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◆◇エピローグ◇◆

 耳鳴りのように聞こえる雨音が、僕の鼓膜を揺らし続ける。


 僕は雨宿りをするために、書店へと駆け込んだ。仏頂面の親父が待ち構えている例の文房具店に駆け込もうか、とも思ったが、通り雨に襲われるたびに、シャープペンシルをあがなうのも滑稽千万こっけいせんばんな話なので、やめておくことにした。


 店に入って、少し濡れた学ランの裾を払った。


 店内には、同じ考えを持ってこの店に足を踏み入れたのであろう、学生が何人か存在していた。彼らは、雑誌が陳列されたコーナーの前で、たけのこのように横一列に並んで、せわしなくページをめくっている。


 あれから――。


 憑きもの殺し、マリア・フランクリンと一悶着あってから、早いもので一週間がたった。三月初旬。春の気配を感じさせるような風が、時々吹き付けることがあるものの、気温自体は、まだまだ寒い。マリアの言葉を思い出せば、もっと寒々しくなる。


 ――『それと憑きもの殺しは、あたしたちだけじゃない。きっと、あなたたちの関係を、こころよく思わない人が大勢いるはずよ』


 マリアはあのように断言していたが、あれ以来、他の憑きもの殺しが沙夜の元に訪れることはなかった。未だに沙夜の居場所が知られていないのか、はたまた、放っておいても構わない憑きものだと判断したからなのか、理由は依然としてわかっていない。少なくとも、マリアが僕らに牙を剥くことはなかった。


 それと、ふたりで話し合おうと言っていた、沙夜の罪と罰については、あれ以来、特に触れることはなかった。けれど、沙夜がらしくのない暗い表情で、考えごとをしていることが時おりがある。きっと、必死に考えているのだろう。そのことに関しては、ムリに僕が助言すべきことではないと思う。それに、


 ――『……私はもう、逃げません。罪だとか……、償いだとか……、愛だとか……、恋だとか……、全て背負って生きたいと思います』


 僕としては、あの言葉が、彼女なりの答えだと受け取ってもいい気がした。


 書店にあった憑きもの関連の本を目にして、自分の知っている情報とまるで違うな、と噴き出してしまった。憑きものの姿を、まるで化けものであるように描かれているのが、大半だったのだ。バカにするつもりは決してないけれど、一般認識では、このように捉えられているのだろうな、と改めて思わされた。ちなみに、どれだけページをめくっても、小娘憑きなんて単語は載っていなかった。憑きものが恋愛に興味を持ち出すとは思うまい。


 ――『大好きです……』


 あの日聞いた“思い”を思い出すたびに心臓が跳ね出そうになる。ひょっとすれば、彼女は僕のことが本気で好きなのかもしれない。ただ、ひとつわかっていることは、彼女は僕以上に、鍋焼きうどんが好きだということのみだ。僕が左手に提げている100円ショップのレジ袋には、沙夜に催促されて買った、大量の鍋焼きうどんが詰め込まれている。


 今のところ、僕らの暮らしにあの日以上の波風は立っていない。そして、健気なような、横柄なような、どっちつかずの彼女の性格が僕の生活になじみつつあった。後天的な常識の変化、と呼べるものかはよくわからないが、沙夜がいれば安心できるし、日々が充実できる。それらの事実は否定できないし、否定するつもりもない。


 今までと変わらず口づけを恥じらうことなくせがんでくるのが、彼女の唯一の欠点だろうか? これから慎重に貞操ていそうという言葉と意味を教えていかなくてはならないみたいだ。間違って泰誠の元にこの少女がなびかなくてよかった、と心底思う。何度でも。


 妖怪の類の本を物色しているところに、書店内を徘徊していた沙夜が戻ってきた。手には、年頃の女の子が読みそうな、ファッション雑誌が握られている。万引きしているように見えるから、勝手に動き回るのはやめてもらいたいものだ。


 これは僕自身なんとも思っていないことだが、彼女の欠点と言えば、もうひとつ――。


『ご主人様、私って、貧乳ですか?』

『は? な、なにを言ってんの?』


 雑誌を抱え上げながら、沙夜は照れくさそうに眉根を下げた。間違い探しをしてくれと言うように、スタイルのよいモデルがポーズを決めている雑誌の一面を、僕の目前に突きつけてくる。『間違いがありすぎて、比べる絵自体が間違いである』といった具合のとんちクイズが頭に浮かんだ。


『……私って、貧乳なんですか?』


 色恋の話もまだまだ未熟な少女だけれど、最近自分の成長に疑問を持ち始めたらしく、体型にコンプレックスを抱いている素振りを時々する。今現在はというと、ファッション雑誌を見て、自分の体型と比較し、失望しているようだった。


『安心しろ。その雑誌に載っている人たちは、みんな、異星人だ』


 僕が適当な冗談を述べると、


『へ? あー! どおりでおかしいと思いましたよ!』


 と一度納得し、


『ってんなわけないじゃないですか!』


 小気味良いノリツッコミを決め込んだ。


『いいですか、ご主人様! この世に不思議なことなんてないのです! 異星人も幽霊も妖怪もいるはずがないんです! もっと科学的に考えましょう!』


 などと得意満面な顔をして言う。


『あ、そういえば、前にお前が言ってたよな。僕の家系は憑きもの筋なんだって。ってことは、僕の家族は、例外なく憑きもの筋なのか?』

『そうですよ、はい』

『そっか』


 妹である間宵まよいも憑きもの筋であることに、今更ながら気づかされた。


 ちなみに、間宵は来月にもなれば、欧米諸国から日本に帰ってくる。もし、彼女も膨大な妖力を持っていて、沙夜の姿が見えるのであれば、沙夜の紹介もしたいし、色々、相談にも乗ってもらいたい。


