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小娘つきにつきまして!  作者: 甘味処
終幕 愛情の噺
19/23

#18 憑きもの殺しと犬神憑き


「マリア……さん?」


 対面の椅子に腰を掛けている女性の名は、マリア・フランクリン。外国人英語教師として、この学校に所属している教師である。


 彼女は、誰もが思わず、自分の足の長さと細さを比較してしまうほどの美脚を、ディスクの上に投げ出すようにして座っていた。


 僕は、部屋を間違えたのではないか、と予感した。だとすれば、カラオケボックスにて、ルームを間違えたかのような気まずさがある。


 そこで、ドアの上部に張られているプレートを確認した。プレートには『生徒指導室』と黒字で記載されており、つまりは、プレートを張り違えていない限り、ここは間違いなく生徒指導室であることを証明している。大体、初めて訪れる部屋だったので、用心してここまできたのだ、間違えるはずがない。


 僕は予期していなかった待ち人に当惑しながらも、部屋に足を踏み入れた。


「どういうことです?」


 気が抜けて、上ずった声を発してしまった。驚きの事態だったからということもあったが、彼女との面識がほとんどないので、距離感をつかめないという理由もある。彼女はファッションモデルよろしく、近寄りがたい雰囲気を漂わせているので、僕のような一角の生徒がお近づきになることはない。


「ほら、そんな所で突っ立ってないデ、椅子に腰かけたらドウ?」


 一方、マリア先生は、気さくに両手を広げて、僕を室内に招き入れた。僕はその一挙手一投足が欧米人っぽいな、と思ったぐらいで、いまだ、なにが起こっているのか、頭では把握しきれていない。椅子に浅く腰を掛けながら、もう一度、マリア先生に問いかけた。


「どうされたんですか?」

「どうされたもなにもないわヨ。あたしがあなたを呼び出したんだかラ」

「えーっと……。呼び出したって。言っている意味がよくわからないのですが……。掲示されていた張り紙に従って、僕はここにきました。あの……、竹内先生はどこに?」

「こないわヨ。だって、あの張り紙は、私がワープロでせっせこせっせこと作ったものなのヨ」

「……はぁ!?」

「あたしの“ジョーク”気に入ってくれたかしラ?」


 やけにテンションの高い英語教師は、とんでもないことを口走っていた。その言葉を瞬時には把握できず、かちかちに凍りついた後、ことの事態を認識して、僕は悲鳴のような声を出していた。


「え? ええッ! ジョークって、ジョークってどういうことですかッ!」


 マリア先生はわるびれる素振りを見せぬまま、指を立てて、得意満面な顔で僕に言う。


「あの張り紙は偽装したやつだから、気にしなくていいわヨ。あなたは無事に進級できるワ。そうネ、ちょっとした、サプライズって奴?」


 そんなあっけらかんとした言葉を聞き取った僕の胸には、驚きよりも先に、怒りの感情が込み上げてきた。


「ふ、ふざけないでくださいッ!」


 どんな思いで僕は七限もの授業を受けていたのかわかるか、と。どんな思いであんたの授業を受けていたのかわかるか、と。抗議の言葉が次々と湧いて出る。しかし、生徒にあるまじき暴言を、吐き出すわけにはいかず、胸にむりやり収めることにした。


 僕はらしくなく声を荒げて、室内に置かれたディスクを激しく叩いた。その勢いのまま、マリア先生を糾弾きゅうだんすべく、ディスクに置いた手を軸に、回り込むようにして、彼女の右わきへ詰め寄った。


「趣味悪すぎますよ! 本気で来年のことを想像してしまったじゃないですかッ! すみませんが、あなたのお遊びに付き合っている時間はありませんッ! 僕はこれでッ!」


 すぐさま踵を返して、帰宅しようと試みたが、


「ノーノー!」


 マリア先生があっという間のうちに、僕の前に立ちふさがり、退路を断った。その素早さにも驚かされたが、それ以上に、どうして僕をここまで執拗に引き留めるのかが不思議に思えた。


