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悪役令嬢に転生した信長、こちらの世界でも天下統一を狙います  作者: hiroe
本能寺は二度燃えない

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23/25

令嬢は炎の中で決断する

 山を越えた先に、小さな村があった。


 ノブナたち二百五十名は、夜明け前にその村に辿り着いた。ノイシュタイン城の建設に石材を運んだ職人たちが暮らす集落で、ノブナの顔を知る者も多い。


「令嬢様! お城が燃えているのが見えて、何事かと――」


 村長が駆け寄ってきた。


「すまぬが、しばらく匿ってもらいたい。兵たちの休息と、負傷者の手当てが要る」


「もちろんです! 何でもお使いください!」


 ノブナは兵たちに休息を命じた後、ガルドを呼んだ。


「ガルド。ローザの商人ネットワークに繋がる者は、この村にいるか」


「いやすよ。石材を運んでた商会の出張所があります。伝書鳩もあるはずです」


「すぐに二通の書状を送る。一通はローザ宛て。もう一通は、ヘルムート宛てだ」


---


 ノブナは村長の家で、書状を認めた。


 ローザ宛て。


『エルヴィンが挙兵。ノイシュタイン陥落。私は生きている。エルヴィンの兵力と動向を至急調べよ。帝都のクラウスにも急報を入れよ』


 ヘルムート宛て。


『ヘル。ノイシュタインが落ちた。エルヴィンが旧ヴァルムント残存兵と聖エクレシア旧強硬派を率いて挙兵した。私は坑道から脱出し、無事だ。兵を纏めて戻れ。場所はフォルスト村。そなたを待つ』


 短い書状だが、ヘルムートならこれで十分だろう。余計なことを書かなくても、ヘルムートは察する。


 伝書鳩が夜明けの空に放たれた。小さな翼が、灰色の空に消えていく。


「あとは、待つだけか」


 ノブナは村の外れから、山の向こうを見た。ノイシュタインの炎は、もう見えない。だが空がうっすらと赤いのは、まだ燃えている証だろう。


「令嬢様」


 ガルドが隣に来た。


「フリードリヒの爺さんのこと、考えてなさるんでしょう」


「……ああ」


「あの人は強えですよ。あっしが保証しやす」


「根拠はあるのか」


「ありやせん。ただ、あの爺さんが令嬢様の命令を破るとこを見たことがねえ。『生きて戻れ』って命令されたんですから、生きて戻りやすよ」


 ノブナは小さく笑った。


「そうだな。あの頑固者は、命令を破らぬか」


---


 その日の昼過ぎ。


 ローザからの返信が届いた。伝書鳩ではなく、早馬だった。ノブナの書状が届く前から、ローザは動いていたのだ。


『ノブナ様。ご無事で何よりです。以下、情報をお伝えします。エルヴィンの動きについては、半月ほど前から不穏な兆候を掴み、独自に監視を続けておりました。旧ヴァルムント残存兵と旧強硬派の接触が頻繁になっていたため、いずれ事を起こすと見て情報を集めていた次第です。お伝えするのが遅れたことをお詫びします。


一、エルヴィンの兵力は約六千。内訳は旧ヴァルムント残存兵三千五百、聖エクレシア旧強硬派の武装修道士千五百、その他不満分子千。


二、エルヴィンはノイシュタイン城を制圧後、大陸の新秩序を宣言するつもりです。「ノブナの覇道を終わらせ、諸侯の合議による統治に移行する」と。


三、旧強硬派を率いているのは、アウグスト枢機卿の元側近・ハインリヒ司教です。彼らの目的はノブナの排除ですが、エルヴィンは「殺すな、捕らえろ」と命じているようです。ただし、旧ヴァルムント兵がその命令に従うかは疑わしい。


四、リーゼロッテ殿が、エルヴィンの陣営にいます。詳細は不明ですが、自らの意思で赴いた模様です。


五、帝都のクラウス殿下には、すでに急報を送りました。


六、ヘルムート殿は旧ヴァルムント領のブレンハイムにいます。伝書鳩は間に合うはずです。


追伸。城は燃えても、商売は燃えません。商人ネットワークは健在です。お好きに使ってくださいませ。


ローザ・メルカトール』


 ノブナは書状を読み終え、目を閉じた。


「リーゼロッテが、エルヴィンの陣営に」


 それは予想外だった。


 リーゼロッテは穏健派の指導者として、聖エクレシアの改革を進めていたはずだ。なぜエルヴィンの側にいる。


 裏切り。


 その言葉が頭をよぎったが、ノブナはすぐに否定した。


 リーゼロッテは、あの聖エクレシアの一件で、民の前に一人で立ったノブナの覚悟を見届けた人間だ。渓谷の戦いでは、不眠不休で負傷兵を癒し続けてくれた。あの少女が、私を殺すために動くとは思えない。


