鉄砲は異世界にもある
連合領に帰還したノブナは、休む間もなく軍議を招集した。
「包囲網は崩した。だが、最大の敵が残っている」
シュタインベルク城の大広間。ヘルムート、エルヴィン、フリードリヒ、ガルド。そして帝都から戻ったローザも列席している。
ノブナは地図を広げた。連合領の西に赤い旗が密集している。ヴァルムント王国の軍勢。
「ヴォルフ・シュヴァルツの二万。カールハインツの失脚で帝国が混乱している今、ヴォルフが動く可能性は高い。帝国軍の再編が完了する前に、連合を叩こうとするだろう」
「兵力差は二対一」エルヴィンが冷静に分析した。「正面からの戦いでは不利です。渓谷戦のような地形の優位も、今回は使えない。ヴォルフは前回の敗因を学んでいるはずです」
「その通りだ。だからこそ、新しい手が要る」
ノブナは全員を見回した。
「魔導砲を作る」
沈黙。
だがノブナの紅い瞳は、抑えきれない興奮で輝いていた。
「……ノブナ様。嬉しそうですね」ヘルムートがぼそりと呟いた。
「何を言う。これは軍事上の……いや、嘘はつけぬな。新しい物を作るのは、いつだって心が躍る。だが、この歓びの先に何千もの死があることは忘れておらぬ」
新しい物好きの信長の魂が令嬢の体の中で疼いている。だが同時に、かつて長篠で見た武田騎馬軍団の壊滅を、この目は覚えている。家臣たちは複雑な表情を見合わせた。
「まどう……ほう?」
ガルドが首を傾げた。
「この大陸には魔法がある。補助的とはいえ、火炎や雷撃を発する魔石が存在する。これを筒に込め、魔力で射出する。遠距離から敵を撃ち倒す兵器だ」
「そんなものが作れるのですか」ヘルムートが目を丸くした。
「前世で――いや、かつて私が読んだ書物に、似たような兵器の記述があった。原理はわかっている。問題は、この世界の技術で実現できるかどうかだ」
ノブナはガルドに向き直った。
「ガルド。鉱山で魔石は採れるか」
「魔石っすか。ええ、採れやすよ。鉄鉱石の奥に、時々光る石が混じってまして。あれが魔石ってやつです。今まで使い道がねえんで捨ててたんですが」
「捨てていたのか。それは宝の山を捨てていたのと同じだ。すぐに回収しろ。可能な限り多く」
「へい。任せてくだせえ」
「ローザ。大陸中の錬金術師を集めてほしい。魔石を扱える職人も。金に糸目はつけぬ」
「承知しました。錬金術師は教国に多いですが、穏健派の伝手を使えば引き抜けるかもしれませんね」
「フリードリヒ。騎兵隊の増強と訓練を続けてくれ。魔導砲だけでは勝てぬ。最後の決め手は、やはり騎兵の突撃だ」
「承知しました。馬の質も改善を進めております」
「エルヴィン。歩兵の訓練と防衛態勢の維持を頼む。ヴォルフが先に動いた場合の備えも必要だ」
「承知しました」
エルヴィンは頷いた。だがその目に、かすかな翳りがあった。
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魔導砲の開発は、ガルドの鉱山工房で始まった。
ノブナ自らが設計に関わった。前世の鉄砲の構造を記憶から引き出し、この世界の素材と技術に置き換えていく。
「筒は鋳鉄で作る。長さは四尺。内径は拳一つ分。ここに魔石を装填し、起爆の魔法陣で射出する」
「令嬢様。この設計図、本当にうまくいくんですかい。あっしは鍛冶はできやすが、魔法のことはさっぱりで」
「だからこそ、そなたには筒の部分を任せる。魔法の部分はローザが連れてきた錬金術師に任せる。適材適所だ」
最初の試作品が完成したのは、開発開始から二週間後だった。
城の外の射撃場。ノブナ、ヘルムート、エルヴィン、フリードリヒ、ガルドが見守る中、錬金術師が魔導砲の引き金に手をかけた。
轟音。
白い煙が立ち上り、五十歩先の板壁に拳大の穴が開いた。
「……通った」
ガルドが歓声を上げた。
「すげえ! 令嬢様、こいつはすげえ!」
「まだ足りぬ。射程が短い。百歩先の敵を撃てなければ、戦場では使えぬ。改良を重ねる」
ノブナは冷静だったが、内心では手応えを感じていた。
長篠の戦いで、信長は三千丁の鉄砲を使った。だがこの世界では、三千丁など到底間に合わない。百丁を揃えられれば上々だろう。
ならば、一丁あたりの威力と射程を最大化するしかない。
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開発が進む一方、国境の情勢も動いていた。
「ローザ殿から報告です」ヘルムートが書状を読む。「ヴォルフ・シュヴァルツが軍を再編しました。二万の兵を三つの軍団に分け、それぞれに指揮官を置いたとのこと。中央軍はヴォルフ自らが率いています」