「ジョークと言っても、なにもなくして帰すわけがないじゃないのヨ。これからあたしたちは特・別・授・業。これで逃げていては男の風上にもおけないわヨ」

「へ……、と……くべつ……授業って……。おとこの、かざかみぃ」


 ここまで言われて、僕ははっとなって気が付いた。生徒指導室は、四畳ほどのスペースであり、つまり、とても狭い。置かれているのは、二脚の椅子とディスク、参考書の詰まった本棚、片隅に設置されたホワイトボード、それぐらいだ。そんな手狭な空間に二人きり。夕暮れ時の学園内に美人女性教師と普遍男子生徒の特別授業。どさりと音を立てて、僕の腕からするりとバッグが抜け落ちた。


 特別授業。そう聞かされて、ありえない妄想を働かせてしまうのは、僕ぐらいの歳の人だったらば、普通のことだろう。僕の意思とは無関係に上昇していくテンションを治めようとしつつも、マリア先生の服装に目をやってしまう。彼女の服装は、授業の時よりも胸元が開いていて、スカートを少しだけ手繰り上げているような気さえ――。


「いやいやいやっ! 訳がわかりませんってば! 僕、帰ります!」


 なんだこれッ! 頭が悪くなりそうだッ!


 酔狂ともいえる自分の妄想を途中で断じて、僕はこめかみ辺りを抑えながらバッグを抱え、マリア先生に背中を向けた。しかし、


「そんなこと言わないでヨ」


 がし、とすぐに僕の動きは制御された。マリア先生が僕の右肩を掴んで、そのまま巻き上げるように、僕の頭を胸元まで手繰り寄せたのだ。暗殺技さながら一瞬の出来事だったので、抵抗することさえできなかった。


「は……? はぁ?」

「うふふ、可愛イ」

「ちょ、ちょ。放して、くださ……い!!」


 逃れようと暴れるのだけれど、彼女の力は意外に強く、それでいて、身長が僕よりも頭二つ分は大きいので、つま先立ちになってしまい、もがこうとも力が入らない。


 あまい、あまい香りが僕の鼻腔びこうを刺激する。クロロフィルを嗅がされたように(嗅いだことはないので実際どうだか知らないが)、脳内が揺れ動いて、懊悩おうのうとさせられる。それと、柔らかい、彼女の身体、弾力のある、マリア先生の胸部に、顔が――。


 僕は理性を保つのに必死だった。今ならば、色仕掛けの詐欺に簡単に引っ掛かってしまう男たちの気持ちがよくわかる。一方、マリア先生は、特に通常と変わらない、妙な抑揚のこもった日本語で言った。


「さーって! じゃあ、始めようかしラ!」

「始めるって、な、なにを……?」


 この後、僕はなにをされるのだ。誘惑に負けてはいけないと思いながらも、僕は息が止まりそうなほど緊張していた。彼女が僕の肩に手を載せる。


「特別授業、ファーストステージは――」


 ファーストステージ、の発音は、さすがは外国人といったところだろうか。本場のイントネーションをしている。そんなことに感心している余裕は一切ないのだが、現実逃避せずにはいられない。


 そして、マリア先生は僕の耳に、生ぬるく、甘ったるい吐息を吹きかけながら、












「――あなたの両親の死因について」












 と言った。


「え……」


 まず、始め、耳を疑った。

 次いで、目を疑った僕は、英語教師の顔を見直した。


 彼女は笑っている。

 なにごともなかったかのように笑っている。

 それは、授業中によく見せる、男子生徒を魅了する彼女の微笑み、そのものだった。


「なに……言って…………」


 なにがなんだかわからずに、僕は無意識に後ずさっていた。すると、急に悪寒がして、ぞくぞくと鳥肌が立った。マリアは僕の身体を抱きかかえるように引き寄せて、僕の首を細い指先で撫でながら、あざけるように発言する。


 流暢すぎる“日本語”で――。


「ふふ、やっぱりそんな顔をするってことは、聞かされていないようね。教えてあげるわ。あなたの両親、事故で死んだんじゃないわよ」


 彼女の言葉をきっかけに、ぼうっと意識が遠のきかけた。どうして、僕の両親が事故で死んだことを知っている? なんで知っている! 大体、事故で死んだんじゃないってどういうことだ! 様々な疑問が湧いたが、それらの言葉が脳中から飛び出すことはなかった。


「は、放してくださいッ!」


 やっとの思いで僕はそれだけの声を絞り出すことに成功した。彼女の手を払って、大股で後退し、彼女と距離を開けた。数歩後退すると、背中と本棚が密接したことにより、引き下がったところで逃げ場がないことを知る。


