Report,02 「光鐘寺縁起」
奥月村は二十年前、月前町に合併された。平安時代の記録によれば、もとは一つの郷里だったらしい。古くは月波見郷といった。その後、江戸時代の記録には奥月と月前の名前が出てくるので、その以前に二つに分かれたらしい。
斑鳩は月前町の役場で、奥月地区には誰も住んでいないことを確認する。奥月村の資料は役場に移されていたが、古い文献は県の財団が保管しているらしい。閲覧を申請し、後日にアポイントメントを取った。
「それ以外に、古い資料を保管してある場所はないでしょうか?」
斑鳩は、文献の調査にきた、研究員を名乗った。名刺には「歴史学調査員」などと、曖昧な肩書きをのせてある。ただ学芸員の資格を持っているので、そこらへんを怪しまれても問題ない。
役場の受付の、中年男性は、
「お寺さんになら、何かあるんじゃないですかね?」
月前町の檀家寺、光鐘寺。開創は江戸時代の寛永期。江戸幕府が寺請制度を完成させた頃だ。
斑鳩は町の中に、ひっそりと佇む寺院を目指した。禅寺で、座禅体験ができる。せっかくなので斑鳩は、小一時間座禅させてもらった。その後、住職に、
「お寺の縁起を教えていただきたいのですが」
歳のいった老僧は、穏やかに話しはじめた。
奥月村には人の心を惑わす、「鬼虫」という魔物が住んでおり、それを清賢和尚が退治し、光鐘寺を建てた。
「その名残として、一風変わった“鬼やらい”の儀式が伝わっています。おそらく当時の芸能、歌舞伎や能楽と混ざったのでしょう。“モノツキ”と呼ばれる鬼役を、“モノオトシ”と呼ばれる僧役が退治する演劇です」
モノツキとは、憑依された者のことを意味するのだろう。モノオトシは、それを“おとす”者。
「その鬼虫というのは、どのような鬼なんでしょう?」
「おそらく、仏法の説話から引いてきたのでしょう。鬼虫とは人の心に住む、邪悪だとされます」
暗に「物語の域を出ない」と言っているのだ。
「モノツキとは、どのような状態をいうのでしょう」
「狐憑きの類でしょう。人を疑心暗鬼にさせ、豹変させる、悪霊のようなものです」
「なにか当時を伝える、文献などはないのでしょうか?」
「あいにく、明治の廃仏毀釈によって、寺は焼け落ちてしまい、多くの貴重な文献が失われてしまいました。ただ、その後に描かれたものなんですが――」
住職は巻物を持ってくる。
「その鬼虫を描いたものです」
それはたくさんの子蜘蛛を抱えた、巨大な蜘蛛の絵だった。おどろおどろしく描かれ、西日本に伝わる妖怪、牛鬼に似た印象を抱いた。描かれたにしても、かなり最近のものではないだろうか。
斑鳩が寺を後にした頃、晩鐘が鳴った。腹に低く染みこむ。
佐藤の話ではないが、“呪い”の説話は長く根付いているようだ。