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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
12/26

12話 祝賀パーティー

王太子宮にある、式典の広間。

そこで、エスタント国の王太子とオズワルド国の王女の婚姻を祝う、祝賀パーティーが盛大に開かれていた。


「このたびの婚姻、誠におめでとうございます」


(――何がめでたいものか)


招待客からの祝いの言葉を聞きながら、ルイトは胸の内で毒づいた。

ちなみにこの場に王と王妃の姿はない。

どちらも急な体調不良で欠席、だそうだ。


(バカバカしい……)


「私たちを祝うために集まってくださったのですから、もう少しにこやかになされてはいかがです?」


眉こそ寄せてはいないものの、とても嬉しそうとは言えない表情のルイトに、隣に座るマリアベルが顔を正面に向けたまま注意する。

声を潜め、ルイトだけに聞こえる声量で囁くマリアベルの表情は、幸せ一杯というような笑顔である。

目を細め、口角を持ち上げて作ったその笑みに、先ほどからホールにいる何人もの男性客が感嘆の息を漏らしている。

そんなマリアベルの笑みを横目に、ルイトは鼻で笑う。


「はっ、嬉しくもないのに笑えるか。隣に座っているだけ、有り難く思え」

「な――」


傲慢とも言えるルイトの言葉に、マリアベルは言葉を失った。


(この男……!)


怒りで震えそうになる体を押さえ込んで、隣に座るルイトを睨む。

ルイトはマリアベルを一瞥するとニヤリと口端を釣り上げた。


「ほら、周りが見てるぞ?」


そんな顔をしていていいのか?

