#3 痴女のたまご
「あっちゃん、放課後ひまか? みんなでカラオケに行くんだけど、都合はどう?」
帰り支度をしている最中に他の生徒から遊びに誘われた。なにやら、試験が終わったことを祝って、打ち上げをするというのだ。しかし、
「ごめん、今日は身体の調子が悪いんだ。遠慮させてもらうよ」
そんな気分ではなかったので、僕は参加しなかった。便宜的なあいさつを交わして小柄なバックを背負い、教室を出る。悲惨な結果とそこはかとない空虚感だけを持ち帰り、まっすぐ家に帰ることにした。
僕は学校から自宅までの帰路を酔漢のようにフラフラと歩く。散々な目に遭った数学の試験。そのやるせなさが僕の足を掴んで離さない。
ちなみに、昨夜もらったダミー解答用紙は、びりびりに破いて学校のゴミ箱へ放り込んできた。跡形もなく燃やしたり、シュレッターで八つ裂きにしたり、木に打ち付けたりとしたいところだったけれど、そんな気力も僕には残っていない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
家に着いたのは午前と午後がちょうど切り替わるタイミングだった。今の時刻、家には誰もいない。京子さんは稼ぎに出ているし、京子さんの夫、つまりは僕の父親代わりの武史さんも会社勤めであるために夜まで帰らない。そして当然のことだが、実の妹、間宵も来春になるまでは日本に帰ってこない。
合鍵を使って家に入り、階段を上る。自室に着くや否や、疲れきった身体と心の傷をいやすために、すぐさまベッドに横になった。学生服を脱ぎ捨てると凍えるような寒気が身を襲う。暖房のリモコンに手を伸ばしたが、手の届かない所に置かれていたために僕は諦めることにした。
冷え切った室内で布団にうずくまって全身の力を抜くと、そのまま眠りの世界へと没入していった。今日は散々な目に遭ったが、その分えらく心地がいい。
……………………。
…………。
……。
『…………しいです……』
睡眠に入ってから何時かが経過した時、ひとつの声が僕のうたた寝の邪魔をした。ぽつぽつと聞こえる謎の声。京子さんが起こしに来たのだろうか?
『…………です、…………はい』
いや、京子さんのものにしては少し若々しく、甲高い気がする……。
熟睡に近い睡眠をしていた僕は、聞こえなかったことにしようと、瞼を固く閉じた。聞こえてくる声を布団に埋まることにより聴覚が働く外へ追い払おうとする。
しかし、それでも声は僕の耳に届いた。
いや、耳に届くというよりも、頭に“思い”となってなだれ込んでくる。
これは……、この気配は、まさか……。
『くる、くるじいでずってば、すみません、身体を起こしてくださいまぜんか?』
「なっ!?」
この“思い”が昨夜のものだと気が付き、僕の身体から眠気が急激に吹き飛んだ。
カッと目を開けてベッドのシーツに出来上がった自身の影を確認する。時刻は夕方に差しかかるころのようで、室内は格別暗いわけではなく、いまだ窓から陽射しが差しこんでいた。
そうして生まれた影の体格は小柄であり華奢である。髪型はツインテール。黒色という以外、類似点がない全く別の物。
そう、これは昨夜現れた謎の影だ。
『ど、どいてくだざ、い。変なタイミングであなたの影に入っちゃったので。とても窮屈で……』
ベッドで寝転がっているために僕が影に覆いかぶさる形になってしまっている。どうやら、その体勢がつらいらしい。
苦しそうに漏れる“思い”、それが妙に色っぽく、僕の脳に多大な緊迫感がまとわりついた。まるでウィスパーボイスのような、耳元で吐息を吹きつけられる――そんな感覚だ。
僕は慌てて身体を起こしてベッド上に立ち上がった。唇をひくつかせながら声を上げる。
「で、出たな!!!」
僕が絶叫に近い叫び声を上げると、影は頭をさすりながら、訥々《とつとつ》とした“思い”を僕に飛ばした。
『いたた……、出たな、って人を幽霊みたいに言わないでくださいよ』
幽霊みたいに言うな、とは妙なことを言う。どこからどう見たって、お前は幽霊の類だろう……。
これは冗談のつもりの発言か、それとも、本当に幽霊ではないのだろうか。そういったオカルトの分野には詳しくないのでなんとも言えないが、やはり影の主は悪魔なのか?
