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Report,12 「ヨルガクル」


 目覚めは最悪だった。寝付きが悪かった所為もする。とりあえず職場に顔を出し、仕事回りに行こう。

 朦朧とした目で、生活習慣どおり、洗面所へと向かい、顔を洗う。冷たい水を浴び、ぱっちりと目が冴えた。鏡に映る顔は、いつもとおり、寝不足の疲れた顔だ。

 テレビを点け、ニュースを聞く傍ら、背広に着替える。何やら交通事故の報道をしていた。

「うちじゃないか」

 月前町の、商店街に車が突っ込んだ話だった。職場で話題になるだろうと、途中で切る。朝の日差しを受けながら、車庫から出た。

 そこで恭次は顔をしかめる。疲労の所為だろうか、右目が見づらい。視界の隅に、黒い点が、一つ二つとあった。飛蚊症というやつだろうか。強いストレスを受けた時、光がやたら眩しく見える時があった。晶子が死んだ時、霧也ほどではないが、目が見えづらくなり、車の運転に支障をきたしたことがあった。

 今回も同様だろう。昨夜の件は、ひどいストレスだ。

 恭次は職場で、交通事故が多発していることを聞いた。運転に注意を受け、仕事回りに行く。高野家に向かったのは、個人的な理由が強かった。来栖正人から聞いた話をしたかったが、まだ確実でないのでためらわれる。ただ知ってしまったからには、何となく顔を出しておきたかった。正人ははたして、自首したのだろうか。

 恭次は右目の不具合に、顔をしかめながら、高野家の果樹園に着く。収穫に、老爺が出ているところだった。

「おはようございます」

 車から降り、快活に挨拶する。

「今日はどのようなご用件で?」

 と聞かれたら、「近くに寄ったので」と返すつもりだった。しかし老爺は、ビニールハウスの手前で、立ち尽くしているだけだった。

 怪訝に思った恭次は、近くによる。老爺は惚けたように、中空を見ていた。

「どうしました――」

 そこで恭次は、老爺が何やら、ぶつぶつ言っているのに気づく。

「……エナイ……ナイ……」

 恭次は傍らで、耳をすました。

「クライ……ミエナイ……」

 ぞっと、冷や汗が吹き出た。恭次は老爺の顔を見る。視線はあらぬ方を見て、ただその言葉を繰り返している。家族に知らせようと思った。高野家に向かうと、軒先で、念仏のようなものが聞こえてきた。

 恭次は靴を履いたまま、軒に上がる。そして障子を開き、仏壇の前で横臥し、ぶつぶつとつぶやいている老婆がいた。彼女は奥月村の人間ではなかったはず。しかしどこかで血が流れていたのかもしれない。

 恭次が呆然としていると、獣の吠えるような、叫び声がした。まだ、息子夫婦がいる。恭次は廊下を踏み歩き、声の方へ向かう。そして廊下の先、居間に、血まみれの男が立っていた。その手には包丁が握られていた。男の足下には、血だまりに、真っ赤に染まった女性が倒れていた。

 恭次は喉まで出かかった叫び声を抑える。

 男はぶつぶつと、つぶやいていた。

「ヨルガクル……ツキガ……カクレル……」

 男の、正気を失った目が、恭次を見た。男はうわごとのように繰り返しながら、歩み寄ってきた。恭次は駆けた。急いで高野家を飛び出し、車に乗り込む。ちょうど男が――高野が出てきた。

 恭次は急いで車を発進させた。不吉な予感がした。この町全体に、ムシガミの呪いがかかっているような。今朝の事故にしても、急に失明した人々が起こしたのではないだろうか。

 異常なことが起こっている。情報を求め、ラジオを点けると、のどかな音楽が流れているだけだった。


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