懐中電灯
綺麗な星空の日、川沿いを歩いている時土手の中腹で1人の男性が空に向けて懐中電灯を揺らしているのが目に入った。
その姿に妙に興味を引かれ、近づいても彼はお構いなしに懐中電灯で空を照らし続けている。
私は声を掛けてみることにした。
「その電灯、なぜ空に向けて照らしていらっしゃるの?」
「これはですね、目印なのですよ。」
やはり、手を休めることなくこちらを向いた。
「あら、目印と言うと誰か貴方を探している方がいるのかしら。」
「わかりません、それに気付いてくれるかどうかも。
なにしろ空から見下ろす訳ですから、この程度の灯りに気付いてくれるかどうか。」
「誰かお亡くなりに?」
「ええ、息子を。」
「そう、辛いわね。」
「はい。でも息子と約束したんです。この中のどこかの星にいるからお互い合図を送ろうって。」
その横顔は笑顔なのに、悲しみをたたえているようにも見えた。
「きっと、届くわよ。」
「はい。」
彼は初めて懐中電灯を下ろしゴソゴソと鞄を探って、何かを取り出したようだ。
「星の王子さまって知ってます?」
「ええ、うろ覚えですけれど。」
「そうですか。息子はあの話が好きで、よければ差し上げますよ。」
「私なんかが貰っていいの?」
「迷惑でなければ。きっとあなたならこの本を大事にしてくれる気がするんです。」
「そこまで言われたら受け取るしかないわね。貰っておくわ。」
薄暗い街の灯りに照らされた表紙は年季を感じる親しみやすいものだった。
「お〜い、女将さん!」
「あらいけない。仕事を忘れていたわ。」
「引き止めてしまってすいません。どうぞ、私に構わず。」
「では、お先に。本ありがとうね。」
「いえ、こちらこそ。話を聞いて下さりありがとうございました。」
土手を離れ宿へと戻る短い道中、整然並ぶ星が動き出し夜空をすぅと光が横切って、散りばめらた星達が瞬いた。
それは父子の思いが起こす一瞬の夢なのかもしれない。まばたきをしたら全てが元のように整列して何事も無くなってしまうのかも。
私はゆっくりと目を閉じ、夜空を瞼の裏に焼き付け宿の中へと戻った。
それからもう二度とあの男性を見かけることはなかった。
読んでいただきありがとうございます。
言うまでもなく星の王子さまが好きで、その気持ちを詰めてみました。昔、図書室に置かれた星の王子さまの表紙に惹かれて読んだときのことは、良い思い出です。
いつかまた読みたいのですが、意外と高くて、もうしばらく後になりそうです…。
では、またいつかどこかで。




