……あの時、飛び込んだこと」

「あの時って……」

 アールは「ああ」と一言呟き、ゆっくりと首を振った。

「僕は、シャイナさんこそ怒ってると思っていましたよ」

「私が?」

 シャイナは首をかしげた。予想外の答えだった。

「どうして? 私は騎士の名誉ある決闘を邪魔したのよ?」

「それ以前の問題ですよ。僕は約束を破ってあそこに戻ってきたんです。それでシャイナさんが怪我をしたのですから。約束を破るような奴に騎士の名誉を語る資格なんてありませんよね」

「そうね……でも私が邪魔したことは確かだし……お互い様なのね」

 シャイナはそういいつつも、ほっとしていた。

 この一ヶ月。ずっと不安だったのだ。アールが見舞いに来ないのは、自分のしでかした事で立腹しているからではないかと。

 自分は何かを台無しにしてしまったのではないかと。

「僕は命を救ってもらったんです。決闘のことと差し引きして考えても、感謝が勝りますよ。僕らの血族はそう簡単に死なないがゆえに、死を何よりも恐れていますからね」

 アールとて例外ではない。

 だからこそ、強烈な自己暗示で自分を封じ込めて王竜王との戦いに臨んだのだ。

 覚悟だのなんだのは方便に過ぎない。

 不死性を持っていることと死を恐れないことは別物なのだから。

「騎士の名誉に関しては、あの時にチキさんに激励されたお陰で吹っ切れましたしね」

「……む?」

 チキは「自分は何か言ったかな?」と本気で考えたが、すぐに腕を組んで大きく頷いた。

「チキは凄腕の殺し屋だからな」

 アールも笑って「そうですね」と頷いた。

 そして、すぐに真顔に戻る。

「僕が考えていたのは、どうすれば勝てたか、という事です。あの時、あの瞬間、いったいどういった行動を取ればカジャクトに勝てたのか……シャイナさんにはわかりますか?」

 突然振られて、シャイナはあの時の情景を思い浮かべる。

 直感的にアールが負けたと思ったのは、カジャクトの動きを読んだわけではなく、待ち構えるカジャクトに対して、アールがある行動を取らなかったからだ。

「え? そうね……単純に考えて、あの重力魔術を受ける攻撃をする時に最初のフェイントを使っていれば、重力魔術を回避して、火炎ブレスを撃とうと首を上げて無防備になった王竜の胸元に剣を突き立てることも出来たんじゃないかしら。それじゃダメなの?」

「……だめじゃ、ないです」

 あっさりと出された正答。アールは自分がフェイント技を使えない事など、恥ずかしくて言えなかった。


 ワァァ………


「ん?」

 と、その時、町の方がにわかに騒がしくなった。

 王竜王の死体が町中をパレードした時と同じぐらいの騒がしさだ。

「多分、ユリアンが剣を完成させたのよ」

 シャイナがそう言うと、チキが歩き出した。

「見に行くぞ」

 二人はその後を追う。

 夕日を背に受けて、うきうきと歩くチキは歳相応だ。

 アールとシャイナはそんな彼女を見ていると、騎士の名誉だの、決闘の勝敗だのなんだのといった事柄が、心底どうでもよくなってきた。

 今、自分たちは生きてここに立っている。それが重要なのだ。


 ★

 

 発表された剣は四十八本。

 あの巨大な王竜からそれだけの剣が生み出された。魔剣とされるもの二十四本、聖剣とされるもの二十四本、聖魔は対であり、それぞれが相反した性能を持つ二十四対の剣。

 その圧倒的な力を持った剣を、剣士たちは喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 しかして、十本は王竜王国へと寄付され、残り三十八本はスポンサーとなった何人もの商人たちに配られた。

 ユリアンは満足げな顔で、剣の発表を終えると、精魂尽き果てた様子でその場に倒れ、力尽きて息を引き取ったように見えるぐらい深い眠りについた。一ヶ月、飲まず食わず休まずで剣を打ち続ければ、屈強な魔族であってもそうなるのだろう。

