◇◆プロローグ◆◇
真夜中のファミレスは想像していたよりも騒がしかった。
深夜〇時。僕は明日の試験に備えてテーブルに置いたプリントと向かい合う。固い木製のテーブルは勉強する上で都合がいいが、汚れているのがたまにきずだ。案の定、店員が運んできたグラスから結露した水滴でプリントの端が少しだけ湿ってしまった。
僕の成績は中の中、まさに可もなく不可もなくといった具合だが、授業内容を聞いているだけで点が取れてしまうほどの頭を持ち合わせているわけではない。勉強しておかなければ後々痛い目に遭う、ということは目に見えている。
なぜ高校生である僕が、補導されるリスクを背負ってまで深夜徘徊をしたのか。理由は特にない。家では落ち着いて勉強が出来ないということで、物は試しといった心持ちで、深夜のファミレスに足を踏み入れた。静かすぎる自宅よりも、少しだけざわめいた店内の方が集中できると思ったからだ。
「とりあえず、ドリンクバーとポテト」
特に頼む物もなく、食べたい物があるわけでもない。とはいえど、なにもオーダーせずに入り浸るのはおこがまし過ぎる。そんな考えを元に僕はメニューから、値段の割に量があるフライドポテトとファミレスの定番、ドリンクバーを使用する権利を注文した。
きっと、それが間違いだったのだろう。
皿に山盛りになって運ばれてきたフライドポテト。別にお腹が空いているわけではないのに、なぜだかポテトをとる手が止まらない。
わかる人にはわかるだろうけど、明らかに冷凍食品である安っぽいポテトに魅力はまるでない。気を紛らすためについつい口の中へ運んでしまうのだ。
更には、やるせない満腹感に襲われると同時に僕の元に睡魔がやってきた。シャープペンシルを握る僕を睡眠の世界へ誘おうとやってきたわけだ。もちろん快く歓迎するつもりはない。僕は追っ払うために一度頬をつねってみる。それでも頭が冴えわたることはなかった。
そこで、僕はドリンクバーへ向かうことにした。徹夜覚悟で挑むつもりだったので、眠気覚ましになりそうな飲み物を選ぶ。こういう時、コーヒーよりも紅茶の方がカフェインを多量に含んでいるため、眠気覚ましに効果的だと聞いたことがあるが、身体に効果があればいいというわけではないと思う。徹夜作業をする雰囲気を作ることが大事なのだ、紅茶では気分がのらない。そういった理由から、コーヒーを選択しカップに注ぐ、それをすすりながら席に戻った。
その途中で店内を見渡せば、男女交々、若者たちがかしましく談笑をしていた。色恋の話題や人間関係の愚痴。耳を澄まさずとも、周りから聞こえてくる。それらの声は、勉強している僕にとっては雑音にしか聞こえない。
コーヒーをブラックのまま一気に仰ぐ。心なしか睡魔が浄化されていく気がする。徹夜覚悟と心に決めていたが、出来ることならさっさと試験範囲の勉強を終わらせて二時には帰りたい。いや、進行具合次第ではそうしよう。早くも弱音を吐きそうになっていた。
――ここまでの話を聞いている限り、僕のことを不良学生のように見受けられるかも知れないが、僕が深夜に出歩くことなど滅多にない。むしろ引きこもりがちといっても過言ではないだろう。最低限の外出しかしないように、昼夜関係なく外出することを極力控えた。その理由は僕が内向的な性格だから、というわけではない。対人恐怖症でも、うつ病患者でもない。
他の人と違うところはひとつだけ。
僕の眸は、時折、人ならざるものを映してしまう時がある。
例えば動物霊、例えば生霊、例えば死霊。
そして、それらは時に呼び方を変える。
あるいは幽霊、あるいは悪霊、あるいは物の怪、あるいは、
憑きもの。