Report,06 「来栖家」
その後、めぼしい情報を手に入れることはできなかった。
留守録に、斑鳩からのメッセージがあった。恭次は折り返しかける。
「ムシツキについて、分かったことがあります」
「こちらも興味深いデータを見つけました」
恭次は電話口で簡略に伝えた。ムシツキの初期症状、そして確かに奥月村の人々の間に伝わること。
そして後日、会う約束をし、電話を切った。
斑鳩は町の中でも、古い名家を訪ねた。
「来栖家」――明治以降、奥月村を一帯に、大地主となる。そのことからも奥月村との関係が察せられる。古い言い伝えや、文献が残っているかもしれない。
戦後に没落し、多くの土地が売り払ったらしいが、まだいくつか山を所有している。最近はゴルフ場の建設を誘致し、羽振りがいいらしい。
斑鳩は立派な門構えを前にした。「歴史学者」を名乗って、古い文献を見せてもらえるよう頼んだ。先方は快諾し、約束を取りつけた。
「立派な屋敷ですね」
斑鳩は屋敷の回廊から庭を眺めながら、応接間に案内された。
それに来栖の夫人は、控え目に笑う。
「昔は奥月村に、大きな庭園を持っていたんですよ。本当はこちらは別宅だったんです」
「ほう」
これで別宅だというのだから。来栖家には来栖の父母、来栖と夫人に息子達の、六人が住んでいる。住み込みの家政婦や庭師を含めれば、十人以上になる。
来栖は留守らしく、来栖の父、七十歳にしては背筋は真っ直ぐで、鋭気に溢れていた。来栖老人は、頑固そうな表情で、巻物の類をテーブルに置く。
「蔵には、もっと家伝の文書があるんだが、あいにく入れなくてな。これは戦中に書き写されたものだ。来栖家の家系図になっている」
「拝見させていただきます」
来栖家の先祖、それも平安期から書き綴られていた。五十代以上になるのではないだろうか。来栖老人は鼻で笑い、
「まあ眉唾物だがな。最初の代は、奥月村の神主となっている。来栖家は明治まで、月波見神社の神主だった」
「ほう」
いきなり当たりくじを引いた思いだった。
「明治以降は地主となったが、戦後に農地改革で、多くの土地を失った。今は没落して久しい」
「なにか、奥月村に関する伝承とか、ご存じないですか?」
来栖老人は苦い顔をした。
「さあな。俺が奥月村で暮らしたのは、ガキの頃だ」
「お寺さんで聞いたんですが、変わった祭りがあったみたいですね」
「あれは坊主どもが、自分らのありがたみを主張するためにつくった話だ」
「そうなんですか」
「科学も何もない、未開の時代だ。来栖家にも、迷信じみた伝承と文献が伝わっている。“モノツキ”だとか“ムシガミ”とか、くだらない」
「ムシガミ? 鬼虫のことですか?」
来栖老人はため息をもらす。
「常世の虫、という名前を知っているか?」
「はい。聖徳太子の時代ですね。日本書紀に載っていたかと」
「ああ。この虫を祀れば、富と長寿が約束される。蚕の一種だったのかもしれない」
「それがムシガミと?」
「そんな眉唾なものだろうということだ。庚申待は?」
「三尸の虫ですね。人の頭と腹と足に住み、その人が悪事をするのを監視している。そして庚申の日になると、閻魔のもとへ報告に行き、それによって地獄に落とされるという」
「ムシガミはそれに近い。実態はない。悪事を犯した者に取り憑き、その者の、目を食らうとされている。虫食む、その音が転じてか、ムシガミだ。最後にはその目から、一切の光を奪いさる」
「来栖家は、それを祀っていたわけですか?」
「そうらしい。もっとも、単なる迷信だ。光鐘寺にしても、それを巧みに利用したにすぎない」
来栖老人は、どこか自分に言い聞かせているようだ。それが奥月村の人間特有の病気なら、恥ずべきことなのだろう。
「その、取り憑かれた者は、どうするんですか?」
「光鐘寺の伝承にもあっただろう? “オトス”んだよ」
「つまり――」
「殺す、ということだ」