 すると、マリアはその行動を予知していたかのように、素早い所作で、ドアを内側から施錠した。いざとなったら逃げるべきだ、と本能的に感じていた僕は、ドアから離れてしまったことを猛烈に後悔した。しかし、咄嗟に逃走経路を確保できるほどの余裕など、持ち合わせているはずがなかった。


「な、なにを言っているんですか? 冗談はよしてくださいよ。どこで僕の家庭の事情を知ったのかわかりませんが、間違いなく、僕の両親は事故死です。医者も、警察も、事故で死んだと言っていました!」


 知らず知らずに語気が荒げていた。それは当然だ。親の死について変な冗談を言われれば、誰だって、怒りで心までもが震えるだろう。だけど、なぜか冷静でいられる自分もいた。マリアはプラチナブロンドの髪をかき分けながら発言する。甘い香りが室内に広がり、僕の鼻をつく。


「確かにね、あなたのご両親は事故で死んだ、というのが“一般的な見方”ね」


 なにを言っている? なにをほのめかした発言だ?

 考えようとするが、思考が働かない。


「意味がわかりません。一般的な見方ってなんですか?」

「とぼけないで。あなたは違った角度からものごとが見えるでしょ」


 違った角度。


「……見える?」


 マリアはじっと押し黙った後、突然、飄々《ひょうひょう》とした砕けた口調になって言う。その態度は、まるで、学校での態度は全て偽りだったのだ、と開き直るかのようだった。


「世の中で起きる“事故”ってさー。本当は“事故じゃない”可能性が高いのよ。事故って言葉は過失的に起きたことでしょ? 違ったのよ、あなたの両親の場合は故意的に殺されたの」

「事故じゃない……って。殺された……って。ありえない。僕の両親は事故で死んだんだ!」

「だーかーらー。“一般人には事故に見えた”のよ。他の人には見えないものが、あなたには見えるじゃない」


 そこまで言われて、気のせいとも勘繰りともとれた寒気が、確実なものへ化けた。明確化された不安がすーっと吹き付けて、心を凍らすようだ。僕の目に見えて、一般人には見えないもの。心当たりがあった。だけど――。


 頭の中で、その予感を否定しながら、尋ねる。


「僕の両親は、“憑きものに殺された”、とでも言いたいのか?」

「ザッツライ! 正解!」


 マリアはパチンと指を鳴らした。


「憑きものに……。どうやって……」

「さあ……。手段は詳しく知らないけれど、およその察しはつくわ。きっと、トラックの運転手にでも取り憑いたんじゃないかしら? あなたの両親も莫大な妖力を所持していたから、憑きものは取り憑けない。トラックの運転手に取り憑いて、あなたの両親が運転する車に、ドーンってね!」


 こんな話は虚構だ、と頭の中で訴え続ける、だけど、荒唐無稽こうとうむけいな話であるとも思えなかった。


「でたらめだ……」


 論理的に言い返すことができない。


「あなたは知っているかどうか知らないけど、藤堂家の妖力って、半端ないくらいに絶大なものなのよ。だから、藤堂家は、古くから狙われることが多かった」


 初耳だった。もちろん、鵜呑みにするつもりはない。


「ある組織が、あなたの家系を危険視していてね。藤堂の家柄を滅ぼそうとしたのよ。まー、それは十年も昔の話だけどね、そういう過激な動きがみられていた時期があったのよ。もちろんそれらの組織は弾圧されたわ。だけど、これだけは言える。あなたの親は憑きものに関わって殺されたの」


「なんで、あなたが僕の両親のことを知っている! いや、それだけじゃない。どうして憑きものの話が、マリアさんの口から出てくるんだ!」


「やだー、憑きものが見えるのは自分だけだってツラをしないでちょうだい。あたしにだって見えるのよ。膨大な妖力を持つ人間なんて、この世にごまんといるわよ」


「お前も、僕を殺すつもりか……?」

「あなたたちは“危険”なわけ」


「危険? 僕たちが、か?」

「じゃ、セカンドステージ♪」


 マリアはくるりと指先を回し、虚空に円を描いた後、


「次は、どうしてあなたを呼び出したのか、その理由について」


 はしゃぐような声で言った。


「莫大な妖力を持った憑きもの筋と、巧緻こうちな手口を使う小娘憑き。そんな二人が揃ったら、どうなるでしょうか?」


 巧緻な憑きもの、っていうのは沙夜のことか――。沙夜は今――。


「いえ、考えるまでもないわね。そんなこと目に見えてわかるわ。憑きもの筋は欲望に負け、私利私欲を満たすために、若林の二の舞を演じることになる。すると、世界はまたしても大混乱。そうなったら……。ね、やばいでしょ?」