僕は迎撃するように声を叩き付けた。
「なにしに来たんだっ!?」
『そんなに驚かなくても……。また現れると言っておいたじゃないですか』
「現れるったって……、というか、昨日お前からもらった解答用紙、全くの別物だったんだけど? おかげで僕は散々な目に遭った。結局お前はなにがしたいんだよ?」
昨夜のことをふと思い出したので、僕は眉をひそめながらそのように発言した。とはいえ、現物は学校のゴミ箱の中なので強く文句は言えないが、鬱憤のようなやまない私憤を影に向けて吐き捨てる。すると、影は跳ね上がるように驚いた。
『……え、えええええ!? そんなはずは、ないのですが……。あれ、なにか私粗相をしでかしてしまったのかもしれないです、あわわ……あわ……』
驚嘆の声がとてもじゃないが演技であるようには思えない。本当に騙すつもりはなかったのか。慌てる影を横目で見ながら、僕はベッドのふちに腰を下ろす。
「まぁ、過ぎたことをぐちぐちというつもりはない。それよりも、今は室内だ。姿を現したっていいはずだろ? 要件があるなら、ちゃんと面と向かって話せよ」
自分のことをそこまで寛容な性格であるとは思っていないが、今回の件は水に流すことにしてもいい。代わりに僕はカーペットに手をかざしながら、姿を現すよう要求をしてみる。
『え、いや、でも、その、部屋の中であっても、できるだけお見せしたくないです、はい』
まるで自分のスタイルに自信がない水着女子のように、もじもじと恥じらいながら姿を決して見せようとしない影の主。もちろん、隠したがる理由など知り得なかったが、僕は謎の影の正体になぜだか強く興味をひかれた。好奇心は猫をも殺す、というやつかもしれない。危険は承知、リスクを背負ってでも見たくなってしまう。
そこで僕は意を決して自分の影に右手を当ててみた。しかし、僕の安易な試みを嘲笑するかのごとく、手ごたえがまるでない。影の主に触れるような感覚はしないし、影も微動だにしていなかった。
『なにを、してるんです?』
「これなら、どうだ……!」
もう少し力を加えてみよう。続いて、全体重をかけて手の平を強く押しつけてみることにした。始めの手触りはカーペットのものだったが、より強く押しつけると、僕の腕は影の中へ、ズボン、と沈んだ。
「うわっ! どうなっているんだっ!?」
半分冗談のつもりで行った行為だったので、さすがの僕も驚きの声を吐き出してしまう。
影の主も慌てているようで、もぞもぞと暴れ始めた。
『きゃ! ちょっと! なにするんですか!?』
更に驚いたことは影の中には空間があり、そこでなにかに触れる感覚を僕の右手が捉えたことだ。触れたもの、それはまるで、人間のものと何一つ変わらないような柔らかい素肌。形態はわからないが、影の正体が形あるなにかなのだ、ということはわかった。
なんだ、こいつは? 実体があるのか?