 実際、そうして打たれた剣に、人々は心奪われた。

 色とりどりの刀身は、それぞれが違う意味をもつ魔力を宿していると一目でわかる。

 淡く発光する、不可思議な形をした剣。

 それらの剣は剣士のみならず、ただの一般人も魅了するほどの力を秘めていた。

 自分でも、あの剣を持てば、と、そう思わせるほどに。

 後に、この剣をめぐって、年間のべ何百人もの死者が出ることになる。

 もちろんこの時はまだ、誰も知らないのだが。


 ★


「すごいものだな、チキのナイフも頼めば打ってもラえルだロうか」

「ちょっと難しいんじゃない? チキちゃんのナイフって変な形だし」

「変なんて言うな、カッコイイだロ!」

「えっ!? かっこいいの?」

 宿に戻ったアールは、そんな会話を聞きながら荷物を片付けていた。

 焼け焦げた甲冑はいつのまにか磨かれていて、放置しておいた洗濯物もいつの間にか綺麗に洗われていて、首を傾げる。

「チキさん、これ……」

「おう、綺麗にしといてやったぞ、感謝しロ」

「ありがとうございます。チキさんはいいお嫁さんになれますね」

 チキは一瞬、顔を真っ赤に染めたが、すぐに「ヘヘン」と自慢げに笑った。

「おう、大きくなったラ貰ってくレ。アールなラ玉の輿だかラな。側室でもいいぞ。チキは老後は楽したいのだ。もっともチキの師匠曰く、殺し屋を妻にすルと、浮気で本気の殺し合いになルから、オススメできないそうだが……チキはそこラは寛大になってやル」

「魔王の妻だって、たまに勇者が襲撃してくるから大変だそうですけどね」

 アールは笑いながらそう言って、ズダ袋に全てを収めて立ち上がった。

 ガチャリと鎧が鳴る。

 チキとシャイナがちょっと話している間に、すっかり旅支度が終わっていた。

 二人はそれを呆気に取られて見つめる。

「アール君、どこに行くの?」

「特に決めてませんけど……そうですね、剣神という人が父を倒したことがあるそうなので、それを倒しに行くのもいいかもしれませんね、いえ、カジャクトの言葉もありますから、一度故郷に帰った方がいいんですかね……うん、どちらにしろ北の方ですね」

「ごめん、言い方が悪かったわね。もう夜だし、旅に出るなら明日にした方がいいんじゃないかしら?」

 シャイナがそう言うと、アールは目をぱちぱちとさせて何やら考えていたが、何を言っているんだとばかりに口を開いた。

「でも、もうこの町でやる事もありませんし、それに……」


 コンコン。


 その時、彼らの滞在する部屋の扉がノックされた。

 こんな夜遅くに一体、敵か? シャイナとチキは瞬時にそう思い、身構えた。まずい、鍵は掛かっていない。逃げ場は窓、と目線で合図しあう。

 今、町に彼女らの敵はいないはずなのだが、条件反射だろう。

「鍵は開いてますよ? どうぞ」

 アールだけがあっけらかんとした顔でズダ袋を床に置き、あっさりと扉を開けてしまう。

 軋んだ音を立てて、ゆっくり扉が開く。

「あなたは……!」

 アールが驚きの声を上げる。

 入ってきたのは、分厚いローブを身に纏い、フードを目深に被った男だった。黒紫色の肌がフードの端から覘いている。一目で魔族とわかる。大きなカバンと、櫂でも入っているのかというほど大きな包みを背負っているのが印象的だった。

「夜分遅く失礼致します、殿下」

 しわがれた声。どこかで聞いた声だったため、シャイナとチキは顔を見合わせた。

 アールはその声を聞いて相好を崩した。

「久しぶりですユリアン。今日はお疲れ様でしたね。体は大丈夫なのですか?」

「勿体なきお言葉で御座います。挨拶が遅れてしまったにも関わらず、こうして体を労わっていただけるなど……あれしきで倒れてしまう、軟弱な身体ではありますが、こうして立って歩いている以上、心配御無用にございます」

 その場に平伏しかねないぐらい低頭な物腰で、鍛冶師ユリアン=ハリスコは深くお辞儀をした。

 アールとユリアンが親しげに言葉を交わしているのを見て、目を白黒させていたシャイナだったが、考えてみれば、アレックス=ライバック魔王の息子なのだから王子だ、魔族の有名人と知り合いであってもおかしくはない。

