15話
(――やられた……)
会場の入口に立ったシシルは、心の中で顔を歪めた。
王太子妃の主催するお茶会は、王太子宮のバラ園で開かれていた。
バラ園は、正しく今が盛りのようで、沢山の薔薇がその美を競いあっている。
華麗という文字を体現したような赤薔薇に清楚の中に堂々とした威厳を主張する白薔薇。
他にも桃色や紫、青、黒、黄。
さまざまな薔薇が咲き誇っている。
そんな中で――。
「妾妃のシシル様よ」
「あら、今頃いらしたの?」
「私、てっきり呼ばれていらっしゃらないんだと思ってたわ」
「私も」
ヒソヒソとシシルに視線を送りながら囁き合う令嬢たち。
その言葉たちは、もちろん、話題の中心であるシシルにも聞こえてきていた。
というよりむしろ、聞こえるように彼女たちがわざとシシルの耳に届くくらいの大きさで話しているのだろう。
胸の内でそっと、溜め息を吐く。
シシルが会場に着いてまず最初に目にしたのは、バラ園の中に点在するいくつかのテーブルで、お茶を飲みつつ、楽しそうに歓談する令嬢たちの姿だった。
そう、シシルが会場に着いた時には、すでにお茶会は始まっていた。
メイドから告げられたお茶会の開始時間は、三時から。
それは間違いない。
その場でしっかりと復唱してメイドに確認したし、忘れないようメモにも残したのだから。
そして、シシルはちゃんと伝えられた時間通りに来た。
なのに、お茶会はすでに始まっている。
会場の様子からして、中盤に差し掛かっていそうな雰囲気だ。
取り敢えず、開始直後という感じではない。
そうなってくると、考えられるのは三つ。
直前になって時間が変更になったか、伝えに来たメイドが間違った時間を覚えていたか、メイドが故意に違う時間を伝えたか。
いずれにせよ、シシルに対して悪意があるのは明白だ。
まず一つ目であれば、時間が変更になったのに、それを誰も伝えに来ないのは可笑しい。
二つ目なら、メイドが間違って覚えていたにせよ、お茶会の準備をしていればいずれその間違いに気付くだろう。
それに、シシルは復唱して確認まで取っているのだ。
伝えた時間が間違っていたと気付いた時点で訂正に来るのが普通だ。
それがないというのは、やはり可笑しい。
三つ目は――、語るまでもない。
招待状ではなく、メイド伝にお茶会の誘いを受けた時点で、警戒しておくべきだった。
シシルは内心で歯噛みする。
メイド伝であれば、証拠は何も残らない。
文字として記録に残っているならともかく、口頭で伝えられただけとあっては、どうとでも言い逃れがきく。
口裏をあわせて惚けられてしまえば、それまでだ。
もし仮に、誰かがシシルが間違った時間を伝えられていたことを証言してくれたとしても、結果はあまり変わらない。
伝えに来たメイドが勝手にやったことだと言われてしまえば、それまで。
そもそもハメられたことを主張するメリットが、シシルには殆どない。
まず言いがかりをつけていると逆に責められる可能性が大きいし、信じてもらえたとしても悪意を向けられている事実は変わらない。
それに、もしもそのことでマリアベルの勘気に触れ、母国に報告でもされたら?
同盟に悪影響でもあったとしたら、どうしたらいいのか。
結局、警戒を怠ったシシルには、周囲からの侮蔑の視線と嘲笑を甘んじて受け入れるしかない。
震えそうになる体を拳を握り締めることで抑えて、シシルは会場の中へ足を踏み出した。
国内の有力貴族の娘は全員参加しているのではないだろうか。
会場であるバラ園は、たくさんの令嬢で溢れていた。
シシルが一歩進むたび、前にいた令嬢たちが一人、また一人と道を開け、奥へと続く一本の花道が出来る。
くすくすくすくす。
笑い声が溢れる中を、シシルは進む。
真っ直ぐに前だけを見て。
止まることは許されない。
――これは、自分が選んだ道だ。
花道の終わりには一人の女性が立っていた。
色鮮やかな深紅のドレスに身を包んだその女性は、真っ直ぐに花道を歩くシシルを見つめている。
令嬢たちの笑い声は、いつの間にか止んでいた。
腰を締め付けるような彼女のドレスは、豊かなのに引き締まった完璧ともいえるプロポーションを余すことなく見せつける。
真っ赤なドレスから伸びるすらりとした腕は染み一つなく、透き通るように白い。
そして緩やかに波打つ金髪と、長い睫毛に縁取られた碧の目。
波打つ金の髪が、日の光を反射して黄金のごとき光を放っている。
(この方がルイト様の正妃、マリアベル様……)
シシルは片足を引き、ドレスの裾を摘んで、淑女の礼をとる。
「遅れて申し訳ありません。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
頭を垂れたシシルが顔を上げるのを待って、お茶会の主催者であるマリアベルは口角を釣り上げ、悠然と微笑んだ。
「来てくれただけで嬉しいわ。――ようこそ、私のお茶会へ」