『や、やめてくださいっ!!』
激しくみじろいで影が抵抗したことから、あらぬ部分に触れてしまったのではないかと変な妄想をしてしまったが、これは違う。
僕が触れている個所は腕だ。細さから考えるとすれば二の腕だろう。引きずり出してやろうとその腕を握り、手に力を入れる。そのまま地上へ向けて引っ張った。
『引っ張らないでください~~!!』
影の主は影の中で物凄い勢いで抵抗している。
逆に影の中へと引きずり込まれたらどうなるのだろう、と嫌な想像を働かせたが、影の主は非力なため僕の方が圧倒的に優勢である。小学校の運動会でよく見かける『大人VS子供』の綱引きをしているような気持ちだった。
非人道的な行為である気もしたが、今日の試験であれだけのことをされたんだ、このぐらいの仕返しは可愛いものだろう。腹いせであることも重々承知だったけれど、姿が見れればそれでいい。好奇心を満たしてくれるのならば、今日の試験結果などどうでもいいと思った。
少女の身体はすぐそこまで近づいてきている。もうちょっとたぐりよせれば、指先が出てきそうだ。……そう思った時だろうか、
『ま、待って!! そんなに無理に引っ張ったら、ひゃあ!!』
「へ? ――うあっ!!!」
ぽん、と間抜けな音を立てて、カーペットから何者かが弾け出た。まるでシャンパンからコルク栓が噴出された光景のようだ。そして、そいつは僕に勢いよくぶつかった――と同時にふわっと束になった細い糸が僕の首筋を掠める、――いや、糸ではなくこれは見るからに髪の毛か……。そこから母が好きだったルクリアという花と似た香りがした。
僕はそいつに倒される間際、容姿を瞬間的に見た。驚いたことに飛び出してきたものは“人間の姿そのもの”だった。
髪型はシルエット通りの黒髪ツインテール。髪留めの所に煌びやかな王冠の飾りが施されている。少女が着用しているゴスロリチックな黒い服には、胸元に大きな蝶ネクタイが付いていた。ノースリーブとなっており、肩から指先まで露出して、そこから透き通るような白い肌をのぞかせている。黒色の服装をするよりも淡い桃色のワンピースを着た方が、少女の自然な可愛さを引き出せるのではないか、というのは僕の勝手な想像に過ぎない。
自分でも信じられないほどの処理速度で、僕ら二人がもつれ倒れる間にそんなことを思った。
張りがありそうな瑞々《みずみず》しい頬。大きな眸に細い線で描かれた輪郭。テレビの中でも拝めないような整った顔立ち。
悪魔というよりも、まるで妖精のような――とにかく可憐な少女だ。
そしてなにより――
――彼女の唇は柔らかかった。
少女の姿かたちを認識した後になって、ようやく事態を認識した。僕の目と少女の目との間には数センチの距離しかない。鼻と鼻とがすぐ隣り合わせになっている。息のかかるほどの距離、というよりも倒れた勢い余って互いの唇が――。
「ん~~~~~~~~~~!!!!」
――ファーストキス。
これまで十七年と生きてきたが、初めての口づけがこんな風に行われてしまうと考えたことがあっただろうか。いや、あるものか。想像を絶するような急展開だ。
貧血になったように頭がくらくらと揺れる。目が眩む。破裂しそうなほど心臓が暴れる。血の激流が渇ききった脳まで届き、僕はハッと我を取り戻した。
「――な、なな、なあああっっ!」
次の瞬間には僕ら二人ははじけるように対照的に後ずさった。傍から見れば、磁石が同じ極同士で反発しあう現象を彷彿とさせたことだろう。
身体を起こす気力がない僕はその体勢のまま、おそるおそる対面の少女の顔色をうかがった。
彼女も生まれて初めての口づけだったのだろうか。ペタンと膝を折って座り込む少女は顔をほんのりと紅潮させながら、ぼーっとしたうつろな目を虚空へ向けている。
いや、そんなことを観察している場合ではない! 不可抗力とはいえ、僕は赤の他人(――人なのかどうか定かではないが)に大変なことをしてしまったのだ!
僕は命乞いするように両手を上げてさらに後ずさった。数センチ後ずさると背中がドアに当たる感触がした。――どうやら逃げ道はないらしい。
「え、ああ、その、違う、これは、その――」
無意識に僕の口をついて出る言い訳は、紡がれることなく断片的に吐き出された。
一方で少女は、天井に顔を向けながら目をうるうると滲ませて、小さく口を開く。
「き、きも…………きも…………」
気が付けば、ツインテールの少女の口から今にも罵倒の言葉が飛び出さんとしている!