「そんなの……、決めつけだ……」


 とは言いつつも、内心で不安が広がっていた。将来、僕が狡猾な人間にならない、という保障はない。そんなことは、僕自身だってわからない。内面で押しとどめた不安を見透かしたかようにマリアが笑みをたたえた。


「でも、危険性はある。あたしはね、できることならこのサイクルを事ここに至る前に阻止したいのよ。だからあなたを呼び出した」

「殺すために……?」

「いいえ」


 静かに首を横に振った。


「こ、殺すつもりがないのに呼び出したのか? 一体、なにが目的なんだよ?」

「確かに、思い切ってあなたを殺すってのも、妙案なんだけどさー。そういうわけにはいかないのよ」


 いつの間にかマリアの顔は豹変していた。微笑むような柔らかな笑顔ではなくなり、おぞましいほどの醜悪しゅうあくな笑みを僕に向けている。


 そんな表情をしたまま、彼女は蠱惑こわく的に唇を舐めた。先ほどまでとは違った緊張感が、僕の胸に津波のように押しよせる。そして、続くマリアの言葉は、僕を恐怖のどん底に陥れるには、十分すぎる一言だった――。






「だって法的に問題じゃない? “人間を殺す”のは」






 頭が、真っ白になった。

 まさか、まさか、まさか――。


 薄暗い思考が駆け巡る。


 沙夜はどこへ行った! トイレ? バカな。

 憑きものがトイレなんかに行くわけがないだろ!


「あら? あなた、彼女の口から聞かされてないの? あたしはずーっと探していたのよ。彼女のこと」

「沙夜はどこだッ!」

「そもそも、あたしがこの高校で教鞭きょうべんることにしたのは、あなたを監視するためだったの。あなたが憑きものを使役して、よからぬことをしでかす危険性があると踏んで……。万が一のことを考えてね」

「あいつを、どこへやった……ッ!」

「でも、びっくりしたわよ。知らずの内に、探していた憑きものが、あなたに仕えているなんて……。一石二鳥、いいえ、棚から牡丹餅って感じだわ」

「沙夜をどうするつもりだッ!!」


 僕のたゆみのない質問に、マリアは顔だけをこちらに向けた。


「教えてほしい?」


 ぞくぞくとした悪寒が足首にへばりついたかのように、僕は身じろぐこともできず、無言で首肯した。するとマリアは、もったいぶるように間を空けた後、






「あの子、今日、あたしの憑きものに殺されるの」






 宣言した。


「……なッ……」

「殺されるのよ、あたしの憑きものに」

「どういうことだよッ! どうして、沙夜が殺されるんだッ!」


 ――まで口にして、僕の頭の中では、その理由が浮かび上がっていた。


 ――『私、どうやら狙われているみたいなんですよ……』

 ――『私は、世間を混乱の渦に巻き込んだ憑きものですから、おそらく、憑きもの殺しの方は、私の存在を、この世から消そうとしているのです』


「大津製薬倒産の一件。かなり問題になっているじゃない? ああいった世の中をおびやかす憑きものは、早めに処分しておかないといけない。……と思うでしょ?」


 僕は真っ白な頭で様々なことを考えた。そして、自分の浅はかさを呪った。


 僕はバカか! 狙うのは僕じゃなくて沙夜のはずだ! どうして警戒しなかった!


