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Report,03 「ウェンディゴ」


 恭次は二十七歳。妻とは二つ違い。

 妻――氷上晶子と出会ったのは偶然だった。車が側溝にはまり、困っている彼女を拾い、家まで送った。その間に意気投合し、都合を見つけては会うようになった。

 一年ほど交際し、一緒に住むようになった。晶子はよく弟の自慢をした。その弟の描いた絵が、町の美術館で、大賞を受賞したらしい。

 暇を見つけて行こうとした矢先だった。「斑鳩郁雄」という記者から、話を聞きたいと持ちかけられた。どこで調べたのか、電話口で、

「つらいことを思い出させると思いますが、三年前のことで、お聞きしたいことがあるんです」

 恭次は、この斑鳩とかいう記者が、自分の知らないことを、知っているかもしれないと期待した。

「大丈夫です。どこでお会いしましょう?」

「実は今、月前町に来ているんです。駅前の喫茶店でよろしいですか?」

「それでお願いします」

 そうして実際に、斑鳩に会った。長髪に野球帽、サングラスと不審な出で立ちだった。背は恭次よりも低いだろうか。歳も若い気がした。

「どうも、こんにちは。斑鳩です」

「はじめまして」

 挨拶もそうそうに、

「葛城さんは隣町の銀行に勤めていましたよね?」

「ええ。妻の住んでいた町が恋しくて、転勤しました」

「失礼。軽率な物言いで不快にしたら申し訳ないのですが。葛城さんは、事件の真相を知るために、月前町に来たのではないですか?」

 恭次の顔が引きつる。

「そうですね。それもあります」

「私は今、この町で起きている、異常な事件について調べているんですよ。五年前に起きた、一家心中事件はご存じですか?」

「はい」

 そこで恭次は、斑鳩に期待を寄せるようになった。

「犯人は、“ヤミガキタ”と繰り返していたそうです。そして三年前、葛城さんの奥さん、晶子さんが亡くなられた事件で、犯人の平戸は“ヨルガクル”と言いながら、変死した」

「そうです。そしてその二人とも、奥月村という、二十年前に合併された村の人間だそうです」

「やはり調べていましたか。農同に勤めていますから、なにか詳しく知っているのではと思ったんですよ」

「でも、三年かけて分かったのはそのぐらいです。言葉の意味も分かりません。偶然二人とも、似たような幻覚を見たんじゃないでしょうか」

 自分で言って、違うなと思った。そんな単純でない、何かを感じていた。

 斑鳩は口元に手をあて、

「幻覚、といいますと?」

「なにか暗いイメージ、それに迫られる幻覚、じゃないでしょうか?」

「ウェンディゴ、という精神病をご存じですか?」

「いいえ」

「これは北部のインディアンに伝わる伝承なのですが。ウェンディゴ自体は悪さをする精霊のことです。問題は、これに取り憑かれた人間です」

「取り憑く、というと」

「日本でいえば狐憑きのようなものかもしれません。風土病、あるいは民俗宗教による特有の精神病なのかもしれません。このウェンディゴに取り憑かれた者は、自分がウェンディゴに変身するという、恐怖感に支配されます。そのうち通常の食事をできなくなり、かわりに人間が、食べ物に見えてくるそうです。そして最後には、完全にウェンディゴになる前に自殺するか、人を殺害し、部族の者に処刑されるそうです」

「それと、今回の件が?」

「ウェンディゴ憑きが、一種の精神病だとしたら、たとえば栄養分の不足による幻覚だとしたら、その状況はすべての人種に起こりうるものです。ウェンディゴの場合は、そのイメージが伝承に結びつき、そうなった。今回のそれが――私は“ムシツキ”と呼んでいるのですが――もしそうだとしたら、ウェンディゴが暗いイメージに置き換わっただけなのではないでしょうか」

「そう考えれば、そうなのかもしれませんが……」

 にわかには信じられなかった。もし何らかの栄養不足に起因するのなら、もっと起きてもいいのではないだろうか。

「実はこのムシツキは、古くは江戸時代から伝わっているのです。人の心を惑わす、鬼の虫として伝えられています」

「そんな話が……」

「光鐘寺に伝わるものです。あまり知られていないのでしょう。そして鬼虫は、奥月村に住んでいたとされます。奥月村の人間特有の、何らかの精神病なのでしょう」

「まだ私は、斑鳩さんの話は信じられませんが、だとしてどうするんです? 記事にするつもりですか?」

 なにかもてあそばれている不快感を覚えた。それは急に現れた人物が、恭次の三年間の努力を無駄だと言わんばかりに、その真相を語っているからだった。

「私はただ、真実を明らかにしたいだけです。これはまだ仮説にすぎない。この話を警察や医療機関にしても、相手にされないでしょう。私は、ただ曖昧に、この事件を闇に葬りたくないのです」

 斑鳩から熱意が伝わってきた。確かにこんな話を記事にしても、誰も相手にしないだろう。功名心ではなく、彼のジャーナリズムがそうさせるのだ。

「ですが、どうやって真実を明らかにするんですか?」

「奥月村の人間に接触し、彼らのイメージの根底にあるものを探り出すんです。しかしそのためには信頼が不可欠。民俗学の調査は、一夕にしてなりません。地道な踏破と、互いの信頼関係が不可欠です」

「民俗学の方なんですか?」

「いえ。私は、サイエンスエンターテイナーです」


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