楽しげに言うルイトに、マリアベルはハッと今自分のいる場所を思い出した。

いつの間にか、先ほどの招待客はいなくなっている。

だが、会場にいる多くの者たちからの視線が、今日の主役の一人であるマリアベルに突き刺さっている。


「っ」


慌ててマリアベルは表情を取り繕う。

再び笑顔を浮かべたマリアベルの前に、次の招待客が進み出た。


「頬が引きつってるぞ。猫を被っている奴は大変だな?」


くっと喉を鳴らして、ルイトが笑う。

招待客からの祝辞を笑顔で受けているマリアベルは、その笑顔の下でギュッと拳を握り締めた。



◇◇◇◇◇



「王太子殿下と王太子妃殿下に乾杯!」

「「かんぱーい!」」


ホールでは祝福の声と共にグラスが掲げられ、同時に城の中庭から夜空に花火が打ち上げられた。

人々の感嘆の声が上がる。

その片隅で、招待客である近隣の王族や高官からの祝辞を受けている主役二人の姿を眺めながらアルバは安堵のため息を漏らした。


「何とか無事終わりましたな」


グラスを掲げ、騎士団長であるヴァーグが話しかけてくる。

今では将軍位まで上り詰めたヴァーグは、アルバが官吏(かんり)として王宮に入るのと同時期に騎士となった、いわば昔馴染みだ。

服で隠しきれない皮膚にいくつも走る古傷が、彼が歴戦の(つわもの)であることを知らせている。


「殿下のことですから、最後にもう一騒動――くらい考えていたんですがな。いやー、何もなかったようで何より」


ガハハと豪快に笑うヴァーグに、アルバは苦笑した。


「どうやら、シシル様がお止め下さったようです」


ヴァーグの笑い声がピタッと止んだ。


「シシル様が……。そういえば、シシル様は今どちらに?」

「自分が出て行っては気を使わせるだけでしょうから、とお部屋に」

「そうですか。まぁ、その方が正解でしょうな。何もわざわざ出向いて気を悪くする必要はない」


アルバは神妙に頷く。

ルイトとマリアベルの婚姻を祝うこの場では、妾妃であるシシルは歓迎されない存在だ。

元々、貴族たちはルイトが平民のシシルを妾妃にしたこと自体をよく思っていない。

出席しても辛いだけだろう。

そのような場にわざわざ出向く必要はない。


「こうして殿下が正妃を娶られた以上、今までのようにはいかんでしょうな」


ホールを見渡しながら、ヴァーグが呟く。

マリアベルという正妃を娶った以上、これまでのようにルイトがシシルだけを愛することは難しい。

本人がいくらそう望もうとも、周りがそれを許さないだろう。


「そうですな。ですが、こればかりは我々が気を揉んでもどうにもなりませんからな」


すでに婚姻は成立してしまっている。

あとは当人同士で折り合いをつけていくしかないのだ。

同盟を結んだ以上、破棄することは出来ないのだから。


「いや、年を取ると色々と心配事が増えてかないませんな」


ハハハ、と笑ったヴァーグに、沈みそうになった気分を引き上げられ、アルバも笑い返す。


「では、私はそろそろ部下たちの激励に行ってきます」


ヴァーグの部下たちは、今日のホールの警備に当たっている。

ホールの中央へと進んでいくヴァーグを見送り、アルバは小さく息を吐く。

会場の中は、笑顔で談笑する者たちで溢れかえっている。

ルイトとマリアベルの婚姻を祝うために集まった者たちの中で、一人だけ暗い表情をするのは場違いだろう。

心配ばかりしていても、結局はなるようにしかならないのだ。

なら今は、素直にこの婚姻の成立を祝うべきだ。

そう意識を切り替えて、アルバがヴァーグに話しかけられる前に見ていた場所へ視線を戻すと――、


「!」


先ほどまで確かにあったはずのルイトの姿が、マリアベルの隣から忽然と消え去っていた。



◇◇◇◇◇



「あー、疲れた!」


細かな細工の施されたソファーに勢いよく腰かけたルイトは、苛立たしげな様子を隠すことなく乱暴に髪を掻き上げた。

同じような動作を何度か繰り返していたのだろう、綺麗に整えられていただろうその髪が今ではすっかり崩れてしまっている。


「宜しかったんですか?出てきてしまって」


一人掛けの椅子に座っているシシルが、心配そうにルイトを見る。


「必要な挨拶は全て終わってから出てきてるんだ。とやかく言われる筋合いはない」


どうせ、来賓たちの目的は美姫と謳われるマリアベルを見ることだろう。

あの女も周りからチヤホヤされてまんざらでもないようだったし。

あの場にはアルバの他にリオンやマクベルもいる。

放置しても大して問題はない。

というか、あれ以上あんな堅苦しい場にいたくはない。


「で、お前はさっきから何をしている?」


困ったように笑うシシルに顔を向け、ルイトが問いかける。

彼女は先ほどからチクチクと膝の上で針を動かしていた。


「これですか?」


膝から布を持ち上げて、シシルは首を傾げた。

ルイトは小さく頷いて、先を(うなが)す。


「孤児院の子供たちに作ってるんです。アルバ様に端切れを沢山頂いたので、これに刺繍したらハンカチに使えるかと思って」

「端切れに刺繍、な……」


言いながら、ルイトはシシルが持ち上げた布をじっと見つめる。


「……欲しいんですか?」


子供たち用ということで、花や子猫などなるべく可愛らしい模様だ。

ルイトが気に入るとも思えないが。

そう思いながらもシシルが聞けば、ルイトは嫌そうに顔を(しか)めた。


「そんなガキっぽい刺繍のハンカチをか?」


不機嫌な様子のルイトに、シシルは内心で首を傾げる。

パーティーのせいで機嫌が悪いのかとも思うが、何か違う気がする。


「そもそもあいつらと同じ物なんているか。……作るなら、俺だけのために作れ」


ふてくされた様子で顔をそむけるルイトに、シシルは目を瞬かせた。


(ああ、それで拗ねてたんだ……)


くすくすと笑みが漏れる。

他の奴らと一緒にされるのは、面白くない。

そんな感情がありありと伝わってきた。


「はい。子供たちにあげる分が終わったら、ルイト様だけのために作りますね」


言いながらも笑いが収まらない様子のシシルに、ルイトが憮然とした表情を向ける。

だが、それがさらにシシルの笑みを誘ってしまう。

くすくすと笑い続けるシシルに睨んでも無駄だと悟ったのか、ルイトは諦めるように一つ息を吐くとポンとソファーの上を叩いた。


「……それよりもシシル。こっちへ来い」

「何ですか?」


笑うのを止め、促されるままにルイトの隣に座ると、ルイトはシシルの膝の上に頭を落とした。

ルイトの両足はいつの間にか肘掛けの上に乗せられて、完全に膝枕の体勢だ。


「ルイト様?」


不思議そうにルイトを見下ろすシシルを、真っ直ぐに見上げる。


「俺といる時は俺に構え」


告げられた言葉にシシルは僅かに目を大きくさせ、そしてすぐに柔らかく微笑んだ。


「――はい」


膝の上にあるルイトの髪に指を通す。

サラサラと流れる漆黒の髪。

硬質そうな直毛の髪は、予想に反してとても柔らかだ。

シシルはいつも自分の髪と比較して、ついつい気落ちしてしまう。

シシルの髪は赤茶けている上に癖毛で、きちんと手入れをしないとすぐに跳ねてしまう。

そんなシシルの髪をひと房、愛おしそうにルイトは掴む。


「ルイト様?」


髪を引かれ、覆いかぶさるようにシシルの顔がルイトに近づく。

至近距離に近づいたシシルの目を見て、ルイトは口を開いた。


「ずっと傍にいろ」


たくさんの思いの篭っていそうな言葉だった。

祝賀パーティーで、何か思うところがあったのだろう。

傍にいろ。

俺から離れるな。

揺れる瞳が、シシルに訴えていた。

何があったのか、シシルは知らない。

それでも、シシルの答えは一つだ。


「はい。ずっと、ルイト様のお傍におります」


シシルの返事に、ルイトは満足そうに目を細めた。



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