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Report,05 「高野瑞希の失踪」


 奥月村の人間といっても、噂程度にしか知らない。もしかしたら無関係な人間の可能性もある。戸籍謄本で確認しようものなら、二万人分の家庭を調べなければならない。写しを取るにしても、数百万円はする。斑鳩ならすでにやっていそうだが。

 住民票などは、ある程度の手続きを踏めば簡単に見られる。それがもとになる犯罪も起きているので、あまり気分のいいものではない。

 そこらへん鑑みれば、恭次による三年間の信頼関係や人脈は、かなり有効だ。それが役に立つのも、斑鳩あってのもの。斑鳩にしても、恭次の存在は不可欠。

 使命感と真実に迫る期待に、恭次は胸を張った。

 恭次が最初に足を運んだのは、高野家だった。ビニールハウスの果樹園をやっており、農同からは、スプレータイプの殺虫剤を購入していた。

「こんにちは」

 恭次が挨拶すると、気さくな老婆が現れる。

「おや、恭次さん」

「どうです、作柄は」

「今年の桃は、なかなかだよ」

 恭次は慣れた調子であがり、客間に案内される。老爺がにこにこしながら待っていた。そこで恭次は胸が痛くなった。去年の春から、孫娘が行方不明になっていた。この老爺が奥月村の人間だと聞いたが、気丈に振る舞っている姿に、どうにも聞くのが躊躇われた。

「今日は収穫の話できました」

「今年はぎょうさん取れたからね。単価は安くなっちまうだろう」

「そうですね」

 老爺が遠い目をする。

「瑞希はうちで取れる桃が大好きでな。ビニールハウスだから年中取れるし、飽きもせずよく食ってたもんだよ。たくさん余るだろうし、今年のは特に美味いから、食わせてやりたいな……」

「きっと、無事ですよ」

 老爺は苦笑する。

「去年の春だったかな。絵を描きに行くって言って、出て行ったきりだ。山狩りまでしたんだがな」

「絵が、お好きだったんですか?」

「学校の課題だったかな? いや、高校に上がる時だったから、そんなことはない。誰かと描きに行くって言ってたかな」

「そうだったんですか……」

 恭次は言葉に詰まった。どうにも斑鳩の期待には応えられそうにない。

 不意に老爺が、

「奥月の人間にはな、奇妙な病気があるんだよ」

「えっ?」

「ああ。今は合併されて、最後の連中ももうこの世にいない。恭次さんは隣町の人間だったな。知らなくても無理ないな」

「いえ」

「そういえば――」

 そこで老爺は口を閉じた。平戸のことを思い出したのかもしれない。恭次は話を終わらせないため、

「その、奇妙な病気とは?」

 老爺はどこか気まずそうだった。

「ああ。実は俺は奥月の生まれでな、出稼ぎに来た時、ばあさんと結婚したんだ。その奥月の人間には、たまに奇妙な病気の奴が産まれるんだ。ただ誰がそうなのかは、見た目からじゃ分からない。急にだ。気がふれちまうんだ。クライとか、ミエナイとかわめいて。目が見えなくなっちまうんだ。そしてそのうち……」

 老爺はそれ以上話す気はないらしかった。そこから、

「だから瑞希も、急に目が見えなくなって、谷底に落ちちまったのかもしれない……」

「そんな――」

「いや、悪い。こんなこと、町の人間には話せなくてな。昔は村の人間ってだけで、ずいぶん嫌われたもんだ。恭次さんは町の人間じゃないし、なんとなく話したくなったんだ」

「いえ。私でお力になれるのなら」

「ありがとうな」

 斑鳩はそれを、ムシツキと呼んでいた。もう少し深く触れたかったが、これ以上は躊躇われる。ただ確かに、その奇病は存在するらしい。


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