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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
4/26

4話

修練場でのやり取りから暫く後、王都のメイン通りの一角にルイトとシシルの姿があった。

ちょうど昼を過ぎた頃だったこともあってか、王都のメイン通りは賑わっている。

雑貨、洋服、果物、装飾品。

様々な店が立ち並ぶ通りには、多くの人々が行きかっている。

二人は町民の衣装に身を包み、人で賑わうメイン通りを手を繋いで歩いていた。

流れに押されることなく歩き、時々流れを上手く避けて立ち止まっては店先の商品を手にとってみたり、店内を覗いたりして、会話をしている。

その慣れた様子から、これが初めてではなく既に何度もこうして外を歩いてることが伺えた。


「どうだい、買ってかないか?今なら安くしとくよ」

「あー、そうだな……」


店先に並べてある商品を手に取りしげしげと眺めるルイトに、店員だろう中年の男性が声をかける。

今、ルイトが手に持っているのは木をくり抜いて作られた横笛だ。

横笛には精巧とは言い難いが、それなりに味のある細工が施されている。

横笛は既に持っているし、王太子宮にはこれより素晴らしい物が沢山あるのだが、こうして店に並んでいるのを見ていると一つくらい買ってもいいかと思ってくるから不思議だ。


「ルート様、」


そんなルイトを横で見ていたシシルが、(たしな)めるように名前を呼んだ。

ちなみに今現在、二人は偽名を使っていてルイトはルート、シシルはシシィと名乗っている。

偽名というか愛称そのままなので、厳密には偽名とは言えないだろうが。


「分かってる。無駄遣いすんな、だろ?」


横目でシシルを見やり、ルイトは苦笑する。


「はは!尻に引かれてるな!」


二人のやり取りを面白がるように店員がからかうと、シシルは真っ赤に頬を染めた。


「なっ、尻になんて引いてません!」


恥ずかしそうに反論するシシルを見て、ルイトはニヤリと口元を持ち上げる。


「分かるか?頭が上がらないんだ」

「な……、ちょ、ルート様!?」


慌てた様子のシシルとは逆に、店員はうんうんと頷いた。


「大変だなぁ」

「惚れた方が負けって言うからな。仕方ないさ。――てことで、今回は買うのは止めておく」

「そうか、残念だ。ま、元々この店のもんじゃ、あんたが普段使ってる物の足元にも及ばないだろうがね」


嫌味なく言われた言葉に、ルイトは苦笑を返すに止めた。

今、二人が身にまとっているのはルイトが短衣に長ズボン、シシルが短衣に膝下丈のスカートというごく一般的な町民の服だ。

だが、だからといって、ルイトが町民の中に紛れられるかというと、そういうことはない。

服装は簡素にしていても服自体が新品同様に綺麗な物であり、立ち振る舞いにしても平民というには無理がある。

隠しきれないなら、最初からある程度はバラしてしまった方がいい。

下手に隠そうとするから不自然さが目立つのだ。

そういう考えもあり、今ではルイトが身分ある者であるということは公然の秘密だ。

ただし、さすがにルイトが王太子であることまではバラしていない。

外ではルイトは地方貴族の息子であり、シシルはその家の使用人という設定だ。

変装と言っても服装を変えただけなので、二人を知る者が見ればバレバレではある。

が、王族が大っぴらに城下にいるというのは、色々と触りがあるらしいので、これはその最低限の対策というか、苦肉の妥協案であった。

しばらく店員とたわいないやりとりをして、店を出る。

メイン通りに戻って歩き出せば、いろんな場所から声がかかった。

何度も通っているためか、顔見知りになっている店員もいるのだ。


「――次の曲がり角で撒くぞ」


外に並べられた商品に顔を向けて眺めなる振りをしながら、ルイトが囁いた。

それに小さく頷いて、シシルはしっかりと前を向く。

曲がり角まで、後30メートルほど。

声をかけてくる人たちに笑顔で返事を返しながらゆっくりと角を曲がり――、


「こっちだ!」


地面を力一杯に蹴って、脇の小道に駆け込んだ。

そのままシシルの手を引っ張って走るルイトの後について、裏道とも言えないような家々の隙間を走る。

三回ほど方向転換した辺りで、後方から「探せ!まだ近くに居られるはずだ!」という護衛たちの叫びが聞こえた。


「撒いた……か?」

「そのようですね」


後ろからの声が聞こえなくなった辺りで、二人はようやく走るのを止めた。


「まったく。いつもいつも、外へ出るたびに付いて来て――鬱陶しい」

「ですが、彼らはそれが仕事ですから」


路地裏を進みながら、二人は話す。

ルイトは王太子である。

外へ出るとしても、単身で出すわけにはいかない。

変装をしているとはいえ、何があるかは分からないのだから、護衛がつくのは当然のことだ。

が、自由に回りたいルイトはそれを嫌った。

せっかく城の外に出るのだからシシルと二人で行動したい、というのがルイトの主張。

とは言え、護衛たちもルイトの身を守るのが仕事だ。

主張を受け入れて仕事を放棄するわけにはいかない。

それを分かっているので、ルイトも文句は言うもののそれ以上のことをすることはない。


「あいつら、元気にしてると思うか?」

「久しぶりですからね、どうでしょう?」


それなら、なぜ()く必要があるのか。

それは、二人が今から行こうとしてる所に問題があるからだ。

町の外部に出来てるスラム。

そこに二人の目的の場所がある。

エスタント国はそれなりに豊かな土地の国だが、貧富の差は存在し、スラムもある。

治安の悪いスラムにわざわざ行くことを許可する護衛はいない。

いるとしたら、よほど自分の腕に自信のある者か、職務怠慢な者だけだろう。

それを分かるからこそ、護衛を撒くという強攻策を取るのだ。

目的の場所は、スラムに入ってすぐの所にある。

路地裏から入り組んだ道を歩み、そこからさらに裏道へと抜け――辿り着く。

古い木造二階建ての家で、家の前の道では十人近くの子供たちが楽しそうに遊んでいた。


「あ、ルートさまだ!」

「シシィさまもいる!」


近づいていくと、ルイトたちに気付いた子供たちが声を上げた。


「院長先生ー!ルートさまとシシィさまが来たよー!」


子供の一人が建物の中に向かって叫ぶ。

それからほどなくして、中から初老の女性が姿を見せた。

白髪混じりの栗毛の、小柄な女性だ。


「まぁまぁ、よくいらっしゃいました」


この孤児院の院長である老女は、ルイトたちに向かって柔らかくほほ笑んだ。



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