 ユリアンは、やおら膝をついて頭を地面にこすり付けた。

「町中にて、北神の後継者で不死の血族の少年が王竜王を仕留めた……との噂を耳に致し、遅ばせながら、かのカジャクトめが殿下の父君の仇であると思い出した次第で御座います。それを雑多な有象無象に討伐を依頼するなど、自分の思慮が不足いたしておりました。本日はこうして七重の膝を八重に折って謝罪つもりで参りました。まことに申し訳ありません。このユリアンめの安い頭で殿下の溜飲が下がりませぬようなら、是非ともこの首を落としアトーフェ様の下へとお送りください。かの女王様なら、最も惨めな方法で晒しモノにしていただけるでしょう」

 土下座と長々しい口上に、さすがのアールも度肝を抜かれたが、言葉の内容をよく考慮し、過去の思い出へとつなげた。

「いいんですか? 前に母を怒らせた時には、目的があるから命ばかりは、と……」

「本日、その目的が叶いました。もはや思い残すことはありません」

 静かな、しわがれた声だが、それは満足した男の声音だった。

 深刻な話のようだが、アールはにこやかに笑っていた。

「そうですか、でも気にしないでください。幸い、父上の仇はこの手で討てました」

 そこで、ユリアンは頭を上げる。

「では、やはり、王竜王カジャクトを倒したのは、どこの馬の骨とも知らぬ人間族の若造ではなく、殿下であらせられると? あの憎き竜を倒したと?」

「ええ、決闘の内容は敗戦一色で、とても褒められたものではありませんでしたが、こうして僕が生き、カジャクトが死んだ事実は曲げられませんから、それに……」

 アールがちらりと背後を見ると、シャイナとチキが「余計なことは言わなくていい」と目線を送ってきた。

「父と違い、仲間の存在に助けられました。僕一人では、とてもじゃありませんが、最後まで戦いきれなかったでしょう」

 アールが正直なところを言うと、シャイナとチキは恥ずかしそうに照れていた。

 彼女らにしてみれば、カジャクトとアールの戦いを眺めていただけなのだろうが、アールに言わせれば違う。シャイナが居なければカジャクトに殺されていただろうし、チキが居なければ折れた心は治らなかった。フラウは直接的にアールを助けてはいないが、彼女がいなければ、シャイナやチキは生きていないという話だ。

 だから、驕ることなく言える。

「皆で倒したんですよ」

 アールがそう言うと、ユリアンは目の端に涙を浮かべ、立ち上がり、背中のカバンを放り出し、ローブを脱ぎ捨てると、上半身裸になって、再度その場に平伏した。

 大の男がなにを、と思う所だが、アールはこれがユリアンの一族に伝わる最大級の感謝の作法であることを知っていた。

「此度は親友、カールマン=ライバックの仇を討っていただき、まことにありがとうございました。お陰であの日、カールが王竜王カジャクトに無残にも食われた日に天と地に誓った復讐を果たすことが出来ました」

 そう言って、傍らに放り出した大きなカバンと包みを、自分の前に持ってくる。

 包みを解くと、中から現れたのは一本の肉厚な巨剣だった。

「っ!」

 チキとシャイナは絶句した。

 神々しいとも禍々しいとも取れる無機質な魔力をほとばしらせている剣だった。

 昼に発表されたものとは、格が違った。

「これは?」

「四十九本目にして、最高傑作でございます。冷却液には王竜王の脳髄液を、芯金は肩骨より抽出した魔力にて鍛え、玉鋼は硬骨の髄を煮沸かすことで作り上げ、刃は冠と牙を二対八の割合で溶かし発火管の耐熱効果を利用して、じっくりと焼き入れ、七日七晩、鍛え続けました。他の四十八本など、この一本を作るための練習に過ぎませぬ」

 陰気ながらも自慢げな声に、アールも感歎した。

「これは、確かに凄まじいな……。銘はなんというのですか?」

「王竜剣カジャクト、と名づけました」

 複雑な感情に入り混じった顔を歪め、ユリアンは言い切った。

 幼い頃から魔剣の類を見て育ってきたアールは、剣にさしたる興味も持っていなかったが、その剣だけは違った。

 惹きつけられる魅力があった。

 この剣を手に取りたい。振りたい。何かを斬りたい。

 これが、世の剣士が逆らえぬ、剣の魔性なのだろう。

「それと、これは依頼料でございます。人間族の基準で、子孫数代まで一生遊べる額を用意したつもりですが、いやはや、なんとも殿下に献上するにはみすぼらしいものとなってしまいまして……」