「三軍団制か。渓谷戦の教訓だな。一つの塊で動くと、不意の奇襲に対応できない。ヴォルフは学んでいる」
「さらに、ヴァルムント国内で大規模な徴兵が行われているとの情報も。最終的には二万五千に達する可能性があります」
「二万五千……」
対する連合軍は、帝国からの援軍を合わせても一万二千がせいぜいだ。
「数の差は変わらぬか。だが、長篠では……」
ノブナは口の中で呟いた。長篠の戦い。織田・徳川連合軍三万八千に対し、武田軍一万五千。数では織田が勝っていたが、武田の騎馬軍団は天下最強と謳われた。
今回は逆だ。数で劣るのはノブナの側。だが、技術的優位がある。
「数では勝てぬ。だが、鉄砲で――魔導砲で、その差を覆す」
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その頃。
ヴァルムント王国の本営。
ヴォルフ・シュヴァルツは、地図を前に腕を組んでいた。
三十路に差し掛かった将軍の顔には、渓谷戦での敗北以来の歳月が刻まれている。あの時の屈辱を、一日たりとも忘れたことはない。
「将軍。偵察隊からの報告です」
「言え」
「オーデンヴァルト連合が、鉱山周辺で大規模な鍛冶作業を行っています。詳細は不明ですが、新型の兵器を開発しているとの噂が」
「新型の兵器か」
ヴォルフは目を細めた。
あの令嬢は、常識に囚われない。渓谷戦でもそうだった。長槍の集団戦法、坑道を利用した奇襲。常に、こちらの想定の外から攻めてくる。
「何を作っているにせよ、我々の戦い方は変わらない」
「と言いますと」
「正面から打ち破る。それだけだ」
ヴォルフの言葉は簡潔だった。
策略で勝つのがあの令嬢のやり方なら、純粋な力で上回るのがヴォルフのやり方だ。どんな新兵器を持ち出そうと、我が騎馬軍団の突撃を止められるものはない。
そう信じていた。
だがヴォルフは、心の奥で認めていた。
あの令嬢――ノブナ・オーデンヴァルトだけが、大陸で唯一の好敵手だと。
窓の外に目を向けた。兵たちの訓練する声が聞こえる。彼らの中にも、渓谷で仲間を失った者がいる。もう二度と、部下の名を死者の名簿に載せたくはない。
だが、戦わねばならない。武人として、正々堂々と。
「全軍に告ぐ。一月後に出陣する。目標はオーデンヴァルト連合。今度こそ、決着をつける」
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連合領に戻って。
魔導砲の改良は日々進んでいた。射程は百歩を超え、命中精度も上がっている。だが量産が追いつかない。
「現時点で完成しているのは五十丁です」ヘルムートが報告した。「一月後のヴォルフの出陣に間に合わせるには、これが限界かと」
「五十丁か。長篠の三千丁には程遠いが……」
「長篠?」
「いや、独り言だ。五十丁でも、使い方次第では十分な威力を発揮できる。問題は、どう配置し、どう運用するかだ」
ノブナは地図を広げた。連合領の西方。山脈の裾野が緩やかに開けた平野。
「ここだ。アイゼン平野。ヴォルフは渓谷を避けて北の峠道から来る。峠を越えた先のこの平野に――」
ノブナの目が光った。
「陣地を作る」
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夜。エルヴィンがノブナの執務室を訪れた。
「ノブナ様。魔導砲の開発状況を見てきました」
「どうだった」
「素晴らしい兵器です。あの威力なら、騎兵の突撃を確実に阻止できるでしょう」
「だが?」
エルヴィンは少し黙った。
「……あれほどの兵器を大量に使えば、戦場は地獄と化します。騎兵が一斉に撃ち倒される光景を想像すると」
「戦場は元より地獄だ。剣で斬り合おうが、矢で射抜こうが、人が死ぬことに変わりはない」
「わかっています。ですが、より多くの命が――」
「より多くの命を救うためだ」
ノブナの声は静かだったが、有無を言わさぬ力があった。
「ヴォルフの二万五千を放置すれば、連合領の民が蹂躙される。短期決戦で敵を粉砕し、戦を終わらせる。それが最も死者を少なくする方法だ」
エルヴィンは頷いた。
「……承知しました」
だが、執務室を出た後。エルヴィンは廊下で立ち止まった。
最も死者を少なくする方法。それは正しい。軍人として、否定する余地はない。
だが、あの方の目には――
「征服者の目だ」
エルヴィンは呟いた。自分にしか聞こえない声で。
理想を語っていた頃のノブナと、今のノブナ。何かが変わり始めている。あるいは、最初からそうだったのか。
わからない。だが、わからないことが、何より不安だった。
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