 なんで――


 ――『も~。女の子がわけを伝えずに辞去する理由なんて、ひとつしかないじゃないですかっ!』


 ――沙夜はまた、嘘をついた。


 偽りだらけの憑きものの言動に嫌気がさした、だが、今はそんなことを思慮している場合ではない。事情を知っている僕が、無頓着でいるわけにいかない。


「沙夜……っ!」


 気が付いた時には、僕の足はドアへ目掛けて駆け出していた。しかし、待ち構えていたマリアに真横から襟首を掴まれ、室内に引き戻される。その勢いのまま僕は地面に転げた。彼女の力は、女性のものとは思えないほど強かった。


「う……あ!」


 ディスクに衝突した背中に痛みが走る。机上にあったペンが散らばる音が耳に届いた。床に転げる僕を見下すようにマリアは言う。


「フール。無駄だわ。素人のあなたが駆けつけたところでなにもできないわよ。精々、妖力をわけ与えることしかね」


 腹筋に力を入れ、僕は身体を起こした。


「それでも……僕は――」


 ――誓ったんだ。彼女を護ると――。


「はぁ……。あなたもホントお人よしよね。たかが憑きもののために、自分の身を危険にさらすつもり?」


 マリアは生徒指導室の大きな窓に目を向け、一呼吸し、悠々と言葉を継いだ。


「あの子の思いを汲んであげなさいよ。彼女はね、自らが犠牲になって、あなたを助けるつもりなのよ。自分の罪を認識して、大人しく殺されるつもりなのよ」


 なぜ、お前がそんなことを知っている。沙夜の話が蘇る。憑きもの殺し――。


「どうしても、あの子が殺されるのが、嫌だって言うんなら、あたしたちはあたしたちで闘ってみる?」


 英語教師は、ふざけるようにシャドーボクシングを始めた。


「どいてくださいッ!」


 相手が女性であろうが、教師であろうが、外国人であろうが、誰であろうが関係なかった。再び立ち上がり、マリアが立ちふさがるドアへ目掛けて飛び込んだ。その激しさは、タックルと言っても過言ではないだろう。しかし、彼女は甘くなかった。


「うぁ!!」


 次の瞬間。景色は天井だった。思いきりわき腹を殴られて、再び室内へ戻されたのだ。わき腹下のあたりに鋭い痛みが広がって、僕は悶絶する。


「行かせると思う? あたしがわざわざあなたをここに呼び出したのは、足止めが目的なわけ。あなたがいれば、彼女は逃げないでしょ? 万一のことを考えて、彼女が死ぬまでの間、あなたをここに監禁するつもりだったのよ」


 死ぬまで?


「ではでは、ご要望にお応えしまして、サードステージは……、肉弾戦と行きましょうか」


 立ちふさがる英語教師は、威風堂々としていて、押しも押されぬ威圧感があった。女性相手に情けのない話だが、真っ向からぶつかっても勝機があるとは思えない。いや、そもそも闘っている場合ではないのだ。沙夜を探しにいかないと――。


「沙夜……」


 この狭い室内、出入り口は一か所だけ、マリアが塞いでいる通路だけだ。しかし、出入り口がない、というだけで、逃げ道がない、というわけではない。僕は視線を走らせて、とある一点を注視した。考えを悟られないように、あごを引いて、マリアの顔を睨む。


 彼女の視線をじっくりと牽制けんせいした後、僕は駆けだした。



 窓へ向けて――。



 窓にはカーテンが掛かっていたが、その窓が空いているということは、時折膨らむカーテンの動静でわかった。それに、幸い、ここは一階だった。


 僕は駆ける。窓の枠に指を引っかけて、冷気が立ち込める方向へ、一気に飛び越えた。足の裏が柔らかい地面の感触を捉えるのと同時に、僕はそのまま当てもなく駆け出した。一刻も早く、マリアがいる生徒指導室から離れたかったからだ。


 意表を突いて、マリアの監視下から逃げることに成功した、と感じた僕だったが、背後から聞こえてきた彼女の声に、心臓を絞られるような気持ちにさせられた。


「……どうにもならないわヨ」


 マリアの口調は、緊迫したものではなかった。まるで、実際に目で見て、確かめてこい、というような、教育者じみた声色だった。一棟から数メートル離れた所にいた僕は、おぞましさに駆られて、その場で足を止め、振り返っていた。窓から顔を覗かせるマリアは、英語教師の顔をしていた。


 僕は不安や恐怖をかき消すように、大仰おおぎょうに振り返って、走りだした。当てもなく、校舎のどこかにいる沙夜を探しに行くことを決意する。


 ――『彼女はね、自らが犠牲になって、あなたを助けるつもりなのよ』


 僕のせいで、沙夜が――。


次回 ⇒ 12/27

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