 ならば、何のために。


「……止めに行ったのか」


 呟きが漏れた。


 エルヴィンを止めるために。あるいは、事態をこれ以上悪化させないために。リーゼロッテなら、そう考える。


「だが、それは危険だ。旧強硬派が彼女の存在を許すとは限らない」


---


 夕方。もう一つの報せが入った。


 村に、ノイシュタイン城から逃げ延びた兵が数名たどり着いたのだ。


 その中の一人が、フリードリヒの副官だった。


「報告いたします! フリードリヒ隊長は、大広間で敵を一刻以上足止めしました。その後、敵の数に圧倒され、大怪我を負い危険な状態ですが――」


「生きているのか」


 ノブナの声が鋭くなった。


「はい。エルヴィン殿が直接、戦闘の停止を命じました。『これ以上の流血は無意味だ。降伏した者は傷を治せ』と。フリードリヒ隊長は、危険な状態ですが生きているとのことです」


 ノブナは息を吐いた。


 安堵。そして、エルヴィンへの複雑な感情。


 あの男は、フリードリヒを殺さなかった。殺せたはずだ。だが殺さなかった。理想を貫こうとしている。


「エルヴィン。そなたは、やはり善い男だ」


 だが善い男であることと、正しいことは違う。善い理想が、必ずしも善い結果を生むわけではない。


 それは、ノブナ自身が一番よく知っていることだった。


---


 夜。


 村の集会所で、ノブナは地図を広げた。


 ガルドと、残った兵の中で最も経験のある隊長格が集まっている。


「状況を整理する。我々の兵力は二百五十。ヘルムートが戻るまで、少なくとも五日はかかる。その間にエルヴィンがノイシュタインを拠点に体制を固めれば、取り返すのが難しくなる」


「令嬢様。ここは守りに徹して、ヘルムート殿を待つべきでは」


「守りだけでは勝てぬ。ヘルムートが戻るまでの間に、やれることがある」


 ノブナは地図を指差した。


「まず、周辺の領主たちに使者を送る。エルヴィンの挙兵の事実と、私が生きていることを知らせる。エルヴィンの大義は『覇道の停止』だが、彼に従えば旧ヴァルムント勢力が復権する。それを望む領主は少ないはずだ」


「なるほど。味方を集めると」


「そうだ。そして――」


 ノブナは一つの地点を指差した。ノイシュタイン城の南東、街道の交差点。


「ここを押さえる。エルヴィンの補給線の要だ。兵糧を断てば、六千の兵は長くは持たぬ」


 ガルドが目を輝かせた。


「渓谷の戦いと同じですな。令嬢様が知恵を出して、あっしらが動く」


「そうだ。ただし、今回は補給を断つだけでは足りぬ。時間を稼ぎながら、ヘルムートの到着を待つ。そして――エルヴィンと、もう一度話をする」


「話、ですかい。剣を交えた相手と」


「エルヴィンは悪ではない。方法を間違えた理想家だ。可能な限り、言葉で決着をつけたい」


 ガルドは首を傾げたが、ノブナの決意を見て頷いた。


「令嬢様がそう仰るなら。あっしは令嬢様についていくだけでさあ」


---


 同じ頃。


 ノイシュタイン城――その焼け残った西の館で、エルヴィンは一人で座っていた。


 天守は焼け落ちた。東の建物も灰になった。だが城壁と西の館は残っている。


 エルヴィンの手は、微かに震えていた。


「ノブナ様は……逃げた」


 城内を探したが、ノブナの遺体はなかった。地下に通じる坑道が見つかった。脱出したのだ。


 安堵と焦りが、同時に胸を占めた。


 安堵――ノブナ様は生きている。味方の兵が暴走する前に、逃げてくれた。

 焦り――ノブナが生きているなら、必ず反撃してくる。


「エルヴィン殿」


 旧ヴァルムントの将校が入ってきた。


「ノブナは逃げたようですな。追撃すべきです」


「夜の山中を追うのは危険だ。兵を休ませろ」


「ですが、手遅れになる前に」


「焦るな。ノブナ様の兵力は二百五十程度だ。脅威にはならない」


 将校は不満そうに退出した。


 エルヴィンは窓の外を見た。燃え残った天守の骨組みが、月明かりに黒く浮かんでいる。


「ノブナ様。あなたが生きていて、よかった」


 その呟きに嘘はなかった。


 だが同時に、エルヴィンは知っていた。ノブナが生きている限り、この戦いは終わらない。ノブナは諦めない人間だ。どんな窮地からでも必ず立ち上がる。渓谷の戦いでも、帝都の政変でも、アイゼンの大会戦でも、ノブナは常に勝ってきた。


