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Report,11 「夜の来訪者」


 斑鳩が戻って来るのが翌日。電話口で恭次は、簡略に来栖家でのことを話した。蔵には入れないこと、蔵の中にムシガミ憑きの来栖直人がいること。そして十年前に発症したことに、来栖が行方不明事件に関わっていることを話した。

 斑鳩はさして冷静で、

「興味深いデータを見つけました」

 その言葉に、一つの可能性を感じた。斑鳩なら何か、治療法を見つけたのかもしれない。

 恭次は不安を抱きつつも、斑鳩を信じ、霧也が治ることだけを祈った。

 寝静まった夜、秋の虫の、泣く声が聞こえる。そこへ、こつんこつんと、ガラス戸を打つ音がした。はじめは幻聴かと思ったが、それは間隔を置いて、規則的に繰り返す。何度目かに、恭次は起き上がった。明かりも点けていないのに、蛾が飛んでくるとも思えない。

 恭次は寝ぼけ眼で、カーテンを開けた。そして愕然とする。

 一気に睡魔は去った。暗闇に慣れた目に、ガラス戸の向こうに立つ少年の顔が見えた。

 深夜零時を回っていただろうか、微かな月明かりの下、氷上霧也がいた。霧也は恭次の姿を見て微笑む。

「こんな時間に――」

 恭次はガラス戸の錠を外しかけ、ためらった。霧也はムシガミ憑きだ。

 霧也は微かに見てとれる、微笑を浮かべながら、ガラス戸をノックする。その口が、「開けて」と動いたように見えた。

 そこで恭次は思い直す。仮に霧也がムシガミ憑きだとして、恭次の方が体が大きい。簡単にどうにかできるものでもないだろう。

 恭次は錠を外し、戸を開けた。

「どうしたんだい? こんな時間に」

 震えそうな声を必死に抑えた。霧也は平然とした様子で、

「葛城さんに、警告しておこうと思ってね」

「何をだい?」

「これ以上関わらない方がいいよ。この件には」

「ムシガミ憑きのことか?」

「へぇ、そういうんだ」

 霧也はずかずかと入り込んでくる。

「君は、治そうとは思わないのか?」

「べつに。どうでもいい」

「いつ発作を起こすのかも分からないのに?」

「分かりますよ。そうですね。だいたい今日みたいな、満月の夜です」

 恭次はごくりと、喉を鳴らした。

「常に、平静な感じなのか?」

「発作を起こすと、変わります。ただ発作を起こす前、あるいは意識の根底にある、感情に従います」

「それは?」

「誰かを、深く憎む相手や、気にくわない人間を、殺したいと」

「コントロールできるのか?」

「さあ。ただ、いつ頃起こるのか、そろそろだということは分かります」

「今は平気なのか?」

「そろそろですね」

 恭次の体が強張る。たとえ義理の弟だとしても、それはもう、普通の人間とは別物だった。

「だから警告に来たんですよ。いろいろ嗅ぎ回っているみたいですが、目障りです」

「俺は君を助けたい!」

「俺はあなたを殺したい」

 慄然とした。発作を起こしていない霧也に、明確に殺意を表明された。

「本当は、すぐに殺すつもりだった。ただ姉さんのために、あんたが仕事まで辞めて、こっちに住んだことを知ったから、許してやろうと思った。だけど今、あんたは俺の邪魔をしようとしている」

「俺はお前を助けたいだけだ!」

「頼んでない。それにどのみち、平戸みたいに狂って死ぬしかないんだろう? 殺人をやめれば」

「今、別の方法を探している!」

「べつに、このままでいいんですよ。殺したい奴を殺す、それの何が間違ってるんですか?」

「それは、当然だろう」

「法律で決まっているだけですよ。そしてその法律は、殺人犯を裁けない」

「平戸の、裁判のことを言ってるのか?」

「悪意の所在が不明確なら、どんな罪も許される。俺は病気だから、悪意は不在。俺は人を殺すことを許されている」

「その考え方も、病気の所為だ! まず治すことを考えろ」

「だから治ったら困るんですよ」

 暗闇の中で、霧也の目は爛々と輝いていた。その獰猛な輝きは、霧也の言うとおり、発作が近いのかもしれない。

「俺は奪われたように、この世界から奪う。それはそのムシガミ憑きとやらでなくとも、同じだったでしょう。殺したい奴が殺すなら、俺は殺したい奴を殺す。俺はこの病気を利用しているにすぎない」

「もし晶子が聞いたら、きっと悲しむぞ!」

「テメェがその名前を口にすんじゃねぇ!」

 金切り声に近い叫び。恭次は霧也の憎悪を、はじめて感じ取り、思わず後ずさった。霧也は獣のように呼吸を荒げながら、

「これは警告だ。俺に殺されたくなかったら、さっさと町を出て行くか、警察に突き出すんだな。俺を殺せれば、安心できるだろう? ただ俺は、次の発作には、あんたを殺すかもしれない」

 霧也は肩をいからせ、恭次の横をすり抜ける。

「俺の復讐はまだ終わっていない。来栖の連中を殺すのは俺だ。邪魔をするなら、先にあんたを殺す」

 なぜ霧也は来栖を憎むのか。それは正人の、去り際の言葉で察した。

「高野瑞希を誘拐したのは、来栖なのか?」

 霧也は答えないが、一瞬立ち止まった仕草で分かった。瑞希を生贄とした、来栖家を憎んでいるのだ。復讐を果たす前に、恭次が真相を掴むのをおそれている。だがその復讐は、正人の自白によって叶わないだろう。恭次は口を閉じておくことにした。

 ただもう一つ分からないのは、

「どうして俺を憎む?」

 今度は立ち止まらなかった。夜の中に、華奢な絵描きの少年の影は消えていった。


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