「僕にお金は、必要ありませんしね……」

 アールは差し出されたカバンの中身を見ながら何気なしにそう言い、背後にいる二人に振り返った。

「シャイナさんとチキさんで分けてはどうですか?」

「……えぇ?」「……むぅ」

 二人は明らかに顔を引き攣らせていた。

 汚らしいカバンにギッシリと詰め込まれていたのは、この辺では見ないような種類の硬貨だった。表面には軽く文様が刻まれているだけで、どこの国が発行しているものかすらものわからない。それどころか、見た事もないような金属だ。

 シャイナもチキも、この硬貨は『使えない』と一目見て判断した。

「チキは別にいラんな」

「私は剣とか鎧とか買いなおさないといけないからお金が入用だけど、でも私が受け取るわけにはいかないわね」

 難色を示す二人に、アールはほっとした顔をした。

「そうですか」

「何か、嬉しそうね?」

「人間族はお金に汚い方が多いと聞いていたので、お二人が違うと聞いて、なんだかほっとしました」

 アールはそういいながら、カバンの蓋を閉めると、ユリアンに手渡した。

 シャイナもチキも、表情には出さなかったが、内心では「金に汚いと思われなくてよかった」とほっとしていた。

 ユリアンは折角の報酬を突き返されて困った顔をしていたが、

「ユリアン。そういうことですので、コレで二人に剣とナイフを打ってくれませんか?」

 との言葉で、納得したように頷いた。

「たやすい御用です。材料も僅かに余っていますし、今晩にでも打ち終わって、明朝に届けましょう」

「手抜きしないで下さいよ?」

「当たり前です。しかしながら、最高の剣はもう作ってしまいましたから、あまり過度な期待はなさらないでください」

 シャイナとチキが、先ほど見た金属が高価な武器に使用される非常に稀少なもので、古い鍛冶師の一部が、そういった金属を金銭としてやりとりするという話を思い出したのは、ユリアンが二人からどんな武器が入り用かを細かく聞き、足早にいなくなって、しばらくして、寝る直前のことであった。

 

 ★


 翌日。

 アールは町の外にいた。

 目指すは北。中央大陸の北西に位置する魔大陸だ。

 父の仇を討ったこと、母の戦友を討ったこと、王竜王は四十九本の剣に姿を変えたことを報告しなければならない。手紙でもよかったが、大事なことは、やはり自分の口から確実に伝えるべきだろう、との判断だ。

 魔大陸への道を考える。

 王竜王国からはミリス大陸への船便も出ているが、ミリス神聖国は魔族を目の敵にしているし、ミリスの北に位置する獣族の森も、魔族が抜けようと思えばいらない苦労をするはずだ。あの大陸は魔族に優しくない。アールは見た目人間族寄りだが、ユリアンのように、気付く者は気付くだろう。

 なら、やはり来た道と同じ、死の荒野を抜けて、海沿いを移動して船に乗るのがいいだろう。来た時と代わり映えのしない道になるが、なに、道は往復して覚えるものだ。

「アール~~~!」

 アールがそんな事を考えながら荒野に向かって歩き出すと、背後から高い叫び声が聞こえてきた。若干、声音に怒りが混じっている。

 振り返ると、新品の鎧を着込み、新品マントをはためかせたシャイナと、相変わらずのボロマントに身を包んだチキがこっちにむかって走ってきていた。

 シャイナの腰にある、真新しい剣を見て、アールは笑顔になった。

「ああ、よかった。二人とも、ちゃんと剣を打ってもらえたみたいですね。ユリアンはああ見えて時間にルーズですから。それにしても彼が期限どおりに仕上げるなんて、本当に手抜きしていないといいんですけど……」