 僕は憑きもの関連の本を一冊わきに抱え、今度は経済学についての本が並んでいる書棚へと足を向けた。その道中で思い出したことがもうひとつあった。


『あ、それと、あの憑きもののデータが載っている分厚い本って、どういう経路で入手したんだ? ずいぶんと貴重なもののようだけど』


 ずっと気になっていたことだった。沙夜は世の中にぽっと振り下ろされた憑きものであり、その当初から所持していたとは思えない。それに沙夜は自分のタオの系統を勘違いしていたわけだから、前の主人からもらったとは考えにくい。そもそも、そんな簡単に手に入るようなものではない気がした、というのは素人なりの考察。


 沙夜が小首を傾げながら返答する。


『え? 私はてっきりご主人様のものかと思っていたのですが……。“押し入れの中にあった黒色のランドセルの中に入っていた”ので――』

『ああ、なるほど……』



 “両親のもの”だったのか。



 一度、沙夜が部屋中を散らかしていた時があった、その時にでも見つけたのだろう。


 両親がどういった思いで、ランドセルの中に入れたのかなど、今更知るよしもないが、僕らがあの本に救われたことだけは間違いなかった。どうしてだか、目頭がじっと熱くなった。


 僕の両親は憑きもの筋で、僕も憑きもの筋だ。なんの因果だか知らないが、だからこそ沙夜とめぐり合えた。そして、僕は両親に、沙夜に救われたのだ。


 これを、これだけの幸福を災厄だと呼んでしまえば、バチが当たってしまうに違いない。


 なので、ふぅ、と一呼吸こぼしてから、僕は過去と決着をつけることにした。





 ゲームオーバーでもなんでもないじゃないか――というようにして。





『ご主人様』


 考えごとをしていた僕の袖を、沙夜がついついと引っ張ってくる。見下ろせば、頬を紅潮させて微笑んでいる沙夜の顔があった。


『雨、やんでますよ』

『ほんとだ、いこっか』


 僕は胸元に抱えていた憑きものの本と、経済関係の本の代金をレジで支払って、それから書店を出た。二冊の本を買ったのには、理由がある。もちろん、沙夜を使役して悪事を企もうと考えているわけではないが、知っておかなくてはならないことも、あると思ったからだ。


 雨上がり、苛立たしいほどの快晴。雨雲が退いた中、太陽だけがしれっとした顔を覗かせている。ぬかるんだ地面に視線を落としてから、僕は周囲に目をやった。すると、気のせいだったのかも知れないが、周囲一帯にいる通行人が、一斉に空を仰いだ気がした。


『わぁ! ご主人様、見てください!』


 沙夜の“思い”が僕の頭に響く。僕は彼女の方へ目をやる。沙夜は大きなツインテールをはためかせながら、天を仰いで、空を眺めていた。つられるように僕も空を仰いだ。


 雨上がりの空には、大きな虹が――。


『あんな大きな虹、私、初めて見ました! はい!』


 やっぱり喜んだ。


『ほんと……、綺麗だな』

『ふふふ、あんなものに感動するなんて、ご主人様はまだまだ愚かですね』


 やっぱり貶した。


『虹なんて私は見飽きてますよ。ご主人様よりも長く生きているんですから』


 そんなことを、宝石を前にしたご婦人のように、目を輝かせながら言っている。


 改めて虹を眺める。散々雨を降らせた後になって、のんびりと太陽が顔を出し、「恐縮です」と言わんばかりに、謝罪の品として虹を差し出しているのだ。そんな空想をしてみると面白い。


 その陽光によって、沙夜の髪留めとして使われている王冠が、煌びやかに輝いた。太陽の光を体いっぱいに浴びる沙夜を見ていると、自然と表情が綻んでしまう。それもまた、悟られないようにして、僕は帰路を歩き出す。


『沙夜。さっさと帰ろう』

『ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ご主人様!』


 虹に見惚れていた沙夜が、慌てて僕の後を追ってきた。


『ぼけーとしてると置いてくぞ、痴女憑き』

『む、むー! また痴女って!』


 僕らの生活は続く。これからも、多分、これから先も――。


 まだまだ他にも、彼女のことでわかったことがある。知ったことがある。驚いたことがある。悲しかったことがある。怒りを覚えたこともある。吐き気を催したことだってある。


 そして、それ以上に、嬉しかったことがある。


 きっと、言い出したらきりがないけれど、憑きもののことを知ってもらいたい、そういう気持ちを込めて、あえて話していきたいと思う。ここから先は、自慢話になるかもしれないけれど、






 小娘憑きにつきまして、少し話を聞いてほしい。






(了)




挿絵(By みてみん)





 ご愛読ありがとうございました!

 皆様のおかげで、最後まで楽しく書き上げることができました。


 この物語は、正直これで完結でもいいかな、と思っておりますが、ご要望があれば、続編を書き上げたいと思います。ご要望がなくとも書く場合があると思います。その際は、どうかどうか、よろしくお願いします。


 次回作は、まだ、色々と悩んでおりますが、1月の下旬ごろから、なにかしらの新作を書き始めるかと思います。



 続編 ⇒ http://ncode.syosetu.com/n3750bn/

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