 その強さに惹かれて、かつて旗の下に馳せ参じた。


 その強さを恐れて、今は刃を向けている。


 皮肉だった。


---


 翌朝。


 フォルスト村に、もう一人の来客があった。


 ノブナが村の外で朝の風を浴びていると、街道の向こうから一頭の馬が駆けてくるのが見えた。


 馬上の人物は、見覚えのある亜麻色の髪をしていた。


「……リーゼロッテ?」


 リーゼロッテだった。


 疲労の色が濃い顔で馬を降り、ノブナの前に立った。修道服は土埃にまみれ、頬には擦り傷がある。


「ノブナ様。ご無事で……よかった」


「リーゼロッテ。エルヴィンの陣営にいたと聞いたが」


「はい。十日ほど前に、聖エクレシアの旧強硬派――ハインリヒ司教の一派が密かに兵を集めていると知りました。調べていくうちに、エルヴィンさんと接触していることがわかって」


「なぜ止めなかった」


「止められませんでした。彼の決意は固かった。だから……せめて、殺し合いにならないように、内側から働きかけようと思って」


「それで、陣営に入ったのか」


「はい。私がいれば、旧強硬派を抑えられると思いました。エルヴィンさんも、私がいることで『殺すな』という命令を通しやすくなると考えたようです」


 ノブナはリーゼロッテを見つめた。


 あの夜。聖エクレシアの蜂起の時、民の前に立ったノブナの隣にいた少女。信仰と統治の両立を信じ、穏やかに世を変えようとしている少女。


「リーゼロッテ。そなたは、エルヴィンの側か。私の側か」


「どちらでもありません」


 リーゼロッテは真っ直ぐにノブナの目を見た。


「私は、人が死なない側です。ノブナ様。エルヴィンさんは、あなたを殺すつもりはありません。あなたを止めたいだけです。だから――」


「だから、話し合えと言いたいのだな」


「はい」


「エルヴィンが聞く耳を持てばな」


「持ちます。持たせます。私が、間に立ちます」


 ノブナは沈黙した。


 前世の本能寺には、仲裁者などいなかった。光秀と信長の間に立つ者は、誰もいなかった。


 だが今は、リーゼロッテがいる。


「……よかろう。だが、話し合いの前に、まず態勢を整える。ヘルムートが戻るまで待て。丸腰で話し合いに臨むほど、私は甘くない」


「わかりました。ただ、一つだけお願いがあります」


「何だ」


「フリードリヒ様のこと。私が戻って治癒の術を施す許可をエルヴィンさんにもらいます。あの方を、死なせたくはありません」


 ノブナの瞳が揺れた。


「頼む。あの老骨には、まだ死なれては困る」


 リーゼロッテは頷き、馬に跨った。


「必ず、フリードリヒ様を助けます。そして、この戦いを終わらせましょう。ノブナ様」


 亜麻色の髪が風になびき、リーゼロッテは来た道を駆け戻っていった。


 馬を走らせながら、リーゼロッテは思った。


 ノブナ様もエルヴィン殿も、目指しているものは同じだ。民が平穏に暮らせる世。方法が違うだけ。力で基盤を作る人と、信頼で人を導きたい人。


 どちらも正しくて、どちらも足りない。


 その間に立って、二人を繋ぎ止める。それが、聖女にできることだと信じたい。


---


 ノブナは一人で、空を見上げた。


 朝日が昇っている。新しい一日が始まる。


 城は失った。だが命は残った。仲間がいる。


 前世の信長は、本能寺の炎の中で「是非もなし」と言って死んだ。仕方がない、と。抗えない運命を受け入れて。


 だが今のノブナは、違う。


 是非はある。やるべきことがある。選べる道がある。


「ヘル。そなたが来るまでに、私はできるだけのことをしておく。そなたは全力で駆けてこい」


 ノブナは村に戻り、兵たちの前に立った。


「聞け。これより我々は動く。城は失ったが、戦いは終わっていない。ヘルムートが戻るまでに、我々にできることは三つ。一つ、周辺の味方を集めること。二つ、エルヴィンの補給線を断つこと。三つ、私が生きていることを、大陸中に知らしめること」


 兵たちの目に、光が戻った。


「ノイシュタインは燃えた。だが、城は石だ。いくらでも建て直せる。人の命と志は、石より硬い。余が立っている限り、オーデンヴァルトは滅びぬ」


 小さな村に、二百五十の喊声が響いた。


 天下人は、まだ立っている。



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