Report,15 「真相」
車の運転は斑鳩だった。恭次は右目が見えないだけで、他に異常はない。ただ気分のいいものではなかった。
「結局、解決の糸口は見つかりませんでしたね」
「可能性の一つが消せました」
「呪いの可能性ですか?」
「ええ」
「それがよく分からないんですよね」
「あなたが失明したこと、そして虫送りが精神的な要因に依存すること。それで分かりました」
恭次は怪訝そうに、残った左目で見る。
斑鳩は昂ぶった様子もなく、相変わらずの冷静。
「呪いであればまだよかった。最悪の可能性が、証明されました」
「なんだっていうんですか?」
町が見えてきた。日暮れの町に、黒煙がたなびいている。
「いったいなにが!?」
斑鳩は答えず、誰にともなくつぶやく。
「はじまったようだ」
町の中には自衛隊の車両があふれていた。護送車のようなものが、町民をのせている。
ムシガミ憑きの被害は、ここまで拡大したのか。
恭次は唖然としていた。
そのうちに、防護マスクをつけた隊員が、斑鳩の車を呼び止める。
「避難命令が出ています。こちらで誘導するので――」
「佐藤氏は、どちらにいます?」
マスク越しで分からないが、隊員はきょとんとしたあと、
「斑鳩先生ですね。隊長は公民館にいます」
「ありがとうございます」
斑鳩は精神が図太いのか、まったく動じた様子もなかった。
「今、避難命令がどうとか……」
「そういう体裁をとったんでしょう」
「危険な化学物質とか、ばらまかれたんじゃ?」
「化学物質は、すでにばらまかれていたんですよ」
「えっ?」
「この町で農薬が使用され始めたのは40年前。その頃から土壌は汚染され、蓄積された重金属を作物が吸い上げ、食した人間の中に堆積されていきました。ただ毒性を発揮しだしたのは、十年前と、最近だと思われます」
「なんの話をしているんですか?」
「水銀は、それ自体では消化器系での吸収が悪く、毒性を発揮するのに時間がかかります。危険だとされるのは化合物です。水銀化合物の中には、即死性のものもあります。この地域で使用された農薬が、土壌で化学変化し、毒性を持つ物質が現れたのでしょう」
「それがなんだっていうんです?」
「そうして蓄積された個体には、中毒症状が現れます」
「どんな?」
「目が見えなくなる、とか」
恭次は自分の右目に触れた。真っ暗で、何も見えない。それが化学汚染だと、今さら言われても信じられない。
「じゃあ異常な行動は? 中毒で片付けるつもりですか?」
「はい」
「視力が回復するのは?」
「中毒の原因である、重金属の体外排出でしょう」
急にそんなことを言われても、高野家で見たことや、霧也の様子、来栖正人を思えば、そう簡単に割り切れなかった。
公民館前に、軍用ヘリが四台とまっていた。その近くに仮設テントが設置されており、忙しく人が行き交っていた。斑鳩と恭次は車を降り、そこへ向かう。作戦本部といった様相だった。
迷彩服姿の男達の中に、見覚えのある人物がいるのに、恭次は気づいた。
「佐藤氏」
斑鳩が呼びかける。それに口髭を生やした長身の男が、
「おや、斑鳩先生」
互いに歩み寄る。佐藤は恭次を一瞥したが、すぐに斑鳩を向く。
「佐藤氏、時期尚早ではないですか? まだ他の可能性を捨て切れていません」
「その通りです。しかし我々は、事態が最悪の方向へ進んでいると判断。これ以上被害が拡大しないよう、住民を避難、隔離することにしました」
「隔離?」
恭次が頓狂な声をあげた。じろりと佐藤が見る。斑鳩は構わず、
「では田畑を焼却しているのは?」
「大規模な土壌改造を、同時に進行しています。その一環です」
「政府が進めた農業政策の誤り、その犠牲者、すべてを隠蔽するつもりですか?」
佐藤は目を細めた。
「これで、依頼は終了です。原因が土壌汚染でしたから、先生も検診を受けてください」
「どうやら私を雇ったのは、時間と金の無駄でしたね」
「そんなことはありません。先生のレポートは、真実の一面をついています。ムシツキなる精神病は存在します。今回の土壌汚染は、その引き金になったにすぎません」
「じゃあ、これで解決ということですね」
「そうなります」
佐藤は斑鳩と恭次を、ヘリに案内する。
「この区域から待避することをおすすめします」
「素直に従いましょう」
恭次は釈然としないが、乗り込む。佐藤や物々しい空気に気圧された。
斑鳩は乗りかけ、
「結局、あなたは何者なんですか?」
「陸上自衛隊中央情報隊のエージェント、とでも名乗ればいいですか?」
「いえ、大丈夫です。あらかた分かりました」
爆音をあげ、ヘリは町の上空に飛ぶ。夕暮れの町からは、黒い霧がまばらに、立ち上っていた。