きも――から始まる罵言を僕はひとつしか知らない。暴言に対してまるで耐性がない僕はひどく慌てて身構えた。謝罪の言葉すらも出てこない。しかし、少女は、
「…………………………ちいぃぃ~……」
僕の予想に反して真逆の言葉。
ある意味ではもっとまずい発言をするのだった。
「なんですか、今のっ!! とっても気持ちよかったですっ!!」
ありえない言葉を発しながら、喜色満面といった表情でほほえんだ。少女が床から現れたという怪奇現象などそっちのけに、僕は大仰に驚いた。
「はぁあああああああああああっ!!!?」
さらには、笑顔のまま僕の元まで這いよってくる少女。なぜだかめちゃくちゃに恐ろしい。僕の背はドアに密着している。やはり逃げ道はない。圧倒的に被害者よりも加害者の方が焦っているというあべこべな状況。怪奇現象にあったためではなく、違う意味でバクバクと高まっていく僕の心拍数。
……なにがなんだか、わからなかった。僕は頭が真っ白になる寸前のところで言葉を返す。
「な、ななな、なんですか、って。え、ええっと、世の中でいうところ、の、接吻ってやつだけど、西洋的な言葉でいうならば、キス、だな。ええ……、そんなに気持ちよかったのか?」
気が付けば謝るタイミングを見失っていた。僕はなにを言っているんだろう? まっさらになった頭では、器用に平常心を取り繕うことなんてできなかった。
少女の表情は変わらず笑顔だ。それどころか、今にも感涙があふれ出しそうに眸が潤んでいる。
「はい、天にも昇るような気持ちでしたっ! こんな私のために、ありがとうございますっ!」
「んなぁ!?」
しゃがんだまま、ぺこりと丁寧に頭を下げて感謝の言葉を繰り出す少女に、僕は罪悪感と危機感で混乱状態に陥った。
この少女、どこか抜けているとかの問題ではない!
常識がないとかいう騒ぎでもない!
性教育不足とかいう話でもない!
これは天然ものだ!
天然もののキス魔だ!
天然ものの痴女のたまごだ!
――そこまで考えて、僕の思考は完全に停止してしまう。
「ああ、そっか。これがキスってやつなのですね。何度か目撃したことはあります。私にはどうして人間の方々があのような行為をしているのか疑問でしたが、気持ちがいいからするのですね、私、あなたのおかげで納得できましたっ!」
不埒な感謝の言葉を発する少女がいる一方で、僕は頭を抱えて座り込んでいることしかできないでいた。いまだに僕の唇には、柔らくて甘い少女の唇の感触が残っている。病は気からというように、きっと気のせいなのだろうが酷い頭痛がした。
この時、僕の頭にあった恐怖は全て吹き飛んでいる。昨日僕の身に訪れた怪奇の正体が、人間っぽい見た目だったからという話ではなく、新たに全く別の緊張感が生じたからだろう。そう、まるで異性に向けるような甘酸っぱくも切な苦しい莫大な緊張感。
しかし、いつまでもこうしていてはいられない。隙を見せるとなにをしでかすか、わかったものではない。僕の目前に存在する科学では証明できない少女が、悪魔であろうという線も完全に払拭されていないのだ。
「あ、ええっと。ん、んでさ、お前は一体何者なんだ?」
僕は彼女に自己開示を勧めた。存在を明らかにしたい、というよりも、とりあえずはこの気まずい状況を打開したい、というのが正直な気持ちである。
「すみません、名乗ることを忘れていました。遅ればせながら自己紹介させていただきます。私は“小娘憑き”です。名前は沙夜と申します、はい」
沙夜。名まであるとは思わなかった。そして、沙夜と名乗る少女は自分のことを“小娘憑き”であると宣告している。
しかしながら、小娘憑き、とはなんのことだろう? 聞いたこともない。小娘の後に続く、憑きというワードがやけに頭に引っ掛かった。
