Report,01 「斑鳩郁雄」
斑鳩郁雄はフリージャーナリストの肩書きで、奇怪な事件の謎を追っていた。ジャーナリズムの世界では異端扱いで、その記事を載せてくれる奇特な雑誌は一つしかなかった。
かろうじてフリーを名乗れるのは、ときおりその手の依頼が舞い込むからだ。
昨今のテレビは、幽霊や未確認生命体の特番が盛んだ。そこで斑鳩に、その下調べや、番組作りの打診がくる。ネームプレートに「フリージャーナリスト」と書かれ、コメンテーターとしてテレビに出演したこともあった。仕事は順調といえた。
その斑鳩にコンタクトを取ってきた人物がいた。素性は一切明らかでなく、なにか危険な臭いがした。普通なら無視するところだが、その人物から送られた資料に興味を抱いたのと、その人物に興味を持ったからだ。
待ち合わせ場所は喫茶店だった。やって来た、口髭を生やし、やや三白眼の男は、「佐藤」と名乗った。歳は三十代前半か。日本人と思われるが、長身で彫りが深く、アラブ系の面差しがあった。国籍までもが不明である。
斑鳩はそれほど背は高くないが、長髪にサングラス、野球帽をかぶっていた。三十路前で、細身。この格好でギターでも持てば、ミュージシャンぽく見える、とよくいわれる。
「最初は音楽家と思いましたよ」
佐藤は表情一つ変えずにいう。
「さっそくですが本題に入りましょう。この資料に書かれたことは真実なんですか?」
「はい」
「私は職業柄、幽霊なども調査しますが、いわゆる怨霊などは信じていません。ですが短期間のうちに、二人の人間が、限定された空間で、同様に命を落としたのは事実。しかしそれを、“呪い”と断定することはできません」
「やはり貴方は、私の思ったとおりの人物だ。さすがです。そのとおり、我々は呪いだとは思っていません」
「では?」
「分かりません。五年前、月前町で起きた一家心中事件。正確には父親による一家惨殺。最後は家屋が全焼しています」
「その後、父親は押し入れの中で、膝を抱えた状態で、焼死しているのが発見されたんですね」
「このとき、騒ぎを聞きつけた近隣の住民が、興味深い証言をしています」
「ヤミガキタ」
「そうです」
そこで斑鳩は腕組みした。「ヤミガキタ」、字をあてれば「闇が来た」だろう。しかしそれだけ聞けば、何かの幻覚を見ていたとしか思えない。
「それは、精神が錯乱していただけじゃないんですか?」
「確かに錯乱していたのでしょう。しかしその二年後に起きた花嫁殺人事件。犯人の平戸は精神鑑定の結果、無罪となり、施設へ収容されましたが、間もなく変死しました」
「そして言い残したのが、ヨルガクル――」
「そうです。“先生”はこのことをどう思いますか?」
「うん。おそらく二人とも、闇や夜のことをいってるのではなく、共通するイメージ、たとえば何か黒いものとか、それに迫られる幻覚を見ていたのだろう」
佐藤は指を鳴らした。
「そのとおり! しかしそれは何なのか」
「それが呪いだというわけですか?」
「そう考えるしかないのです。この二人は面識がない。ただ――」
「同じ、奥月村の子孫」
「そこに鍵があると思っています」
佐藤はブラックコーヒーを口に運び、格調高く目を閉じる。そして一息おき、
「先生には、この謎を明らかにして欲しいのです」
「依頼とあれば、全力で調査しましょう。しかし何のために?」
「先生ならお分かりでしょう?」
斑鳩は笑う。
「もしこれが、奥月村の子孫の呪いなら、また同じことが起こる。そしてその子孫がどれだけいるか分からない。もしも一斉に発作を起こしたら、どれだけの規模の混乱が起こるか分からない。ということではないですか? 佐藤氏」
佐藤は指を鳴らす。
「先生には頭が上がりません。調査の仕方はすべて、先生にお任せします」
「必ず真相を明らかにしましょう」
佐藤は封筒を取り出し、当座の調査費用を渡す。厚みで、百万円以上あることが分かった。斑鳩への厚い信頼が分かる。斑鳩は力強く笑った。
「最後に一つ、分からないことがあります」
「何でしょう?」
「貴方の正体です」
それに佐藤は、口髭の下で笑った。
「それは是非、先生の力で明らかにしてください」