Report,07 「殺人件数」
月波見神社と光鐘寺の儀式で決定的に違うのは、来栖家がムシガミを祀るのに対し、清賢和尚は退治した。どちらもムシガミ憑きを殺すに変わりはないが、光鐘寺はそれを魔物とし、多くの人々に受け入れられたのだろうか。また江戸幕府の、寺請制度の追い風を受けて、寺の勢力が神社側に勝ったのだろう。奥月村は月前村の下に位置づけられた。
斑鳩は来栖家で聞いた話を恭次にした。恭次もその間、
「五人ほど、奥月村の元住人から、高野さんと同じ話を聞きました。やはり奥月村の人間には、特有の精神病があるんでしょう。これで解決ですね」
「うーん」
斑鳩はうなった。
「釈然としないんですか?」
それに斑鳩は一人言のようにいう。
「年間の、殺人の認知件数は、1300人前後を推移している。殺人を数字で考えるのは危険だが、月前町の人口は2万人。殺人事件に巻き込まれる確率を、十万分の一とすると、五年に一度、起きるかどうかだ。行方不明者の数も含めればまた変わってくるのだろうが、それでも、数に偏りがあるにしても、ここ十年、必ず二人以上の被害者が出ている。行方不明者の数も、増減はあるが、十人を前後している。何よりも十年前を境に、その数字が上がり、安定していることだ」
「けっこう異常な数じゃないですか? どうして問題にならないんです?」
「行方不明者に関しては、ほとんど一般家出人として扱われている。これは捜査本部が設置されない。殺人事件に関しても、中には不審死で処理されているものもある。殺人事件が多発しても、警察の捜査能力が追いついていないのが実状だ」
斑鳩は沈思する。恭次は素朴な疑問をぶつけた。
「その十年間の殺人事件で、逮捕者は出ているんですか?」
「出ていることは出ているが、それは二人の固定数を上回った時。そうすると一連の、連続殺人犯がいると考えるべき。しかし検視も行われていないものもあり、その結果も公表されていない。メディアも、農村の一角に興味を示さない。何よりも町民が無自覚だ」
恭次は斑鳩が、何を問題にしているのか分かった。
「もし一連の殺人事件を起こした犯人がいるのなら、それは“ムシツキ”、その精神病にかかっていると?」
斑鳩は指を鳴らす。
「そうです! もしその犯人を特定できたら、“ムシツキ”の病を証明でき、解明することができる!」
そこまで盛り上がって、急に沈む。
「ただ犯人につながるものは何もない。そうすると、証明する手立てがない。手詰まりです」
「行方不明者の中に、その被害者がいる可能性は?」
「大いにあります」
「だとしたら、高野瑞希が失踪した時、一緒にいた人物が、何か知っているか、あるいは“ムシツキ”なんじゃないでしょうか?」
「それだ!」
斑鳩は今にも立ち上がらんばかりの勢いだった。そこでまた沈みかけ、
「しかし聞き込みとなると、たとえ目撃証言を手に入れても、特定するのは困難。正確な情報が手に入るかも心もとない」
「それなんですが、心当たりがあるんですよ」
「本当ですか!?」
サングラスの奥で、斑鳩の目が光った。
「確か高野瑞希は、霧也くんの同級生で、同じ高校に進学したはずでした。瑞希ちゃんは友人と遊びに行くと言って行方不明になりました。そうすると親しい間柄。交友関係を聞いて、絞り込むことができるかもしれません」
あるいは高野瑞希が発症した可能性もある。高野老夫婦のためにも、瑞希を見つけたかった。
霧也の性格からして、そこまで親しかったかは分からないが、可能性を信じた。