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Report,14 「ツキハミ虫」


 斑鳩の準備はよかった。懐中電灯と、ポラロイドカメラを持ってきていた。

「ここが、ツキハミの洞です」

 倒壊し、腐食した瓦礫の山の傍らに、巨大な洞穴があった。

 恭次は息を呑む。昼でもなお暗い、暗闇の洞窟。微かに、冷たい風が吹いていた。

「地図の写しでは、そう深くない。地下にもぐるか分からないが、この奥に祭壇があるようだ」

 斑鳩は古びた地図のコピーを広げながら言う。洞穴は、途中で分岐するようだが、間違った通路には×印がついている。

「行きましょう」

 斑鳩は、ライトを点けた。闇を切り裂くも、なお先は見えない。暗闇にあって一筋の光は、ムシガミ憑きの人間の見る世界のように、頼もしくもあり、今にも消えそうな心細さがあった。

 二人の足音は、洞穴に反響する。恭次は闇の奥に、得体のしれない何かが潜んでいるような、恐ろしさを感じた。気を紛らわすため、斑鳩に話しかける。

「この洞穴には、どんな曰くがあるんですか?」

「単純には、鬼虫がここに封印されていたことになる。来栖家の祖先が封印し、月波見神社を建てたのだろう。それもかなり古く。月波見とは、“ツキ”を“ハム”、月を虫食むという意味だ。月が何を示すのか分からないが、それが鬼虫の性格だとしたら、“ツキハミ虫”とでも呼ぼうか」

「封印していたのなら、ムシガミ憑きはなぜ起きるのですか?」

「鬼虫の呪い、と考えるべきか。奥月と月前の関係は、奥月がこのツキハミの洞を封印し、月前はその恩恵を受けていたのだろう。その上下関係が逆転したのが江戸時代。月前の人間も、たどれば奥月。近親婚を繰り返していた奥月ほど、呪いの影響を受けやすかっただけかもしれない」

「斑鳩さんは、呪いだと思っているんですか?」

「まさか。可能性の一つです。私はすべての可能性を試さないと、納得できないんですよ。仮に、信頼できるデータが別にあっても、呪いの可能性を完全に否定しないと、気が済まない性分なんです」

「私は、呪いがある気がしてきましたよ」

「その可能性は捨てきれませんから」

「いえ。私の両親は、別の県から引っ越してきたんです。だから私には、奥月の血が流れていません」

「それが、どうかしましたか?」

「実は、右目が見えないんですよ。霧也くんの話と同じように、黒い斑点が、虫食いのように現れて、奥月村に向かうほど、ひどくなりました。ここに入った頃には、もう見えなくなりました」

「……」

「正人さんが言ったように、ムシガミ憑きに関わった祟りなんでしょう」

 まだ左目は見えている。高野のように発作を起こすこともない。霧也のような、潜伏期間なのかもしれないが。

「急ぎましょう」

 斑鳩は言葉少なに言った。


 いくつかの分岐路をぬけて、大きな広場に出た。腐食した鳥居をくぐる。ある程度の湿度と温度が確保されれば、木は腐らない。いつの時代のものか分からないが、依然としてそこにあった。

 そしてどこから光が差し込んでいるのか、地底湖が映し出される。澄んだ水面の下には、藻類さえもない。

「ここが、儀式の場です」

 期待したような、虫送りに関する痕跡は、何も見つからなかった。

「ここに、鬼虫は封印されていたわけですか」

「それが実体を持ったものかは分かりません。光鐘寺縁起では、清賢和尚に退治されたことになっていますが。ただ、人の心を惑わす鬼だとしたら、実体よりも、精神的なものと考えるべきでしょう。“鬼”本来の原義に近い。鬼とは、隠れた存在であり、アニミズムの神と同義。精霊のようなものです」

「ウェンディゴですか」

「鬼虫とは、そういった存在かもしれません。精神の疾患なら、祭りという精神的な要素で、取り除くことができたのでしょう。しかし今、私たちの目の前にあるのは、具体的な脅威」

「斑鳩さんは、呪いじゃないというんですか?」

「はい」

「ここまできて?」

「だからこそです。あなたが発症して確信した」

「どういうことです?」

「ここを出ましょう。ここにいる必要はない」

 斑鳩は足早に立ち去る。それを恭次は釈然としないまま追いかけた。


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