「え、はぁ。小娘憑き? 小娘に続く『憑き』っていう字はあれか、憑依の憑だろうか?」
ここまで発言して気が付いた。この少女が僕の元に訪れた意味。そして、この少女の正体。この少女は悪魔ではなく、どちらかといえば幽霊の部類、“憑きもの”なのだと。
――となれば、僕の元に訪れた目的はひとつしかない。
「お前、僕の身体を乗っ取るつもりかッ!?」
そうだ、憑きものという霊は、文字通り人に取り憑く。なんの利点があって取り憑くのかは見当が付かないが、この少女は僕の身体に取り憑くために僕の元にきたのだ。それ以外に考えられない。
しかし、少女は細い首を曲げるように少し捻って、顔をしかめた。
「んん~、なにか見当違いをされているようです。私はあなたの身体を乗っ取るわけではありませんし、あなたに悪害を加えるわけでもございませんよ。あなたに対してそんなことしません」
この少女の言葉など信用できない、できるわけがない。憑きものとは幽霊、人間を騙して油断したところで寝首を掻くような存在なのだ。
「し……ない、って。そんなわけあるかっ! お前は幽霊であり、怨霊みたいなものなんだろっ!?」
僕がそう言うと、沙夜は俯いて自分の口を両手で塞いだ。肩がぷるぷると小刻みに震えている。僕はそれを怪訝そうに見つめていた。ひょっとすれば、なにか気に障ることを言ってしまったのかもしれない。強く言い過ぎたか?
数秒間そんな姿勢で固まっていた沙夜だったが、突然、たえられないというように噴き出した。
「あははははははははははははっ!! ダメっ! すみませんっ! 我慢できませんっ!! 怨霊ってっ!! あなた“幽霊なんて非科学的な存在”を信じているんですかっ? あはは、今どき、おっかしいっ!! あはははははっ!!」
けらけらと笑う少女の弁舌を前に、今度は僕の方が固まる番だった。
「…………待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てっっっ!! ちょっと待てーいっっっ!! 非科学的な存在そのもののお前がいえる言葉じゃないだろっ!?」
指をさしながら訴える僕の言葉に少女は疑問を持ったようだ。きょとんと首を傾けて、指を唇に当てている。
「私? 非科学? 私は“普通の憑きもの”ですよ? なにがおかしいんです?」
「はぁ? さっきからなんだか話が食い違っている気がしてならないんだけど……。憑きものってのは幽霊なんだろ?」
「いいえ、憑きものは幽霊ではありません。霊魂だとかが地上をさまよっている、みたいなお話ではないですよ。憑きものは“死霊”ではなく“生き物”です。一般人には見えないだけです」
さらに僕の頭上に疑問符が浮かび上がった。
そんな時、沙夜はこの場を仕切るような息を一度吐き出して、その後、言葉を加える。
「どーやら、私たち『憑きもの』の正体について、あなたは無知であり、ひじょーに興味を持たれているようですね」
沙夜の口から時折飛び出す『無知』だ『愚か』だという、人をバカにするような売り言葉を買うことはしない。及び腰になりながらも、できる限り平静を装うように、僕は小さな声で返答する。
「非常に――ってほどではないけど……」
僕が歯切れの悪い返答をすると、沙夜は僕の方に両手を上げて手の平を向けた。その姿勢のまま唇の端をつり上げて、広げた手の平の指先だけをくいくいと動かす。
「まぁまぁ遠慮なさらずに、気持ち良いことしてもらったお礼です。お話させていただきましょう――」
飄々《ひょうひょう》とした態度で物述べる憑きもの、沙夜。そして、溌剌といった声色で言葉を結んだ。
「――小娘憑きにつきましてっ!」