 二人はアールの近くまで来ると走るを止め、荒い息を整えた。かなり急いで走ってきたらしい。

「何か、忘れ物でもしましたかね」

 忘れて困るようなものは持っていなかったはずだが、と思いつつ聞くと、シャイナは荒い息をつきながら、ぎろりとアールをにらんだ。

「別れも……言わずに、置いて、行こうとするなんて……酷いじゃない」

「なるほど。それは失礼しました。昨日の夜の時点で別れは済ませたと思っていましたが、よく考えれば途中でしたね」

「分かレばいい……」

 チキは汗の出ている額を袖で拭う。土ぼこりのせいだろうか、茶色い跡がつくのを、シャイナが見咎めて、懐からハンカチを出して拭った。

 アールはそれを見て、まるで歳の離れた義姉妹のようだな、と思った。

「僕はこれから死の荒野を越えて、海沿いに伝って一旦魔大陸に帰ろうと思います」

 カジャクトが死んでも、死の荒野は元には戻らない。何百年もかけて、ゆっくりと魔力が抜けるのを待つしかないのだ。

「死の荒野を抜けるのは難しいわね……急いでるの?」

「いえ、単純に最短距離だからですよ。王竜山を回りこむと一月ぐらい時間かかっちゃいますからね。それに、僕ならあの荒野を飲まず食わずでも踏破できますし」

 さも当然そうに言うアールに対し、シャイナは口を尖らせた。

「僕ならって、私たちはどうするの?」

「え?」

「私たちの事も考慮してくれないと困るわよ。それとも、また前みたいに倒れたら運んでくれるの?」

 シャイナがおどけて言うと、アールは首を捻って三秒ほど考え込んだ。

 一つの結論に到達する。

「………………付いてくるんですか?」

 そう聞くと、シャイナは悲しげな表情になった。

「だめなの?」

「だめじゃありませんけど、シャイナさんもチキさんも、この国にはなにか目的があって来たんでしょうし、いいんですか?」

 チキは憮然とした即座に答えた。

「チキの仕事はアールが寝こけてル間に終わったからオッケーだ」

 組織がつぶれて依頼主が死んで、曖昧なまま仕事が流れただけなのだが、終わったことには変わり無いのだ、とチキはそう思っていた。

「あ、そうなんですか。シャイナさんは?」

「私は騎士だから、目的といっても王竜王国の騎士団に志願したかっただけだもの。そのために王竜討伐に参加したんだけど、でも王立騎士団も無くなってしまったし……」

「町か王都で待ってれば、また新しく立ち上げるんじゃないんですか?」

「そうね、でも青豹の話……は、アール君は聞いてないか。もうすぐカスパール王国が王竜王国に侵攻してくるみたいなのよ」

 ということは、募兵があるということだ、とアールは察して、

「丁度いいじゃないですか」

「あのね、王立騎士団を失った王竜王国じゃ、原豹傭兵団のついたカスパール王国に勝てないわよ。これから無くなる国の騎士になったって、しょうがないじゃない?」

「それもそうですね……じゃあ他の国を探すんですか?」

「死神騎士っていう悪評を聞いてまで雇ってくれる大国なんて王竜王国以外に無いわよ。……あーあ、いっそ、アール君のところで雇ってもらえないかしら?」

 冗談まじりで言った言葉だったが、アールは真面目に受け取った。

「そういうことなら任せてください。母もあれで騎士とか雇うとなると難しい顔すると思いますけど、なんとか説得してみますけどシャイナさんの努力も……あ! でも『不死魔王配下の死神騎士』って何かかっこいい響きですね。そのへんをアピールポイントにして攻めていけば、母はかっこいいモノ好きだから大丈夫ですよ」

「おいアール、折角だかラ、チキも雇え。チキも丁度職を失ったとこロだ」

「チキさんもなんですか? 暗殺部隊に空きがあればいいんですけど……」

「なんなラ、城付きの侍女でもいいぞ」

「あはは。じゃあ、遠回りになりますけど、王竜山を迂回するルートでいきますか」

 そうして楽しげに会話しながら、三人は旅を始めたのだ。


 『王竜王討伐』という一つの物語が終わり。

 『新説・北神英雄譚』という物語が始まる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 本編でミグルド族の村でロキシーの父親から渡された剣はシャイナがユリアンから打ってもらった剣では?
[一言] 執筆ありがとうございました。
2021/02/26 21:51 退会済み
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