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王と妾妃の愛物語  作者: 一乃松可奈
1章 王太子宮
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1話 夢の終わり

「王と妾妃」とタイトルをつけときながら、まだ王じゃありません。


てか、王になるまで先が長そうです……。


「今度、正妃を娶ることになった」


夕方、シシルの部屋に苛々した様子で訪れたルイトは憮然とした声で告げた。

ルイトはシシルの暮らすエスタント国の王太子だ。

いつか、来るだろうと思っていた。


「正妃を……」


だが、それを告げられてシシルは何と返答すればいいのか分からなかった。

答えを探すように、シシルは視線を下に落とす。


シシルは現在、王太子宮に住まう唯一の妃だ。

妃とはいえ、シシルの身分は正妃ではなく妾妃である。

元々シシルはメイドだった。

シシルの母親が城で住み込みで働いていたメイドだったため、シシルもまた生まれた時より城の中で育ち、10歳になった頃からはシシルも母親と同じようにメイドとして働くようになった。

本来、王族や貴族というような立場の存在はメイドと馴れ合うことを良しとしない。

シシルの母親は城で働くメイドではあったが、メイドにも序列という物が存在する。

シシルの母親の序列は決して高くはなかった。

最下層とまではいかないが、それに近い物がある。

着替えや食事の手伝いをするような傍付きのメイドではなく、王太子宮内の掃除や王子たちの衣服を洗濯する、メイドの中でも裏方のメイド。

当然、王子やそれに連なる高貴な方々と顔を合わす機会は皆無に等しい。

さらに言えば掃除や洗濯は汚れ仕事とされ、高貴な身分の方々にそれを見られることはいけないこととされる。

だが、そんなことは幼い子供に分かることではない。

王太子であるルイトと裏方のメイドの娘であるシシルは、恐れ多いことに所謂――幼馴染みという関係だ。


(私に、何が言えるというの……)


今でさえ、有り得ないほどに幸運だと思っているというのに。


「何か言うことはないのか?」


苛立ちのままソファーにドカッと腰掛けたルイトが、隣に座るシシルを射抜く。


「っ、……正妃には、どなたが?」

「……オズワルドの王女だ」


何か嫌なことでも思い出したのか、ルイトの眉間の皺がさらに深くなった。


「オズワルドの……」


オズワルト国といえばこの近隣では大きな国ではあるが、確かエスタント国とは先王の時代から続く不仲だったはずだ。


「今度、オズワルドとエスタントで同盟を結ぶことになったんだ。その証だとさ」


シシルの疑問に気付いたのか、ルイトが簡単に説明する。

同盟の証。

それではますます何も言えないではないか。


「同盟するのは、別にいいさ。だが、何で俺があそこの国の姫と結婚しなきゃいけねぇんだよ!」


苛立ちのままに吐き捨てるルイトの言葉に、シシルは黙って耳を傾ける。


「嫌だって言ってんのに、あのクソ王……!普段、こっちの顔見りゃビクビクしまくってるくせに……っ」


既に何度も反論したのだろう。

それでも、聞き入れられなかったのだ。

ルイトの父である、エスタント国の現国王はどういうわけか実の息子であるルイトを苦手としている。

シシル自身は直接会う機会がないので人伝てに聞いた話でしかないのだが、どうも国王の方がルイトを避けてあまり会話をしたがらないようだ。

その国王が、ルイトの言葉を跳ね除けるのだ。

それほど今回の婚姻が重要なのだということが伺える。


「……さっきから何も言わないが、シシルはどう思う?」


黙ったまま目を伏せていたシシルが気に入らないのか、ルイトがふいに矛先を変えた。


「どう、とは?」


顔を上げると、シシルを真っ直ぐに見つめるルイトと目が合った。

長い睫毛に縁どられた、強い意思の宿る漆黒の瞳。

形よく整えられた、凛々しい眉。

程よく日に焼けた、健康的な肌。

襟足の短い、直毛の黒髪。

全てのパーツが収まるべき場所に収まって、ルイトはとても綺麗だ。

彼を見るたび、シシルは思う。

こんな綺麗な人が自分のような者を好きになったくれたことは奇跡だ、と。



ルイトは14で成人すると同時に、メイドであったシシルを妾妃にした。

周りからの反対をことごとく押し切った形で。

無理にシシルを妾妃としたことで、古くからの重鎮たちを大切にしている国王との確執がより強くなった。

妾妃になって二年。

ずっとルイトはシシル一人を大切にしてくれた。

だからもう――、


「……お前は俺が他の女を正妃に娶って、それで、いいんだな?」

「……いいも何も、私が関与出来ることではないですから」


十分だ。


「分かった」


むっつりと口を閉じ、ルイトはシシルから顔を(そむ)けた。

機嫌を損ねてしまった。

きっと、嫌だと言って欲しかったのだろう。

嫌だと一言、言いさえすれば、機嫌は戻る。

多分、今からでも。

そう分かっていても――。


「……」


シシルには、力なく笑みを浮かべることしか出来なかった。



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